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カテゴリ:山梨県身延町
かつて富士川舟運の船着き場として栄えた身延町和田に、江戸時代後期に建てられた大型の茅葺き民家・旧市川家住宅があります。
市川家は代々、大庄屋や交替名主を務めてきた家柄です。 ここの船着場から船で対岸(富士川右岸)に渡って、「お万様の寺」として知られる大野山本遠寺に詣で、それから身延山に上るというルートが人気でした。 旧市川家住宅 全景:土蔵・母屋・納屋で構成されています。 ![]() 母屋:茅葺きは機能的な屋根ですが、火事に弱いのが弱点です。頂上には祈りを込めて「水」という文字が刻まれています。 ![]() 納屋:農具等が保管されました。 ![]() 母屋 玄関外観:西面の大戸が玄関になり、式台をくぐり中に入ります。 ![]() 母屋大土間の「鼻黒船(はなぐろぶね)」:冬の寒さの中で苦労している船大工を見かねて、市川家は土間を貸し与えました。その際かまどの煤で舳先(へさき)が黒くなったのが、富士川東岸の鼻黒船のルーツと言われています。 ![]() 母屋 内部:コタツの間・玄関の間・前の座敷と3間続きます。 ![]() 母屋 各種農機具:全体の4割にもおよぶ広い土間に、昔の田畑の道具、川の魚取り道具などが多数展示されています。 ![]() 兜造り(かぶとづくり):日本の伝統的な民家に見られる屋根の建築様式の一つで、兜に形が似ていることから名があります。
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Last updated
2026.01.29 06:00:10
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