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横川典視

2020年05月28日
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カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 さて今回は、先週書こうと思っていたややのんびりしたネタを。
 岩手県は非常事態宣言が解除、全国的にもまもなく解除の段階になり、移動自粛も徐々に・・・というところまできましたが、以前のように自由に行き来できるのはまだもう少し先でしょうか。
 という事で、おうちで、ネットで、岩手競馬の事を楽しんでいただければという趣向。盛岡・水沢競馬の「旧競馬場」をネットの情報から探して眺めてみよう!のお話です。

■盛岡競馬場
 「盛岡の競馬場」は歴史的に4箇所存在します。
 まず一つが一番最初の“盛岡競馬場”である『菜園馬場』、次に『旧黄金競馬場』、旧盛岡競馬場である『黄金競馬場』、そして現在の『OROパーク盛岡競馬場』です。

●菜園馬場/1871(明治4)年~1903(明治36)年
●旧黄金競馬場/1903(明治36)年~1932(昭和7)年
●黄金競馬場/1933(昭和8)年~1995(平成7)年
●OROパーク盛岡競馬場/1996(平成8)年~

 時系列では上記のようになります。

 菜園馬場ははっきりとした資料を見たことがないのですが、明治~大正期に菜園にあった「岩手県農学校(現在の盛岡農業高校。宮沢賢治が在籍した盛岡高等農林学校とは別)」の農場の風景写真の中にラチらしきものが写っているものが残っています。
 その菜園馬場ですが、『岩手県競馬組合30周年記念誌』には当初約1000mだったコースが明治19年に一周約1800mに拡張された、とあります。とすると現在の菜園地区のほぼ全体におよぶ範囲の外周がコースだったという事になるのですが、実際はどんなものだったのか?明治時代の1/25000地図に手がかりがありそうなので別途調べて見たいところ。ちなみに現在は完全に都市化。


★明治時代の地形図から想定するとだいたいこんな形状ではないかと思われます(出典GoogleMap)


 旧黄金競馬場は住所で言えば盛岡市高松2丁目。googleマップではこのあたり。


★盛岡市高松2丁目付近(出典GoogleMap)


 昭和初期まで存在したおかげで旧々の、90年以上前になるところにも関わらず写真がそれなりに残っており、往時の雰囲気が今に伝わるのは幸い。しかしリアルの方はというと、移転後に跡地が綺麗に圃場整備されており、移転直後の段階からすでにほぼ痕跡がわからなくなっています。


★1948(昭和23)年の米軍撮影航空写真(出典/国土地理院航空写真)移転廃止後15年程ですが全く痕跡なし

 今に残る写真を見る限り、斜面の少し高い所からコースを見下ろすような形のようですが、実際はコース北東側の八幡森の辺りがやや高いくらいで他はほぼ平坦。そこで圃場整備されたらそりゃ何も残らないですよね・・・。


★旧黄金競馬場開催風景(『岩手競馬30周年記念誌』より)。奥側の小高い丘が八幡森と思われる

 改めてgoogleマップを眺めると旧黄金競馬場の外周の形をうかがわせるかのような道路があるのが分かりますが、その形状自体はあくまで地形に沿ったに過ぎないものなのかなと思います。まあ旧黄金競馬場のコースも地形に沿っていたわけですから、今もある道路の形が旧黄金競馬場の形状を伝える・・・と言ってもいいのかもしれません。

 なお、現地は1969(昭和44)年頃から宅地化され始めており、現在は住宅が立ち並ぶ住宅地になっています。現地に行ってしまうと逆に見晴らしが全く効きませんのでgoogleマップと古い航空写真を見比べる事をおすすめします。

 新黄金競馬場であり旧盛岡競馬場は、現在は公園として市民に親しまれる場所になりました。2年前のこのブログでも触れたのですが、当時はまだ工事中だった部分も完成、昨年には『こがねパーク高松』という愛称も決まりました。




 かつての盛岡競馬場の内馬場には貸しテニスコートがあり、料金が比較的安価だったという事で平日などには賑わっていたそうです。時を経て再び、気軽にスポーツが楽しめるエリアになったわけですね。


★旧盛岡競馬場の向こう正面の坂はほぼそのままの勾配で道路になっています

 かの有名な(?)向こう正面の急坂もなんとなく雰囲気が味わえますのでお近くの方はぜひ一度訪ねてみてください。


★旧黄金競馬場と旧盛岡競馬場の位置関係。1962年撮影航空写真(出典/国土地理院航空写真)

 ところで、​こちらの個人の写真ブログ​、第2次世界大戦終了後に盛岡に進駐した米軍将校が撮影された当時の盛岡の風景(一部平泉や福島県郡山らしき写真あり)の中に旧盛岡競馬場のカラー写真があります(Slide37と38)。説明によれば昭和24~25年頃。向こう正面の山並みはまさしく旧盛岡。そして当時から騎手ごとの勝負服が使用されていた事もうかがえますね。この中に見える決勝線前の小屋?は他の写真には写っていない。いずれにせよ終戦直後の頃のカラー写真は貴重ですな。

■花巻競馬場
 『いわての競馬史』によれば花巻競馬は1925(大正14)年に地元有志が設立、1938(昭和13)年に廃止されたとあります。開催主体は「稗貫郡産馬畜産組合」。元々春秋に2日間ずつ程度の開催だったうえ、末期は年に1回とか、それすらも休止という不定期の開催になっていたようです。
 戦後に撮影された航空写真の中にそのコースの姿が残っています。一周1600mの特に変形のない形態で、今の地形から考えて大きな勾配は無かったでしょう。


★1948(昭和23)年の米軍撮影航空写真による花巻競馬場跡(出典/国土地理院航空写真)

 現在は花巻市南諏訪町になります。跡地は宅地化が進んでおり当時の痕跡はありませんが、道路の形状や地形の一部にコース形状をうかがわせる物があります。花巻病院内にもなんとなくコーナーらしき敷地というか植生の形状が見えます。


花巻市南諏訪町付近(出典GoogleMap)

 数年前に訪れた際の写真がこちら。直線やコーナー部分を想像できる道路でした。

★この直線道路はおおむね内ラチ側の、コース幅1/3分?くらいにあたると思われます


★花巻病院の敷地内に入っていく道路の形状がコーナー部分の曲線の面影を残しているようです


★撮影方向(出典GoogleMap)


■水沢競馬場
 今は北上川の近くにある水沢競馬場は、元はもっと街中の、現在の水沢公園のあたりにあったのだ、ということをご存じの方は多いと思います。
 しかし、“水沢競馬場”は意外に細かく変化してきているのです。

●水沢競馬場(駒形神社500m)/1901(明治34)年~1908(明治41)年
●東競馬場(駒形神社800m)/1909(明治42)年~1923(大正12)年
●旧水沢競馬場・前期(中上野・1600m)/1924(大正13)年~1945(昭和20)年
●旧水沢競馬場・後期(中上野・1200m)/1946(昭和21)年~1963(昭和38)年
※前期・後期は便宜上付けたものです
●現水沢競馬場/1964(昭和39)年~

 一番最初の「水沢競馬場」と次の東競馬場は駒形神社のすぐ南に隣接していたと思われます(駒形神社の境内の森のすぐ横で競馬が行われている写真が残っています)。現在は球場や陸上グラウンドになっている辺りです。

