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  Book #0810 人魚が逃げた

  ・青山美智子『人魚が逃げた』は、銀座の街角を舞台に、SNS発の謎めいた“王子”と呼ばれる青年が放つ一言──その言葉が、五人の人生の節目を静かに揺らす連作短編集だ。・王子の言葉が紡ぐ、小さな奇跡。ある3月の週末、銀座の歩行者天国に現れた「王子」と名乗る青年が、「僕の人魚が、逃げたんだ。この場所に」と語り、SNSは瞬く間に祭りに。現実と幻想が交錯するその声は、街を行き交う五人の胸に静かな波紋を広げる。・五つの物語、ひそやかな重力　- 元タレントの会社員は年上の恋人との関係に自信を失いかけていた　- 主婦は子どもの成長と共に自らの存在意義を見つめ始める　- 絵画コレクターは執着が家族を壊した過去と向き合う　- 作家志望者は選考結果を前に、自らの物語の重みを問う　- クラブのママはプロとしての姿と、自身の望みの距離を測る すべての登場人物が王子との交錯を契機に、人生の“答えなき問い”へと歩を進めていく。・銀座という光と影の交響。銀座という街が、華やぎと孤独の狭間で揺らぎ、幻想と現実を織り交ぜる舞台として響く。それぞれの“人魚”は実在なのか、それとも心の隙間が生んだ幻か──その曖昧さこそ、日常の奥底に漂う不思議さをすくい上げる。あの日、誰かの言葉にふと立ち止まり、気づけば別の自分に目が向いていた──そんな記憶を静かに呼び起こす作品だ。・『人魚が逃げた』は、王子という架空のナレーターが紡ぐ断片を通じて、人生のひと息ごとの心の動きを丁寧に照らす連作詩。日常の延長線上に潜む小さな奇跡を、その目に、その胸に感じさせる、30〜40代の大人たちに寄り添うゆるやかな灯りだ。・受賞歴：2025年 第22回本屋大賞第5位人魚が逃げた [ 青山 美智子 ]価格：1,760円（税込、送料無料) (2025/6/19時点)楽天で購入

  2025.07.18

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  Book #0809 月の立つ林で

  ・青山美智子『月の立つ林で』は、月明かりの下、ポッドキャストが紡ぐ“見えないつながり”を背景に、小さな迷いを抱えた人々が新しい一歩を踏み出す連作短編集である。・小さな群像と月明かりのポッドキャスト。舞台は現代日本、五つの章はいずれも異なる主人公を通して展開される。　- 長年勤めた病院を辞めた元看護師・朔ヶ崎怜花　- 夢と現実の狭間で笑いを追いかける売れないピン芸人・本田重太郎　- 家族関係の変化に戸惑うバイク整備士・高羽　- 自立を急ぎすぎて事故に向かう女子高生・逢坂那智　- 仕事が充実する一方で孤独を感じるアクセサリー作家・北島睦子彼らは「タケトリ・オキナ」という語り手が月の話をするポッドキャスト『ツキない話』に耳を傾ける。その声は直接の接点を持たない場所から、胸の奥に静かに染み渡る。・月の満ち欠けと人生のリフレイン。各章で登場人物たちはそれぞれの“欠け”や“満ち”を抱え、それを抱えたまま自分自身と他者との関係を見直していく。月が形を変えるように、誰かの心もまた、少しずつ変化し、新しいリズムを刻み出す。・“見えないつながり”が織りなす連環。連作形式とはいえ、物語は断片では終わらない。朔の弟が高羽の店に現れたり、那智の事故後に高羽が介入したり――他人事のように思っていた物語が、小さな研究丹か交差し、連なっていく構造は深い共鳴を生む。・自分の時間を生きる声。朔の再出発、本田の覚悟、高羽の父としての自覚、那智の母との関係の再構築、睦子の“ひとり”の意味──5人の選択は、30～40代の男性が背負ってきた責任と選択と重なる。彼らが“宇宙スケジュール”に委ねる姿は、自分自身が放つ光と影を受け入れることとして心に刺さる。・『月の立つ林で』は、月と“声”という媒介を通じて、誰かの小さな決断がきらりと光る群像詩だ。人生の不完璧さを抱え、少し欠けていても、一歩を踏み出せる勇気。その余韻は、30〜40代の胸にしっとりと染みわたる。・受賞歴：2023年 第20回本屋大賞第5位月の立つ林で （一般書　405） [ 青山　美智子 ]価格：1,760円（税込、送料無料) (2025/6/19時点)楽天で購入

  2025.07.17

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  Book #0808 チョコレートコスモス

  ・恩田陸『チョコレートコスモス』は、演劇という“生きた舞台”を媒介に、天才と呼ばれる二人の女性が交錯し、その才能をめぐって巻き起こる群像劇である。・舞台へと誘う二人の軌跡。東響子は芸能一家の出身で華やかな経歴と確かな演技力を持ちながら、その心の奥底では「芝居の本当の面白さ」をまだ知らない、と自覚している。一方、佐々木飛鳥は大学で演劇を始めてわずか二度の舞台経験のみ。だがその身体と感覚には、初めての演技とは思えない輝きが宿る。伝説のプロデューサー・芹澤泰次郎が主宰するオーディションで、響子は才能の半歩届かぬ「天才」を前に直面し、飛鳥はまだ知らない自らの才能に目覚めていく。・群像が舞台に響かせる声。オーディションには響子、飛鳥以外にも宗像葉月、安積あおい、小松崎稔らが参加し、それぞれの野心や才能、恐れと葛藤が重なり合う。数百ページにわたる語りは、観客でも役者でもない第三者の目線を通しながら、“暗がりの向こう”へと時折視線を引き寄せるような臨場感を持って迫ってくる。・“暗がりの向こう”という体験。作品はあくまで稽古やオーディションの現場にこだわる構成だが、描写は舞台上で息づく光と音、息遣いまでもを文字の中に再現する。「観劇したような」、あるいは「観客として役者に寄り添うような」体験が、ページをめくるほどに読者を世界へ引きずり込む。・天才が重ねる瞬間の共振。響子と飛鳥、異なる道を歩んできた天才同士が、オーディションという一点でぶつかり合う。その瞬間の空気の震え、身体の緊張、セリフが放たれたあとの余韻――それは誰かに背中を押されるような震えとなり、読者の胸にも「何かが響く」瞬間として刻まれる。『チョコレートコスモス』は、才能と努力、自分の居場所を再吟味する鏡となるだろう。舞台が終わっても続く、人間の心の“暗がり”と“光”。その余韻は、群像と天才の狭間で揺れる心を、静かに、しかし確かに胸に残す。・恩田陸『チョコレートコスモス』は、舞台という一瞬の光を通して、人が人を動かし、動かされるその瞬間を、詩のように、あるいは劇のように描ききった珠玉の群像劇。読後、「次の舞台を見たい」と、心のどこかが震える一冊である。チョコレートコスモス （角川文庫） [ 恩田　陸 ]価格：880円（税込、送料無料) (2025/6/19時点)楽天で購入

  2025.07.16

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  Book #0807 殺人鬼フジコの衝動

  ・真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』は、11歳で一家惨殺事件を生き延びた少女・森沢藤子（フジコ）が、なぜ「殺人鬼」へと変貌したのか、その狂気と悲劇を叙述トリックとともに描く恐怖の記録である。・幼い絶望が裂いた魂。藤子は幼少期、虐待とネグレクトにさらされ、妹とともに給食費もままならない家庭で育つ。学校では暴力といじめが日常だった。その環境で彼女の心は蝋人形の如く冷たく閉ざされていった。・10歳のトラウマと“狂いの芽”。叔母のもとで新生活を始めた藤子だが、クラスメイトとの関係において「責任」を回避しようとカナリアの死体を隠すあたりから、心の歯車が狂い始める。それが、彼女を他者との共感から遠ざける決定打となる。・“伝説の殺人鬼”としての軌跡。成長を重ねるにつれ、藤子は15人の殺人を犯す凄惨な犯罪者へと進化する。その冷徹さは、「人生は薔薇色のお菓子のよう」とつぶやく感傷とともに、その狂気が日常と隣り合わせであることを示す。・語り手の罠—叙述トリックの核心。本書は「記録者による伝記」の形を取り、読者は藤子の人生を追う。だが終盤、語り手自身が“真の殺人鬼”であった可能性が浮上し、読者が信じていた物語の地盤が根底から揺らぐ。信頼できない語りが、全体の構造を操っていたのだ。・藤子の心の闇は、決して突拍子もなく生まれたわけではない。彼女の暴力はいつしか“生き抜くための武器”となり、その覚悟と計算が胸を抉る。読後の不快と戦慄は、この物語が描き出す静かな狂気と、見過ごされてきた心の亀裂によるものだ。・藤子の物語は、見捨てられた感情や孤独が“イビツな形”で表出する可能性を冷ややかに示す。誰かの命を奪うほどの狂気は遠いものではなく、気づかれぬままに増幅しうる――そんな恐怖を胸に刻む。・『殺人鬼フジコの衝動』は、一人の少女が狂気へ落ちていく軌跡を叙述トリックで編み上げ、イヤミスの最高峰として読む者の心を深く抉る。狂気はどこから産まれるのか――その問いに冷徹に、しかし文学的に迫る一冊である。殺人鬼フジコの衝動 （徳間文庫） [ 真梨幸子 ]価格：814円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.15

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  Book #0806 サクリファイス

  ・近藤史恵『サクリファイス（Sacrifice）』は、プロの自転車ロードレースを舞台に、仲間のために全てを賭ける男—アシスト—and その果てに待つ“犠牲”を鋭く描いた、スポーツ青春ミステリーである。・主人公・白石誓（チカ）の誓い。元中距離走の逸材であった白石誓は、大学でロードレースへ転向。プロチーム「オッジ」に加わるや否や、その身体能力と闘争本能を武器に、エースを勝利に導くアシスト役として覚醒していく。・チーム戦としてのロードレース。レース本番、先頭を引く“風よけ”やペース維持—一瞬の駆け引きがチーム全体を動かす。その技術と信頼こそが至高であり、誓は「誰かの勝利の土台となる」役割に誇りと責任を見出す。・アシストの孤独と絆。だが、チームには陰がある。エースにまつわる黒い噂、同期との競争、恋人との再会、そしてヨーロッパ遠征の最中に起きる悲劇…。誓は自らの立ち位置を問い直し、仲間のために“犠牲”を選ぶことを余儀なくされる。・物語は単なるスポーツ小説では終わらない。レース中の事故には“誰が何を意図したのか”というミステリー層が重なり、ラストに向けて緊張が高まる。青春の熱と謎解きの冷徹さが、静かに、しかし鮮やかに交わる。誓の決断は、誰かのために全力を注ぐ重み、その果てに残る喪失と敬意を、静かにそして深く胸に刻む。・『サクリファイス』は、青春の疾走と犠牲の物語を、ロードレースとミステリーという構造で編んだ傑作だ。仲間のために自らを賭ける覚悟──それは、30〜40代の人生にも通奏低音のように響いてくる刹那の風景である。・受賞歴：2008年 第5回本屋大賞第2位、第10回大藪春彦賞受賞作サクリファイス （新潮文庫） [ 近藤　史恵 ]価格：649円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.14

