MONSTER01-閃き荒療血法-
―――夜、蝋燭の明かりの下で本を読んでいる者がいる。それは昼間ハクと名づけられた青年を治療した医者のヤブだった。彼は読書の手を止めて、昼間のことを思い出す。「―――センと同じ血を持った人間、か。」彼は誰に言うでもなくポツリと呟く。不意にヤブは一ヶ月前のことを思い出し始めた―――。一ヶ月前―――晴れた日の朝、ドッカノ村には三人の男女の声が響き渡っていた。「イィーヤァーダァーーー!!」「駄々こねない!さっさと歩く!」「おらっ!とっとと歩・き・や・が・れ!」その三人組――コウとアサは駄々を捏ねるセンの片腕をそれぞれ持ち引き摺っていた。しかし、センの方も余程嫌なようだ。どこにそんな力があるのだろうか?二人がかりで引っ張られているのにもかかわらず、その場に留まり続けていた。そんな互いを引っ張り合う彼ら自身は真剣で本気なのだが、それを遠目で観ている第三者の村人からしてみれば、「あの三人は毎度朝から精が出るの~。」「お~、センちゃん、頑張れや~。」「アサちゃんたち!ファイトだよ!!」都合の良い娯楽の一つとされていた。この三人の珍騒動は村ではよくあることなのか、誰も彼らを止めようとする者達はいない。「もっと踏ん張れーー!」「コウ、ここで負けたらハンマー使いの名が廃るぞ!!」それどころか煽っている村人達。―――唯単にノリが良い者たちなのか、普段から娯楽が少ないのか、彼らのテンションは異様に高い。そんな状態が30分経とうとした頃、もともと決して気は長くないコウは、「廃る…?上等だ―――」「あ、まずっ…。」ブチンッ―――キレた。「てめぇ、毎度毎度、連れてく度に駄々捏ねやがって、観念して、往生しろオォオ!!」バゴーーーーン!!コウは常に持ち歩いている『マグニチュード』でセンを殴り飛ばした。「ニアァァァァァァーーー!!!」殴り飛ばされたセンは綺麗な放射線を描きながら、ヤブ宅の煙突の中へと落ちていった。その家の中からはガッシャーーーン!!という音が鳴り響く。それを観ていた村人達の反応は「あ!飛んだ!…今回も『ギルドマスター』達の勝ちだな。」「さすが『村長』、今回もキレイに決まったなぁ~。」「おぉ!センの奴今回30分も耐えたぜ!?記録更新したぞ!!」と、なにやら時間まで計っていた彼ら。どうやら三人の勝負はセンが飛ばされたところで勝敗が決まったようだ。ちなみに『村長』というのも『ギルドマスター』というのも両方ともに、コウのことである。しかし、この村はやや特殊で村長兼ギルドマスターが二人いる。そのもう一人の村長兼ギルドマスターが―――「これで今日も無事にセンを運べたね?」「頑丈のが取柄だろ、怪我しようが行く所はどうせ一緒だ」コウと一緒にセンを引っ張っていたアサだった。そこへヤブ宅の玄関の扉が開く。「あんた達…、毎度毎度よく飽きないわねん?出来れば穏便にして欲しいのだけど?」玄関から現れたのはヤブだった。彼は呆れながらも玄関前にいたアサとコウを家、もとい病室に通した。「こっちだって穏便に出来ればしてる、好きで遣ってるわけじゃねぇ」「もう慣れましたから、穏便の方はまぁセン次第ですかね。」「まぁ、解ってたわよ、お疲れ様ちょっと休んでなさいな、後はアタクシが変わるわ。」ヤブはそう言うと暖炉で伸びているセンを治療室へズルズルと引き摺って行った。パタン―――。扉が閉まり、しばらくすると「ニャァアアアアアアアア!!」センの叫び声が響いた。「はぁ~…、毎回毎回抵抗しやがってメンドクセェ」「確かに毎回連れてくる度にこれだもんね…。」それを耳にしたコウとアサは疲れと呆れの混じった声で話す。二人は「献血くらいであそこまで嫌がること無いのに…」と内心で声を揃えた。そう、朝からセンが激しく嫌がっていたのは献血だった。つまり先程の珍騒動の真相も、献血を嫌がるセンを無理やりヤブの下へ連れて行こうとした結果、互いを引っ張り合うという状態が起こった、というものだったのだ。だがそれは、センを献血に連れて行こうとする度に起こる騒動なので、村の者はすでに慣れっこなのだ。二人がハァ~と同時に溜息をついた時、治療室の扉が開く。「んもう~、毎月の恒例の様にやってるんだから、いい加減なれなさいな?」「うぅ~、注射キライームリー。」そこへ早くも献血が終わったヤブとセンが治療室から出てきた。話しながらセンとヤブがコウたちの方へと歩いてくる。