別れの曲
絵画のオークションが行われていた。資産家たちの競り合いで絵画は高値で売れていった。最後の作品が終わり、オークションも無事終わろうとしている。しかしなにやら舞台裏が騒がしかった。司会者が様子を見に行き、スタッフに話を聞くと「先程、男が一枚の絵を持ってきまして、私のこの絵をオークションに出してほしいと言って去って行きました」と言う。司会者は「ここは世界でも名高いオークションだ。そんなこと許すわけにはいかない、返すか捨てるか、とにかく会場の片付けを急ぎなさい」と少し怒りながら言った。しかしスタッフがどうしても見てほしいと言うので司会者は仕方なくその絵に向かった。 会場では、資産家達がはやく家に帰って絵を飾りたそうにしていた。すこしすると司会者が舞台に上がり、こう言う。「お客様方にもう一つ競り合って頂きたい作品があります。全く無名の作家ですが、どうしてもと言うので。こちらの作品です」ざわざわとする中、舞台の壁がゆっくりと回転し、額にも入っていないみすぼらしい油彩画が出て来た。構図は若い女性がグランドピアノを弾いており、女性の後ろ奥に隠れるように男性が立っている。女性の表情は悲しみ、切ない様子である。ピアノに夢中で男性には気付いていないようだ。 「では0$から」無名の作家という言葉からか、彼らに競り合う様子は無い。誰も言葉を発しない会場には、ピアノの曲が流れているだけだった。一人の資産家が言った。「君、額がないとかは別に構わんが、何で突然音楽をかけたんだ。絵を見たいのに、集中できないじゃないか。音楽を止めろ」司会者が汗をかきながら微笑えむ。「お言葉ですがお客様、BGMはかけていません」会場を出ていく人もちらほら出ていたが、足を止めた。「隅々まで調べましたが、音を発するような物は見当たりませんでした。ただのキャンバスに絵の具を乗せただけです。この曲はこの絵から聞こえてくるとしか考えられません。この絵を見る事ができない死角にいても何故か音色は聞こえます。音がなる絵なのです。この絵はもはや美術を越え、音楽も越えた言わば芸術の集大成です。芸術を描く、という常識はずれのこの絵画。値段がつけられないほどの価値があると思われますが、出品者の希望により、オークションにかけます。では0$から」 この絵は5000万$で売れた。買い取った資産家は数々の取材に得意気に答えた。世界に一つのこの絵は世界に知れ渡った。しかしまだ作者が見つからない。どうやってこの絵が作られたか、誰もが不思議に思っていた。誰も真似できなかった。 そして毎日の如く今日も資産家にテレビの取材がやってくる。資産家がいつもながらに鼻高々に案内するのだが、今日は何だかおかしい。だんだん表情が不安げになってくる。音が聞こえてこない…?いつもならここでもピアノの音色が聞こえて来た。でも今日はどんなに近づいても聞こえない。絵の前に着き、資産家は驚愕した。ピアノの音はおろか、女性がいない!ピアノの口は閉められ女性は席を立ち、男性の影もなくなっていた。ただのピアノの静物画にかわっていたのだ。「なんてことだ、すりかえられた」腰を抜かしその場に座りこんだ資産家に、使いが思い切ったように前に出て話し始めた。「私は見ました。今まで永遠にリピートすると思われていた曲が突如終わりまして、一人の拍手が聞こえてきました。絵を見に行くと二人は抱き合っておりそして去って行きました。私は見ました。女性は泣いていました」 結局その後音の聞こえる絵画は見つからず、ピアノの静物画は美術館に贈られ、使いの言葉と一緒に飾られている。 その美術館の警備員は、閉館した夜中も、館内にいる。警備員達の中だけの楽しみがあるからだ。 その楽しみとは、夜中になると、小さな子供がそのピアノで練習を始めるらしく、それを聞く事だそうだ。………おわり