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  Book #0805 島はぼくらと

  ・辻村深月『島はぼくらと』は、瀬戸内の小島、冴島を舞台にした四人の高校生による青春群像劇である。・登場人物と島の風景。朱里（島生まれの明るい娘）、衣花（網元の横顔を背負う美人）、新（演劇好きで繊細な少年）、源樹（Iターンの子、両親の間を揺れる）──この四人は、島に高校がないためフェリー通学を続け、大きな岐路を前にしている。舞台は人口約3,000。離島という閉鎖された環境の中で関係が濃く、交わりが深い日常が描かれている。・幻の脚本を巡る冒険。ある日、「幻の脚本」を探すという謎の青年が島に現れる。その誘いに乗り、四人は小さな探偵ごっこを始める。淡い恋心、友情、未婚の母の苦悩、島を支える大人たちの覚悟……青春だけではないテーマが静かに重なっていく。・島が抱えるリアル。物語の背後には過疎化や医師不足、Iターンと地元民の距離感。移住者同士の軋轢、大人たちの衝突など、島が直面する社会問題が織り込まれ、静かなリアリティがにじみ出る。・青春の終わりと始まり。卒業を前にした四人は、島という限られた世界を旅立つ。別れは悲しくも、笑顔で。「行ってきます」の声には、いつか「おかえり」が返ってくるとの希望が満ちている。故郷と決別し、責任と選択に向かう年代にとって、この小説の穏やかだが揺れる群像劇は胸に刺さる。社会も、自分も、いつか変わっていく。それでも、島という小さな宇宙で交わった声や景色、他者との距離が胸に温かい影を落とす――そんな思いを揺さぶる。・『島はぼくらと』は、閉ざされた舞台で育まれる静かな連帯と、旅立ちの瞬間に漂う切なさを層として重ねた群像詩だ。いつか離れた場所に残してきた風景や声を、そっと蘇らせてくれる一冊である。・受賞歴：2014年 第11回本屋大賞第3位島はぼくらと （講談社文庫） [ 辻村 深月 ]価格：847円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.13

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  Book #0799 感染領域

  ・くろきすがや（那藤紘一＋菅谷淳夫）による『感染領域』は、「トマトを通じて国家と個人の境界が崩れる」バイオ・サスペンスである。・トマトが“赤く染まる”異変。九州の農家で、トマトが茎から葉まで真っ赤に変色し、枯死する異常事態が発生。原因不明のウイルスにより作物が瞬く間に侵食され、農業インフラだけでなく、人々の日常と国の安定までもが揺らぎ始める。・植物病理学者・安藤仁、研究の荒波へ。帝都大学の病理学者・安藤仁が現地へ召喚され、元恋人で農水省キャリアの里中しほりと再会。研究を進める中、トマトが持つ“青いトマト”＝新種カグラが意外にも特効薬の鍵となる可能性が浮上し、科学と倫理が交差する研究と駆け引きが始まる。・陰謀、暴力、そして“汚染の深層”。旧友の変死、企業や厚労省、暴力団との綱引き、謎めいた天才バイオハッカー“モモちゃん”ら―登場人物たちの思惑が、感染の波に乗って錯綜する。安藤自身も拉致・拷問を受け、研究と正義の重圧に身を引き裂かれる。・カグラという希望と遺伝子操作の交錯。カグラがウイルス抑制剤として機能しうる奇跡の品種と判明するが、その利用は遺伝子操作とパンデミック級のバイオリスクを伴う。安藤は、倫理と現場の狭間で究極の判断を迫られる。この選択こそが、本作に漂う「科学者の宿命」そのものだ。・家族を支え、仕事に責任を負い、時に社会的判断を迫られる世代にとって、本作の問いは身近だ。– “俺が踏み出した先に、誰かの日常が壊れるかもしれない”– “正義はリアルな感情とズレる”科学技術と人間は、常に距離を取りながらも結びつく運命にあり、そのもつれが物語に濃密な重みを与える。・『感染領域』は、畑から国家へと波及する“赤い感染”を通じて、科学者・政治・倫理の境界線を大胆にえぐるバイオ・サスペンスだ。科学という光が、社会をどう照らし、どう影を落とすか。その余韻は、人生の責任と判断を抱えて生きる大人の胸に、静かに、しかし確かに響く。受賞歴：2018年 第16回「このミステリーがすごい！」大賞感染領域 （宝島社文庫　このミス大賞） [ くろきすがや ]価格：715円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.07

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  Book #0798 ドミノ

  ・恩田陸『ドミノ』は、東京駅を舞台に──27人＋１匹の無数の人生が、さながらパニック映画のように絡まり、つながり、そして音を立てて連鎖する群像劇。運命と偶然の交差点を文学的に描いた作品である。・真夏のプラットフォームに立つ群像。「一億円の契約書を待つ生命保険営業」「オーディション中に下剤を盛られた子役」「推理力で競う大学生」「別れ話をもくろむ若き実業家」「句会の老婦人と警察OB」「待ち合わせに迷う老人」…多彩な人々が、それぞれの時間と事情を抱えつつ、東京駅に集う。・ドミノ倒しのような連鎖構造。断章ごとに視点が切り替わり、ひとりそれぞれのドラマが紡がれる──しかし、進むにつれて「他人事」がじわじわと自分の物語と重なり始める。偶然のようで必然的な接点が、まるでドミノ倒しの連鎖のように、全体を巻き込んでいく構成は、エンターテインメントと文学の境界に存在する。・混沌の中に滲む機微と共感。27人＋１匹という膨大な登場人物にもかかわらず、恩田は一語一句を研ぎ澄ませ、読者をまるで現場に引き込む。気づけば「それぞれの人生が、ありふれた日常の背後で鳴っている」。その余韻こそが、本作の文学的位置を浮かび上がらせる。・30～40代の男たちによせる複線。ビジネス、家庭、友人、過去と未来ーー大人の人生は多くの点で交差し、すれ違っていく。そのリアルな“駅のターミナル”感が、読者の身体感覚を掴む。ここに描かれるのは、成功も挫折も、予定通りにならない人生も、すべてが誰かとつながる瞬間なのだ。・『ドミノ』は、群像のドタバタを通じて「個」と「他者」の境界を揺らし、人生の偶然性を壮大な構図で描き出す磁場。30～40代の大人にとって、この物語は“自分の線路が、誰かのドミノを倒しもしている”という新たな視座を、その胸にそっと突きつけてくる。ドミノ （角川文庫） [ 恩田　陸 ]価格：968円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.06

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  Book #0797 誰かが足りない

  ・宮下奈都『誰かが足りない』は、名店「ハライ」の予約を契機に、人生の隙間と向き合おうとする究極のオムニバス。“足りなさ”に素直になる勇気を文学的に届ける。・ 「ハライ」という小さな宇宙。物語が紡ぐのは、10月31日18時、評判のレストラン「ハライ」に予約した６組の群像劇。そこには、認知症の兆しを抱えた老婦人、就職破綻と恋人とのすれ違いに苦しむ青年、人の「失敗の匂い」を嗅ぎ分ける女性――それぞれが「誰かが足りない」心の隙間を抱えている。・文学的余白に浮かぶ“欠落”。物語はどれも静かで、派手な事件は起こらない。むしろ、人生の小さな後悔や失敗――それが胸元でくすぶり続ける。その疵（きず）を抱えたまま、「ハライ」の予約を入れるという一歩を踏み出す姿が、静謐な美しさとして響いてくる。・足りなさは“動き出す理由”。タイトルが示すのは欠乏の苦しさだけではない。「誰かが足りない」からこそ、その隙間を埋めに一歩を踏み出す。失敗を繰り返しても、誰かに笑われてもいい。美味しい食事と向き合うという行為の中で、読者は“前を向く”可能性を見出す。・働き、家族を支え、あるいは時に孤独を味わったこの世代にこそ、本作の余白は刺さるだろう。自分の“足りなさ”を直視しながら、それでも無理なく生きていく。その覚悟と微かな希望が、心の奥底にじんわりと響いてくる。・『誰かが足りない』は、欠けているからこそ動き出せる物語。それぞれの“誰か”や“何か”を待ちながら静かに予約を入れる人々の姿は、人生の不完全さを抱えてきた大人たちにそっと寄り添い、そしてそっと鍵を渡す一冊である。・受賞歴：2012年 第9回本屋大賞第7位誰かが足りない （双葉文庫） [ 宮下奈都 ]価格：580円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.05

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  Book #0796 BUTTER

  ・柚木麻子『BUTTER』は、結婚詐欺と殺人—男性三人の財産を奪い命を奪ったという“カジマナ”こと梶井真奈子への取材を通じ、美食と欲望が交錯する社会派サスペンスだ。週刊誌記者の町田里佳（30代女性記者）が主人公。里佳は取材を重ねるうち、梶井の突飛な美食観や生きざまに翻弄され、自身の内面、身体（10kgの体重変化）、関係性（親友や恋人誠）までもが崩れ始める。・「カジマナ」という名の魔性。梶井真奈子──若くも美しくもない容貌でありながら、男たちを次々と食い物にするその術は、まるで“虎がバターになるように”絡み取る怪しさに満ちている。本作の中で、美食へのこだわりや“マーガリン嫌い”といった小さな嗜好までもが、取材対象者への理解と懐柔の武器となっていく。・取材という鏡に映る“欲望”。里佳の視線はいつしか冷徹なジャーナリストから、梶井が振り撒く誘惑の霧に包まれた“翻弄者”へと変わる。その変化は彼女の身体にも現れた。料理や食欲によって揺れる自意識は、仕事への情熱と相まって、読者としても痛いほどリアルに伝わってくる。・フェミニズムとルッキズムの交差点。梶井は自らをフェミニストと名乗り、“マーガリン嫌い”を強調する。その背後には、既成の女性像や外見への社会的なプレッシャーに対する抵抗と挑戦が潜む。里佳もまた、自分の身体や姿勢に内在する“社会的期待”に気づき揺れることで、単なる取材者を越え“問い直す存在”へと変わっていく。・“適量”を探す心理ゲーム。タイトルの「BUTTER」は、料理における“適量を見極める”感覚の寓意。里佳が10kg増えるという身体的変化は、単なる取材の副作用ではなく、自分がどこまで“巻き込まれるか”“どこで線を引くか”という心理のメタファーになっている。里佳が自分にとってのバランスや“オリジナルのレシピ”を見つけようとするプロセスが、読者にも重く響く。・里佳の揺れは、男たちにも無縁でない。その感覚こそが、『BUTTER』が読者を深く引き込む源泉だ。『BUTTER』は、料理の匂いや味覚を手がかりに、人間の欲望と倫理の境界線をじわじわと炙り出していく作品。社会の常識や身体の声を問いながら、誰かに囚われることなく“自分の適量”を見出す覚悟を呼び覚ます。30～40代の大人にこそ響く、濃密な味わいの小説である。BUTTER （新潮文庫） [ 柚木 麻子 ]価格：1,045円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.04