 旧水沢競馬場は東競馬場のやや南側にありました(後で改めて触れますが東競馬場と旧水沢競馬場のコースが重なっていた可能性があります)。『いわての競馬史』によると当初一周1600mで作られて、後に1200mに改修されたとあります。
 その痕跡がうかがえるのが下の航空写真。1948(昭和23)年米軍撮影のもので、改修から2年後です。


★1948(昭和23)年の米軍撮影航空写真による旧水沢競馬場(出典/国土地理院航空写真)

 はっきりと見える小判型のコースが「1200mに改修された後の旧水沢競馬場」。その周囲にもうひと回り長いコース跡地らしき形状の農地があるのがわかるでしょうか。ここが「1600mの旧水沢競馬場」のコース跡になるはずです。


★上の写真より。向こう正面?がくびれた形のコース跡が見えます




 上の年表では便宜上前期・後期とした旧水沢競馬場が連続しているように書きましたが、実際は戦争激化の影響をうけ水沢競馬は1939(昭和14)年の開催をもって一旦休止になっています。上の写真のように旧コース部分が2年ほどで綺麗に分割され農地化してしまうのはちょっと変化が速いように思えますし、もしかしたら休止中の数年の間にコースの一部あるいは大部分が放棄されていたのかもしれません。

 そしてもう一度同じ写真を見ていただくとですね、駒形神社の南側部分、東競馬場があったであろう敷地が、概ね楕円形を残しているのですが、一部が旧水沢競馬場と重なっているように見えます。
 当初の東競馬場のコースをギリギリ避けて旧水沢競馬場が作られたとしても不自然ではないのですが、少し重なるくらいのおむすび型の形にするとちょうど800mくらいの楕円が作れます。とすると、元あった東競馬場の形状をあまり考慮せず一部横切ったりする形で旧水沢競馬場(前期)が作られたのか?さて実際はどうだったのでしょうか・・・?


★水沢公園付近(出典GoogleMap)

 ちなみに当時の航空写真では現在の水沢競馬場があるあたりも撮影されておりますが、当然ながら一面の田んぼになっております。


■一関競馬
 岩手の競馬史上には「一関競馬」が登場します。これは第二次大戦直後の相次ぐ水害被害の復旧資金を競馬収益から得るために、一関市が特別指定を受けたうえで水沢競馬場において「一関市営競馬」を開催したというもので、一関競馬独自の競馬場が存在したわけではありません。
 なお一関市営競馬(一関市営組合営競馬)は1963(昭和38)年まで行われていました。

 さて、これ系のお話の次回は厨川駅が出てくるのですが、いつ書けるかな・・・。







最終更新日  2020年05月29日 12時06分48秒


2020年05月21日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 遅くなってすいません&また地味なネタですいません。あの「赤字12億」というニュースが衝撃的で、その事に触れるのにいろいろ考えていました。本当はもっとのんびりしたネタを書こうと思っていたのですが・・・。

 とりあえず見出しになって目を惹いた『今年度収支12億6000万円の赤字』は、その報道の中でも触れられているように「ごく機械的に試算した」数値だろうとのこと。


 ここからは自分の手元での計算です。

 今年度予算の詳細資料が手元にないので一昨年度の決算資料を見直してみるに、「広域受託協力金」(※岩手で発売する他場の場外発売の利益。平日にやっている方の他場発売)を年度で12億円ほど見込んでいると思われまず。まずひとつはこの「広域受託協力金」の部分。これが「無くなる」という想定。
 プラス、『当初の発売計画をもとに』ともあるように、年度の発売計画額約400億円をベースに自場分や他地区委託分が無くなり全部ネットになったらという仮定で計算すると手数料増加でだいたい10億円の利益減。
 「広域受託協力金」の12億と手数料増の分の10億は通年での計算なので、半期だとすれば11億。細かい金額や比率が違うだろうからきっちりは合いませんが、だいたいこういう“機械的試算”なのではないかと。ここまで計算終わり。

 また、繰り返しになりますが『当初の発売計画をもとに』ともあるように、12億円分を引いたであろう元の部分はあくまでも“年度当初の収支計画”からの金額で、現在の(手数料分が多いとはいえ)対前年比150%になる発売額や無観客開催で不要になった経費の部分などは考慮されていないだろう、とも。

 ゆえに『今年度収支12億6000万円の赤字』は現実的な数字ではなく、それよりは「仮にネット発売が好調に推移した場合でも3億6000万円の赤字となる見通し」という話の方がより起こり得るだろう数字。
 しかしそれにしてもあくまでも『9月一杯無観客が続いた場合』、『当初の発売計画をもとに』ですから、例えば当初の予算に入っていた設備更新を保留する等でカバーできるものになるようですし、9月一杯無観客という前提条件も”岩手競馬の年度の半期分”という区切りで想定した条件です。

 という事で、賞金手当削減とか、さらには存廃危機とか、現時点ではそういう状況では無いと言えます。自分がTwitterとかで「数字が独り歩き」と書いたのはそういう事で、見た目のインパクトが強すぎる数字が前に出てしまったのでまたしても「廃止か!?」みたいな印象が先に広まった。
 もちろん、広域受託協力金の部分が無いのは痛手には間違いないですし、長期的に考えて今の「自粛バブル」の売上増がいつまでも続くとは思えない。さらにはこの先の不況の影響も出てくるでしょう。その時はまた状況が変わって来ます。が、現時点では廃止問題には直結しません。

 ところで、ネット発売のおかげで好調だけど「実際どれくらい売れたら良いの?」という話を耳にします。
 凄くざっとですが岩手の場合は昨年比125%~130%で“手取り部分”が釣り合うのかなと。反対に言えば8掛けですね。なので、ネット発売オンリーなら1日平均5億売れたらな、売れるようにしないとな・・・というのが正直なところではあります。






最終更新日  2020年05月22日 13時15分10秒
2020年05月14日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 先週をもって春の水沢競馬が終了し、来る17日からは2開催・約一ヶ月間の盛岡開催がスタートします。感覚的には半年ぶり、そして、この後の水沢開催は冬までの間に3開催分しか無いですから実質的にこの先半年間は盛岡開催が続く感覚でもあります。


★昨年の盛岡開催開幕日。今年の岩手山はもっと雪が少ない感じ

 ただし盛岡競馬場では芝コースの改修を行うため、芝レースは7月の盛岡開催まで行われません。24日に組まれている2歳新馬戦も芝ではなくダート戦になります。芝レースを楽しみにされていたファンの皆さんにはもう少し待っていただかないとなりませんね。

 コース替わり、それもこの初夏の水沢→盛岡と冬の盛岡→水沢は、長く走り続けたコース形態が一変するだけでなく“そのコース初出走”になる馬が多い事もあって予想が難しくなりがちで、昨年のこの時期なども毎日のように10万馬券が飛び出す荒れた日々がほぼ一開催続きました。
 今年も、「砂が深めで時計がかかる」水沢から「ほどほどに脚抜きが良い(と思われる)」盛岡に変わる事が大きな影響をもたらしそうです。果たしてどんなレースが繰り広げられるか・・・。自分の予想は当たるのか・・・。


 さて今回は「二つの復活劇」のお話です。まず最初は小林凌騎手。

 4月26日の第10R『仲春特別』。優勝したキングジャガーに騎乗していたのは小林凌騎手。昨年9月30日以来7ヶ月ぶりの実戦復帰を果たした日に、見事“復帰後初勝利”を挙げたのでした。



 小林凌騎手が負傷したのは昨年9月30日の盛岡第9R。自分はその時オーストラリアに行っていたので、同騎手がレースに騎乗しているのを見たのはその前の週まで。黒と桃色の勝負服を競馬場で見るのも7ヶ月ぶりの事です。


