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2018年10月01日
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カテゴリ:大川 充夫
ミツオーです。台風の当たり年…というより、天災の当たり年なんでしょうか?本当におそろしい。


さて、先週は浦和競馬の実況を担当しました。



先週の浦和競馬開催は、「開場70周年記念開催」としておこなわれました。



場内は記念装飾でいろどられ、


(正門を入ったあたり)



(パドック周辺)



浦和競馬70年のあゆみを紹介するコーナーや、


(古い写真がたくさん)


(そして年表。…細かくてすみません)


かねてから作品募集がなされていたフォトコンテストの入賞作品が展示され、


(カッコイイ写真がたくさん)

来年のJBC開催へ向けて、


(70周年の装飾に混じり、JBC2019の文字も)

新しく建築中の2号スタンド、その工事もすすんできました。


(建築中)


浦和競馬は、1948年の9月23日に県営第1回開催がおこなわれ、それから数えて70年。
先週の開催は初日が9月24日でしたから、本当に、ちょうど71年目に入ったところでおこなわれた開催でした。



70年記念のポスター。


このロゴマークもカッコいいのですが、





こちらの写真は、取り壊される前の旧2号スタンドや3コーナー方面にある古い大型ビジョンと、現在使われている新ビジョン(ビクトリービジョン)という、古きものと新しきものがともに写り、空には、時の流れを表すように星の運行が…という意味合いの力作だそうです。
う~ん、なんだかスゴい。




70年前に浦和競馬が始まった、とするのは、「現行法にもとづいて」開催がおこなわれるようになった、ということだそうで、つまり今年、あちこちの競馬場で「70周年」になってくるのは、そういうわけであったのです。


…そういえば、うつのみや競馬廃止にともなって、「栃木県競馬〇〇年の歴史に幕」みたいなことを目にしたり、実際自分も言ったりしたのですが、あのときその「〇〇年」に二通りの数字があって困惑したのを覚えています。


気分としては長い方をとりたいところですが、主催者さんからは短い方(つまり57年ということだったんでしょうけども)を使うように推奨してくるわけで、どういうことなんだかなあ、と思いつつも、両方を使い分けておりました。


アレは、今年が浦和競馬70年、というのと同じで、現行法のもとに開催され、現在までのつながりが明確である競馬開催が1948年に始まった、ということだったのですねえ。




というわけで、浦和競馬に関しても、今年70年をむかえているほかの競馬場に関しても、その起源をさらに遡ることはできるのだけども…ということを、ここに付け加えておきます。





開催初日の24日には、ダートグレードの第29回テレ玉杯オーバルスプリント(Jpn III)がおこなわれ、地元・小久保智厩舎のノブワイルドが逃げ切り勝ちをおさめました。

今年、地方所属馬によるダートグレード制覇は3レース目。
兵庫の2頭に次ぐ快挙でした。




この日は、全12レースに、浦和競馬の歴史に名をのこす名馬たちの名前が冠され、メインの重賞以外はすべて特別レースとして実施されました。



そのオーダーはこんなふう。


1R  グランプリクン特別
2R  エフテーサッチ特別
3R  ホワイトアリーナ特別
4R  ゴールドチェスト特別
5R  メイクマイウエー特別
6R  ヒカリルーファス特別
7R  アウトランセイコー特別
8R  ヒカリカツオーヒ特別
9R  ダーリンググラス特別
10R ゴールドスペンサー特別
11R 重賞・テレ玉杯オーバルスプリント
12R キングハイセイコー特別



いかがでしょうか?



浦和所属の名馬といえばこの馬!…と思い出される馬は、入っていましたか?


正直、わたしにとっては、この11頭はすべて直に見たことのない馬たちで、つまりは記録の中にのみ存在する名馬たちです。


そうして、名前についても、即座に

「知ってる!東京ダービー馬だ!」

と言える馬から、

「…ええと、その馬は…どういう成績の?」

となってしまう馬まで。




当日実況を担当する前に、これは調べておかなくては、と思うのは当たり前で。





先々週、この、浦和で名馬たちの名前が冠されたレースがおこなわれるよ、という事実を知ったとき、わたくしは笠松で仕事中でした。






笠松で、浦和の過去の名馬たちについて、調べられるのか!?