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  Book #0795 イニシエーション・ラブ

  ・乾くるみ『イニシエーション・ラブ』は、1980年代の静岡と東京を舞台に、表層は甘く淡い恋愛譚に見えながら、最後に衝撃の“仕掛け”が全てを塗り替える、文学的叙述トリックが光るミステリーだ。・青春のふらつく甘い時間（side‑A）。大学生の「僕」（鈴木）は、代役で出た合コンでマユと出会い、ぎこちなくも心惹かれていく。毎週の海やデート、呼び名を「たっくん」「マユちゃん」にしようと提案するなど、懸命に“恋らしさ”を紡いでいく。静岡の夏と冬の間に芽吹いた小さな幸福は、まるで当たり前の青春の記憶のように感じられる。・疎遠になる距離、揺らぐ心（side‑B）。社会人となった「僕」は東京勤務となり、マユとの遠距離恋愛が始まる。週末だけ会いに帰る重み、仕事のストレス、そして同僚・美弥子との接近――それらが時間とともに「僕」の心を蝕んでいく。気付けば愛と責任、義務感のはざまで揺れる自分と向き合うようになる。・その“甘さ”には裏がある。読み進める中でなんとなく違和感が去来するが、それが何だったのかは掴めない。各章の歌謡曲タイトルや同じ呼び名の繰り返し、物語はしなやかにリズムを刻む。しかし、最後から二行前──そこで初めて全ての時間帯と人物がすり替わっていたことに気づかされる。side‑Aとside‑Bは、別の“僕”と“恋人”による同時進行だったのである。・叙述トリックの深い余響。“たっくん”という呼び名までもが、マユが複数の相手に使い分けないための統一だったという事実が、読後の胸に冷たく突き刺さる。青春恋愛と思わせておいて、その実、マユという言葉少なげな操作者の影が浮かび上がる。二度読むことで初めて見えてくる構造、そして愛の裏にある計算と裏切り。それこそが本作の芯である。・かつての“恋”を懐かしみつつ、その甘い嘘さえも、自分の人生の通過儀礼（＝イニシエーション）だったのではないかと問い返すだろう。『イニシエーション・ラブ』は、恋愛ものの仮面をかぶったミステリーであり、読み終わってから再びページをめくり直すことで、その構造と欺瞞の巧妙さに胸がざわつく。青春を通過し、他者との距離を知った大人の胸にこそ、その余韻が重くのしかかる一冊である。イニシエーション・ラブ （文春文庫） [ 乾 くるみ ]価格：715円（税込、送料無料) (2025/6/18時点)楽天で購入

  2025.07.03

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  Book #0792 夜が明ける

  ・西 加奈子『夜が明ける』は、青春から大人になる過程で、社会という闇と向き合いながら、自らの価値と“夜明け”を探す重厚な再生の物語だ。・“俺”とアキ、二つの輪郭。高校一年生の“俺”は平凡な家庭で育ち、同級生の深沢暁は191 cmの巨体と母親からの虐待を背負った異端児。偶然観たフィンランドの俳優・アキ・マケライネンを通じて心を通わせ、“俺”が名付け、二人は深く結びついていく。・扉を開けた現実。卒業後、“俺”はブラックなテレビ制作会社でADとして過重労働に喘ぎ、アキは下北沢の劇団に身を投じる。二人は、貧困、ハラスメント、社会の“見えない闇”に直面し、それに飲み込まれていく。・“夜”の深層に沈む魂。この小説に描かれるのは、単なる貧困や虐待ではない。過重労働、新卒の理不尽な扱い、社会からの疎外——それらが織りなす“夜”の深さは、たとえ息を止めても抜け出せないような重苦しさ。・自他への問いと再生。“俺”はアキの歩んだ人生を、自分自身と重ねながら語り直すことで、他者と自分の境を見つめ直す。“夜”そのものとなるかのような濃密な苦悩が続くが、彼の語りは、同時に“赦し”と“救い”への道程となっている。・希望—“夜が明ける”という奇跡。物語は救いを与える明確な奇跡ではなく、苦痛と重圧の果てに放たれる“微かな光”を描く。終盤に芽吹くのは決して華やかな光ではない。むしろ、“もう一度生きよう”と、頁を繰る一歩を踏み出す強さだ。・『夜が明ける』は、人生の“夜”が深いほど、“明ける”瞬間の意味を深く刻む物語。誰もが抱えて歩んできた闇を、言葉にして呼吸させ、その重さをともに背負いながら、夜明けを感じさせてくれる一冊である。・受賞歴：2022年 第19回本屋大賞第6位夜が明ける （新潮文庫） [ 西 加奈子 ]価格：935円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.30

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  Book #0791 星を掬う

  町田そのこの『星を掬う』は、母と娘を中心に織りなされる再生の物語である。・主人公・芳野千鶴の重なる痛みと孤独。幼い頃、母に捨てられ、父や祖母を失った千鶴。29歳になり、DVを受ける夫・弥一との生活に縛られ、毎日が絶望の連続だった。生活のすべてが彼に奪われ、その渦中で無力さと怒りに苛まれていた。・ラジオ投稿が導いた“母との接点”。ある夏のラジオ企画に思い出を投稿し、そこで自身の母・聖子の名前が知られていたことから再び連絡が来る。千鶴の“母を語る記憶”が、そこにいる母とその娘・恵真を引き寄せる設定は巧みで、物語は一気に動き出す。・家という名の“さざめきハイツ”で交錯する人生。“さざめきハイツ”という小さな共同生活の場で、千鶴は母・聖子（若年性認知症）、聖子を“ママ”と慕う恵真、完璧を装う彩子とその娘・美保と顔を合わせる。彼女たちもまた複雑な事情を背負い、それぞれが傷つきながら共に過ごすうち、千鶴の中にも少しずつ変化が芽生える。・“記憶”という小さな光を探す旅。タイトルの意味は、海の底に沈んだ記憶＝“星”をすくい上げる行為にある。認知症を抱える母と、それを恨みつつも理解しようとする娘。二人の視点を交錯させつつ、読者は記憶の輝きと儚さの間を行き交う。最後には、母がかつて縫ってくれたワンピースの記憶が“星”として蘇り、母娘の根底にあった愛がひっそりと輝く。・自分自身の人生を取り戻す覚悟。物語は、千鶴が“誰かのせい”にし続けた気持ちを、自ら責任を引き受ける覚悟へ転換していく様を静かに描く。“自分の人生は、自分のもの”──母・聖子の強い言葉が胸に突き刺さる。母もまた、誰かのためではない自分の人生を生き抜いた女性として、その覚悟を娘に伝えていく。・『星を掬う』は決して派手ではないが、一つひとつの記憶をそっとすくい上げるように、読後に静かな共鳴を残す作品。過去と今、自分と家族の間で揺れながら、それでも誰かを思う大人の胸の奥に、そっと灯りを届ける一冊である。・受賞歴：2022年 第19回本屋大賞第10位星を掬う （中公文庫　ま55-2） [ 町田そのこ ]価格：836円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.29

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  Book #0790 ヒートアップ

  ・中山七里『ヒートアップ』は、麻薬取締官とヤクザが異色のバディを結成し、悪魔の薬物「ヒート」を巡る濁流に身を投じる、社会派ミステリの異才作だ。・主人公は厚生労働省・関東信越地区麻薬取締部のエース、七尾究一郎。彼は“麻薬をまったく効かせない”特異体質により、危険なおとり捜査でも恐れず飛び込んでいく。その腕は折り紙つきだが、その姿勢はしばしば無鉄砲すぎる。・捜査の対象となる「ヒート」は、かつて兵士向けに開発された向精神薬で、服用者の破壊衝動と攻撃本能をむき出しに引き出す“兵器のような麻薬”。その力は都市を揺さぶり、路上の若者たちやヤクザまでも狂わせる。・捜査を進めるうち、広域指定暴力団・宏龍会の渉外委員長・山崎と手を組む奇妙な事態に突入。山崎はヒート売人・仙道寛人の手がかりを持ち寄り、七尾と不本意ながら“共闘”関係を結ぶ――危険と期待が綯い交ぜになる静かな共振の始まりだ。そんな矢先、仙道が何者かに殺害され、その現場に転がっていた鉄パイプから、七尾の指紋が発見される。彼は“犯人”として逮捕され、逃亡、山崎による救出、そして毒性残る研究所跡地へと導かれる。そこには薬剤の“汚染”が残し、動物までもが凶暴化する異様な空間が広がる。・物語はさらに加速し、誰が、なぜ七尾を嵌めたのか、そして背後にある陰謀とは何か――緊迫した逃走劇とアンダーグラウンドの密約が折り重なり、息が止まるような展開が続く。そして中山七里ならではの“どんでん返し”が静かに炸裂し、読者はその構造に鮮烈な衝撃を受ける。ヒートアップ （幻冬舎文庫） [ 中山　七里 ]価格：781円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.28

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  Book #0789 葉桜の季節に君を想うということ

  ・歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』は、愛と喪失、欺瞞と真実が錯綜する、現代ミステリの傑作にして、読後にすべてが反転する“仕掛け”が静かに炸裂する一作である。物語の語り手は、元私立探偵の「俺」。かつての職を離れ、現在は友人の経営する倒産処理専門の法律事務所を手伝いながら、日々を漫然とやり過ごしている。そんな彼のもとに、美しく、どこか陰のある女性・若菜絵里子が現れる。彼女は自分の母親が新興宗教にのめり込んでいると訴え、その救出を依頼してくる。・やがて「俺」は彼女に強く惹かれていく。探偵としての直観と、男としての本能のあいだで揺れながら、絵里子の抱える闇に近づいていくが、事件は一筋縄ではいかない。新興宗教の影、過去の殺人事件、そして奇妙に絡み合う人間関係。そのすべてが、一見何の変哲もない日常の顔をしながら、「ある一点」を境にしてすべての色を変える。・この作品の核心は、圧倒的な語りの巧みさと、“認識”をテーマにした構造にある。読者が信じていた世界の見え方が、ラスト数十ページで静かに、しかし確実に崩れ去る。だがそれは派手なトリックではない。むしろ、登場人物たちの抱える感情の綾、過去の痛み、そして孤独に寄り添うように配置された伏線によって、読者自身の“読む姿勢”が試される。・タイトルに込められた「葉桜」の意味。それは満開を過ぎた桜、つまり人生のある季節が終わったことの象徴でもある。30代、40代という、夢と現実の距離を知ってしまった読者にとって、本作が静かに胸を打つのは、たぶんその哀切な響きゆえだろう。――人は、どれだけ他人を、そして自分自身を見誤って生きているのか。その問いは、この物語の結末に至ってようやく、読者の中で形を持つ。「想う」という行為が、どれほど誤解に満ち、同時にどれほど純粋でいられるのか。それを、過不足なく、鋭く、そして静かに語り切った一冊である。・受賞歴：2004年「このミステリーがすごい！」国内編 第1位・受賞歴：本格ミステリベスト10 2004年版第1位・受賞歴：週刊文春 推理小説ベスト10 2003年度第2位・受賞歴：第4回本格ミステリ大賞受賞・受賞歴：第57回日本推理作家協会賞受賞葉桜の季節に君を想うということ （文春文庫） [ 歌野 晶午 ]価格：902円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.27

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  Book #0788 一瞬の風になれ 第三部

  ・佐藤多佳子『一瞬の風になれ 第三部 ―ドン―』は、物語のクライマックスにして、青春という名の疾走が一気に加速する終章である。・舞台は、いよいよ迎えたインターハイ本戦。神奈川県予選を勝ち抜いた新二たちは、全国という未知の舞台に立つ。そこには、全国の猛者たちが集い、速さだけでなく、精神力、経験、誇りがぶつかり合う熾烈な世界が広がっている。・この第三部では、主人公・神谷新二の精神的な成熟が際立ってくる。彼はもはや、かつてのように兄の背中をただ追っているだけの少年ではない。自分の「走り」を見つけ、仲間の「速さ」を信じ、そして何より、リレーという一瞬の交差点に自らのすべてを賭ける覚悟を持つようになる。・一ノ瀬連との関係も、単なる憧れや対等な友情を越えて、互いを高め合う真のライバル関係へと変容する。バトンを託す手と手の間にあるもの、それは信頼であり、願いであり、もう戻れない青春のすべてだ。・佐藤多佳子は、スポーツという明快な題材を通して、10代の少年たちがほんの数秒間に懸けるすさまじい情熱と、その背後にある無数の葛藤を、驚くほど繊細に、そして真摯に描き切る。・読者にとって、この物語が響くのは、おそらく「もう戻れない時間」が鮮烈に描かれているからだろう。あのとき、自分も確かに何かに向かって走っていた。結果ではなく、その姿勢こそが、自分という人間の輪郭をかたちづくっていた――そう思い出させてくれる。『一瞬の風になれ』第三部は、疾走の果てに残るもの――汗、涙、声、そして静寂の中の達成感――を、美しく、痛いほど真っ直ぐに描ききった、まさに青春文学の金字塔である。・受賞歴：2007年 第4回本屋大賞受賞一瞬の風になれ　第三部　-ドンー （講談社文庫） [ 佐藤 多佳子 ]価格：902円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.26

