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2019年11月28日
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カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 禁止薬物陽性馬とか開催中止とかの話が先週からいろいろ変わってきておりますが、そればかり書いていてもあれなので今回はガラッと向きを変えて。

 先週の21日、ウイングアローが世を去ったというニュースが流れました。今回はそのウイングアローのお話。

 ウイングアローと言うと岩手のファン的にはやはり「ダービーグランプリが仕切り直しになったために三冠馬になりそこねた馬」という印象が強いでしょうか。
 1998年、当時『ユニコーンS』『スーパーダートダービー』『ダービーグランプリ』の3つのレースで構成されていた“3歳(当時4歳)ダート三冠”。ウイングアローは二つまでを制して最終戦の盛岡に乗り込んできたのですが、何ということなのか1998年11月23日の盛岡競馬場は大雪。5Rまで行ったところで取りやめとなり、ダービーグランプリは半月後の水沢競馬場で行われる事になりました。
 それでも実力的にウイングアローの三冠達成は難しい事ではないと思われたのですが、ナリタホマレを捕まえきれなかったウイングアローは4/3馬身差の2着。ダート三冠達成の夢は水沢に消えてしまったのでありました。


★98年ダービーグランプリ/内側にいるのがウイングアロー

 当時の写真を探してみたのですがフィルムをスキャンしないといけなくてちょっと準備ができなかった。別件でスキャンしてあったのを発見しました。寒い寒い水沢競馬場だった記憶がありますねえ。
 後々の話になりますが、この時敗れたナリタホマレとはその後5回戦っていますがいずれもウイングアローが先着しています。ウイングアローから見れば6戦5勝2着1回。そのたった一度の敗戦がダービーグランプリだったわけです。

 翌99年のウイングアローは順調さを欠き5戦して勝ち星なしに終わりましたが、南部杯3着など掲示板は外さず、対古馬でも十分にやれる事を証明しました。結果的には彼のキャリアの中で1年間走って未勝利だったのはこの年だけでした。


★99年南部杯のパドックにて。メンコのトレードマークの星が大きい気がするけど気のせい?

 2000年はウイングアローにとって飛躍の年になりました。フェブラリーSを制して初G1タイトルを手にすると秋には第1回ジャパンカップダートも優勝。一気にダート古馬の頂点に駆け上がります。
 2000年のフェブラリーSは「メイセイオペラが連覇を阻まれた」というイメージが強くて申し訳ない(苦笑)。とはいえ直線最後方近くから追い込んだこのフェブラリーS、一転して馬なり4角3番手から押し切ってしまったJCダート、いずれも強い競馬だったと思います。


★2000年帝王賞でのウイングアロー。昔の大井のパドックは照明が暗くて苦労しましたね


★ウイングアローに武豊騎手が乗ったのは実はダービーGPとこの帝王賞の2度だけ




★メイセイオペラも出走していました。メイセイオペラは14着、ウイングアローは5着


★2000年の南部杯では岡部幸雄騎手が騎乗。帝王賞で敗れたファストフレンドには借りを返すもゴールドティアラの激走に及ばず2着

 もともと南井克巳騎手(現調教師)が主戦だったウイングアローでしたが、同騎手の引退に伴って鞍上が転々とし、この頃は岡部幸雄騎手が主戦のような形になっていました。JCダートを勝った際も岡部騎手ですね。

 2001年のウイングアローはG1でも上位人気に推されるようになりましたが成績的にはやや苦戦。フェブラリーSはノボトゥルーに、JCダートはクロフネに阻まれて連覇ならず。


★2001年の南部杯。このときも岡部幸雄騎手が騎乗して5着。勝ったのはアグネスデジタル


★同じく2001年のJCダートパドック。クロフネの2着でしたが、まあクロフネ強すぎでした

 その2001年末、1番人気で挑んだ東京大賞典で10着とダートでは初めてふたケタ着順の大敗を喫し(勝ち馬はトーホウエンペラー)、続くフェブラリーSでも9着に終わった所でウイングアローは引退、種牡馬入りしました。
 当時、馬主のご家族がパソコン通信によく出てこられていて、「ダービーGPで勝ちそびれた盛岡で一度勝ちたい」と南部杯に3年連続で出走したりもしたウイングアローでしたが、結局盛岡では勝てずに終わりました。東京ダートでは最後のフェブラリーSを除けば2着以下が無かったんですけどねえ。盛岡とはなにか相性が悪かったのかもしれません。
 まあしかし、毎年のように凄いダート馬が登場していた時期でもありましたよね。クロフネ、アグネスデジタル。ゴールドティアラやファストフレンド、メイセイオペラやトーホウエンペラーもそうです。もう少し遅く生まれたら・・・今度はアドマイヤドンがいるんだよなあ。少し早く生まれていたらメイセイオペラやアブクマポーロがいるし。どちらかといえば運というかタイミングに恵まれなかった馬だったのかもしれません。

 さて次の写真は少し時間が飛んで、青森・東北牧場に移ってきた後のウイングアローです。当初北海道で種牡馬生活に入った同馬ですが2007年に青森に移動。翌2008年の秋にお邪魔した際の写真。現役時代はちょっとほっそりしたイメージがありましたが、種牡馬になってさすがに貫禄がぐっと増してます。






 そして次は種牡馬引退後の2016年2月。​『引退名馬』​の取材で伺った時のもの。既に21歳でしたが元気でしたねえ。一度収牧したのをまた出してもらったせいもあるんでしょうがなかなか動きを止めてくれなくて。当時の記事にもあるように放牧から帰ってきた馬を見つけるとキッと睨んでみたりして、この年齢にして気持ちも若かった様に感じました。そのくせ担当の長濱さんにはめちゃ甘えるというギャップ。ギャップ萌え。












 ウイングアロー産駒としては、岩手でまず挙がるのはやはりサイレントエクセルでしょう。2006年ダービーGPで3着、ビューチフルドリーマーC連覇など一時代を築いた女傑でした。


★サイレントエクセル(2007年ビューチフルドリーマーC)

 青森時代の産駒を挙げるならば“母トランスパランスの全きょうだい”トーホクアロー、トーホクフェアリー、ウマノジョー。
 トーホクアローは重賞勝ちこそないとはいえ桐花賞で5年連続入着、条件級に下がった今でも父譲りのマクリ脚を武器に活躍。
 トーホクフェアリーはアローほどの末脚の爆発力はないかもしれませんが非常に堅実。そして今季はアローと同じクラスにいることが多いので“きょうだいワン・ツー”も演じています。


★10月6日の8Rは1着トーホクアロー・2着トーホクフェアリー。全きょうだいのワン・ツーというレアな決着

 ウマノジョーは岩手にいる頃からいずれ走る馬だと評判でした。のちに東京記念を勝ったのも不思議とは思わなかったですね。


★2015年10月4日に盛岡で勝った時のウマノジョー

 種牡馬としてはJRAG1級の馬こそ出なかったウイングアローですが、競走馬時代を彷彿とさせる個性的な産駒は送り出しているように思います。サイレントエクセルからチャイヤプーンも出ましたし、少なくとも岩手ではウイングアローの存在感はまだしばらく薄れないのではないでしょうか。いや、薄れないと思います。






最終更新日  2019年11月30日 00時48分48秒
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