★4月26日・9R。怪我からの復帰戦

 復帰戦となったのは26日の9Rで、この時は5着でした。引き上げてきて「久しぶりのレース、思った以上にキツイです!」とちょっと苦しそうな表情を見せていた小林凌騎手だったのですが、直後の騎乗で勝つのですから大したもの。
「馬の手応えは良かったのですが最後は人間のほうがバテ気味でした。馬に助けられた。馬の力で勝たせてもらった感じです」とレース後の小林凌騎手。普段はあまり苦しいとか疲れたとか言わない騎手だから、この時はそのとおり、人の方の“息が入らなかった”のでしょう。

 ちなみにキングジャガーも昨秋に佐賀に移籍していて、この時のレースが岩手に戻ってきた初戦。奇しくも“復帰初戦”コンビの勝利でもありました。

 「怪我をしたその日のうちに栃木の実家に帰って、その後は実家で治療休養していました。競馬はTVやネットで見ていましたが、ちょっと“悔しいな”と思ったりしましたね。やっぱり同じ世代の騎手がレースで活躍しているのを家で見ていたくないっていう気持ちはありました。でも自分は競馬が好きだから」

 自分はてっきり、怪我をした後もしばらく岩手に居たのかと思っていたのですが、聞くとその日のうちに実家に戻っていたとの事。まあ右手を怪我していたら日常生活にも困るものね。ご両親が迎えに来てその車で帰ったそうなのですが、脳震盪もあったので「車が揺れるとすぐ気持ち悪くなるから、サービスエリア毎に休憩して時間をかけて帰る」というなかなか壮絶な道のりだったとか。

 そして、今年に入って馬に乗れるようになってからはノーザンファームで一ヶ月ほど騎乗してから岩手に戻ったという小林凌騎手。しっかり準備をしていた事が復帰初日の勝利につながったのでしょう。


★重賞ダイヤモンドカップにも騎乗

 「今年は成績云々よりも、怪我をしないで1シーズン乗り通したい。それが目標ですね。あと、関本玲花騎手とまだ一緒にレースに乗ってないですからそれも目標ですよ」

 昨年、関本玲花騎手がデビューしたのは、小林凌騎手が怪我をした翌週。そして今年、小林凌騎手騎手が復帰する直前に関本玲花騎手が負傷してしまったので、この2人はちょうど入れ替わりの形なんですよね。
 関本玲花騎手が実戦に戻るのにはもうちょっと時間がかかるかな。でも、やはり長く実戦を離れていた関本淳騎手も戻ってきましたし、小林凌騎手もそうですし。関本玲花騎手がレースに戻るその日まで、他の騎手が怪我をすること無く進んで、そして在籍全騎手が揃った岩手競馬を見たいと思っています。


 もう一つの「復活劇」は、5月10日の第2レースにて。このレースに出走したナグラーダ号がそのお話の主役。




★5月10日第2レース/パドックを周回するナグラーダ


★スタート後の直線を進む

 レースの結果こそ4着でしたがこのナグラーダ号、一度は競馬場を離れて乗馬クラブに移りながら、そこから再び競馬場に戻ってきたという「復活」を成し遂げた、その画期的なレースだったのでありました。




 同馬を管理する橘友和調教師によれば、「骨折の治療に半年ちょっとかかる、となって、元のクラブさんも再ファンドを断念するという事になって、それで馬っこパーク(滝沢市にある乗馬クラブ。かつてはトウケイニセイもここで余生を送っていました)で預かってもらったんです。でもね、3月くらいには治ると思っていたんですよ。治れば走れるだろうとも。そこからいろいろな人がこの馬を競走馬に戻そう、競走馬として走れるのならその馬生を送らせよう、と動いてくれて、馬主さんも賛同してくれて。そのおかげでもう一度競走馬として走れる事になったんです」

 一度引退してからの復帰という例は無いわけではない話ですが、ナグラーダ号の場合は実際に乗馬転向を視野に入れての馬っこパーク行・・・からの現役復帰ですから、それなりにレアケースになるのではないでしょうか。
 この辺のお話はいずれもうちょっと詳しく書きたいと思っています。

 レースで手綱をとった大坪慎騎手は「1年ぶりの実戦でこの水沢の深い馬場でしたから、最後は息が保たなかったでしょう。もっと軽い馬場なら良かった。走りには問題ないからいずれチャンスもあると思いますよ」と言っておりました。盛岡開催になればナグラーダ号がもっと上位を争うチャンスもあるのではないでしょうか。これからも注目していきましょう。







最終更新日  2020年05月15日 04時27分29秒
2020年05月07日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 史上稀なほど静かなGWも終わりましたね(まだ終わってない方もいる?)。競馬の仕事、特に地方競馬の仕事をしていると盆暮れ正月&GWというものはだいたい無いので・・・とは思うものの、それでもいつもと感覚が違う、空気感というか肌触りというか。


季節は同じ様に進むのですが

 5月3日に行われた3歳重賞『ダイヤモンドカップ』は2番人気に支持されたグランコージーが優勝しました。
 乾いた良馬場、逃げた馬には不利な結果が続く馬場傾向の中で逃げをうつ真っ向勝負。それで結果は9馬身差の圧勝なのですから誰もが「強い」と認める走りだったのではないでしょうか。


★ダイヤモンドカップ優勝/グランコージー



★満面の笑みで引き上げてきた鈴木祐騎手


★本コースでの口取り撮影。昔の口取り写真ではよく見たアングルですが最近は珍しい

 昨年の寒菊賞後に南関東に移籍していたグランコージーはクラウンカップの一戦のみで岩手に戻ってきたのですが、前回も触れたようにそれは当初の予定通りで、このレースはいわゆる“一叩き”を済ませて挑む形になっていました。レース前の陣営からも「力をつけて帰ってきたという手応えを感じる」というお話をうかがっていましたが、9馬身もの差をつける強さは陣営の想像以上・期待以上だったようです。


★今回のグランコージー・パドック


★昨年6月のデビュー戦時のグランコージー・パドック

 グランコージーのデビュー時の馬体重は469kg。それから約11ヶ月経った今回のそれは498kgで+29kg。比べると、馬体に幅が出てきて全体にしっかりした体つきになってきたように感じますね。
 まずは一冠を手にしたグランコージーは次戦は東北優駿に向かうことになるでしょう。距離が2000mに伸びる点はベルシャザールの血統がサポートしてくれるでしょうし盛岡コースも経験済みです。何より当面のライバルたちを寄せ付けなかったのが大きい。二冠目に向けて展望が大きく拡がる勝利と言っていいでしょう。

 ただ、敗れた側も決して「これで決着」とは思っていません。例えば2着のフレッチャビアンカ、4着だったサンエイキングダム。レースの結果が出た後に千葉幸喜調教師・佐藤浩一調教師にお話をうかがってみましたが、どちらもグランコージーの強さを認める点は同じくしつつ、しかしこの着差がそのまま実力の差ではないはずだ、という点でもそれぞれ“一致”していました。馬場傾向であり展開であり、あるいは成長度であり、もう少し“やれる”条件があるはずだと。


★フレッチャビアンカ


★サンエイキングダム

 この先の2000mの戦い、ひと夏を越した後の戦いというのはどの馬にとってもまだまだ未知の道のりです。今回はグランコージーが際立って強かった。しかしライバルたちもまだまだ諦めてはいないという事は覚えておきたいですね。