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  Book #0787 一瞬の風になれ 第ニ部

  ・佐藤多佳子『一瞬の風になれ 第二部 ―ヨーイ―』は、個の模索から「チーム」という絆へと視点が移り変わる、青春譚の中核を成す一冊である。・主人公・神谷新二は、第一部で陸上部へ本格的に身を投じ、短距離走者としての第一歩を踏み出した。第二部では、その足が確かな軌道に乗り始めると同時に、個々の走りだけでなく「リレー」という集団競技の中で、自分という存在を捉え直す契機が与えられる。・春の大会を経て迎える夏――。強豪・桐畑高校との対抗戦、そしてインターハイ予選が物語の中心に据えられる。天才肌の一ノ瀬連、理論派の根岸、努力型の小出、そして新二。それぞれが違う方向から「速さ」を求め、時にぶつかり、時に支え合いながら、4人は一本のバトンに心を重ねていく。・バトンを繋ぐという行為に託されるのは、単なるスピードではない。他者を信じる勇気、自分を差し出す覚悟、そして誰かと一緒に夢を見るという痛みすら伴う希望だ。この第二部には、スポーツの技術的な描写と並行して、思春期の不安、友情の繊細な揺らぎ、目標に向かっていくことで生まれる充足と孤独が濃密に編み込まれている。・読者にとって、それは過去に置き去りにした「本気で何かに向かった日々」への追憶ともなるだろう。若さとは、愚かさや未熟さを含んだ、だが紛れもない「まっすぐさ」のことだ――そう思い出させてくれる物語である。・受賞歴：2007年 第4回本屋大賞受賞一瞬の風になれ　第二部　-ヨウイー （講談社文庫） [ 佐藤 多佳子 ]価格：704円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.25

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  Book #0786 一瞬の風になれ 第一部

  ・佐藤多佳子『一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ-』は、青春の疾走感と心の機微を描いた物語の序章である。・物語の語り手は、神谷新二。サッカーに打ち込んでいた彼は、怪我によってその夢を諦め、兄の背中を追って陸上部に転向する。兄・健一は全国的にも名の知れた短距離選手で、常に自信と才能に満ちている。その兄とは対照的に、新二は自らの能力や進むべき道に確信を持てず、揺れ動く日々を送る。・そんな新二の世界を変えるのが、同級生であり天性のスプリンターである一ノ瀬連。風のように走る彼の姿に新二は心を奪われ、彼との出会いを通して、陸上という新しいフィールドで自らを試す決意を固めていく。・第一部では、個として走ることへの戸惑いと、仲間との関係、そして「速さ」とは何かという問いが丁寧に描かれる。日常のささやかな風景や、練習場の空気、スターティングブロックに立つ緊張感――それらが淡い光を帯びながら、読者の胸にじんわりと染み込んでくる。・人生のどこかで「出遅れた」と感じたことのある大人たちにとって、新二の歩みはどこか自分自身の記憶と重なる。走り出す前の一瞬の静けさ。心の奥に沈んだ熱が、ふと蘇る。そんな物語である。・受賞歴：2007年 第4回本屋大賞受賞一瞬の風になれ　第一部　-イチニツイテー （講談社文庫） [ 佐藤 多佳子 ]価格：660円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.24

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  Book #0785 64

  ・横山秀夫『64（ロクヨン）』は、刑事としての矜持と、組織の論理とのはざまで揺れる男が、過去の未解決事件と向き合う姿を描いた“警察小説の最高峰”とも称される傑作である。・舞台は、D県警。広報官に異動となった元刑事・三上義信は、警察と記者クラブの間で揺れる「記者発表のルール変更問題」に直面し、板挟みの苦悩を抱えていた。そんな中、かつてD県警の威信を失墜させた、未解決の少女誘拐殺人事件「64（昭和64年に起きた事件）」の遺族を慰問する企画が持ち上がる。ところが――・慰問に同行したはずの警察幹部が失踪。そして「64」をなぞるかのような新たな誘拐事件が発生する。16年前の事件と、現在の事件。浮かび上がるのは、警察組織の腐敗と秘密、そしてある一人の男の「正義とは何か」を問う執念だった。・『64』の最大の特徴は、“事件”そのものよりも、“事件に向き合う人間たちの内面”が主軸にある点である。警察内部の組織力学、記者クラブとの駆け引き、上層部の圧力、そして過去の悔恨。構成はあくまで静かで、淡々とした筆致で綴られているが、行間に込められた感情の濃度は異様なまでに濃く、最後の数章では文字通り息を呑むような展開が用意されている。「64は、終わっていない。いや、始まってすらいなかった。」過去の“未解決事件”は、風化するどころか、なおも人の人生を支配し続けている。この小説は、そんな「記憶の持続性」と「組織の無責任性」を抉る作品である。・受賞歴：2013年 第10回本屋大賞第2位、2012年「このミステリーがすごい！」国内編 第1位64（ロクヨン）（上）【電子書籍】[ 横山秀夫 ]価格：703円 (2025/6/6時点)楽天で購入64（ロクヨン）（下）【電子書籍】[ 横山秀夫 ]価格：703円 (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.23

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  Book #0784 アヒルと鴨のコインロッカー

  ・伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』は、平穏な大学生活のはじまりを迎えた青年が、奇妙な隣人に誘われた「本屋を襲う」という突拍子もない出来事から、過去と現在、真実と虚構が交錯する〈静かな衝撃〉の物語へと巻き込まれていく小説である。・舞台は仙台。大学入学を機に一人暮らしを始めた椎名は、隣人の河崎と名乗る男に唐突にこう告げられる。「一緒に本屋を襲わないか？」戸惑いつつも、なぜか河崎のペースに巻き込まれていく椎名。彼の目的は「ブータン人の友人のために一冊の広辞苑を盗む」という不可解なものであり、椎名はしだいに、数年前にこの町で起きた“ある事件”の痕跡に触れていく。・語られた真実と、封じられた記憶。アヒルと鴨のように、一見似ていて決して交わらない存在たちが織りなす悲劇と希望。すべては“コインロッカー”に隠された過去に、収束していく。・本作は伊坂作品らしい〈多層構造〉と〈伏線回収〉の妙が光る物語である。現在の「椎名」と、過去の“もうひとりの椎名”――ふたつの時間軸が交錯し、最後の数ページで真実が開示されたとき、読者は思わず心を揺さぶられる。語り口は軽やかでユーモラスながら、根底には「異なる者同士が理解しあえるのか」という切実なテーマが横たわっており、それは現代の分断された社会においてなお鮮やかなリアリティを放っている。「アヒルと鴨じゃ、並んで泳げないんだよ。」この言葉は、作品の根底にある“共存”の難しさと、“それでも寄り添おうとする意志”を象徴している。・受賞歴：第25回吉川英治文学新人賞受賞アヒルと鴨のコインロッカー （創元推理文庫） [ 伊坂幸太郎 ]価格：748円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.22

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  Book #0783 ゴールデンスランバー

  ・伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』は、ありふれた市井の男が突如として国家的陰謀の渦に巻き込まれる逃走劇を描いた長編小説である。舞台は近未来の仙台。ある日、首相が爆殺される事件が発生。その犯人として仕立て上げられたのは、まったく無関係の一般人である宅配ドライバー・青柳雅春だった。・巧妙に張り巡らされた証拠、仕組まれた世論、そして機能する国家権力。青柳は何がなんだかわからないまま逃亡を余儀なくされるが、彼の背中を押すのはかつての恋人、大学時代の仲間、恩人、あるいは見知らぬ誰かの善意――。極限状況のなかでも「誰かを信じること」「人間のつながり」を信じて走る青柳。・やがて彼の逃走は、ひとつの祈りや願いのような“生き方の象徴”へと昇華されていく。物語の構成は、伊坂幸太郎らしい複数視点と巧妙な伏線、時間の跳躍によって成り立ち、まるで一曲のビートルズの楽曲（本作タイトルの由来）を聴くような感覚を読者にもたらす。逃げながらも青柳が心に留めるのは、「人は誰かのために生きられるか？」という静かな問い。それは壮大な陰謀劇のなかでなお、人間の尊厳を信じようとする純粋なまなざしであり、読後に残るのは“希望”という形のない余韻である。「信じて送り出した相手が殺人犯って、どんな気分だろうね」「信じたんだから、それで十分だよ」物語を彩るセリフの数々が、どこか読者の記憶の奥深くと響き合い、ただの“逃げる話”に終わらない強度を与えてくる。・受賞歴：2008年 第5回本屋大賞受賞ゴールデンスランバー （新潮文庫　新潮文庫） [ 伊坂 幸太郎 ]価格：1,155円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.21

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  Book #0782 線は、僕を描く

  ・砥上裕將『線は、僕を描く』は、繊細で静謐な筆致で喪失と再生を描いた青春小説でありながら、日本画──とりわけ“水墨画”という芸術表現を通して、若者の心の深奥に触れてくる一作である。・大学生・青山霜介は、両親を事故で失って以来、心を閉ざしたまま無気力な日々を過ごしていた。そんなある日、ひょんなことから水墨画の巨匠・篠田湖山の弟子として、水墨の世界に足を踏み入れることになる。白と黒、わずかな濃淡と余白で描かれる世界。技術や理論を超えた「線」の中に、生きる力と自分の感情を少しずつ見出していく霜介。・湖山の孫弟子である実力者・川岸美嘉との出会いや、厳しくも温かな仲間たちとの交流を通じて、やがて霜介は水墨画という「描くこと」そのものを通じて、心の空白を塗りつぶし始めていく──。・本作の最大の魅力は、“何もない”と見える「余白」や「沈黙」のなかに、確かな感情の震えを描き出すその静かな筆致でである。水墨画は、線をただ引くことではなく、自分の“在り方”を問う作業であり、それは霜介にとって「自分を描き直す」行為そのもの。喪失を経験した者にしかわからない痛みと、それを包み込むような静けさ。そして「表現とは何か？」という問いかけは、芸術に縁がなくとも、人生というキャンバスに日々向き合う全ての人間に通じる。「たった一筆でさえ美しくあるように」・受賞歴：2020年 第17回本屋大賞第3位線は、僕を描く （講談社文庫） [ 砥上 裕將 ]価格：858円（税込、送料無料) (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.20

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  Book #0781 鹿の王

  ・上橋菜穂子『鹿の王』は、人間の尊厳と生の意味を静かに、しかし力強く問いかける壮大なファンタジー叙事詩でありながら、医療・政治・信仰が交錯する社会的リアリズムを湛えた作品である。・物語の舞台は、かつて強大だった東乎瑠帝国に併呑された群島国家・アカファ。その支配の余波が続く中、山岳地帯の民“独角（どっかく）”の生き残りであり、戦士でもあったヴァンは、敗戦の末に鉱山の奴隷として囚われていた。・ある日、謎の病“黒狼熱（ミツツァル）”が鉱山を襲い、人々が次々と命を落とす中、ヴァンは奇跡的に生き延び、幼い少女ユナを連れて脱走する。やがて彼は、この謎の病と帝国の医術との狭間に蠢く巨大な陰謀に巻き込まれていく。・一方、帝国随一の医術師ホッサルは、黒狼熱の感染経路と治療法を追い、医師として、そして人間としての信念を試されていく。ヴァンはかつて“生き残ること”に罪悪感を抱えた戦士でしたが、ユナという小さな命を預かることで、生きる意味を再び掴もうとする。その姿は、読者に「生きるとは、誰かを守ることなのか？」という問いを投げかけます。また、ホッサルの葛藤は、知識と信仰の対立、帝国の論理と個人の倫理、医療の限界と希望を象徴している。・それは、現代を生きる私たちが直面する「科学」と「感情」のせめぎ合いそのものであり、仕事と人生の境界があいまいになるこの世代にこそ響く問いとなる。・『鹿の王』に描かれる「大きなものに抗いながらも、小さな命を守る」という姿は、父であること、夫であること、職業人であることの意味を、改めて問い直すきっかけとなるはずです。その重層的な世界観と語り口は、心地よい疲労とともに読後に深い余韻を残す。まさに、年齢を重ねた読者にこそ開かれる“文学としてのファンタジー”である。・受賞歴：2015年 第12回本屋大賞受賞鹿の王【全4冊 合本版】【電子書籍】[ 上橋　菜穂子 ]価格：2,530円 (2025/6/6時点)楽天で購入

