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     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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2019.12.02
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今年63歳・・・もう人生を振り返る年齢になってしまいました(笑)。

人生を振り返ると、22歳から始めたウインドサーフィンと31歳で家業の織物業で設備投資(エアージェット織機)の2つが、私にとって大きなエポックだったのかと思います。

ウインドサーフィンという「遊び(趣味)」とエアージェット織機という「仕事(設備機械)」・・・どちらも未だメジャーになる前で、「何か?NEW(将来性)を感じる!」というのが始める前の印象でワクワクしていました。

この「遊びと仕事」という正反対のモノというのがポイントで、遊びが出来るのも仕事のお陰だし、仕事に行き詰った時はウインドでストレス発散・・・とお互いに助け助けられていたのです。

学生時代の勉強と部活の関係と同じで、どちらかに偏ってもダメで、あくまでも両立を目指す(努力する)のが年齢に関係なく肝要かと思います。

ウインドサーフィンは1979年の未だブームやジョイントやダガーボードがウッド(木)製の時代で、大阪でもまだ殆ど見たことがない時代でした。

エアージェット織機を導入したのは1987年のまだ同業他社が従来(旧式)のシャットル織機が殆どの時代で、まだ未完成のエアージェット織機の1分間の回転数が400回転から700回転に一挙に上がった頃で(それまでのシャットル織機は130回転)、ビジネス的にはバブル前年の円高不況の真っ最中で、そんな頃に新工場を建ててまで何億もの新規設備投資をするなんて正気の沙汰ではないと同業者に思われていたでしょう。

2つに言えることは、どちらも他人(他社)に先がけての「半歩先」でスタートだったという事です。

殆ど前例がない「未知の世界」に踏み入れるというのは、今考えれば確かに勇気の要る事だと思います・・・(汗)。

しかし、その時は若かったせいで、そんな恐怖心を抱くことは全く無かった事が、今となっては不思議です・・・(笑)。

結果的に、ウインドサーフィンの方はレジャーとしてでなくスポーツとしてレースにのめり込み、大学に学連加盟のウインドサーフィンクラブを創部し、他大学と協力して今の関西ボードセイリング学生連盟まで作りました。

正に、ウインドサーフィンに青春を燃やしたと言っても過言ではありません。

戦績は当時のプロアマ学生含めた全日本選手権で100位以内に入ったりローカルレースで優勝した程度で大したことはありませんでしたが、レースに死力を尽くし大学にクラブを創部したという意味で、自分のウインドサーフィンライフに大いに満足しています。

大卒後4年間サラリーマン生活を送ってから泉州(南大阪)の地場産業だった家業の織物業に戻り、3年目にエアージェット織機という100年に一度と言われる「革新織機」を導入してから約20年間「355日(年10日のみ休業)24時間エンドレス操業」で月産20万mの織物を生産し、これも機械をフルに使ったという意味で全く儲かりませんでしたが満足しています。

同業他社の多くはバブルが始まってからエアージェット織機を導入しましたので、弊社より約30%割高の投資金額になり、当時流行りかけていた羽毛布団(側生地)の織物ビジネスにおいては弊社は他社より1歩先行していました。

エアージェット織機を導入した最初の3年間は、こんなに儲かる商売が世の中にあるのかと喜びましたが、その後の17年間はグローバル化に拍車が掛かり国内外の競争が厳しくなり急降下・・・といのが日本の繊維業界の実情でした。

織物時代の20年間の後半10年は社長だった親父が急死し何もかも私にプレッシャーが集中し大変でしたが、それを乗り越えた事によって自信を持ちました。

「壁」になってくれていた父が突然亡くなり、世間の風の冷たさをモロに受けた事によって目が覚めました。

「孝行したい時に親はなし」とはよく言ったものです・・・正にこの言葉ピッタリでした。

という事で、ウインドサーフィンもエアージェット織機も、他人(他社)より「半歩先」早く始めた事によって「イイ結果」が出ました。

この2つの経験で、「今現在、流行っている(みんなが群がっている)モノには手を出すな!」というのが心の底に沁みました。

数年前に太陽光発電参入を直前に見送りましたが、これも国主導のニュービジネスでしたが、みんなが群がる事に疑問を感じて撤退を決めて正解でした。

その後、買取価格の急落と台風で発電設備が倒壊するというリスクから逃れることが出来ました・・・(汗)。

やはり自分は古い人間なのか、今のIT業界で活躍する若い人のビジネス感覚は理解できませんが、自分は自分なりにこれまでの経験値を基に、これまで通り「無借金経営を貫き」一つ一つ積み重ねるだけです。

特に私は製造業の現場(織物業)出身なので、製造現場のカイゼンを通じてしか企業の繁栄はない・・・という固い考え方ですから(笑)。

そして「もう通用しなくなる・・・」と感じる何年か前にバトンタッチするのが理想ですね。

参入のタイミングも大事ですが、撤退(引退)のタイミングは更に重要です。

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Last updated  2019.12.02 04:30:03
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