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     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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2026.02.03
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今年で「トランクルーム貝塚」は開業20周年、「スタジオ0724」は10周年を迎えることができました。

起業しても10年以内に95%が倒産廃業すると言われる日本の厳しいビジネスシーンですが、20年前に家業の織物業を廃業して何とかココまで来れた事に、私を支えてくれた多くの方々と幸運に感謝するしかないです・・・(涙)。

当時は49歳・・・今年70歳の古希で、アッと言う間の20年でした。

ダラダラと惰性で生きても20年、死に物狂いで生きても20年・・・同じ20年でも自分の人生をより充実させたかったのです。

20年間のうち妻の乳がんによる介護が17年ありましたが、闘病中でありながら私を蔭から支えてくれたので頑張り通せたのだと思います。

まぁしかしこれから90歳までの20年は、もっと早く過ぎるのは間違いなく、身体のアチコチにガタが来て癌リスクも高くなり、体力も衰え脳ミソの回転も遅くなることを考えると、老後の戦略も「それ」に合わせて変えていかなくてはなりません・・・(汗)。

私は昔から切り替えが早く、高校オケ部でトランペットを始めましたが才能がないと大学生で子供の頃からだんじり鳴物の和太鼓のリズム感を活かしてドラムに転向し、大学体育会で空手を始めましたが才能がないとウインドサーフィンに転向して大学に学連加盟のウインドサーフィン同好会を創部してレースにのめり込み、3年付き合った妻とパッと25歳で早く結婚し直ぐに3人娘が次々と生まれ、4年間サラリーマンで一生懸命働いても将来の見込みがないとパッと家業に戻り、古いシャットル織機では見込みがないとバブル前の円高不況時の低コストでパッと新工場を建設して1台1000万円の最新エアージェット織機20台導入し、結婚当初は両親と田舎の旧習通り8年同居していましたが「こりゃダメ」だと別居を決断して2年間の家族5人でのアパート暮らしを経て今の自宅を新築し、20年間24時間エンドレス稼働でいくら頑張っても儲からなかったので「もうこれ以上頑張っても身体を壊すだけで無駄だ」と悟り、使い倒したボロボロの中古織機を北京オリンピック前の好景気に沸いていた中国に高値で転売して家業の織物業をスパッと廃業したのが20年前の49歳でした。

廃業したのがリーマンショックの2年前で、あのままダラダラ織物業を続けていたら倒産していたところです。

自分の決断が正しかった・・・と、後に分かったのです(汗)。

ダラダラ、ズルズル・・・というのは私の人生に於いて絶対あり得ず、ダメだと思ったら自分の決断を信じてスパッと切って、次の新しい方向に全力で向かうのです。

まぁ中途半端と言われれば確かそうですが、これの連続で69年生きてきた結果が、今現在の私です。

逆に言えば、才能がなかったから、そのような「切り替えが生命線」で、如何に能力の劣った自分のパフォーマンスでも100%出せるかを常に考えていた・・・と言えるかも(笑)。

色々とチャレンジした結果、自分には突出した能力が無いと悟り・・・それより総合プロデューサー的な経営者が向いているとポジティブに考えたのです・・・(笑)。

まぁ能力ギリギリまで頑張り過ぎたので、6年前に脊柱管狭窄症の手術をし、1か月前に2度目の同じ手術をしたばかりで病み上がりですが・・・(汗)。

もちろん、これからの人生もそのように生きていきますので、10年後がナントも楽しみです・・・(笑)。

まぁ時の流れは、本当に早いものです。

その記念として今年はオリジナル記念ボールペンを500本作成し、これから新しくご利用いただくお客様に配布していく予定です。

このボールペンは、単なるノベルティではありません。

「一度すべてを終わらせてから(家業の織物業を廃業)、もう一度ゼロから積み上げてきた(トランクルームと音楽スタジオ)20年」の象徴です。


一番苦しかったのは「祖父の代から57年続いた泉州の地場産業だった家業の織物業を畳んだ時」で、先代から続いてきた商売を、自分の代で終わらせる。

これは、想像以上に精神的にきつい決断でした。

ただし、中途半端に残さない。

借金はすべて返す。

きれいに終わらせる。

そう決めて、それまでの銀行からの借金をすべて完済してから、会社の定款を変えて再スタートしました。

まさに、ゼロからの再出発です。

織物時代は資金繰りが大変だったので、それから解放されただけでも私の心は晴ればれでした・・・(涙)。

しかし「トランクルーム貝塚」を始めたものの・・・当初はまったく集客できなかった。

満を持して始めたトランクルーム事業でしたが、現実は甘くありませんでした。

カタログを5万部刷って、泉佐野から和泉市までの分譲マンション1.5万戸に3回、足が棒になるくらい自分で配布しましたが・・・結果は数件電話があっただけです。

そもそも当時の南大阪(泉州)では「トランクルーム」という業態が今ほど知られていない。

そりゃそうです。

都会と違って、元々農村だった泉州の山手エリアは一戸建てが主流でマンションは少なく、古民家集落の平均敷地面積は100坪もありますから、敷地内のどこにでもモノを置ける訳ですから。