  2025.06.19

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  Book #0637 凶悪 ある死刑囚の告発

  ・新潮45編集部『凶悪―ある死刑囚の告発』 一通の手紙が事件の始まりだった。死刑囚・須藤純一が「自分は真の凶悪犯ではない」と訴え、獄中から雑誌「新潮45」に告発文を送りつける。そこに記されたのは、裁かれていない複数の殺人事件と、その首謀者である「先生」こと上申書に登場する不動産ブローカー・木村修治の存在だった。・編集者たちは、須藤の証言を元に独自取材を開始。次第に明らかになるのは、金銭目的での冷酷非道な殺人の数々、そして警察や司法の網をすり抜けた人物の暗躍だった。須藤は確かに凶悪犯ではあったが、彼の告白は、さらに巨大な悪の存在を暴く突破口となる。・取材を通じて、編集部は「正義とは何か」「報道の責任とは何か」に直面する。実名での報道が持つ重みとリスクのなかで、真実を世に問う覚悟を固める。結果、記事は社会に大きな波紋を呼び、最終的に新たな逮捕と裁判へとつながっていく。・この事件は、単なる犯罪ルポを超えて、現代日本の司法、報道、そして人間の良心の境界を問う。暗い底なしの悪意と、そこに光を当てようとする者たちの葛藤が交錯する、戦慄のドキュメントである。凶悪 ある死刑囚の告発 （新潮文庫　新潮文庫） [ 「新潮45」編集部 ]価格：825円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.02

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  Book #0636 村上海賊の娘四

  ・和田竜『村上海賊の娘 四巻』 戦は最終局面へ突入する。織田方の九鬼嘉隆が率いる鉄甲船がついに動き、本願寺方の海賊たちとの決戦が始まる。鉄と火薬にものを言わせた巨大戦艦に対し、村上海賊は小回りと奇襲を駆使して挑む。村上景は、戦の渦中で幾度も命を賭け、仲間の命の重みを噛みしめながら、自らの誇りと存在理由を問い続ける。・景の父・武吉もまた、この戦に己の矜持を賭けて臨む。村上海賊の名を後世に刻むため、そして名実ともに“最強”を証明するために、戦場で燃え尽きる覚悟を固めている。だが戦局は厳しく、織田の圧倒的な武力の前に味方は次々と倒れ、海は炎に包まれてゆく。・景は、すべてを失いかけた戦場で、なおも戦う意味を見出そうとする。守るべきものは何か。誇りとは何か。生きるとはどういうことか。その問いの果てに、景はある決断を下す。そして戦の終わりは、痛みと喪失をもってやってくる。・物語は、戦の勝敗以上に、人々の心に何を遺したかを描き切る。敗北の中にも確かに残るものがあり、消えていく命の中にこそ、未来への火種がある。村上海賊の娘・景は、戦を超えて生き抜いた者として、伝説の存在となる。壮大な戦記はここに幕を閉じるが、その余韻は深く長く、読む者の胸に残り続ける。・受賞歴：2014年 第11回本屋大賞受賞、2014年 吉川英治文学新人賞村上海賊の娘（四） （新潮文庫） [ 和田 竜 ]価格：825円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.02

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  Book #0635 村上海賊の娘三

  ・和田竜『村上海賊の娘 三巻』 舞台はついに本願寺と織田方との大規模な海戦へと向かい、物語は大きく加速する。村上景は、泉州の誇りと自らの意地をかけて、堺での屈辱を晴らすべく、本願寺方の水軍として戦いに挑む。彼女の戦いには、個人的な復讐だけではなく、仲間たちの信頼、敗者の誇り、そして武士ではない者たちの生き様が絡み合い始めていく。・一方、織田方では九鬼嘉隆が完成させた鉄甲船を前面に押し出し、制海権の完全掌握を狙う。その前に立ちはだかるのが、景を含む村上海賊と、雑賀衆、そして地元の兵たち。戦はもはや個人の力だけではどうにもならない、大局の中での駆け引きと戦略に突入する。・この巻では、景の内面に深く迫る。武に生きるとは何か、戦うとはどういうことか。誇りや名誉といったものが、無惨な死や喪失と隣り合わせである現実が突きつけられる。景自身も、圧倒的な力の前に挫けそうになりながらも、自らの存在と信念を見つめ直していく。・各勢力の思惑が交錯し、戦は苛烈を極める。だが、その中で人々が守ろうとするもの――友情、名誉、そして故郷への思い――が、血にまみれた戦場に一筋の意義を灯していく。決戦は目前、村上海賊と景の真価が問われる時が迫る。・受賞歴：2014年 第11回本屋大賞受賞、2014年 吉川英治文学新人賞村上海賊の娘（三） （新潮文庫） [ 和田 竜 ]価格：825円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.02

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  Book #0634 村上海賊の娘二

  ・和田竜『村上海賊の娘 二巻』 村上景は、敵地・堺の町で侮辱された仇を討つべく、そして自らの存在意義を確かめるため、再び本願寺へと向かう。景が率いる船団は、武装僧兵の津田坊や、誇り高き泉州の国人たちと合流し、織田水軍の補給線を断つべく行動を開始する。景の怒りと覚悟は、やがて周囲の人間たちの心にも火を灯す。・一方、織田軍では九鬼嘉隆が鉄甲船を完成させ、木津川口の制海権を奪還しようと動き出す。本願寺方と村上海賊の動きを封じるべく、苛烈な戦術を講じ、鉄と火の力で瀬戸内の海に新たな秩序を打ち立てようとする。・景は、「戦うことでしか居場所を得られない女」として、徐々に戦の真の意味を体感していく。己の力を示すことと、守るべきもののために剣を抜くことの違い。勝つことだけが全てではないという苦渋と覚醒。・この巻では、景と彼女に連なる人々の人間模様がより濃密に描かれ、個人の復讐心がやがて「大義」や「連帯」へと変貌していく過程が力強く展開される。海戦の前哨戦が次第に激化し、木津川口の決戦へ向け、登場人物たちの命と誇りが試され始める。戦国の海は静かに、しかし確実に嵐の気配を帯び始める。・受賞歴：2014年 第11回本屋大賞受賞、2014年 吉川英治文学新人賞村上海賊の娘（二） （新潮文庫） [ 和田 竜 ]価格：693円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.02

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  Book #0633 村上海賊の娘一

  ・和田竜『村上海賊の娘 一巻』 時は戦国、天正四年。織田信長が毛利攻めの最前線として重要視する本願寺を攻めあぐね、木津川口の制海権を巡って熾烈な海戦が始まろうとしていた。瀬戸内の制海権を握る「村上海賊」こと能島村上家は、本願寺方に味方する。そこに登場するのが、主人公・村上景（むらかみ きょう）という実在の人物をモチーフにした架空の女性、村上海賊の娘・景（きょう）。・景は長身で筋骨たくましいが、容姿は不美人と評される女武者。周囲からは「嫁の貰い手がない」と陰口を叩かれるが、本人は気にせず、「戦の場でしか自分は輝けない」と信じている。彼女は父・武吉の命を受けて、敵対する織田方に荷揚げされる兵糧を焼き討ちするため、大坂本願寺へ向かう。・一方、堺では木津川口の制海権を巡り、信長の水軍を支える九鬼嘉隆が鉄甲船を準備しつつあった。本巻では、景が堺の町で侮辱を受け、怒りを抱きながらも、戦うことでしか自分を肯定できない矛盾と、名もなき人々がそれぞれの誇りを胸に戦地へ向かう姿が描かれる。・海賊と武士、商人と僧侶、女と男、中央と辺境。多層的な視点で描かれる歴史エンタメの幕開けとなる一巻。笑いと暴力、美と醜、誇りと卑小さが入り混じりながら、景が“戦う理由”を求めて奔走する姿は痛快かつ哀切に満ちている。戦国の海と女の物語が、いよいよ大海原へと乗り出す。・受賞歴：2014年 第11回本屋大賞受賞、2014年 吉川英治文学新人賞村上海賊の娘（一） （新潮文庫） [ 和田 竜 ]価格：781円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0632 ナナメの夕暮れ

  ・若林正恭『ナナメの夕暮れ』 お笑い芸人・若林正恭が、自らの生きづらさや人見知り、孤独、不安との向き合い方を赤裸々に綴ったエッセイ集。世の中の「まっすぐ」な価値観に違和感を抱きながら、それを斜めから見つめ続けてきた若林が、40歳を目前に少しずつ「ナナメ」の視点から距離を縮め、日常と折り合いをつけていく過程が描かれる。・若い頃からずっと「正解」がある世界に息苦しさを感じ、熱狂やテンションの高さにも馴染めず、浮かれてる人々に“引き潮”のような距離を取っていた。恋愛、友人関係、仕事、老い、結婚、親との関係、SNS……あらゆるテーマを通して「真ん中」を歩けなかった若林が、「ナナメ」の視点こそ自分らしいと気づくまでの、思索の軌跡。・テレビや芸能の世界にいながらも、常に“観察者”の立場に身を置き、感情を抑え、距離を取り、過剰なリアクションを避けてきた。それでも歳を重ねる中で、他者との境界をやわらげ、少しずつ自分を開いていく感覚が育っていく。全体を通して流れるのは、「無理にまっすぐにならなくてもいい」というメッセージ。・尖っていた若さがやがて丸みを帯びていく変化と、依然として残る“違和感”との共存が、静かに、ユーモラスに、しかし切実に語られる。孤独や不器用さを抱えるすべての人にとっての「共感の書」。ナナメの夕暮れ【電子書籍】[ 若林正恭 ]価格：750円 (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0631 表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

  ・若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』 お笑いコンビ・オードリーの若林正恭が、テレビ番組の企画で訪れたキューバでの体験を綴った紀行エッセイ。表参道のセレブ犬＝東京の裕福で恵まれた暮らしを象徴する存在と、カバーニャ要塞の野良犬＝キューバの自由で不自由な日常を生きる存在を対比に据え、自らの内面を見つめ直していく。・キューバの混沌とした街、陽気な人々、貧しくも人間らしく生きる日常に触れ、日本での生活では気づかない価値観のズレや、自分が無意識に守っていた“枠”が次第に壊れていく。社会的な成功や見栄を大切にしがちな東京での暮らしに疑問を感じながら、野良犬のように誰のためでもなく、自分の足で立つことの意味を模索する。・芸能界という特殊な世界での孤独や葛藤、若林自身の繊細さと人見知りの性格も随所ににじむ。旅先での出会いや、たどたどしいスペイン語でのやり取り、現地で感じた戸惑いや衝撃が、飾らない文体で綴られている。軽妙な語り口の中に、鋭い自己観察と社会批評が同居しており、エッセイでありながら一種の“自己再発見の物語”として読める。・「芸能人としての自分」と「人間としての自分」のギャップに悩んでいた若林が、キューバというまったく異なる価値観の世界で、少しずつ“何者でもない自分”に戻っていく過程が静かに心に響く一冊である。表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 （文春文庫） [ 若林 正恭 ]価格：869円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0630 錆びた滑車

