二度目の「脊柱管狭窄症」の手術を岸和田の葛城病院で <理事長に学ぶ生き方>
先日6年ぶりに、二度目となる脊柱管狭窄症の手術を岸和田の葛城病院で受けました。昨年は年始からずっと腰の調子が思わしくなく、ついに年末には痛みと痺れで5分も歩けないほど悪化していたのです。仕事をフルでしながら、一昨年の妻、去年の母と連続で親族を亡くし、心労も重なって体調がジワジワと悪化していたのかも知れません。しかしお陰様で手術は無事に成功し、今は順調に回復して杖で歩けるようになりました。まずは、この場を借りて、関わってくださったすべての医療スタッフの皆さまに、心より感謝申し上げます。今回私の手術を執刀してくださったのは、前回と同じく葛城病院の理事長ご本人でした。医者や看護師といった従業員が700人もいる大きな病院のトップでありながら、今なお現役の外科医として第一線に立ち、実際に毎週何回もメスを握り続けている。その姿に、私は心から敬意を抱きました。正に理事長こそがスーパーマン・・・という名に相応しい人で、私はこれほど能力がある人間を見たことがありません。理事長という立場になれば経営や管理に専念し、現場は優秀な部下に任せるという選択も十分にあるはずです。それでもなお、現場に立ち続ける。そこには、「自分の仕事は最後まで自分でやり切る」という、プロとしての矜持と覚悟があるのだと思います。その姿は私自身の経営者としての立場と、強く重なりました。私は現在「トランクルーム貝塚」を本業とし、その館内で「スタジオ0724」や私自身が宅建士(不動産コンサルやFP資格も所持)として不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場(時間貸しと月極も)と6つの事業を娘と2人だけの家族経営で、泉州の地場産業だった家業の織物業を廃業して2棟の織物工場を改造コンバージョンして20年間営んできました。不動産仲介業、卓球場、レンタル自習室といった「貸しスペース」・・・といったいくつかの事業を同時に走らせながら、今日までやってきました。今年70歳になるという年齢だけを見れば、「そろそろ引退してもいいのでは」と言われてもおかしくない年齢です。しかし、私は今も現場にいます。トランクルームの現場にも、スタジオの現場にも、できる限り顔を出し、自分の目で見て、自分の耳で音を聞き、空気を感じながら経営をしています。なぜか?それは、現場から離れた経営は、必ず劣化すると、長年の経験で骨身にしみて分かっているからです。数字や報告書だけでは、事業は絶対に良くならない。お客様の表情、スタジオに鳴っている音の質、設備のちょっとした不具合、そういうものは、現場に立たなければ絶対に分かりません。それが自らの手足と脳ミソをフル動員する事業というモノで、単に二次情報に頼って株などに金をつぎ込む人には絶対分からない感覚だったのです。今回、葛城病院の理事長が、今なお執刀医として現場に立ち続けている姿を見て、私は確信しました。「この人は、経営者である前に、最後まで“医師”であり続ける人なんだ」と。そして同時に、こう思いました。自分も、経営者である前に、最後まで“現役の事業家・現場の人間”であり続けようと。今の6事業の仕事は織物時代と比べて肉体的には天国と思えるほど楽なので、80歳までは確実に稼げると思います。というか、20年前の49歳の時に「このまま織物業を続けていれば、60歳で身体が壊れてしまう・・・」と危惧し、肉体的な老化に合わせて自らの消化試合的な肉体労働から自社所有の不動産に働いてもらう(遊休不動産の活用)頭脳労働に切り替えたのです。普通に考えれば、20代の時の仕事と40年後の60代の仕事の内容が肉体的にも時代背景的(環境の変化による)にも同じであるはずがない・・・という当たり前の判断です。結局49歳で楽な仕事(トランクルーム)に転業しても63歳で1回目の脊柱管狭窄症の手術をした訳ですから、あのまま織物業を続けていたら51歳でリーマンショックで倒産?・・・55歳で身体が早くも壊れていたかも知れません・・・(汗)。逆説的ですが、アパマン経営のように業者に丸投げをする不労所得ではない・・というのがポイントで、業者が介在しない地主による「エンドユーザー直」という弊社のような経営スタイルが、経験値を積めば積むほど研ぎ澄まされ経営基盤が安定してくるのです。業者に丸投げが危険というのを、100%賃織りだった織物時代に痛感しました。売上何十兆円もある伊藤忠と4,50年も取引して安心していましたが、バブル崩壊で状況が一変して仕事が無くなったのです。そんな恐ろしい経験から、業者を挟まず着実に稼げるエンドユーザー直の今のビジネスに180度転換したのです。なので、まぁ80歳からその先の90歳まで、ペースダウンしながらもヤッテいけるでしょう。目標はその先の95歳まで現役で働くことです。老後はゆっくり老人ホーム・・・なんて考えているどころか音楽(ジャズ、カラオケ、歌声)喫茶やバーがあるように、朝から晩までロックが流れる文字通り「ROCKな老人施設」を経営して元ミュージシャンの老人を全国から集め、そこに経営者でもある私自身も入居しようか・・・と妄想しています(笑)。