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テーマ:本のある暮らし(4526)
カテゴリ:Life
・「トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー」は、アメリカの作家 ガブリエル・ゼヴィン が2022年に発表した長編小説である。ゲーム業界を舞台にした青春小説のように紹介されることも多い。しかし本書の本質はゲームではない。描かれているのは、人は本当に他者を理解することができるのかという問いである。 ・タイトルは マクベス の有名な一節に由来する。「Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow」。明日が続くことへの希望と倦怠、その両方を抱えた言葉が、この物語全体を静かに包み込んでいる。物語は1980年代末、病院で偶然再会した二人の若者から始まる。サム・マザーは交通事故によって心身に深い傷を負い、孤独を抱えて生きている。セイディ・グリーンは卓越した才能を持つゲームクリエイター志望の学生である。幼い頃に病院でゲームを通じて友情を育んだ二人は、一度離れた後、大学時代に再会する。やがて友人のマークス・ワタナベを加えた三人はインディーゲームスタジオを立ち上げ、革新的な作品を世に送り出して成功を収める。しかし成功は決して幸福を保証しない。 創作への情熱。 才能への嫉妬。 恋愛と友情。 喪失。 沈黙。 年月を重ねるごとに、三人の関係は何度も近づき、何度もすれ違っていく。あらすじとして見れば、ゲームクリエイターたちの半生を描く群像劇である。だが実際には、創造することによってしか他者とつながれない人々の愛の物語である。 ・本書でゲームは娯楽ではない。言葉では届かない感情を伝えるための言語である。サムとセイディは、お互いを十分理解できない。だからゲームを作る。 ゲームという架空の世界の中でしか表現できない思いがある。その発想が、この作品を単なる業界小説から文学へと引き上げている。 ・文学的に見るなら、本書は「時間」の小説でもある。人は時間の中で変わる。価値観も変わる。愛し方も変わる。しかし変わったあとでしか理解できない感情もある。タイトルに繰り返される「Tomorrow」は、その不可逆性を象徴している。明日は必ずやって来る。しかし昨日には戻れない。だから人生は美しく、そして切ない。本書の文章には、ゲームの専門知識が随所に登場する。しかし読者がゲームに詳しい必要はない。ゲーム制作は創作活動一般の比喩として機能している。ソフトウェアでも、小説でも、事業でも、新しいものを生み出すすべての人間が抱える葛藤がそこにはある。 ・本質的な批評を加えるなら、本書は「成功物語」を徹底して拒否した作品である。成功はゴールではない。失敗の終わりでもない。大ヒット作を生み出しても、人は孤独であり続ける。愛する人ともすれ違う。創造する苦しみからも逃れられない。 それでもなお人は作り続ける。なぜなら、創ることは、生きることそのものだからである。 ・一方で、物語は700ページ近い長編であり、ゲーム文化への言及も多い。そのため、テンポの速い展開や明快な結末を求める読者には冗長に感じられる場面もあるだろう。しかし、その長さこそが人生の時間を表現している。友情も愛情も、数日では完成しない。何十年もの積み重ねによってしか見えてこない景色がある。 ・『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』はゲームを描いた小説ではない。創造と友情、愛と喪失、成功と孤独を描いた現代文学の傑作である。30代から40代の読者にとっては、キャリアを築き、人間関係の複雑さを知り始めた今だからこそ、その物語は深く胸に響く。人生は一度きりでありながら、創作の中では何度でも「明日」をやり直すことができる。その儚い救いこそが、この作品の最も美しいテーマなのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.07.16 00:00:10
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