  ・若竹七海『錆びた滑車』 舞台は神奈川県の架空都市・葉崎市。元警察官の経歴を持ち、現在は保険調査員として働く葉村晶が主人公のハードボイルド・ミステリシリーズ第3作。葉村は、生活のためにいやいやながらも地味な保険調査業務をこなしていたが、ある日、旧知の女性からの依頼により、行方不明になったその妹を探すことになる。調査を進めるうちに、彼女の背後には家庭内暴力や借金、宗教団体との関係など、複雑な人間関係が絡んでいたことが明らかになる。・物語の中心には、「消えた女」と、彼女にまつわるいくつもの謎が浮かぶ。調査が進むにつれ、葉村は自らの過去と向き合わされることになり、やがて事件は不可解な死と暴力を伴って深刻な様相を帯びていく。タイトルの「錆びた滑車」は、動きを失った機械のメタファーであり、登場人物たちの止まった人生や崩壊しかけた日常を象徴している。・淡々とした語り口と冷めた視点、そして皮肉をにじませたユーモアが物語に独特のテンポを生み出す。ハードボイルドでありながら人間味があり、主人公・葉村晶の孤独と頑なさが際立つ作品。事件の全貌が明かされる終盤には、静かだが確かな衝撃が走る。探偵のように謎を追うのではなく、現実の暗部に足を取られながらも一歩ずつ前へ進む葉村晶の姿が胸に残る。シリーズ中でも屈指の重さと深みを持つ1冊である。・受賞歴：2019年「このミステリーがすごい！」国内編 第３位、2018年「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門 第6位、2018年「ミステリが読みたい！」国内編 第5位錆びた滑車 （文春文庫） [ 若竹 七海 ]価格：880円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0629 黒牢城

  ・米澤穂信『黒牢城』 ――密室は、城であり、戦であり、人の心そのものだった。時は戦国、舞台は1578年の荒木村重の謀反。織田信長に反旗を翻した村重は、有岡城に立て籠もり、長く孤立無援の籠城戦を続けていた。その城の奥深く、牢獄に囚われていたのが軍師・黒田官兵衛（如水）である。村重は敵でもあり旧知の仲でもある官兵衛に対し、城内で起こる奇妙な事件の謎解きを依頼する。・城という閉鎖空間で次々に起こる不可解な事件――重臣の密室殺人、井戸の底から出てきた死体、壁に埋められた遺体。戦の渦中にあるはずの城の中で、戦とは異なる「真実」が問われる。牢に囚われていながら、知略と洞察で事件の構造に迫る官兵衛。彼の推理が冴える一方で、村重の心は揺れ、戦そのものの意味も変質していく。・この作品は単なる時代小説やミステリではない。人間の本質、権力と猜疑、そして信義の在処を、戦国という極限状況を借りて描いた思想的な重みを持つ歴史ミステリ。事件の謎解きはあくまで入口であり、やがてそれらすべてが、城と男たちの運命を巻き込む巨大な構図へと組み上がっていく。・密室の謎と歴史の謎。閉ざされた空間で展開される静かなる頭脳戦は、やがて信長、村重、官兵衛それぞれの思想と覚悟を浮かび上がらせる。戦国時代という混沌を舞台にしながら、驚くほど静謐で、知的な緊張に満ちた一冊である。・受賞歴：第166回(2021年下期)直木賞受賞作、第12回山田風太郎賞受賞、2022年「このミステリーがすごい！」国内編 第1位、2021年「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門 第1位、2022年「ミステリが読みたい！」国内編 第1位、2022年「本格ミステリ・ベスト10」国内編 第1位、2022年 第19回本屋大賞第9位黒牢城 （角川文庫） [ 米澤　穂信 ]価格：1,056円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0628 可燃物

  ・米澤穂信『可燃物』 ――火のように、静かに潜み、突如として燃え上がる。日常に潜む「火種」を描いた、短編ミステリ集である。火災や放火をテーマに据えた全6編の短編集。舞台はすべて現代日本。謎解きのスリルよりも、人の心に潜む感情の揺らぎと、そこから生まれる歪みを描く。事件は小さくとも、その背後にある感情は重く深い。表題作「可燃物」は、コンビニの廃棄処理をめぐる同僚間の確執が、やがて不可解な放火へとつながっていく物語。地味で目立たない人物の小さな違和感が、日常を崩壊へ導く。・「燃えない親父」では、定年退職を迎えた父親が突如自宅を燃やした真意に迫る。家族が知っていたはずの父の姿は、何を隠していたのか。・「水曜の南模試」では、受験戦争のプレッシャーと教師の立場、少年たちの感情が絡み合い、試験会場での火災騒ぎの真相が浮かび上がる。・火は感情の比喩でもある。怒り、嫉妬、怨嗟、寂しさ、あるいは罪悪感。登場人物の心の奥底に眠る「燃えやすい感情」が、火災という物理現象を通してあぶり出される。ミステリでありながら、そこにあるのは犯罪ではなく、「なぜその人は火をつけたのか」という静かな問いかけ。・推理というより「解釈」に重きを置く構成で、謎の真相そのものより、登場人物たちの行動と心理が語る“火の理由”が主題となる。犯罪の動機ではなく、人間の感情を「可燃物」として描いた、米澤穂信の異色の短編集。静かな余韻とともに、読む者に火種の所在を問いかける。・受賞歴：2024年「このミステリーがすごい！」国内編 第1位、2023年「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門 第1位、2024年「ミステリが読みたい！」国内編 第1位可燃物 [ 米澤 穂信 ]価格：1,870円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0627 インシテミル

  ・米澤穂信『インシテミル』 ――密室×心理戦×殺人。極限状態の中、人間の本性と理性の綱引きが始まる、実験型デス・ミステリ。「時給11万2千円」という破格のバイト広告に釣られて集まった12人の男女は、郊外の地下施設「暗鬼館」に閉じ込められる。実験の名目は「模擬監獄における心理行動の観察」。だがその真の内容は、ルールによって構築された、疑心暗鬼と殺人が連鎖するゲームだった。・参加者全員に配られる「武器」。誰かが殺されると、告発すれば「正当殺人加算報酬」、犯人が否定されれば「虚偽告発ペナルティ」。逆に、犯人が告発されずにいれば「完全犯罪報酬」。それぞれが報酬と生存を天秤にかけ、他者を信用せず、探り合う空気が蔓延していく。・次々と発生する不可解な殺人。密室、トリック、アリバイ、そして各人が持つ過去と背景。表面上は理知的にふるまう参加者たちも、徐々に本音と猜疑心を露わにしてゆく。誰が敵で、誰が味方か。理性を保てる者は誰か。命と報酬をめぐる“実験”は、やがて制御不能の領域へと突入していく。・主人公・結城理久彦は冷静な観察眼を持ちながらも、極限状況において自らの倫理観と向き合うことになる。推理の果てにあるのは、真相か、それともさらなる欺瞞か。メタ的な構造と心理ゲームの緻密な設計が特徴の一作。デスゲームの形を取りつつ、人間の欲望、倫理、集団心理の暴走を描ききった、米澤穂信による異色の密室サスペンスである。インシテミル （文春文庫） [ 米澤 穂信 ]価格：946円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0626 王とサーカス

  ・米澤穂信『王とサーカス』 ――ジャーナリズムとは何か、人を伝えるとはどういうことかを問いかける、静かな衝撃をはらんだ社会派ミステリである。2001年、ネパール王族殺害事件（実在の「王宮事件」）の直後、フリーライター太刀洗万智は取材のためカトマンズに降り立つ。王族射殺という衝撃的事件に沸く街。軍と市民の緊張は高まり、社会の秩序は揺らいでいた。・万智は元新聞記者。過去のある取材で心に深い傷を負い、ジャーナリズムの倫理に自信をなくしていた。その傷を抱えたまま彼女は現地を巡り、観光ガイドや軍関係者、地元記者らに話を聞く。やがて、彼女が滞在するホテルの関係者であるガイドの青年が殺される事件が起きる。・混乱の只中で起きたこの殺人事件は、王族殺害と無関係のように見えたが、万智が取材を重ねるうちに、現地の社会格差や軍と市民の摩擦、そして隠された動機が浮かび上がる。だがそれ以上に物語の焦点は、万智が「事実」と「真実」、そして「伝える責任」をどう捉えなおすかという内面の葛藤にある。・被害者の人生をどう伝えるべきか。ジャーナリズムは誰のためにあるのか。正義とは、善意とは、そして沈黙とは。社会の混沌と、報道に対する問いを重ねることで、万智はかつて失った“書くことへの覚悟”をもう一度見つけ出そうとする。・受賞歴：2016年「このミステリーがすごい！」国内編 第1位、2015年「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門 第1位王とサーカス （創元推理文庫） [ 米澤穂信 ]価格：946円（税込、送料無料) (2025/5/29時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0625 悪人

  ・吉田修一『悪人』 ――誰が「悪人」なのか。社会の片隅に生きる人間たちの孤独と哀しみを浮き彫りにする社会派長編である。福岡で若い女性が殺害される。被害者は保険外交員の石橋佳乃。事件当初、彼女と関係があった大学生・増尾圭吾に疑いの目が向けられるが、やがて真犯人として浮かび上がってきたのは、土木作業員の清水祐一だった。・祐一は孤独な青年だった。祖父母に育てられ、父親からも見捨てられたまま地方で地味に暮らす彼は、偶然出会った佳乃と関係を持ったが、彼女の侮辱的な言動に激昂し、衝動的に殺害してしまう。事件後、祐一は長崎で出会った女性・馬込光代と心を通わせ、逃亡生活に入る。光代もまた、介護や仕事、家族関係に悩む孤独な人物だった。二人は追われる中でわずかなぬくもりと自由を得るが、その時間は長く続かない。・物語は、殺人犯とその恋人、被害者の家族、加害者の家族、そして世間のまなざしを通して語られる。人は誰かを一方的に「悪人」と呼べるのか、という根源的な問いが物語の軸に据えられている。殺人という重大な罪を犯した祐一と、彼を理解しようとした光代。その姿は、加害と被害、善と悪という単純な構図では捉えられない複雑さを浮き彫りにする。・タイトルの「悪人」とは誰のことか。それは祐一なのか、被害者なのか、あるいはそれを見ていた私たちなのか。暴力の根源と人間の孤独、社会の冷たさを静かにえぐる、吉田修一の代表作である。・受賞歴：2008年 第5回本屋大賞第4位、第61回毎日出版文化賞、第34回大佛次郎賞悪人 （文春文庫） [ 吉田 修一 ]価格：990円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0624 半落ち

  ・横山秀夫『半落ち』 ――すべてを語らない男。空白の「二日間」に隠された、たった一つの真実。警察官・梶聡一郎は、自宅で妻を殺害したと自首してくる。動機は、アルツハイマー型認知症を患った妻との約束だった。妻が自分の記憶が失われていくことに耐えられず、「その時が来たら殺してほしい」と梶に頼んでいたという。・しかし、供述にはひとつだけ不可解な点がある。殺害から自首までの二日間、梶がどこで何をしていたのかを、彼は一切語ろうとしない。その「空白の時間」が事件を調べる刑事、検察官、新聞記者、裁判官などの心に波紋を広げていく。誰もが梶の沈黙の理由を追い求め、同時に自らの「正義」「職責」「人間性」と向き合わされる。・物語は、複数の視点から構成され、主人公が誰なのかが絶えず移り変わっていく。警察、検察、司法、報道、それぞれの立場に立つ者たちの葛藤を通して、「正義とは何か」「人を裁くとはどういうことか」という普遍的な問いが浮かび上がる。・やがて明かされる、梶の沈黙に込められた理由は、誰もが想像しなかったほどに個人的で、静かな祈りに似たものであった。・ミステリーという枠を超え、倫理と人間の弱さ、そして救いを描いた社会派ドラマの傑作。事件の「真相」よりも、その周囲にいる人々の「心の動き」が読む者に深い余韻を残す。タイトルの「半落ち」は、すべてを語りきらないという意味の警察用語。その言葉通り、語られなかった部分こそが、最も雄弁に語る。・受賞歴：2002年「このミステリーがすごい！」国内編 第1位半落ち （講談社文庫） [ 横山 秀夫 ]価格：649円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0623 ノースライト