…カンタンです。
便利な世の中ですなあ。






手元の、ネット環境にあるパソコンをちょいちょいと操作すれば、それぞれの生年から全成績(古い馬については、主な成績)、場合によってはどんな馬だったかという関係者やファンの印象まで、実況アナウンサがレース前にちょこっとご紹介するぶんには十分すぎるほどの情報が手に入ります。


この情報収集手段がなかったら…と想像すると、コレはちょっとオソロシイ。





弊社実況席には、非常にたくさんの紙資料が保存されています。

それは、数十年前の専門紙であったり出走表や番組表であったり、あるいは「地方競馬」「ハロン」といった雑誌であったりします。

それらは貴重な情報の宝庫ではあるけれども、ハッキリ言って活用のしようがない。

ヒマにまかせて(…ヒマならば、という意味ですよ)片っ端から読んでいくのは、そりゃ面白いでしょうし、タメにもなるでしょう。

が、今回のように、特定の馬の成績を調べたい、どんな馬だったのか知りたい、というような情報検索には、まるで適応していません。

せっかくの宝の山も、現在ではほとんど紐解かれることなく、年々、かぶるホコリを分厚くしていくばかりです。…もったいない(けど、下手にいじれない)。





もしも。





現在われわれが毎日のように利用している、データベース化され、かつ、容易に検索できる手段が存在しなかったならば。



弊社が持つような、ホコリをかぶった紙媒体に記された情報の山(海か?)の中へ分け入って、目指す情報を探すしかありません。

その場合も、もちろん古いことを目の当たりにしてきた、つまり当時を記憶している人物のサジェストは欠かせません。


何の手がかりもなく、1973年生まれのアラブ系名馬の名だけを提示されても、膨大な記録の海からそれを釣り上げるのは至難の業。ようやく見つけたころには、肝心のレースは終わっていることでしょう(メイクマイウエー:73年生まれ。全日本アラブ優駿楠賞、アラブダービーを制覇した、と記録にあります)。





21世紀の、デジタル化された時代に生きていて、よかったなあ。





この、世にも便利なツールと機能のおかげで、浦和の歴史にその名をのこす名馬たちについて、事前にそれなりの情報を持つことができたのでした。ありがたい。



でもって、当日、浦和競馬場で実況の仕事をしていたら、場内で配布されたレーシングプログラムに、名馬たちの紹介がきちんと載っていたことが判明。

(レーシングプログラム)



(キッチリ、名馬の説明が)




…なんだ、コレがあるって知ってたら、最初から調べもしないでコレ読んでたよ(いや、調べるの、面白かったですけどね)。




てなことがありまして、ふと思うのですが、ちょっと前まで、そういう世界にわれわれは生きていたんですよね。



ええと、そういう世界ってのはつまり、デジタルでなんでもかんでも検索できたりしない、何か思い出したいことがあるとがんばって記憶をたどるか、知ってるひとに聞くか、図書館で調べるかしかない、という世界ですが。



競馬をしていると、昔の話はいくらでもするわけで、

「ほら、あのときのダービー2着がねえ…」

てな話題になったことのない競馬者はいないのです。



で、今は、それってどんなレースだったっけ?どんな馬だったっけ?誰だったっけ?と思った次の瞬間には、検索して調べて答が出て、ふ~ん、そうだったか、懐かしいなあってなるわけですよ。


でもそんなの、この数年でしょ?(オジサンからすると、最近の話なのですよ、それは)。




ちょっと前までは、うかつに

「ほら、あのときのダービー2着が、2着が、…2着が、…誰やったっけ?」

なんてなったら、もう大変。


その場にいる者どもの記憶を総動員して、思い出せればそれでよし、思い出せなかったり、なんだかアヤフヤだったりすると全員が気持ち悪いまま、



こうだったんじゃ?
いやいや、それはいついつのだから、ああだったんじゃ?
いやいやそれも違う…



となり、しまいに隣で飲んでいた見知らぬオジサンまで参戦して大盛り上がりに盛り上がった末、正解がわからないまま、なんてことも珍しくなかったのですよ。



で、酔っぱらってウチに帰ったら誰かから正解を知らせる留守電が入ってたりする。




今のひとたちって(自分だって今のひとだ)、そういうこと、しないでしょうねえ。


どうでもよろしいが、たまには、そうやって何かをケータイやらパソコンやらで調べない、何か思い出せないことがあってもそのままにして記憶にだけ頼る、そういうルールで話したり飲んだりするのも面白いんじゃないでしょうか。競馬に限らず。


ホントにどうでもよろしいが、もう30年ちかくも前、恥ずかしいことにその場にいたメンバー(3~4人だったと思う)全員が、文豪・ヘミングウェイの名を思い出せず、だいたい「老人と海」って最後どうなるんだったっけ?と、それも確固としたことを言えず、たいそう気持ち悪くなったのを思い出しました。懐かしい。





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最終更新日  2018年10月01日 09時00分17秒
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