「あ、終わったみたいだね。」「うぅ…もうヤダ。」「先に村の門に行って大人しく待ってろ、今日は『コウリュウノツガイ』を持って来いよ」「わかった~。」コウはセンを外に出させる。パタンとセンがヤブの家を出て家を離れたのを確認すると、即座にアサが話を切り出す。「で?血は大分溜まったの?」「大分というか、全然って所かしら?治療一回分ってとこかしらね。」アサのストレートな質問にヤブは顔を渋くしながら答える。「一回分有るなら上等じゃねぇか?」コウはあっけらかんと言うが、ヤブはそうもいかない様だ。「まぁ、あんたたちが着いているから心配はないだろうけどね、―――あの子の血、どの型の血液にも分類できない特殊な血液型だからね。やっぱり医者としてはそこが不安なのよ。」コウの言葉に納得しきれないといった様子で言葉を口にした彼に、アサは思い当たったことを口にした。「その様子だと、まだ見つからないんだね?」「ええ、ゼロに等しいわ。―――手掛かりですら見付からない程にね。」質問というよりは確認といった風に聞くアサに対し、聞かれたヤブも眉間に皺を寄せながらそれに答えた。(そう、なぜ見つからない?血液型は遺伝子の組み合わせからなるもの。絶対どこかにセンと同じ血液の型をもった人間がいるはずなのに…!)自分が口にした言葉に自問自答するヤブはその歯痒さに苦虫を噛み潰したような顔をする。会話は途切れ、場は一旦沈黙に包まれた。その沈黙を破ったのはコウだった。「まぁ、万が一大怪我した時用に輸血できる血は用意できたんだろ?今はそれで十分だろ」「そうだね、後の事は大怪我した後に考えましょう。」「…まったく、あんた達、そういうけろっとしてるところは似てるわねぇ?さすが双子って感じがするわ。」ヤブの言うとおり、実はこの二人アサとコウは列記とした双子の姉弟だった。外見は男女差もあってあまり似ていないが、その性格はなかなかに似ていた。特にSなところが。ちなみにアサが姉である。「そうでもないと思うけど?それじゃあ私は沼地で一仕事入ってるからそろそろ行くね。」そういうとアサはヤブの家から出て行く。「んじゃ、オレも帰るわ。―――引き続き猫供に探させろよ?『ヤ・ブ・医・者』」「てめぇに言われなくてもやるってんだよ『ク・ソ・ガ・キ』」ヤブに一言残すと一足遅れでコウも出て行く。実はコウ達とヤブの家はお隣さん同士で、彼らは互いの家の行き来きに30秒も掛からない。そう、帰りは30秒もかからないのに行きは30分もかかった。その原因は唯一つ。『献血イヤ!』と駄々に駄々をこね、二人に抵抗に抵抗を重ねたセンの無駄な努力の賜物だった。それはさておき、彼は今日の仕事に必要な物だけ持ち、センが待っているであろう村の門へと向かった。しかし、辿り着いたそこにセンの姿はなく。「…チッ、じっとしてられねぇのかよ、あのバカは」額に青筋を浮かべるコウ。彼はセンが行きそうな場所を思案していると背後から、「ジュウベエ、み~つけた!」「見つかちゃったにゃ~。」と、なにやらムチャクチャ聞き覚えのある声がした。縦に三本の皺を眉間に刻みながら声のした方に頭だけを向ける。果たしてそこにはセンがいた。「じゃあ今度はあたしが隠れるね♪」「じゃ数えるにゃ~。」どうやらかくれんぼをしているらしい。今度はセンが隠れる番のようだ…が。「も~い~よ~!(ふふふ…この遊びの天才がそう易々見付かってたまりますか!)」センは余裕に早くもOKの合図を出す。そこへ―――、「ミィ~ツッケタァ~~~」「あれ?見つけるのがはやヒィッ!」センが振り返って見た先には鬼のような形相をしたコウが佇んでいた。「てめぇ何してやがるですかねぇ?大人しく待ってろって言ったよな?『村の門の前で待ってろ』って聞こえたよなあぁぁあ?」「いやぁ~暇だった所にジュウベエが来たもんで~。」(ちっ、これ以上こいつに何を言っても無駄か)コウは手を眉間にもって皺を解す。「まぁいい、とっとと行くぞ!」「は~い。」センはそう返事をし、コウと歩き始める。もちろん一緒に遊んでいたジュウベエに別れを告げて。そこにきてやっとセンはアサがいないことに気が付く。「今日はアサいないの?」「あぁ、アサは別の仕事が入ってるんだよ。今日は俺とてめぇの二人で仕事だ、アサも俺達も『沼地』の仕事だ。」そして二人はいそいそと村を出て沼地に向う。次へ 目次