まぁ問い合わせもほとんど来ない。

「これは失敗したか・・・?」と思いました。

精神的には、廃業直後よりもしんどかった時期かもしれません。

文字通り、織物業を廃業してからの3カ月間は無収入でした。

無収入なんて、人生初でしたから。

家族5人を養うために生活を支えるために社長というプライドを捨て、他社の織物工場で1年半、現場仕事をしながら、夜中2時に起きて宅建(宅地建物取引士)の受験勉強を9カ月しました。

毎日12時間の肉体労働でクタクタになっているにも拘らず50歳を超えてからの受験勉強なんて想像以上にキツカッタですが、5人の家族を路頭に迷わせるにはいきませんので、そこは一世一代の踏ん張りどころ・・・だったのです。


そして一発合格。

これは、その後の人生を大きく変えてくれました。

この資格があったからこそ、トランクルームだけに依存しない、不動産仲介業も含めた複合経営の基礎ができました。

「一つに賭けない経営」が生き残りの戦略になった。

これも長かった織物業の反省です。

伊藤忠という世界を股にかける日本を代表する大企業と50数年直接取引(100%委託生産=賃織り)をしても、しょせん下請け仕事では浮かばれません。

現実は決して甘くはないのです。

今では、「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」、卓球場、レンタル自習室、駐車場、不動産仲介業と、複数の事業を組み合わせた業者を排除した「エンドユーザー直」の自社経営になっています。

これは最初から狙ったわけではなく、「一つがダメでも、全部が一気に倒れない構造にする」という、廃業を経験した人間ならではのリスク分散の結果です。

数年前から「娘と二人三脚の経営」になっていた。

20年前は高校生だった娘も結婚独立し子供も2人でき、今では一緒に事業を切り盛りするパートナーになりました。

親子経営ですから、意見がぶつかることもある。

考え方の世代差もあるので、逃げずに話し合える。

これは、長期戦の経営において非常に大きな強みだと感じています。

「見栄を張って大きくしない」「無理をしない」「でも、やめない」。

私は昔から、事業は「大きくする」より「長く続ける」方が、はるかに難しいと思っています。

だから20年間、借金をしない、見栄を張って無理な拡張をしない、流行に飛びつかない、でも改善はやめない。

この方針は28年前に亡くなった父親の背中を子供の頃からずっと見て育ったので、もう自分の身体の中にDNAとして組み込まれています。

やはり父親はアレコレ言うより、働いている姿を見せる事によってしか子供に教育できないのだと思います。

「トランクルーム貝塚」は「ただの収納スペース」ではありません。

トランクルーム貝塚は、ピアノが弾けるトランクルーム楽器を保管しながら練習できる。

「スタジオ0724」と融合した複合施設という、全国的にもかなり珍しい形で運営しています。

これは、自分自身が音楽を続けてきた人間だからこそ生まれた発想でもあり、こういった発想は今流行りのAIには出来ません。

スタジオ0724は「才能のある人のため」ではなく「続けたい人のための場所」

スタジオ0724も、気がつけば10年が経ちました。

若い人も定年後の人も何十年ぶりに楽器を再開した人も「人生の中で音楽を続ける場所」として、静かに支え続けています。

記念ボールペン500本は「信用の可視化」今回作った記念ボールペン500本は、トランクルーム貝塚(20周年)スタジオ0724(10周年)という、「生き残ってきた時間」そのものの象徴です。

一般的に起業しても10年以内に95%は倒産廃業と言われる日本の厳しいいビジネスシーンですが、私はココまでやってきたという自信がありますが、決してこれに満足する事をしないで、むしろ逆に褌のヒモを締めたい・・・と思います(汗)。