 ところで、先週の水沢競馬は3日間とも“荒れまくった”印象がありました。改めて調べてみると今年の5月3日~5日の全35レースで3連単万馬券が21回、昨年の同じ5月3日~5日は全36レースで3連単万馬券20回なのであまり変わらない。変わらないどころか今年は1回だけだった10万円超えの配当が昨年は5回も出ていたので“荒れ方”は昨年の方が凄かった。

 それでも荒れた印象があるのは、馬場傾向の影響というか印象のせいのように感じます。


★砂の入れ替え後初めてと言っていい「パサパサの良」

 水沢競馬場は昨年の秋に砂の入れ替えを行って、それまでの極端に時計が速いコースから“普通”のコースになりました。ですが、すぐに冬に入り12月から1月はほとんど「不良」。この春も良馬場発表の日はあったものの「稍重から回復しつつある良」という感じだったので、「ずっと雨が降っていない乾ききった良」でのレースは、実は先週が砂の入れ替え後初めてと言って良かったと思います。
 極端に深いとかコース取りによって差が大きいとかいうわけではないようなのですが、パワーを要求される砂になっているのは間違いないようで、そういう馬場状態での巧拙、得手不得手がはっきりしてしまっているようです。
 春の水沢開催は残り一週、10日には少し雨が降るようですのでまた傾向が若干変化しそうです。馬もそうですが予想する方も「馬場傾向との戦い」になりそうです。






最終更新日  2020年05月08日 03時00分59秒
2020年04月30日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 いつもの年ならGWですねえ、連休ですねえ、でも競馬の世界で仕事をしていると連休あんまり関係ないですねえ、というネタフリをするのですが、今年はそういう感じではないですね・・・。
 東京なんかに比べればピリピリムードはね、それほどでもないのかなとは思います。公園で子どもが遊んでいても咎めるような雰囲気はないし、そもそも小中高が休校してなくて(GW期間は休校)、例えば部活動なんかも制限付きではあるようですが行われていますしね。

 そんな話をすると「感染者数ゼロだから油断しているのか」とか言われそうですけど、そういうわけでも無いんじゃないかなと、最近思うようになりました。

 岩手県内でも4月25日からパチンコ店の休業が行われているほか、大規模商業施設の一部自粛、飲食店の営業時間短縮、公共施設の休業なども広まっています。図書館や体育館、運転免許センターは岩手でも閉鎖です。
 都会で広まってきたコンビニやスーパーのレジのビニールシート。これも自分が見かける範囲ではたいていどこにでも設置されているようになりました。
 自分は家で仕事をしていますから通勤というものをしない(競馬場に行くのが通勤といえばそうですが)ので日常の行動範囲は狭いんですけど、そんな範囲でも変化を感じるようにはなっています。

 岩手県の人にとってはやっぱり、震災の記憶がまだ強いから、なんじゃないかなと思います。
 震災から一ヶ月位は、毎日のように緊急地震警報が鳴る中で息を潜めるような生活をしてきた。沿岸の被災地の皆さんはもっと長い間不自由な暮らしをしていた。
 そういう重圧がある中で普通の生活をしていく・・・という意識というか感覚というか、そういうものが9年経っても残っていたんじゃないのかな、と。宮城や福島の方もそうなんじゃないかと思ったりするのですがいかがでしょうか。


 さて、そんな中で行われた3歳牝馬の交流重賞『留守杯日高賞』。4頭の遠征馬が出走しましたが、コロナ対策で騎手は地元騎手、遠征馬の調教師も基本的には岩手の調教師の臨場代行で対応する形で行われました。
 結果は遠征馬が上位独占。栄冠は浦和のボンボンショコラ号が手にしました。


★留守杯日高賞/優勝ボンボンショコラ


★小久保調教師は臨場しなかったので口取りは代行の三野宮通調教師が

 逃げて勝っているのでそのラップタイムがレースのペースという事になるのですが、1000m通過が1分3秒2、上がり3ハロンが40秒6。これは一つ前の同じ距離で行われた古馬A級戦とほとんど同じ(古馬A級戦もキングジャガーの逃げ切りでしたが1000m1分2秒9、上がり3ハロン40秒7)。
 古馬には速くもなく遅すぎもせずの逃げ切りペースだったとしても、この時期の3歳牝馬にとっては厳しいペースだったでしょう。マイルが初めてという馬も多かった地元馬にとっては簡単に太刀打ちできるペースではなかったという事。

 ところでボンボンショコラの父ノーザンリバーは2014年と2015年のさきたま杯を連覇、2014年は東京盃も制しその年の盛岡JBCスプリントにも出走していたスプリンター。2015年のさきたま杯の際には岩手のラブバレットとも対戦しています。


★JBCスプリント出走時のノーザンリバー

★2015年のさきたま杯。ノーザンリバーに追いすがるラブバレット

 2015年に引退し2016年から種牡馬。2017年生まれのボンボンショコラが初年度ということになりますが、その最初の年の産駒こそ10頭以上がデビューしたものの翌年からは急減してしまいました。
 しかしそんな決して多くない産駒の中からボンボンショコラ・インザフューチャーの2頭の重賞勝ち馬が現れたのですから、産駒の活躍が再びノーザンリバーに注目を集めるきっかけにもなるのではないでしょうか。
 ちなみにボンボンショコラの同期の初年度生まれの中にはマイネヴィント(2012年北上川大賞典)、2年目の2018年生まれにはクインオブクイン(2009年ビューチフルドリーマーC)といった岩手にも縁がある血統の産駒がいます。ちょっと気になりますよね。


 そして今週末には今度は岩手の3歳三冠路線・第一戦『ダイヤモンドカップ』が行われます。
 昨年は8月に行われたこのレース、その前は6月の「ダービーウィーク(シリーズ)」の中で「岩手ダービー・ダイヤモンドカップ」として行われていた記憶が新しいファンの皆さんも多いことでしょう。
 しかしダイヤモンドカップは元々は5月の連休頃に行われる3歳の特別戦→重賞で、その後に行われる東北優駿(三県交流時代)や以前は夏に行われていた不来方賞へのトライアル的位置づけの登竜門。1997年にはあのメイセイオペラが、当時は特別だったダイヤモンドカップを圧勝して東北優駿制覇につなげたりもしています。ある意味、元々の役割に戻った、とも言えますよね。
 注目の一頭はまずフレッチャビアンカ。ここまで準重賞「奥州弥生賞」、重賞「スプリングカップ」を連勝、それも圧倒的な力を見せつけてきました。今回はスプリングカップと同コース・同距離。同馬を管理する千葉幸喜調教師も「自身の調整は順調。力量も証明済み。気になるのは今回初めて対戦する馬」と言います。


★フレッチャビアンカ(スプリングカップ優勝時)

 その“初めて対戦する馬”がグランコージーを指すと考えるのはごく自然。昨年は2歳重賞を2つ制し岩手の2歳最優秀馬にも選ばれていた実力馬が岩手復帰戦に挑みます。
 南関へ移籍しての戦いは先日の川崎・クラウンカップのみに留まったとはいえ激戦の中での6着は十分に価値が高いもの。そしてその週のうちにもう岩手に戻ってきていたのですから復帰も当初からの予定通りです。
 「昨年は早めに休養に入りましたがその間も牧場で乗り込んでいましたし、南関東で一戦して実戦の勘も戻っているでしょう。なにより高いレベルで戦えた経験値は大きい。昨年よりも成長していると感じますね」と櫻田康二調教師。


