正論って何だろう(前編)
相手が間違っていると思ったとき、たとえもめると思っても、間違っていることは間違っている、いけないことはいけないと伝える。相手が無知であれば、それに「はっきりと」気づかせるように、論を持って制す。そうして制した意見が「正論」だと思っています。たとえば、マーケティング担当なのに、全くマーケティングの勉強~というより「体験」や「経験」といった類のもの~をしようとせず、先入観とチープなアンケートによって、「こういう結果だからこれがいいと思います」という社員がいたとします。こんな方は・まず「やりたい」ことが決まっている・それを通す手段として無意識に「アンケート」を隠れ蓑にする・アンケートは質問文によって結果が大きく変わるので、質問文を作る段階で自分の意図した方向にもっていこうとするアンケートにする・アンケートは万能だと思い込んでいるなどの傾向が伺えます。悪気があるわけじゃないとは思います。しかし、マーケティングセンスを自ら磨こうとしないのは、続けばマーケターとして十分悪気の領域に入る、と、自分は強く思っています。会社に負の遺産を与え続けるわけですからね。こんな社員が仮にいたとしたら、自分は「データ」「アンケート」「権威のある人のコメント」「自らの経験と感覚」~ありとあらゆる手段を用いて潰そうとするでしょう。どう考えてもマズイ、と思えることを黙って見過ごすわけにはいきませんから。ここではマーケターの例を出しましたが、それとは別の話で、自分が徹底的に反証材料を挙げて、意見を潰したことがかつてあります。どう考えても相手が勉強不足でしたから。潰された相手は、面白くないですよね。何一つ上にいけなかったわけですから。面白くない、という気持ちを生むことを避けて、「確かに君の言うこともわかる。しかし、僕はこう思う」と、相手にある程度譲歩の姿勢を見せつつ、自分の論を通せば、そこまで面白くない、という気持ちは湧かなかったと思います。しかし、次回も同じことを繰り返しますよね。自分の勉強不足が原因だった、と気づかない限り。それは、長期的に見たとき、会社にとっては間違いなく負になります。気持ち的な相手の痛みは伴いますが、無知であることを気づかせる。それが正論ではないでしょうか。たとえ相手の逃げ道を奪おうとも。そして、自分は、自分の無知をはっきりと指摘してくれる先輩~つまり「バカか、お前」とはっきりいってくれる先輩~と本当に良い関係でいることができていますし。