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テーマ:本のある暮らし(4603)
カテゴリ:Business
・『敗れてもまた走れ』は、財部誠一が、鬼塚喜八郎の生涯と、オニツカタイガーからアシックスへ至る企業史を描いたノンフィクション。2026年7月刊、448ページ。著者が長年の取材を重ねた人物評伝であり、単なる創業者伝ではなく、理念・戦略・企業の存在意義がどう結びつくのかを描くことが主眼に置かれている。 ・物語は戦後の焼け跡から始まる。1949年、神戸で鬼塚喜八郎は裸一貫から鬼塚商会を創業する。翌年、最初のバスケットボールシューズを開発し、「タイガー」と名づける。そこから、選手の足にできる「マメ」をなくすための研究など、競技者の身体から出発する靴づくりが始まる。やがてオニツカの靴は国内外で評価を高め、1964年の東京オリンピックを一つの大きな飛躍点として世界市場へ進出する。その過程で出会うのが、後にナイキを創業する若きフィル・ナイトだった。しかし、成功物語はそこで終わらない。海外メーカーとの競争、社内の離反、経営上の危機、ナイキとの激しい競争。そしてオニツカからアシックスへの転換――。一度頂点に近づいた企業は、やがて敗北を経験する。それでも鬼塚は再び走り出す。最後にはオニツカタイガーの復活や箱根駅伝をめぐる再挑戦へと物語がつながっていく。 ・鬼塚喜八郎の経営の核心は、最初から大きな市場を狙ったことではない。「選手にとって、本当にいい靴とは何か」という問いを突き詰めたことにある。たとえば「マメのできないシューズ」をつくるため、競技者の足を観察し、靴そのものを改良していく。これは現代の言葉なら、徹底した顧客起点・ユーザー起点だ。だが、単なるマーケティング戦略とは少し違う。「売れる靴」を考える前に、「選手のためになる靴」を考える。その結果として商品力が生まれ、商品力がブランドを生み、ブランドが海外市場への突破口になる。つまり本書が描くのは、理念 → 商品 → ブランド → 市場という順序だ。 ・戦後のオニツカは巨大企業ではない。むしろ、現在の感覚でいえばスタートアップに近い。それにもかかわらず、欧米企業を模倣するだけではなく、世界のトップ選手を狙い撃ちする「頂上作戦」に出る。ここに鬼塚の経営思想がある。最初から全員を相手にしない。頂上を取れば、その下にいる市場が見えてくる。この発想は、30代・40代のビジネスパーソンにもかなり実践的だ。限られた資源しかない企業が「市場全体」を取ろうとすれば、資金も人材も足りない。しかし、特定領域で圧倒的な価値を作れば、その実績が次の市場への信用になる。 ・本書で最も重要なのは、成功談よりもむしろ敗北の描写だ。オニツカは世界で成功する。だが、その後も海外メーカーとの競争にさらされ、社内にも亀裂が生まれる。そしてアシックスへの転換を経て、ナイキなどとの競争に挑み続ける。さらに後年には箱根での完敗も経験する。それでも再び頂上を目指す。だからタイトルの「敗れてもまた走れ」は、単なる精神論ではない。企業には勝ち続けることより、負けたあとに再び競争できる能力のほうが重要だという経営論として読むべき言葉だ。 ・現在の経営では「パーパス」という言葉が頻繁に使われる。しかし本書が示す鬼塚の生き方を見ると、パーパスとは立派な言葉を掲げることではない。何のために会社をやるのかが、日々の意思決定にまで降りていることだ。「スポーツを通じて青少年を健全に育成する」という思想と、実際の靴づくりがつながっている。だから商品開発も、選手との関係も、海外進出も、単なる売上拡大とは違う文脈を持つ。ここに本書が現代の経営者へ投げかける問いがある。自社のパーパスは、売上計画より先に存在しているのか。 ・30代・40代は、キャリアでも会社でも、「もう若くない」と感じ始める時期でもある。だが、人生の後半戦に必要なのは、無敗の経歴ではない。敗北を経験したあと、それでも次の一歩を踏み出せるか。鬼塚喜八郎の人生が静かに語るのは、その一点だ。勝つことより、敗れたあとにもう一度走れること。それが、この本の最も現代的なメッセージだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.09.11 00:00:08
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