★グランコージー(寒菊賞優勝時)


 もう一頭いる“初対戦馬”がサンエイキングダム。4月20日の今季初戦を2着に10馬身差をつける圧勝で決めて、同様に大差勝ちを演じたデビュー戦以来の派手な強さで復活をアピールしました。
 同馬を管理する佐藤浩一調教師は昨年のデビュー前から本馬の素質を高く評価されていたのですが、なかなか大きなレースで結果が出なかった。とはいえ昨年の寒菊賞ではグランコージーから0.6秒差の5着。岩手3歳世代の中では侮れない力を持っている馬なのは間違いありません。前走の圧勝劇が本馬の本当の力が開放された、その兆しなのか?には要注目です。


★サンエイキングダム(4月20日第9R優勝時)

 前哨戦を勝ち抜いてきたフレッチャビアンカがその勢いのままに一冠目を手にするか?あるいはグランコージーが貫禄をみせるか?はたまたサンエイキングダムがその素質を見せつけるのか?楽しみなダイヤモンドカップになりそうです。






最終更新日  2020年05月01日 13時06分14秒
2020年04月23日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 前回も書いたのですが、先の週末の桜も綺麗だったので、今回は「水沢競馬場の桜」特集にしよう、というお題。

□1コーナー脇の桜
 まず最初は『1コーナー脇の桜』からいきましょうか。競馬場のコース脇では一番最初に咲くのが向こう正面退避所脇の桜の木と1コーナー脇の桜です(咲きだす早さだけならば競馬場の周辺の何箇所かにもっと早い木がありますし、例えば水沢公園あたりは競馬場より少し早い)。なぜ早いのか?は実はあまり良く分かってなくて、陽当りとか土壌とか、何かがあるのだろう・・・とは言われております。






 自分はここの桜の木の下に停められているトラックの荷台を借りて撮ったりしています。ゲート方向を見通すアングルが自分は好きなんですけど、写真にすると伝わりづらいかなあ。



 引き上げてくる馬と絡めるのも良いですね。



 ちなみにこちらが向こう正面退避所脇の桜。1コーナー脇の木と共に、満開になった時には中継カメラで抜かれたりしていますね。

□向こう正面の桜並木
 咲くのが非常に早かった今年なのですが、ほぼ2度の週末にわたって見頃を維持してくれたのには驚きました。ある程度咲いてからの気温が低めだった事と、雨が降ったり強い風が吹いたりもしたのですが、咲いたばかりだったので耐えてくれた事。おかげで満開に近い光景を長く見ることができました。いや本当に惜しいなあ。皆さんに見てほしかった。













 今年は並木の中に入るのは自重しまして、スタンドから、あるいは後ろの土手からに留めました。先週末は裏側の列の木も満開になっていて21日頃は散り始めた頃合い。



 この間、丸一日好天という開催日は無かったもののそれなりに青空も見えて、桜並木は最後まで綺麗に見えていたのでありました。

□内馬場から向こう正面の桜並木
 内馬場から見る桜並木も綺麗なんですよね。コース沿いに植えられたユキヤナギやレンギョウの開花とタイミングが合えば“花の中を走る馬”のような光景を見ることができます。



 許可を得て内馬場から撮影。中継に映らないよう注意しながら撮りました。例年であれば内馬場から桜並木を背景に駆け抜ける馬たちの姿を撮っているファンの皆さんの姿が中継の中にも映り込んでいたはずです。

□1600mスタート地点裏の桜並木
 桜が咲いている時に行ったのは実は初めてなんです。スタンド側からはいろいろ影になって見えづらいのですが、裏側、コースの横を通る道路からはしっかりとした桜並木を見ることができます。









 1600mのレースの際は、そんな桜並木越しに輪乗りからスタートまでを見ることもできます。一般道路から眺めるしかないので気軽にお勧めはできませんが、南門側の駐車場からそれほど遠くないですから、交通の邪魔にならないよう、スタートの邪魔にならないように見ていただくのであれば良いかも。



 ちなみに、この時期のゴール写真の背景に映り込むのは向こう正面の桜並木ではなくて1600mスタート地点裏の桜並木の場合が多いです。

 そういえば、こちらの写真は同じく1600mのスタート地点の近くの道路から撮ったもの。ツイッターに載せたら人気があったんだよなあ。



 レースを見守る厩務員さんたちなのですが、後ろ姿でもだいたいどなたか分かりますね~。

 本当だったら先の週末かあるいはその前の週末かに桜並木の一般公開があって、ファンの皆さんにも直に見ていただくことができたのですが、今年は残念ながらそれはかないませんでした。
 2011年の震災の時もそうでして、その時は5月の盛岡まで開催できなかったためだったのですけれど、こんな寂しいことが二度とあってほしくないと思ったものでした。来年こそは水沢競馬場で、この桜を、ファンの皆さんと一緒に眺めたい。そういう状況になっていることを願います。







最終更新日  2020年04月23日 22時42分27秒
2020年04月16日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 水沢競馬場の桜が見頃になっていた先週でありました。








 昨年は4月20日頃、一昨年は16日頃でしたのでやはり例年に比べ一週間から10日早い。
 2017年も20日頃、2016年も16日頃でしたから、ここ何年かでは今年の早さが際立っている感じです。

 最近は桜前線の北上が早いとはいえ、感覚的には4月20日頃に水沢あたりが満開になって、一週間かけて盛岡に接近してきて、山の方の小岩井とか川べりの北上展勝地は5月の連休あたりがちょうどいいかな・・・と思っているのですが、今年はGWには北に抜けきってしまいそうです。
 桜を愛でていられるような世の中の雰囲気ではないとはいうものの、水沢競馬場の桜をファンの皆様にご覧いただけなかったのは非常に残念です。来年こそは。



 “今年は桜が咲くのが早い、暖冬だった”みたいな話の続きになるのですが、菅原辰徳騎手のデビューの時の写真を見ていたんですよ。菅原辰徳騎手は2010年の4月17日、水沢4Rでデビューしたのでちょうど10年ですね。
 で。雪が降っていたんですよ!


★デビュー戦を待つ菅原辰徳騎手。白く写っているのは雪です

 当日の天候発表は14時5分発走の6レースまで「小雪」になっております。菅原辰徳騎手のデビュー戦となった4Rも淡い雪の中。確かに寒かった、息が真っ白になった記憶。



★デビュー戦も分かりづらいですが雪が

 ちなみにこの年の水沢競馬場の桜は5月に入ってようやく満開になりました。際立って雪が多い年でも無かったと思うんですがねえ。春になってなかなか暖かくならなかった年だったのかもしれません。


 さて、先週の4月12日に行われた古馬の重賞・赤松杯はこれが転入初戦になるランガディア(水沢・板垣吉則厩舎)が優勝しました。向こう正面からずっとまくっていって直線もマイペースでぶっちぎっての9馬身差圧勝。ちょっと衝撃的な勝ちっぷりでしたね。


★赤松杯優勝/ランガディア

 祖母はダイナカール、母の半姉にはエアグルーヴがいるという華々しい血統ですからランガディアも芝の新馬戦でデビューしたところから始まってJRA時代は芝路線を進行、芝の重賞勝ちも決して夢ではないという走りを見せていました。
 一方でダートはJRA時代最後の一戦のみの経験だったのに加えて16頭立て14着の結果。まあ“ダートではどうなのかな?”という見方になるのは致し方なかったと思います。

