妻・・・緊急入院
夕方6時頃・・事務所のデスクで引越しの準備に追われていた・・・来月から新しいビルに引越しが決まったのだ・・俺はデスクの前でパソコンを打ちながら、適当に片づけをしていた・・急に携帯が鳴った・・・女房からだ・・「もしもし・・どうした?」いつもの調子で答えると聞こえてきた声は女房のそれではなかった・・「もしもし!武さん!今から戻れない!!」声の主は女房のお母さんだった・・「震えが止まらなくて、病院連れてきたら、熱が41.5度あって、入院することになっちゃったわよ!」俺は立ち上がり、かばんを担ぐとパソコンの電源を切った。「1時間で戻ります!」そう言って同僚に一旦、帰宅する趣旨を告げた・・病院までいかない事にはどうにもならない・・事務所を出たのは夕暮れが迫る夕方6時30分だった・・電車に揺られながら考えた・・・ショータイムが、10時30分から・・9時半に家を出れば何とかショーには間に合う・・プロダンサーとして、ショーに穴を開けるわけには行かない・・・ダンサーであること自体が悪いことのように思えてくる・・・明日、朝帰宅後、下の息子を保育園に送って、上の娘は小学校に行ってから、学童に行く・・誰が、息子の迎えに行くのか?明日は夕方5時からリハーサルが入っている・・落ち着け・・それよりも、何故急に発熱したのか・・・その日の朝、病院へ行って、点滴をして、薬をもらって帰ってきて・・「熱が下がったからもう大丈夫・・」と言っていたのに・・夕方のラッシュアワーに巻き込まれながら、何とか駅に到着した・・人混みを掻き分けて、改札を抜ける・・目の前に病院が現われた・・熱を出してきっとのども渇いてるだろう・・女房のためにアクエリアスを自販機で購入する・・と言うより、自分を落ち着けるための行動だったのかもしれない・・・受付へ行く・・受付にいた看護婦さんに尋ねる・・「すいません・・先ほど入院した武口の主人ですが・・」「あ、はい・・そこの面会ノートにご記入ください・・書いていると「病室はお分かりですか?」と尋ねられた・・あわてていて、病室すら聞いていなかった自分に今頃気がついた・・・「いいえ・・わかりません・・」「3Fの3号室です・・・あちらのエレベーターをご利用ください」指差されたエレベーターへ向かった・・・4Fから3Fへ・・3Fから2Fへ・・・降りてくるのが異常に長く感じられた・・・・エレベーターの扉が開く・・駆け込んで3階のボタンを押す・・閉める・・のボタンを押す・・妙にドキドキする・・3Fについた・・目の前が7号室だった・・表札づたいに・・3号室を探す・・「あった!」そこは6人部屋で、1番下の隅に女房の名前が書いてあった・・・カーテンで仕切られた、はじの一角に女房の名前が書いてあるベットが見えた・・・カーテンを開ける・・そこには、うつろな表情で横たわる女房の姿があった・・点滴の管が左手に入り込んだ痛々しい姿だった・・・病院の着衣に着替えさせられた姿は、俺の予想以上に、女房の状態が悪いであろう事を物語っているようだった・・・その時ショータイムの事など忘れていた・・ただ単に、目の前の痛々しい姿の女房が起き上がり、話してくれるのを待つしかなかった・・・好きな仕事をすることが・・一番大事な人を、大事な子供を・・引き裂いていく・・・・俺は・・時間だけがほしかった・・・・・・