Book #1167 ふつうの家族
・「ふつうの家族」は、辻堂ゆめが描く家族小説であり、同時に巧みなミステリーでもある。だが本書の本質は、謎解きではない。描かれているのは、「ふつう」という言葉の危うさである。・湘南に暮らす桜石家は、一見するとどこにでもある四人家族だ。父、母、社会人の息子、大学生の娘。特別な問題は見当たらない。誰が見ても「ふつうの家族」に映る。ところが、激しい嵐と大停電に見舞われた夜、一人の見知らぬ青年が玄関先で倒れているのが発見される。彼は何者なのか。誰が家の中へ招き入れたのか。その疑問をきっかけに、家族それぞれが抱えていた秘密や過去が少しずつ露わになっていく。互いを知っているはずの家族が、実は相手について何も知らなかったことに気づいていく物語である。・あらすじだけを見れば、家族の秘密を巡るサスペンスである。しかし辻堂ゆめが本当に描こうとしているのは事件ではなく、家族という共同体の幻想である。家族は最も近い存在でありながら、最も理解しきれない存在でもある。親には親の人生がある。子には子の人生がある。夫婦にも互いに語らない過去がある。それぞれが秘密を抱え、それぞれが孤独を抱えながら、それでも同じ屋根の下で暮らしている。本書はその事実を静かに突きつける。 ・文学的に見るなら、本書は「普通」という言葉への解体作業でもある。誰もが普通の人生を望む。普通の家庭を築きたいと思う。だが、その普通とは何なのか。本書に登場する人々は決して極端な人物ではない。だからこそ恐ろしい。彼らの悩みも葛藤も、読者自身のものと地続きだからだ。 仕事への不満。 親子の距離感。 将来への不安。 過去への後悔。どれも珍しくない。だが、その「珍しくなさ」こそが物語の核心になっている。本書の優れている点は、家族を理想化しないことである。近年の家族小説には、最後に和解や感動へ収束する作品も少なくない。しかし本書はもっと現実的だ。家族とは完全に理解し合う関係ではない。理解できない部分を抱えたまま共に生きる関係である。その視点には成熟した人間観がある。・『ふつうの家族』は家族の秘密を描いたミステリーでありながら、実際には現代人の孤独とつながりを描いた群像劇である。30代から40代の読者にとっては、仕事や社会的役割に追われるなかで見落としがちな「身近な他者」の存在を改めて見つめ直させる一冊となるだろう。その本質は、「ふつう」という言葉の奥に隠された、一人ひとりの人生の重みを描くことにある。ふつうの家族【電子書籍】[ 辻堂ゆめ ]価格:2,453円 (2026/5/16時点)楽天で購入