100%信用しきって57年も取引していた大手総合商社の伊藤忠に、まさか「もう仕事はないで」と梯子を外された経験を一生忘れる事はありませんから。

まぁしかし新しく来られるお客様に記念ボールペンを渡す時に、「ここは長く続いている場所なんだな」と、無言で伝われば、それで十分です。

継続は「才能」ではなく「設計」と「生活習慣」で派手なことは何もしていません。

毎日現場に来る。

問題が起きたら直す。

空室が出たら工夫する。

この業者に丸投げしない、自分の当たり前の積み重ねが、20年と10年になりました。

これからも「なくなったら困る場所」であり続けたい。

社会から必要とされる企業(経営者)・・・人間にならねば。

結局これが生き甲斐となっている訳で、69歳の今でもまだまだ仕事に燃える主な要因です。

しかしトランクルーム貝塚も、スタジオ0724も、これからも見栄を張って無理に拡大するつもりはありません。

ただ、「ここがあって助かった」そう言ってもらえる場所を、娘と二人で「地味に」守り続けていくだけです。

派手なことは一切厳禁です。

プライドを一旦横に置いといて、秋から春は作業服を着てどこに行くのも宣伝カーでもある軽トラに乗って(夏はアロハに短パン&ビーサンのスーパークールビズ)・・・という地味と自由を上手にバランスを取るという強かな戦略です(笑)。

最後に祖父の代からの泉州の地場産業だった織物業の廃業を経験し、ゼロからやり直し、気がつけば20年と10年。

支えてくださったすべての皆さまに、心から感謝します。

そして、これから出会う新しいお客様へ。

この一本のボールペンが、長いお付き合いの始まりになれば幸いです。

思い起こせば20年前にトランクルームを始めた頃は集客に苦労していましたので生活費を稼ぐために他社の織物工場で働いていたのですが、その間トランクルームの店番を任せていた妻の乳がんが発覚し、万事休す・・・と一時期すべてを諦めようと思いましたが、娘の一人が「私がお母さんの代わりにあとをやるよ」と言ってもらい窮地を脱したのです(涙)。

それから17年間、人知れず妻の乳がんとの戦いをしながら会社経営をしてきました。

一昨年ついに妻が亡くなってしまい長年の闘病生活にピリオドがついて、しばらくは放心状態と私の体調が元に戻るまで時間が掛かりました。

心身共に疲れ果ててしまったのです。

おまけに昨年ずっと腰の調子が思わしくなく、それが悪化し、ついに二度目になる脊柱管狭窄症の手術を6年ぶりに年始早々にしました。

幸い順調に回復し、今年は時間がタップリありますので、体調の回復に伴って仕事に遊びに100%亡き妻の分まで思いっきり生きよう・・・と。

まぁしかし店舗ビジネスでよくありますが、閉店セールとかで激安になってから最後にお客さんがドッと押し寄せるシーンを見ますが、店側からしたら「もっと普段から来てくれたらよかったのに」と言いたいところですが後の祭りで、客というのは「安くて良ければ買うよ(借りるよ)」という自分のメリットだけで義理人情なんて入り込む余地は殆どなく、店の事なんて1ミリも考えていない・・・のが現実です。

どんな商売でもその辺のバランスが難しいところで、その客のニーズに合うようにするのがビジネスで、できれば流行り、できなければ倒産・・・という「紙一重」の冷酷な世界です(汗)。

大卒後のサラリーマンから数えて40数年の社会人生活で、倒産企業や自己破産した人やそれに近い企業や人をロングスパンで、この目でもうウンザリするほど沢山見てきましたが・・・残念ながら成功した企業や人はホンの一握りというのが現実です。

という事で、次の大きな目標として「トランクルーム貝塚(20周年)&スタジオ0724(10周年)」ですが、今年から毎年毎年が勝負だと、決して気を抜かないようにしたいと思います。

というか、常に新規事業を模索すべくトライ&エラーの繰り返しをしていると、その経験が2つに自然とフィードバックされるでしょう。

まぁしかし私は20代の時にサラリーマン経験を4年していますが、50歳で他社の織物工場でペイペイの工員として1年半働き、文字通り20年ぶりにサラリーマン生活を送った訳ですが、今考えるとペイペイのポジションから上を眺めるなんてオモシロいものです・・・(笑)。

中卒の20代前半の若い女工さんから、「反物をどこに置きましょうか?」と聞くと「そこに置いて」と言わんばかりに、年上の私に鼻で無言で指図されたのですから・・・(笑)。

腹が立つというより、自分が情けなく・・・もう呆れて苦笑いでした(涙)。

ここまで堕ちぶれたら、もう後は上がるしない・・・と(汗)。







  • IMG_5459[1].JPG
     朝日新聞 2006.6.21.掲載


  朝日新聞 2016.12.26.掲載



 読売新聞 2017.4.13.掲載

「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」
「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」
大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798  mail: info@sasatani.com

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Last updated  2026.02.04 11:49:21
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