2008/04/19(土)21:03
Red Vapors #50 ラスト・イグザミネーション(3)
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Red Vapors #50 ラスト・イグザミネーション(3)
03
一時、味方のドラゴンがバタバタ落とされ始めたときは、どうしようかと思った。
だが今は巧いこと運んでいる。敵のリーダーが無事に落ちてくれたみたいだ。
「大丈夫そうだな」
オタルは扉の隙間から外を眺め、安堵した。
通称《オタルの組織》の本拠地は、北海道小樽市オタモイにある。
見目には、ただやたら庭が広いだけの普通の日本邸宅だ。
彼がこの場所を選んだのは、所在を警察に知られにくいと思ったからだ。だから昨晩、見張られてることに気づいたときは本当にギョッとした。
言うまでもなく、ジェイクが漏らしたのだ。裏切り者を放置すればいつかこうなると思ってはいたが、反面、こんなに早く奴が『命を賭けてくる』とは思わなかったのだ。
警察が来る。逮捕状を持って。
罪状は何だろうか。
これだけの規模の作戦を展開してきている以上、おそらく国家反逆罪相当の罪に認定されているだろう。
大急ぎで庭にドラゴンを配備していなければ、とうに突入されていた。
なんせ自分は、それだけのことをしてきたのだ。
警察や自衛隊を相手に本気で戦ったし、無差別殺人もした。テロ組織への戦闘種の売買、殺し屋・奴隷のレンタルなど、『裏の武器商人』としてできることは全部した。
だがボロが出てしまった以上、速やかに逃げなければ。
無人空中部隊が時間を稼いでいるうちに!
「みんな無事に出発したって。あとはあたし達だけよ」
携帯の電源を切りながら、マリアナは言った。
「そうか」
オタルは《妻》にうなずく。
彼女は初めて付けたカラーコンタクトに違和感があるようで、しきりに目尻を気にしている。なんせ目が赤と緑のオッドアイ。これほど目立つ顔もない。また自慢のその青い髪も、今は白髪染めで隠している。
今彼らがいるのは、家から歩いて数分の場所にある古い寺。
持ち主のいなくなって久しいそこは、床も天井もズタボロで、隙間から入ってくる早春の風は冷たい。
とりあえず自分の家から脱出することには成功した。今のところ、自分らがここにいることは警察も気づいてないようだ。
だが問題はここから。
警察の非常線をどうやって突破するか。
この辺りは開けた平原の真ん中に作られた町で、隠れる場所が非常に少ない地形だ。港町ゆえ雪も残りにくく、つまり上からも横からも丸見えの場所を逃げることになる。
とりあえず部下達にはちりぢりに徒歩で逃げるよう指示し、小樽市内で落ち合う手筈になっている。
もし誰か捕まったら、残念だが切り捨てるしかないだろう。自分なりに、自分の作った『人形』には1人1人に愛着を持っているつもりだが、その感情は残念ながら、自分の命より重くはない。
例外はただ唯一、このマリアナだけだ。
ところが、
「ねぇ……やっぱり2人で別々に逃げた方がよくない?」
もうすぐ出発、というときになって、急に彼女がそんなことを言い出したのである。
「いや、駄目だ。おまえだけは僕と一緒に来るんだ」
だがそれにオタルは、強い調子で反発した。
なんせ彼女は、長期運用型の人型アートジーン第1号。それだけに思い入れも特に強い。
また寿命も極端に長く設定されており、人間とほぼ同じにしてある。
もちろん、自分と生涯を共にさせるためだ。
だから逃げるときこそ、一緒にいてくれなければ。
「でも……やっぱりどう考えても危険だわ。何キロも歩くのよ? 途中山道も通る予定だし、2人じゃ足も鈍るわ。あたしが1人で目立つ道を行った方がいいわ」
「いや、戦闘員の何人かをおまえに変装させている。おとりとしてはそれで充分さ。それに、検問を突破した辺りに陸戦用ドラゴン配備してる。そこまでたどり着ければ、あとは1人も2人も一緒だ」
オタルは、一緒にいるために、必死で説得した。
もし彼女を1人にして、万が一警察に捕まってしまった場合、自分の身を守るためには彼女を切り捨てねばならなくなる。しかも他の人形達と違い、彼女の遺伝子には『遠隔自殺スイッチ』が備わっていないため、手元で簡単には殺せない。刺客を放ってナイフで刺さねば。
そんなことしたくないし、考えただけで本当にゾッとする!
「…………。そうね。2人の方が互いの励みにもなるわよね」
マリアナは、自分に言い聞かせるような言い方をした。
「だろ? こないだの取引が巧くいったから、今度6000万入るんだ。そしたら貯金が10億を超える。危険な商売からはスッパリ手を引いてさ、どっかで楽しく暮らそう。どこがいい? 僕はドイツなんか好みだな」
オタルは、普段あまり皮算用をすることはないが、今日だけはあえて、無事に逃げたあとの話をした。緊急事態の今こそ、たかが意見割れくらいでギスギスした空気を作るわけにはいかない。
彼女は最初から、自分だけを好きになるように作られてはいるが、それはこちらに対して嫌悪の感情を抱くことがない、ということではないからだ。愛し合っていても、雰囲気が悪くなるときは悪くなる。
特にこういう状況では。
「あたしもっと遠くがいい。暖かいところに住みたいわ。オセアニアとか」
「あはは。そりゃあ暖かいけど、いいのか? あの辺りは文明もないんだぜ?」
オタルはおちゃらけた言い方をした。
すると彼女は軽くため息をつき、
「…………。文明なんてない方がいいわ。そんなのがあると、人が歪むもの」
そっと、本当に一瞬だけ、こちらから目を逸らしたのである。
「…………」
だが彼女は、工業技術によって人工的に作られたアートジーンだ。
それから数秒間は互いに沈黙した。オタルはどんな言葉をかけるべきか、少し悩んだ。
だがやがて、考えてもしょうがないという結論に達し、
「安全圏まで逃げたら、それからしばらくは何でも君の好きなようにしていいよ。そろそろ行こう。時間も惜しい」
立ち上がる。
ガタついた扉の隙間から再び外を覗き、安全を確認してからそっと開けた。
マリアナに手を差し出すと、彼女は素直に立ちながらも、
「あたしのこと……ちゃんと守ってね」
今さらそんなことを言ってきた。
「もちろん」
オタルは当然、そのときそう答えたのである。
つづく
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