これで私の棺桶に入るまでの老後は安泰です・・・(笑)。もちろんスタッフもロックミュージシャンで、究極の音楽療法です。今のところ、こんな「楽しい老人施設」なんてイタリアのミラノにクラシック専門の老人施設があるくらいで、日本には全国的にもないでしょうから大きな差別化になり、商圏が一挙に拡大して全国区になるのです。周辺の老人だけを相手にする地域密着型の老人施設だとライバルが多過ぎて差別化が難しいので、音楽に特化した施設にする事によって商圏がパッと広がるのです。全国のロックミュージシャンが泣いて喜ぶような・・・老人施設を目指し、経営者自身が入居したいような施設をつくるのが本来の目的であり理想のビジネスです。誰でも考えるような普通の事をやっていてはオモシロくないし、ライバルが多く競争も激しいので最終的には潰れるか撤退してしまいます。こんな妄想を抱けるのも、私が宅建士で不動産屋も営んでいるドラマーだからです・・・(笑)。まぁ老人施設の部屋のスペースは限られますし、入居者の「元ロックミュージシャン」が楽器も多いので、持参する楽器やレコードやCDや仏壇といった荷物は隣接の「トランクルーム貝塚」に保管し、たまに訪れてくる音楽仲間と「スタジオ0724」でセッション・・・と弊社にとって一石三鳥です(笑)。スタジオには大阪でも最大級の広さを誇る22畳でミラー付きのAスタジオがありますので、ここでチョットした音楽ライブやディスコ(ミラーボール&エフェクト照明あり)ができますので・・・入居者全員で盛り上がること間違いなし(笑)。こんな「普通の老人はお断り」というニッチマーケット(入居審査はロックミュージシャンのみ)を考えるのは日本で私だけでしょうし、トランクルームと音楽スタジオを所有している(土地&建物も)私しか出来ませんから、全国から集客できるのですから、もうやるしかない・・・(笑)。まぁ手足が動かなくなっても、音楽をやっていたという思い出が残りますので、それをネタに1日中「入居の音楽仲間」と笑って楽しく過ごすのです。その為に今、そのベースとなる音楽スタジオを一生懸命経営しているのか・・・?この「ROCKな老人施設」構想は入居者が完全にボケてしまってはナンセンスなので、音楽療法が十分効果を発揮するボケる一歩手前の「60代からの入居」が肝で、通常の老人施設より10年以上長く入居できるメリットは入居者にも施設側にもある・・・というウインウインの関係が築けることが最大の魅力だったのです。現状は介護認定などの諸々の問題もありますが、従来の常識やカテゴリーに拘らず自由な発想として、ビジネス的な方向性としてはザっとこんな感じで、調査してみると世界的にイタリア・ミラノにクラシック音楽専門の老人施設があるくらいで、今のところ日本には殆どないと思いますし大阪では私しかできない唯一無二のビジネスです。しかもロック限定・・・なんて(笑)。そしてロックだけでなく、ピアノ演奏(アップライト)、クラシック音楽、和太鼓(だんじり鳴物)、ダンス(ミラー付き)、音楽(レコード&CD)鑑賞・・・といった趣味にも隣接のスタジオ0724は対応していますので(空手やボクシングのサンドバッグやフラメンコ台や卓球場もあり)、デイサービス向けにもウケるでしょう。だんじり祭りの本場の泉州で、和太鼓を毎日叩けるなんて・・・泉州ネイティブの「だんじりフリーク」にとって夢のまた夢だったのです(涙)。ひょっとして、この冗談のような私の妄想は「人生、最後の最後まで楽しく❗️」という文字通り私の人生最後のライフワークになるかも・・・?今回ごく一部だけを公開しましたが、その背景にはその10倍の具体的なプランがあり、すでに動いているのは言うまでもありません。まぁしかし手術前「万一失敗したら、一生車椅子の生活」という不安がなかったと言えば嘘になります。そういったリスクがあるのは承知しています。理事長の落ち着いた説明と、修羅場をくぐり抜けてきた人だけが持つ空気に触れて、「この人に任せるなら大丈夫だ」と、腹の底から思うことができました。結果は大成功。今、私は少しずつ、しかし確実に回復への道を歩んでいます。今回の入院と手術は、体を治すと同時に、私のこれからの生き方をはっきりさせてくれました。私はまだ引退しません。トランクルーム貝塚も、スタジオ0724も、まだまだ良くできる。まだやりたいことがある。まだ改良したいことが山ほどある。「歳だから縮小する」のではなく、「歳を重ねたからこそ、もっと本物にする」。現場に立ち続け、責任の一番重いところから逃げず、仕事を磨き続ける。葛城病院の理事長の背中は、その覚悟を、言葉ではなく生き様で教えてくれました。私も、爪の先ほどでもいいから、前に進み続けます。現役で、仕事人として、事業家として。改めて、今回の手術に関わってくださったすべての皆さまに感謝申し上げます。そして、執刀してくださった理事長先生、本当にありがとうございました。