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     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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2019.01.26
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中学1年で洋楽ロックに衝撃を受け、それまでの日本の歌謡曲やGSサウンドと違って「音楽とはナンと楽しいのか・・・」と心のよりどころとなった訳ですが、それを実際聴くだけでなく「楽器を演奏しよう」と行動に移したのが鳳高校オーケストラ部でのトランペット演奏です。

洋楽ロックでも私の原点はアメリカのブラスロックグループ「シカゴ」です。

シカゴなしには私の音楽人生は語れません・・・

そのシカゴでも最も興味を持ったのが、ギターでもドラムでもないブラスのトランペットです。

当時はどこの高校にもロックを演奏する軽音楽部なんてものはなく、鳳も音楽系はフォークソング部とギター部とオーケストラ部しかありませんでしたので、仕方なくトランペットの出来るオケ部に入ったのです。

オケ部に入ってビックリ!

みんな上手ではありませんか!

貝塚三中にはブラスバンドがなく陸上競技部に入っていましたので、楽器経験が当然ゼロです。

ところが当時の鳳には堺市の上野芝中学と陵南中学という全国的にも有名な吹奏楽部出身の者が多く、楽器経験者ばかりの中に放り込まれ完全に気後れしてしまいました・・・(涙)。

バイオリンやビオラやクラリネット担当の女子でも、ほぼ全員ピアノもバリバリに弾いていました・・・

素人がプロ集団の中に入ったように、完全に浮いてしまったのです・・・

「エライところに入ってしまった・・・」と。

それどころか、1年に入ったばかりの同じクラスの柔道部初段のクラスメートも教室にギターを持ち込んで、当時は流行していたサイモン&ガーファンクルを上手に歌っているではありませんか・・・(驚)。

都会(堺市)のシティボーイやシティガールの勉強だけでなく文化レベルの高さと言うか、層の厚さにショックを受けましたねェ・・・

海外旅行とは「言葉と通貨が通用しない場所に行ってショックを受ける事」と誰かが言ってましたが、当時の私は正にそういうカルチャーショック状態だったのです。

勉強だけチョロッと出来てもダメで(逆にカッコ悪い)、何か他にも出来ないとダメ・・・というカッコ良く言えば文武両道みたいな、人生ってイロンナ事をやっていかないとダメというのをココで学んだような気がしました。

平たく言えば、人生余裕を持って生きる・・・と言うことですか。

悪く言えば、ノンビリ行こうや・・・みたいな(笑)。

実際、鳳オケ部員は卒業すると大学のオケ部に入ったり、堺フィルハーモニーに入って音楽を続けるOBは非常に多いです。

まァしかしコレが不幸の始まりで、言葉の壁もあり(ディープな貝塚弁が通じない?)、学業にも恋愛にも完全に後手後手に回ってしまったニガイ青春でした・・・(涙)。

更にコレに輪を掛けて、オケ部の1つ先輩が「これからはジャズロックや!」とオケ部を飛び出して音楽愛好同好会を創り、当時全盛期だった私の大好物のアメリカのブラスロックグループ「シカゴ」のコピーをやり出し(同級生グループはキャロルのコピー)、私を除く中学時代から経験のあった同級生2人のトランペッターが先輩のバンドに引き抜かれました・・・(驚)。

シカゴのコピーと言っても15分もある組曲(Ballet for a Girl in Buchannon)で、これがまた難しそう・・・(驚)。

私を無視して(当然ですが)、隣の2人が引っ張られる・・・この悔しさは何と表現したら良いのでしょうか・・・?

40数年前の事ですが、未だに思い出すと胸が締め付けられる思いです・・・(涙)。

その時のフォークソング部から引き抜かれたドラマーが、その後親戚筋になるとは夢にも思いませんでしたし、今は一流企業の役員になっているとは、これまた驚きです。

何年か前に親戚の法事で会ったら「あのときの鳳は何をヤッテも自由やったなァ・・・」と私と同じ事を言ってました。

同級生のキャロルのコピーバンドでギターをやっていたK君が弁護士をやっているのにも驚き・・・

2年前の学年同窓会の時に「キャロルを歌う弁護士ってオモロイで・・・練習でスタジオ提供するさかい、次回同窓会でファンキーモンキーベイビーやってくれへんか?」と彼に言うと、否定せずワロてました(笑)。

当時は激しかった学生運動の反動(入学前の1971年に終結)で原付バイク通学OK、当時全盛だったフォークソングを校内のそこら中で歌っていた(集会では必ず「遠い世界へ」を合唱していた)、遠足は各クラス自由に決め私服で現地集合現地解散で帰りは遊び放題、美術の授業は大阪府一広い校内のどこで描いてもOK・・・と広々とした学内は自由な雰囲気に満ち溢れていました。

都会の高校が羨むほど大阪府下で1番広い敷地面積で、校内には松林やブランコもあり、卒業まで一度も行けなかった「第3運動場」なるものがありました・・・(笑)。

堺市でありながら田舎チックでノビノビとした環境がヨカッタのでしょう・・・

貝塚三中時代は規制がありすぎたので、この自由で「本来の私」を目覚めさせてくれたのかも知れません。

という事で、60オーバーになって思うことは、人生なんて順風満帆なんて人はごく一部で、殆どの人は浮き沈みがあるモノで、その中でも人生が沈んでいるときに(高校~浪人時代)にイロイロ見えるもんだと思います。

その落ち込んでいるときに救ってくれたのが高校時代の音楽でした。

部活のオーケストラ部でクラシックや映画音楽の集団演奏、家に帰れば洋楽ロックをガンガン聴く・・・勉強も恋愛も上手くいかず荒んだ高校生活を非行に走らずに済んだのが、正に音楽だったのです(涙)。

鳳オケ部OGには、何年か前に映画化もされた「ビート・キッズ」で講談社児童文学新人賞など児童文学の新人賞を総なめにした児童文学作家の風野潮さんがいますが、ビートキッズのイメージはオケ部時代だったと語っています。

東京や大阪に日本一のリハーサル音楽スタジオチェーン店(ダンススタジオやライブハウスも)を築き上げた音楽業界で超有名なベースオントップのM社長も、地元貝塚市の音楽業界の重鎮(スイングガイズオーケストラ主宰)で関西のジャズ界で有名なN氏も鳳高校出身なのも、鳳のそんな歴史的に自由な土壌が育んだのかも知れません。

私も含め、今はそれのある意味恩返しだったかも知れませんねェ・・・

そしてシカゴのドラマーであったダニー・セラフィンのスリンガーランド社製のドラムの音が頭にこびりついているのを見ると、やっぱりドラムがしたかったのか、才能が無かったトランペットをキッパリ辞め、数年後には結局ドラムを始めたのでした・・・(笑)。

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Last updated  2019.02.08 09:04:08
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