 ただ本馬を管理する板垣吉則調教師は、必ずしもそうではなかったようです。この馬のお話をうかがった時に「もちろん芝も走るんだろうけど、調教の感じ、ダートもこなすような気がするんだよね」と言われていました。ダートで負けてるって言ってもそれほど極端に離されて負けているわけじゃないしね、と。
 板垣師の“根拠”のもう一つは、全兄が岩手のダートで活躍していたことです。ランガディアから見て3つ上のプリンスダム。2017年に岩手に転入したプリンスダムは、こちらはダートでも実績を持っての転入で、実際に転入直後のA級戦を連勝。その年の北上川大賞典では2番人気3着の結果を残していました。そう思って見ればランガディアのきょうだいには、ダートで走っている馬が多いですよね。


★プリンスダム(2019年11月11日盛岡11R優勝時)

 「そうは言っても走ってみないと分からないからね」という姿勢を最後まで崩さなかった板垣師。それだけに、ダートでも走る事をこれだけの勝ち方で証明したことは予想以上の喜びだったようです。
 特に今年は、芝コースの改修工事が行われるために盛岡の芝のスタートが7月になっており、ランガディアをはじめ芝を狙って岩手に来た馬たちにとってはダートでもある程度の結果を出しておきたい所でした。シアンモア記念のみならずみちのく大賞典も・・・という走りを見せたランガディアは、それらの馬たちの間から一歩リードということに。




 いやもっとか。今回破った相手はヤマショウブラックエンパイアペガサス。昨シーズンの岩手の年度代表馬の座を競った両雄でした。今回はどちらも桐花賞以来の休み明け、転入直前の3月まで実戦を使われていたランガディアに対してはやや不利な面があったのは確かでしょうから今回の着差がそのまま力の差だと判断するのはまだ早いでしょうが、それにしてもこの走りは。ありきたりですが「この先楽しみ」と言う他はありません。


★ヤマショウブラックは3着。やはり盛岡の方が戦いやすいという面はあるのかもしれません


★エンパイアペガサス。かなりの出負けから5着まで巻き返してきたのは評価して良いと思います

 さてさて。“芝を狙って岩手に来た馬たち”をもう少し紹介しておきましょう。まず最初は14日のA級戦「卯月特別」に出走したロワアブソリュー(盛岡・櫻田康二厩舎)

 ロワアブソリューもJRAの芝の新馬戦を勝ってのち芝路線を進み、芝重賞でも勝ち馬と遜色ない競馬をしていて、一方でダートは1戦のみ、結果は大敗のみ・・・というキャリアがランガディアとよく似ている馬です。




★ロワアブソリュー/4月14日水沢11Rパドック

 そんな“類似点”とランガディアの圧勝の印象が重なっての転入初戦1番人気だったのかなと思いましたが、結果は4着ということになりました。
 ただ悲観することはないと思います。全体的な印象はやはりどちらかと言えば芝の方が合いそうで、実際ゼンノロブロイ産駒の岩手での実績も、水沢ダートよりは盛岡のダート、盛岡の芝、という感じ。盛岡になればダートでも普通にやれるのではないでしょうか。


 もう一頭は一足早く3月30日に転入初戦を迎えたロジチャリス(盛岡・櫻田康二厩舎)。こちらはJRA時代には芝のみ、2017年のダービー卿チャレンジトロフィーを制している芝重賞勝ち馬ですから実績面では先に挙げた2頭よりも“上”と言えるでしょう。


★ロジチャリス/3月30日水沢10Rパドック

 その転入初戦の時の相手がちょうどロワアブソリューが戦ったのとほぼ同じ相手で、それで結果も5着。ただ、直前の南関東で全くだったダートをこなして戦った点、そこはロワアブソリュー同様悲観しなくていいと思いますね。こちらはダイワメジャー産駒。ゼンノロブロイよりは水沢ダートをこなしますが、水沢ダート・盛岡ダート・盛岡芝で比べたら一番良いのはやはり盛岡芝です。こちらも盛岡に移ってから、芝が始まってから、本当の走りを期待したいですね。






最終更新日  2020年04月17日 13時48分03秒
2020年04月09日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 この4月5日から2020年のシーズンがスタートした岩手競馬です。4月に入ってもまだまだ寒いですが、水沢競馬場の桜の木も咲き始めまして、ようやく春の気配も感じられるようになってきました。



 天気予報を見るとまだ雪マークがちらほら見えていますけども、それもこの一週間くらいの事でしょう。

 さて。6日に行われた3歳牝馬の重賞『あやめ賞』。優勝したのはアンズビジン号でした。5番人気1着。おみそれしました。


★あやめ賞優勝/アンズビジン

 注目したいのはこの馬の馬体重です。378kg。前走比-7kgで自身のデビュー以来最低馬体重になっていたわけなのですが、400kgを切った馬の重賞勝ちはなかなか珍しい。
 レースの後、本馬を管理する佐藤雅彦調教師から「378kgって重賞勝ち馬の最低記録になるんじゃないかって馬主さんが言っているんだけど、調べられないかな」という問い合わせがありました。自分の思いつく所を調べてみましたが、ここ15年くらいの岩手競馬の重賞で見た所はどうも最低馬体重らしい・・・という感じまでしか分かりません。流石に全国津々浦々まではすぐには手がかりが無い。最後は「地全協に問い合わせて調べてもらうのが確実だと思います」というお答えになってしまいました。

 そんな調べる過程で見つかった「岩手で走った馬体重が軽い馬」。せっかくなのでご紹介してみたいと思います。

 まず軽量で勝った馬。これはリトルアイジェストダンサーの2頭が東西の両横綱という感じです。小さいのに横綱っていうのも変な言い方ですが、しかしこの2頭は自分が分かる範囲のここ20年ほどの岩手競馬でたった2頭の「350kgという馬体重で勝っている馬」なのですから小さいけれど“横綱”と表現してみたくなります。

 リトルアイは2010年8月30日の水沢第1レースを勝った時の馬体重が350kgでした。


★2010年8月30日水沢1R/優勝リトルアイ(左)。リトルアイがハナ差で先着しているのですが、隣の2着馬が492kgあるせいで遠近感が変な感じに

 JRA時代から小柄な馬ということで人気があったリトルアイ。佐賀競馬に移籍した時に352kgで勝っていましたが、岩手に来てから2kg“更新”。岩手で同馬を管理していた畠山信一調教師は当時、以前からの熱心なファンもいる馬だから岩手でも勝たせてあげたい、と力を入れられていたのを覚えています。
 本馬の母ボタンフジもキャリア最高馬体重が450kgという小柄な馬ですし、リトルアイのきょうだいにあたる産駒たちも400kg超えるか超えないかくらいの馬ばかり。
 ボタンフジのきょうだいにあたる馬、コウギョウコーラストウホクシェーバーも岩手で走っていましたが、これまた420kg前後の小柄な馬でした。
 かと思うとボタンフジのひとつ下の半弟になるギャラントアローは500kg近い雄大な馬体に生まれてJRAの芝重賞を勝っていたりするのですから血統というのは奥が深い。
 ちなみにこのリトルアイの最後のレースでの343kgは同馬のキャリア最小馬体重だったのですが、ここ20年ほどの岩手競馬での出走時最低体重はというとパレンテシという馬が2006年12月24日に出走した際の340kg

 もう一頭のジェストダンサーは2007年に水沢でデビューし2009年に金沢に移籍するまで岩手で走り続けました。その間、2008年6月1日と2008年10月11日の2度、これまた350kgという馬体重で勝ち星を挙げています。