今回の入院中、超多忙な理事長が殆ど毎日部屋に様子を見に来て下さり、ある時なんかは持参したSONYのBluetoothスピーカーの話から経営と音楽の話で、私が心配するほど1時間も話が盛り上がりました。この年末年始もずっと病院におり、これほど毎日ハードな日々を送っている理事長も音楽が心の拠り所になっているんだなぁ・・・と感じました。まぁしかし今回の手術の要因は、難聴と共に長年従事していた家業だった織物業の職業病です。子供の頃からガチャガチャうるさい織物工場にチョロチョロ入り、あれほど過酷な現場での長時間労働が、今頃になってドッと後遺症として現れたのですが、若い頃の肉体の酷使がなければ今の割と余裕ある老後は無かったのを考えると、やはり若い頃の苦労は意味はありますね・・・そして手術前の悩みもそうですが、問題は退院後にどうやって家で過ごすかでした。娘らは小さい子供がいますし、私がいない間の仕事や家の諸々の用事もやってもらっていますので、これ以上迷惑は掛けられません。そこで考えました。一度目の6年前は退院後の生活は妻が全面的に面倒を見てくれていたのですが、今回は妻が2年前に乳がんで亡くなって今私は1人暮らしなので洗濯や食事や買い物や自宅2階への階段の昇り降りといった大きな不安がありましたので、退院後は直ぐにレンタルの車椅子がありレストランもコンビニも館内にあり横が病院のシティホテルで、昨年沖縄のビーチでウインドサーフィンがキッカケで知り合った東京の彼女に全面的に介護をお願いして1週間滞在してもらうことにしました。途中ひどい便秘になり彼女に調剤薬局に浣腸と便秘薬を買いに走ってもらったり、実際に浣腸をやってもらったのですが私が我慢できなくなり失敗してしまい脂汗が噴出して立てないくらいシンドクなり、少し便も漏らしてしまうようになってしまったのでコンビニに尿漏れパットを買いに走ってもらいパンツにセットしてもらったりもしました。そして彼女に「もう救急車呼んで!」とパニックで叫んだり隣の病院に連絡してやり取りしてもらい、けっきょく彼女に車椅子で病院まで運んでもらいましたが、長時間待たされるのが無理だったので、そこから「かかりつけの病院」までタクシーですっ飛ばし、そこでやっと看護師さんに医療的な浣腸をやってもらい・・・ナントか大事に至らずに済みました(汗)。普段健康なので痛みに弱く、ホンと死ぬかと思うくらい苦しかったです。脊柱管狭窄症の手術は背中に穴をあけて管内の骨を削るという大手術なのですが全身麻酔なので痛みはなく、便が詰まる方が遥かにシンドク痛かったという笑うに笑えない想定外のアクシデントが今回あったのです。彼女にわざわざ東京から飛行機で大阪まで文字通り飛んできてもらい、1週間も仕事を休んでもらうのは流石に気が引けましたし、手術前の不安な気持ちも相談に乗ってもらい精神的にもだいぶ助かり、今回の想定外のトラブルや私の恥ずかしい失態を見せたにも関わらず、イヤな顔一つせずに笑顔で対応してもらい本当に感謝しています・・・(涙)。今回の手術は娘や彼女といった周りのサポートがあったからこそ仕事も生活も全て上手くいったのであって、一人では何もできない・・・というのを考えると、娘と彼女の存在の有難みをシミジミ感じた次第です(涙)。という事で、年末に手術困難な親知らずの歯を抜き、未だな痺れがとれす難儀しているところに、今回の年始早々大変な手術という事で、年始早々波乱な幕開けとなった訳ですが、長年私のウィークポイントだった腰痛問題が解決しそうなので気分は上々です。まぁ手術前は体調的にも心理的にもホンと最悪でしたが、これから徐々に回復していくと共に私の気力も回復していき、1,2ヶ月後には今年の新たなチャレンジとしての「テニス」「ウイングフォイル」「スキューバダイビング」に向かって着々と準備をし、午前中にパパっと仕事をすまして午後からドラム、ウインドサーフィン、ボランティア空手、読書、ネットフリックス、そして夜は週1回は音楽ライブへ・・・といった既存の趣味と共にフル回転しているでしょう(笑)。余力があれば、子供の頃からのだんじり祭りの横笛と高校オケ部時代のトランペットという「吹く楽器」の経験を活かして、前々から考えていたジャージーでセクシーな音色のアルトサックスにもチャレンジしたい・・・と(笑)。それくらい、ここ1ヶ月禁酒とか我慢している事が多かったので、心の底から「ヤル気のマグマ」が沸々と湧き出てくるのを感じ、この老人の今年は相当暴走?しそうです・・・(笑)。毎年1月は不動産業界の新年会や村の行者講といったイベントや、空手や小学校や中学のクラス会の飲み会もあったり、旅行の予定もあったですが全てキャンセルしたのも・・・今年はそれどころではなかったのです(汗)。まぁ入院中は暇でしたので、1日中音楽を聴きながら将来の新しい仕事のアイデアをイロイロと考えてメモし、今回は脊柱管狭窄症でコケたのを取り戻そう・・・と転んでも決してタダでは起きません。必ず復活するぞ・・・と(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