  ・横山秀夫『ノースライト』 ――姿なき依頼主と消えた家族。設計士が追うのは「家」と「心」の謎。一級建築士・青瀬稔は、過去のある失敗から第一線を退き、民間から警察施設などの公共建築を手がける地味な日々を送っていた。ある日、突然舞い込んだ一件の仕事。依頼主は「あなたにしか頼めない」と言い残し、施主の顔も明かさずに、理想の家の設計を依頼する。・青瀬は、群馬の高崎市近郊の丘に、美しい「Y邸」を建てる。だが、家は完成したものの、そこに施主も家族も現れない。住む気配のない家に残されていたのは、たった一脚の椅子――かつて青瀬が幼少期を共に過ごした、父の形見の椅子だった。・家族はなぜ入居しなかったのか。そもそも依頼主は誰だったのか。青瀬は椅子を手がかりに、失踪した家族の行方を追い始める。だが、追えば追うほど過去の自分とも向き合わされる。家庭より仕事を優先した結果、崩壊した自身の家族。建築士として築いてきた「家」とは、本当に「人の幸せを包む器」だったのか。捜索はやがて、震災や経済苦、家族の不和、希望と喪失といった日本社会の影へとつながっていく。そして青瀬がたどり着いた真実は、彼の人生そのものにも静かに揺さぶりをかけることになる。・建築という無言の存在を通じて、人の思い、家族の在り方、信頼とは何かを描く、静謐な謎解きと人間ドラマ。ミステリーの形式を取りながら、本作の主題は「心の構造」と「再生」。・受賞歴：2020年 第17回本屋大賞第4位、2019年「このミステリーがすごい！」国内編 第2位、第1回山中賞受賞ノースライト （新潮文庫） [ 横山 秀夫 ]価格：935円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0622 第三の時効

  ・横山秀夫『第三の時効』 ――時効成立までのカウントダウン。警察内部の矛盾と対立を描く、異色の警察小説である。舞台は、群馬県をモデルにした地方都市・D県警。捜査一課「強行犯係」に所属する警部補・楠見と、管理畑から異動してきた警部補・朽木。ふたりの男は、ある未解決殺人事件を巡って静かな火花を散らす。・事件は、十五年前に暴力団関係者が殺されたもので、まもなく公訴時効が成立しようとしていた。だが、楠見は執念深く捜査を継続し、「第三の時効」という法の盲点を突いて時効成立を阻もうと画策する。一方、朽木は冷静な視点からその行為に疑義を挟み、組織としての警察の論理を持ち出して対抗する。・物語は、事件そのものよりも、時効制度の解釈と適用、警察組織内のパワーゲーム、信念と保身、そして正義とは何かという哲学的命題に焦点を当てる。楠見は法のグレーゾーンに踏み込みながらも、被害者の無念を晴らそうとする。一方、朽木は組織の一員としての論理を優先し、事態を収束させようとする。・やがて「第三の時効」が成立するかどうかのカウントダウンが始まり、警察内部は緊張感に包まれる。真相は、意外な形で明らかになり、楠見と朽木の対立にも一つの決着が訪れる。・収録された短編はすべて、警察組織の内部をリアルに描き出し、人間の矛盾や葛藤を浮き彫りにする。表題作「第三の時効」をはじめ、「囚人のジレンマ」「密室の抜け穴」「ペルソナの微笑」「モノクロームの反転」「沈黙のアリバイ」の全6編を収録。どれもが事件そのものよりも、その背後にある“人間”を描くことに主眼を置いている。第三の時効 （集英社文庫(日本)） [ 横山 秀夫 ]価格：968円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0621 クライマーズ・ハイ

  ・横山秀夫クライマーズ・ハイ』 ――未曽有の航空機事故、新聞記者の葛藤、父と子の断絶。すべてが交錯する極限の一週間。1985年8月12日、群馬県の御巣鷹山に日本航空123便が墜落。史上最悪の航空機事故として、日本中を衝撃に包んだ。この事件を、地元紙「北関東新聞」の記者である悠木和雅の視点から描くのが『クライマーズ・ハイ』である。・悠木は、かつて山岳遭難事故の報道で心に傷を負い、記者としての熱意を失っていた男。私生活では妻と別れ、息子との関係も冷えきっている。そんな彼に、事故発生当日、デスクとして現場を指揮する任務が舞い込む。組織内の確執、ライバル記者との攻防、上層部の圧力、地元との軋轢。巨大な外圧と内部崩壊寸前の編集局の中で、悠木は再び「伝える」という記者の原点に向き合うことになる。・一方、事故報道の裏には、悠木自身の心の登攀が描かれる。幼いころから抱える父への反発と、父になってからの息子との距離。報道の極限状態の中で、彼の心は過去と現在のはざまで引き裂かれながら、ある種の“クライマーズ・ハイ”＝極限の興奮状態へと突入していく。・事故をめぐるスクープ争い、現場の記者たちの葛藤、組織の論理と個人の信念。すべてを容赦なく描きながら、主人公・悠木が迎える終幕は、静かでありながら痛烈な問いを投げかける。「人は何のために働くのか」「命とは何か」「親とは、子とは」。・横山秀夫が新聞記者として実際に事故を取材した経験をもとに書き上げた、重厚かつ切実な報道ドラマ。事実とフィクションの狭間で、人間の尊厳と矜持を描き切った傑作である。・受賞歴：2004年 第1回本屋大賞第2位、2003年 週刊文春ミステリーベストテン第1位クライマーズ・ハイ （文春文庫） [ 横山 秀夫 ]価格：858円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0620 盤上の向日葵

  ・柚月裕子『盤上の向日葵』 ――将棋と殺人事件、父と子の記憶。二つの時系列が交錯する、慟哭のミステリーである。1994年、山形県の山中で白骨化した死体とともに、伝説の名駒「菊水月」が発見される。所持していたのは失踪中の将棋棋士・上条桂介だった。警察は駒の出自から調査を始め、若き刑事・石破と佐野が捜査に乗り出す。・同時進行で描かれるのは、昭和40年代。壮絶な家庭環境の中で育つ少年・上条桂介の半生。暴力的な父、無力な母、そして逃げ場のない貧困の中で、桂介は将棋にすべてを託していく。やがて鬼気迫る執念と孤独を背負いながら、プロ棋士を目指して奨励会に入り、過酷な競争の中を駆け上がっていく。・死体の身元が桂介である可能性が高まるにつれ、駒の所有者や過去の棋譜、関係者の証言から徐々に明らかになっていく真実。上条桂介という男の謎、彼がなぜ「菊水月」を手に入れ、なぜ山中で命を落としたのか。そして、彼の人生に深く関わっていた人物の存在も浮かび上がる。・将棋という知の戦場に生きた男の孤独と執念。父を知らぬ少年が選んだ運命。物語は、盤上での一手のように精緻に構成され、終盤で二つの時系列が一手詰めのように鮮やかに重なり合う。・将棋をモチーフにしながら、人間の業、家族の断絶、赦しと救いを描く。正統派ミステリーでありながら、心理小説としても圧倒的な重厚感を持ち、静謐な筆致の裏に燃え盛る情念が潜む、柚月裕子の代表作のひとつ。・受賞歴：2018年 第15回本屋大賞第2位盤上の向日葵（上） （中公文庫　ゆ6-1） [ 柚月 裕子 ]価格：880円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入盤上の向日葵（下） （中公文庫　ゆ6-2） [ 柚月 裕子 ]価格：858円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0619 孤狼の血

  ・柚月裕子『孤狼の血』 ――正義か暴力か。昭和の闇を駆け抜ける刑事たちの覚悟と業を描いた、骨太の警察小説である。昭和63年、広島の架空都市・呉原市。暴力団抗争が激化する中、金融会社社員の失踪事件を発端に、警察とヤクザ、正義と悪が複雑に絡み合う。・主人公は新人刑事・日岡秀一。真面目で規則に忠実な彼は、暴力団対策係のベテラン刑事・大上章吾の部下としてこの街に赴任する。だが、大上は「グレーゾーンに踏み込む」捜査スタイルを平然と行い、捜査情報を暴力団と共有したり、拷問まがいの手段を用いたりする。正義とは何か、法の限界はどこか。日岡は揺さぶられながらも、大上の背中を追うようになる。・やがて明るみに出ていくのは、失踪事件に絡む複雑な人間関係、暴力団「尾谷組」と対立する新興勢力「加古村組」の確執、そして警察内部の腐敗。大上は組織犯罪を抑えるためならどんな手も使う“孤狼”のような存在であり、信念を貫く姿が次第に日岡の価値観を変えていく。・事件はやがて暴力団同士の血で血を洗う抗争へと発展。大上の行動が引き金となり、街は修羅場と化す。そして、大上自身も組織の圧力と過去の因縁により窮地に立たされる。終盤、日岡はある重大な決断を迫られる。法に従うのか、大上のように“悪をもって悪を制す”道を選ぶのか――。正義と暴力の境界を揺さぶる選択の果てに、彼がたどり着いた結末とは何か。昭和の退廃的な空気、男たちの矜持と葛藤を描きながら、暴力と正義の危うい均衡を問うハードボイルド作品である。・受賞歴：第69回日本推理作家協会賞受賞孤狼の血（1） （角川文庫） [ 柚月裕子 ]価格：836円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0618 方舟

  ・夕木春央『方舟』 ――「誰かを殺さなければ、全員死ぬ」。究極の状況で人間の本性が暴かれる、戦慄の密室ミステリ。大学生の西澤架は、親友の相原たちとともに、総勢9人でとある別荘に訪れる。舞台は、山中に建設中の巨大地下シェルター「方舟」。建築家の父親が関わったこの未完成施設で、若者たちは束の間の非日常を楽しむはずだった。・だが突如、地震が起き、出口が崩落。全員が地上と遮断された密室に閉じ込められる。救助は期待できない。酸素と食料の残量を前にして、極限のサバイバルが始まる。事態が深刻化する中、1人が殺される。直後、通信機器を通じて外部から音声が届く。犯人はまだ中にいる。次に脱出する手段が得られるのは、“犯人が処罰された”と判断された時だけ。誰かが犯人を名指しし、制裁しなければ、誰も生きては出られない。・互いの疑心暗鬼が広がる中、次の殺人が起きる。生き延びるためには、誰かを犠牲にするしかない。選ばれたのは誰か、本当の犯人はどこにいるのか。そして、誰が“真相”を語っているのか。・全編が西澤の一人称で語られるが、その語りにすら揺らぎが生じる。事件の発端、仲間たちの過去、関係性に潜む秘密。読者は彼らの「外見上の友情」と「内面の対立」の裂け目を目撃することになる。終盤、真相が暴かれたとき、それまで見えていた人間関係も犯人像も、根底から崩壊する。信じていた“語り”のすべてが、仕組まれていた罠だったことが明らかになる。・「善」と「悪」、「嘘」と「真実」が二項対立ではなく、幾層にも絡み合い、人間の複雑さと残酷さを突きつける。生き残るために何を差し出すのか――極限の選択が読者の倫理観を試す。夕木春央による、叙述トリックと心理サスペンスが融合した現代本格ミステリの衝撃作。読後、全ページが伏線に見えてくる圧巻の構成である。・受賞歴：2023年 第20回本屋大賞第7位、2022年に「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門 第1位、MRC大賞2022方舟【電子書籍】[ 夕木春央 ]価格：639円 (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0617 #真相をお話しします

