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カテゴリ:山梨県内の神社仏閣
我らが醍醐山の「醍醐」。
もともとは牛乳が熟していく最終段階にして最高の味「醍醐味」という言葉です。 牛乳が5段階を経て最高の「醍醐味」になるように、仏教も「仏より十二部経を出し、十二部経より修多羅(しゅたら)を出し、修多羅より方等経(ほうどうきょう)を出し、方等経より般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)を出し、般若波羅蜜より大涅槃(だいねはん)を出す」 だから「醍醐味」と同じく「大涅槃」が最高なんだよ、という例えを「五味相生の譬(ごみそうしょうのたとえ)」といいます。(『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』巻第14) そんなすごい名前の山がどうして身延町にあるのか・・・。 謎を解く鍵になりそうなのが、醍醐山を挟んで富士川の対岸に真言宗醍醐派の古刹があること。 長治(ちょうじ)2年(1105)、新羅三郎義光が開山したという三守皇山大聖寺(だいしょうじ)です。 真言宗醍醐派は、日本における真言系仏教宗派の一つで、総本山は京都の醍醐寺です。 大聖寺からの醍醐山:左から武山・大ガレの頭・五老峰、手前右側 醍醐山 ![]() 山門:参道入口の古い石碑には「高倉天皇 恩賜勅号 三守皇山 長光王院 大聖 明王寺」と刻まれています。 加賀美遠光は甲斐源氏に伝わる秘術を使って、魔物に苦しめられていた高倉天皇を救いました。 その褒美に、その時願をかけた、空海が造ったという不動明王像(国指定文化財)を賜りました。 ![]() 本堂:その不動明王像(国指定文化財)が本尊です。 ![]() 本尊不動明王像(国指定文化財):武田信玄は護摩の本尊、弓箭(きゅうせん)の守護としてこの不動明王を深く尊崇しました。 ![]() 庚申堂(青面金剛):人間の体の中にはさんしという3匹の虫がいて、庚申の夜眠っている間に抜け出して天帝にその人の悪事を告げ口するといわれます。青面金剛は、そういう悪霊の禍を除いてくれます。 ![]() 三社天神宮(義光公募所):もともと新羅三郎義光の墓所でした。 ![]() 弘法大師像:背後に美しい蓮池があります。
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Last updated
2026.02.25 06:00:07
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