★2008年6月1日盛岡9R/優勝ジェストダンサー

 こちらはリトルアイほどには“小さい!”っていう印象がなかった記憶なのですが、今写真を見てみるとやっぱり小さいですねえ。
 本馬の母ワールドマジックも396kgで勝っていたりする小柄な馬・・・というのはリトルアイ同様。そしてきょうだいには400kg台前半の小柄な馬がいるかと思えば500kgを軽く超える馬もいる・・・という所も同様というのが血統の奥深さを感じさせますね。

 300kg台の小柄な馬というのは意外に珍しくなくて、例えばリトルアイが勝った時のレースにはディバインコードが362kgで、コユキスマイルは388kgで出走していました。前者は未勝利に終わりましたが後者はのちに385kgで勝った事があります。

 リトルアイが勝った前々日にはキタノテリフィックが372kgで勝っています。隣の馬も425kgしかない馬なので絵面の感じは小ささが目立たないですかね。


★2010年8月28日水沢6R/優勝キタノテリフィック(左)

 本馬は結局キャリア3勝が372kg・380kg・382kg。400kgを超えるともう一つという成績でしたので、結果を見る限りベスト体重は370kg台後半から380kg台だったんでしょう。

 実は2010年は「小型馬の優勝」の当たり年みたいなシーズンでして、2010年の8月14日、タカノディアス361kgで勝ち星を挙げています。こちらは残念ながら写真を撮っていなかった。


 最近だと昨年。リュウノアイドルが365kgで勝利しています。2019年6月の水沢戦。


★2019年6月11日水沢8R/優勝リュウノアイドル

 本馬はこの春も360kg台で元気に出走。これくらいの馬体重での再度の勝利もそう遠い話では無いように思います。
 しかし361kgとか365kgとかでも十分に小さいと感じるのですが、350kgのインパクトが強すぎますね。それも2頭もいるのだから・・・。

 では重賞級ではどうか?あの馬は小さかったな、あの馬も小柄だった・・・と思い起こしながら調べてみたのですが、結構小さいイメージがあった馬でも実際の馬体重となると410kgくらいの場合が多い。
 2004年のジュニアグランプリを勝ったウインクプレアとか2014年のはまなす賞を勝ったターントゥタイドとか、調べてみると前者が415kg、後者が410kg。
 もうちょっと最近だと2016年のジュニアグランプリを勝ったダズンフラワー。優勝時馬体重は401kg。ギリギリ400kg台だった。


★2016年ジュニアグランプリ優勝/ダズンフラワー

 前の年のソロフライトも小さかったな、と思って調べたら。お!397kgです。400kgを下回った。


★2015年ジュニアグランプリ優勝/ソロフライト

 ジュニアグランプリは第1回(当時は『東北ジュニアグランプリ』)を勝ったセイントピアスも396kgでして、なんとなくですが“小さい馬がよく勝つレース”のイメージがありますね。


 2007年のひまわり賞を勝っているマツリダワルツ、今はロードクエストのお母さんとして有名ですが、同馬もひまわり賞優勝時が397kg。マツリダワルツ自身の記録としては389kgで勝った事もありますね。


★2007年ひまわり賞優勝/マツリダワルツ

 ひまわり賞・・・ひまわり賞・・・。そうだ!フラッシュモブ。2014年のひまわり賞を制したフラッシュモブ。その時の馬体重は394kg。最近、2000年以降であればこの馬が「岩手競馬での重賞優勝時の最小馬体重」だったと思われます。


★2014年ひまわり賞優勝/フラッシュモブ

 もっと古いデータもあたってみました。1991年のひまわり賞で3着だったネバージョージが出走時380kg、1994年のあやめ賞3着だったアインファストは出走時370kg。1995年のビギナーズカップ5着だったポップグローリアスが出走時369kg。さらには1993年のあやめ賞5着のフェートナンシーは出走時376kg。「出走時馬体重」であればアンズビジンより軽かった馬がいるようですが勝っている馬はいません。
 ちなみにアインファストはデビュー戦を365kgで勝っています。こうして見ると370~380kg前後で勝っている馬は意外に多いのかもしれない。
 ただ、それでもアンズビジンの378kgはかなり軽い。昔は馬体重の記録が無かったりするので「岩手競馬史上最軽量の重賞勝ち馬」と断言するのは難しいかもしれませんが、記録で分かる範囲ではちょっと見当たらない感じがします。いずれもう少し詳しく探っていきたいと思いますけども、もっと軽い馬が重賞勝ってるよというのを知っている方がおられましたら教えていただけると幸いです。






最終更新日  2020年04月10日 02時26分48秒
2020年04月02日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 引き続き無観客競馬開催中。JRAは折しも今日、4月19日までの向こう3週間の無観客競馬実施を発表しました。
 これまでは1週毎の発表でしたが今回は一気に3週間。地方競馬の方では川崎競馬が4月17日までの無観客開催を既に発表していますので、“フロントライン”は4月19日の線である意味揃った形になっています。
 次の焦点は5月3日の天皇賞(春)。ただ、GW中に行われる予定だった各地のイベントが次々と中止になっていたりする現状ではGW中の“有観客競馬”再開はかなり難しいでしょう。そしてその次の“防衛線”はダービーと言われていますが、果たして・・・。


 そんな競馬界ですが、今の状況下では無観客でも開催できているだけ恵まれているというべきです。そして、しばしばニュースで触れられるように、無観客開催でも好調な売上を保っている。今日行われた船橋・マリーンカップなども約6億5千万円、過去最高額を1億円以上上回るレコード。「競馬は好調」という報道が流れるたび「無観客開催でも意外に大丈夫なのでは」という空気が生まれてきているようにも感じられるようになってきました。

 本当にそうなのか?はこの先まだまだ不透明な部分があると思いますが、景気がどの様に影響してくるのか?とかは簡単に論じることができないし自分の手に負える範囲でもありません。
 今回のこのブログでは無観客競馬の影響を大きく受けている分野のお話をしてみたいと思います。
 競馬専門紙。予想紙とも言いますよね。競馬新聞と言ったほうがより馴染み深いでしょうか。
 無観客開催が行われていることで競馬場や場外発売所等での現金での馬券購入ができなくなっており、インターネットでのみ購入できるのは皆さん既にご存知の通り。
 その影響を非常に大きく受けているのが競馬専門紙です。もちろん、馬券を購入するのが主にネットであっても専門紙を買っているよ、という方はおられるでしょうが、専門紙の主要な顧客はやはり競馬場に来場するお客様。それが閉ざされているのですから、専門紙を発行している会社は日一日と追い込まれているといって過言ではない状況です。

 つい先日も、佐賀競馬の予想紙を発行している『通信社』『競馬日本一』が揃って4月からの休刊を発表しました。その後事態が好転し休刊は取り止めとなったのですが、佐賀競馬の専門紙が、それも二紙しかないものが二紙同時に、休刊の意思を示した事は衝撃的でした。

 専門紙の現状はどうなっているのか?を新聞社さんに状況をうかがってみました。



■「先が全く見えない」-高知・競馬研究 井上光さん

 自分は岩手の話を主に書いておりますが、岩手の新聞社さんだけでなく他地区の状況も知りたいと思い、であればこの楽天ブログで“ベース”にしている方がいない地区で、という事で高知競馬の『競馬研究』さんを紹介していただきました。以下、井上光さんのお話です。