  ・結城真一郎『#真相をお話しします』 ――「善意」と「正義」が、最も残酷な嘘になる。読者を欺く、SNS時代の倒叙ミステリ。この作品は5つの短編からなる連作ミステリ。共通するテーマは、“誰かの善意が、意図せず悲劇を招く”という構造。すべての物語が、加害者視点のモノローグで描かれ、読者は語り手の意図や行動を信じながら読み進める。だが、物語の終盤で真相が反転し、“語られていなかった現実”に驚かされる構成になっている。#拡散希望　コロナ禍でのオンライン授業をきっかけに女子高生が起こした「正義の行動」。だがその裏には、別の目的と冷酷な計算があった。#ピエロ　スクールカースト下位の男子生徒が、いじめられている女子生徒を救おうとする話。しかし「救済」の手は、果たして純粋な善意だったのか。#いいねした人全員フォローする　承認欲求に支配された若者が、SNSで作った“虚構の自分”を保とうとするあまり、現実の他者を犠牲にする物語。#青春の記録　大学生が恋人との思い出をSNSに投稿し続ける。しかし、その「記録」は誰に向けられ、何のために編集されていたのか。#真相をお話しします　シリーズの締めくくりとなる表題作。語り手は、ある事件の真相を“告白”する。だが、それすらもフェイクなのかもしれないという、疑念と衝撃に満ちた終幕。・物語はいずれも現代的な題材――SNS、学校、恋愛、コロナ禍、炎上――を舞台にしており、読者が当事者として想像しやすい構造を持つ。語り手の視点と「読者の先入観」を逆手に取る巧妙な倒叙スタイルで、最終的には倫理観を揺さぶられる。・善意とは何か。正義とは誰のためか。語られる“真相”はいつも、加害と被害、善と悪の境界を曖昧にしていく。一度読み終えても、再読で全く別の物語に見えてくる、現代型ミステリの傑作である。・受賞歴：2023年 第20回本屋大賞第10位#真相をお話しします（新潮文庫）【電子書籍】[ 結城真一郎 ]価格：649円 (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0616 自転しながら公転する

  ・山本文緒『自転しながら公転する』 ――希望も絶望も、自分の速度で回り続ける。静かで切実な「生」と「孤独」の物語。主人公・都（みやこ）は、親の介護と貧困に押しつぶされそうになりながらも、なんとか人生をつないで生きてきた30代半ばの女性。非正規雇用で働きながら、持病のある母親を世話する日々。将来に夢も見えず、自分の存在価値すら見いだせないまま、都は孤独と閉塞の中で静かに生きている。・そんな彼女の人生が少しずつ変わり始めるのは、新聞配達をしている大学生・高杉との出会いがきっかけだった。年下ながら率直でまっすぐな彼の存在に、都は戸惑いながらも心を開いていく。一方で、母の容体は悪化し、経済的な苦境はますます深まっていく。仕事も、恋も、生活も、すべてが不安定なまま、それでも都は「自分自身」として生きようと、日々を踏みしめる。・タイトルの「自転しながら公転する」は、他人と関わりながらも、自分自身の軸で生き続けることの象徴。誰かと生きることの意味、自立と依存の狭間、他人に救われることの痛みとやさしさを、極めて繊細かつ誠実に描いている。・山本文緒が闘病中に執筆し、死の直前まで推敲を重ねたこの作品は、彼女自身の「生」の記録でもある。社会の片隅で声を上げられずにいる人々へ、静かなエールを送り続けるような長編小説。・受賞歴：第16回中央公論文芸賞、第27回島清恋愛文学賞、2021年 第18回本屋大賞第5位自転しながら公転する （新潮文庫） [ 山本 文緒 ]価格：1,045円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0615 恋愛中毒

  ・山本文緒『恋愛中毒』 ――愛がすべてを侵食する。現実と妄想の境界が曖昧になる狂気のラブストーリー。主人公・堀川波留子は、28歳の派遣社員。過去の恋愛で心に傷を負いながらも、日々の生活を淡々と過ごしていた。そんな彼女の前に現れたのが、ラジオ番組の放送作家・山岸聖一。穏やかで包容力のある彼に波留子は次第に惹かれていく。・最初は慎重だった波留子も、やがて山岸のやさしさに依存するようになり、関係は急速に深まっていく。だが、山岸には実は妻子がいた。その事実を知っても波留子の愛情は止められない。愛することでしか自分の存在を感じられない彼女は、しだいに常軌を逸していく。・物語は、愛に依存することで自我が崩壊していく女性の心理を、圧倒的なリアリティで描く。恋愛の甘美と残酷、幻想と現実のあいだで揺れ動く波留子の姿は、誰の心にも潜む「愛されたい願望」の暴走を象徴する。・愛に狂わされる女の姿を描いたこの作品は、1999年にテレビドラマ化されるなど大きな話題を呼んだ。山本文緒の名を世に広めた代表作であり、女性心理を繊細かつ鋭くえぐる筆致が光る。・『恋愛中毒』は、“恋愛”という名の麻薬に溺れる者の果てを描いた、痛烈で危険な心理ドラマ。愛されたいという欲望は、ときに人を壊す。恋愛中毒 （角川文庫） [ 山本　文緒 ]価格：691円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0614 ブルーもしくはブルー

  ・山本文緒『ブルーもしくはブルー』 ――人生における選択の先にある「もしも」を描いた連作短編集。主人公・神田和貴子は、化粧品会社に勤める27歳のキャリアウーマン。恋人との関係に不安を抱え、仕事も思うように進まず、先の見えない人生に焦燥を募らせている。ある日、彼女はふとしたきっかけで、自分が別の選択をした“もうひとつの人生”を追体験することになる。・物語は、和貴子が異なる選択をした6つの可能性に分岐し、それぞれでの彼女の人生が描かれていく。「別の男と付き合っていたら」「あの時会社を辞めていたら」「家庭に入っていたら」――。どの選択にも幸福も後悔も含まれており、完全な正解は存在しない。・それぞれの人生の断片に共通するのは、和貴子が持つ“他人の目を気にする心”と“孤独への恐れ”。どの可能性のなかでも彼女は迷い、足踏みし、自分の幸福の定義を模索している。最終的に彼女が選び取るのは、どの「ブルー」なのか。・タイトルの「ブルー」は、憂鬱の象徴でもあり、清澄な青空のような希望でもある。それは人生の選択が常に相反する可能性を孕んでいることのメタファーとも言える。・『ブルーもしくはブルー』は、“何者かになりたい”と焦るすべての人間が、日々の中で無数に抱える「もしも」を鮮やかに可視化した物語。あり得たかもしれない人生への想像力が、今の自分の立ち位置を静かに肯定してくれる連作短編集である。ブルーもしくはブルー （角川文庫） [ 山本　文緒 ]価格：704円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0613 プラナリア

  ・山本文緒『プラナリア』 ――人生の途中で立ち止まり、行き場を失った者たちの物語。『プラナリア』は、社会からドロップアウトした若者や中年たちを主人公にした短編集。働けない、働かない、家庭を持たない、夢も持てない。だがそれでも「生きている」彼らの姿が、淡々とした語り口の中にリアルな息遣いで描かれる。・タイトル作「プラナリア」は、心を病み、引きこもり生活を送る女性が主人公。自傷癖を持ちながらも、奇妙な距離感を保つ兄と過ごす日々のなかに、回復の兆しと希望の萌芽が見え隠れする。「ネイキッド」では、婚約者の裏切りによって人生を見失った女性が、かつての同級生と再会し、自分の価値を取り戻そうと模索する。「どこかではないここ」では、結婚生活に破綻を抱えた主婦が、不倫を通して自分の感情に気づいていく。・どの作品でも共通しているのは、人生がうまくいかない“今”にとどまりながら、それでもどこかで「もう一度始めたい」と願う人々の揺らぎや迷い。再生のきっかけは小さく、見逃してしまいそうなほどささやかだが、その一歩に込められた切実さは、読む者の胸を強く打つ。・社会の片隅で静かにうずくまる人間たちの孤独と、それでも消えない生への希求を、誠実かつ繊細にすくい上げた短編集。崩れてもまた立ち上がろうとする姿を、「プラナリア（再生能力を持つ生物）」になぞらえたタイトルが、物語全体の本質を静かに象徴している。・受賞歴：第124回(2000年下期)直木賞受賞作プラナリア （文春文庫） [ 山本 文緒 ]価格：726円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0612 パイナップルの彼方

  ・山本文緒『パイナップルの彼方』 タイトル作「パイナップルの彼方」は、ハワイ旅行中に出会った“少し不思議な体験”をもとにした掌編。記憶と風景が交錯し、ふとした瞬間に現れる「生の実感」や「幸福の残り香」が描かれている。美しい南国の空気の中に、やるせなさと希望が入り混じる。・他の短編では、日常に潜む違和や孤独、対人関係の繊細なひび割れなど、山本らしいリアリズムが貫かれる。たとえば「じゃあ、やっぱりやめようか」では、結婚目前で立ち止まるカップルの心理、「無花果ジャム」は介護や夫婦関係をめぐる静かな痛みを描く。・どの作品にも共通しているのは、人が誰かと深く関わろうとしたときに生まれる“距離”と“誤差”を誠実に見つめている点。派手な展開はないが、静かな筆致の中に鋭さが宿る。・また巻末には、自身の病状や生への思い、執筆の苦しさや読者への感謝を綴ったエッセイも収録されており、書くことと生きることが重なり合った日々の記録となっている。・この一冊は、死と隣り合わせのなかでなお「人間を書く」ことにこだわった山本文緒の、強さと優しさの結晶とも言える。パイナップルの彼方 （角川文庫） [ 山本　文緒 ]価格：748円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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  Book #0611 シュガーレス・ラヴ

  ・山本文緒『シュガーレス・ラヴ』 『シュガーレス・ラヴ』は、恋愛に対する甘さを排し、現代に生きる女性たちのリアルで複雑な内面と人間関係を描いた短編集。タイトルが象徴するように、この作品群における「ラヴ」は、ロマンチックな夢物語ではなく、欲望、諦念、見栄、孤独といった現実のなかで揺れ動く生々しい感情に根ざしている。・収録作には、結婚を目前にした恋人の浮気を知りつつ黙って受け入れる女性、育児と仕事の板挟みで自己を見失いかけている主婦、不倫関係の末に空虚だけが残る恋人たちなどが登場し、それぞれが愛にしがみつきながらも、どこかで冷めた目を持っている。登・場人物たちは皆、愛を求めているが、決して「甘い救い」を得ることはない。それどころか、愛という名のもとに自らをすり減らし、ときに相手をも傷つける。その過程における苦さや虚しさを、山本文緒特有の繊細かつ抉るような文体で描写している。・本作は、恋愛小説でありながらも、依存、孤独、自己肯定感の低さといった現代的な問題を孕んでおり、読む者に鋭く問いかける。愛とは何か。人はなぜ愛されたいのか。そして、誰かを本当に愛するとはどういうことなのか――。読後に残るのは、決して心温まる余韻ではなく、胸の奥に沈殿する現実の重みと、それでも誰かと繋がろうとする人間の切なさだ。シュガーレス・ラヴ （角川文庫） [ 山本　文緒 ]価格：616円（税込、送料無料) (2025/5/28時点)楽天で購入

  2025.06.01

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