「『競馬研究』は他の二紙(※中島競馬號・福ちゃん)と違ってネット新聞をやっていない。紙の新聞だけでやっていたので、今は新聞の売り上げは“ゼロ”です。
 お客さんが入っている頃は競馬場などで1日、100部前後でしょうか、売れていました。見ての通り高知競馬はお客さんを入れていると言っても数は少ないでしょう。それほどたくさん売れているというわけではなかったが、それすら無くなったからね。
 自分の所は競輪の予想紙もやっているが(※『競輪研究』)、競輪も無観客になっているからそっちもゼロ。競馬組合に収める用に僅かに新聞を作っているが、新聞の収入は無いと言っていい。
 現状はスポーツ紙に掲載する予想の提供分だけが収入。しかしそれだけでは、いくら少人数とはいえ会社をやっていくにはとても足りない。無観客が長引くなら将来の事を考えなくてはならないが、どうなるかの目処も立たない。先が見えない状況をなんとかしてほしいと思っています」



★岩手の特別開催時の「紙の新聞」。馬主さん用などとしてごく少数部が印刷されている。これは全国どこも同じくやっていると思います


■「前年同期の1割以下です」-岩手・ケイシュウニュース 宮崎智正さん

 地元である岩手からはケイシュウニュースさんにお話を聞きました。『ケイシュウ』『エイカン』二紙がある岩手ですが、置かれている状況はほぼ同じと思っていただいて良いのではと思います。

 「通常であれば本場・場外(※岩手の場合は盛岡・水沢競馬場とテレトラック系場外の意味)で売れる分とコンビニで売れる分と、新聞の売れ行きは概ね半々という感じでした。他地区での広域場外でも、競合の具合とか遠隔地だから配送費のほうがかかるとかいう個別の事情はありましたが結構売れていたと言っていい。それが無くなりました。
 ネット新聞やコンビニプリントでは埋めあわせできていない状況です。プリントサービスなどは販売手数料もかかるのでね。売上ということでは去年の今頃の1割以下という感触。
 ネット新聞といっても紙の新聞として印刷しないだけで、紙面を作るコストは同じようにかかるわけです。中身も同じですからね。それなのに売上が1割以下では。
 特に岩手の場合は1月から3月まで休みなのでその間は無収入で会社を維持している。本当なら、競馬が始まったここから稼いでいかないといけない時期なんです。それでこの状態では本当に厳しい。
 無観客でもコンビニ等に新聞を出すという事も検討したのですが、配送手数料がそれなりに大きいので“出すだけ赤字”かもしれない。また、これは他地区での話ですが、やはり無観客になった後でコンビニに新聞を出していた事がトラブルに繋がった例があり、色々検討した結果、出してはいません。
 ただ、無観客が長引くのであれば赤字覚悟で売り出す事も検討しなければならないとも思っています。というのは、配送業者との繋がりが切れてしまったら、いざ普通の開催が始まった時に新聞の配送ができなくなる可能性が出てくるのです。競馬場や場外で新聞を売ってくれている売り子さんも同様。離れてしまったら後々困る事が起きる。そこをどうしていくのか悩んでいます。
 厳しいのは自分のところだけでなくエイカンさんも同じだというし、全国の専門紙もそうです。どこも苦しい。佐賀は競馬組合が補助金を出すということで継続できましたが、この状況が続けば本格的に立ち行かなくなる専門紙があちこちに出てくるのではないでしょうか。
 自分たちとエイカンさんとで相談し協力しあって乗り切る策を考えるつもり。できれば他地区のような支援を頂ければいいのですが」



 今回のような話を書くと「ネットでもっと売れるように努力せよ」とか「もっと合理化して耐え凌げ」とか言われるのでしょうが、なかなかそうはいかないのが現状です。とはいえ、自分はネット新聞なんかもう少し売れているのかと思っていました。思いがけないほど売れてないというのがショックでした。

 競馬本体の売上の一種“安堵感”とは対照的に専門紙の方は岩手に限らず全国的に“危機感”しかないのではないでしょうか。無観客競馬が長引けば“生き延びられない”所もいずれ出てくるでしょう。専門紙に留まらず、競馬場内・あるいは場外発売所周辺にある飲食店であったりの関連するサービスをになう分野でも同様だと思います。
 そして更に言えば、それは地方競馬のみならずJRAでも大きな違いはないでしょう。
 無観客でも売上が維持できれば良い。それはその通りであって、本体が厳しければどうにもならなくなるわけですし、そもそも無観客でも開催できているだけ恵まれているし幸せ。それは確かです。
 ただ、枝葉の部分が弱ってしまえばいずれは本体の方の裾野も小さくなっていく、弱っていく懸念があるのも確かだと思います。競馬界全体が危機にさらされているという共通意識は心に留めておかなくてはならないのではないでしょうか。






最終更新日  2020年04月03日 01時51分49秒
2020年03月26日
カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。

 3月20日から待望の岩手競馬再開・・・だったのですが、先週お話したように無観客競馬での開催となりまして。久しぶりに実戦が行われる競馬場にお客様の姿がありませんでした。




★無観客競馬を伝える掲示。数人のお客様が競馬場に来られたとのこと




★観客の姿がない競馬場でレースが行われる


 お客様の姿がないのは寂しいですが、しかし「この状況下で競馬開催ができるだけでも幸運と思わないと」というのは現場の関係者は皆思っています。

 残念ながら今週末、28日からの開催も無観客が決定しており、その先も恐らくしばらくは無観客開催が続くことになるでしょう。少し前なら「3月中は無観客でも4月になれば」という感じでしたが、今では4月中で終わるかどうか?5月まで、あるいはそれ以降まで長引くかも・・・という雰囲気になってきています。
 競馬場ではせっかく熱い戦いが続いているのに、生で見ていただけないのは残念。








★怪我から復帰した関本淳騎手や岩本怜騎手も早速勝ち星を挙げていましたね

 ただ、無観客であっても開催ができるのは幸運としなくてはならないですよね。
 ドバイ・ワールドカップの中止が大きな話題になっていますけれど、海外では競馬開催中止あるいは一時停止をする国も出始めました。

 おりしも昨日の水曜日にはオーストラリアで開催中の競馬が途中で取り止めになる出来事がありました。
 というのは、メルボルン地区での開催に騎乗していた騎手の一人が、他地区での騎乗のために利用した航空機の他の旅客にコロナウイルス陽性者が出た事でその騎手が要検査となり、さらに遠征先等でその騎手と接触があった騎手にも波及して、結果的にオーストラリアのほぼ全土で一斉に開催打ち切りになったのです。
 その後の検査で当該騎手・接触があった騎手いずれも検査で陰性と判明したことで開催再開の見込みが立ったとはいえ、結果が逆であればそのまま開催停止になっていた可能性も十分にありました。
 オーストラリアはコロナウイルス感染拡大の状況下でも競馬開催を継続すべく様々な手立てを講じていますが、それでもなおこの件のようにいとも簡単に際どい状況に追い込まれてしまう。日本でも他人事では無いと深く心に留め、気をつけなくてはならないと思います。

 一方、無観客開催からの開幕で心配された売上の方ですが、先の3日間は、祝日の金曜から土日の3日間の変則開催で、その初日の金曜日が比較的好調だったおかげでこの3日間では対前年比98.4%と小幅な減少に留まりました。土日月に戻る今週末、そして日月火に移る4月以降にどうなるのか、引き続き注目です。






最終更新日  2020年03月27日 02時23分34秒
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