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カテゴリ:日々の日常生活
先日大阪ミナミの難波で、父方の従弟と二人だけの飲み会をしました。
「いとこ会」と呼ぶほど大げさなものではありませんが、実は25年くらい前にも同じようないとこ会を開催したことがあります。 その時は5~6人が集まり、心斎橋にあった当時外国人で賑わっていた最先端クラブ「オリジン」で行いました。 当時大阪ミナミのクラブで名越の「いとこ会」・・・とナウかったのです(笑)。 当時はみんな30代から40代。 仕事も家庭も忙しい時期でしたが、まだまだ体力もあり、夜遅くまで飲んで騒ぐことができました。 それから四半世紀。 今回集まったのは私を含めてたった2人でした。 しかし不思議なことに寂しさはありませんでした。 これまで互いに仕事で忙しく冠婚葬祭の時に会うくらいでしたので、昼から居酒屋で呑んで2次会はカフェでコーヒー・・・と気づけば6時間、久しぶりにジックリお互いの人生を語り合えたことに大きな価値を感じました。 < 父は9人兄妹、いとこは18人> 私の父は9人兄弟です。 当時は戦時中の「産めよ殖やせよ」の時代で、名越村で2番目に多かったそうで天皇陛下からもらった感謝状が飾ってありました(1番はS家の12人)。 戦後の日本では決して珍しくありませんでしたが、今の時代から見るとかなり大家族です。 当然その子どもたちである私の父方のイトコの数も多く、数えると18人もいました。 イトコの年齢も幅広く、一番上は叔母さんと近い70代半ば、一番下は長女と同じ40代前半です。 30歳も年齢差がありますので、子どもの頃は接点があっても、大人になるにつれてそれぞれの人生を歩むことになります。 進学、就職、結婚、転勤、転職、転業、独立、離婚、再婚、介護、・・・そして私のように妻との死別。 特に父方の親戚は泉州の貝塚と岸和田に集中しサラリーマンの家は殆どなく、昔から繊維産業に従事していた家も多かったですが、私も含め全て辞めている・・・という厳しい現実がありました。 人生のステージが違えば、自然と会う機会も減っていきます。 それでも「いとこ」という関係は不思議なものです。 兄弟ほど近すぎず、友人ほど他人でもない。 久しぶりに会っても、どこか安心感があります。 今回も何年ぶりかで会いましたが、すぐに昔の感覚に戻ることができました。 <25年という時間が人を変える> 25年前のいとこ会を思い返すと、みんなまだ現役世代の真っただ中でした。 会社員として働いている人。 自営業を営んでいる人。 転職を繰り返している人。 独立を目指している人。 それぞれが未来に向かって走っていました。 しかし25年経った今、その状況は大きく変わっています。 定年退職した人もいます。 会社を辞めて第二の人生を歩んでいる人もいます。 病気を経験した人もいます。 家族を見送った人もいます。 逆に新しい仕事に挑戦している人もいます。 人の人生というものは、本当に予想できないものです。 若い頃には想像もしなかった方向へ進んでいる人が少なくありません。 だからこそ、久しぶりに会う親族との会話には価値があります。 SNSでは見えない人生の深みがそこにはあります。 成功した話だけではありません。 失敗した話もあります。 苦労した話もあります。 その一つひとつが人生の教科書のように感じられるのです。 < 人生100年時代だからこそ必要な親族との交流> 最近は「人生100年時代」と言われています。 私たち60代、70代の世代も、まだ人生の折り返し地点かもしれません。 そう考えると、親族との交流も改めて大切にしたいと思うようになりました。 若い頃は仕事が優先です。 子育てもあります。 親の介護もあります。 毎日が忙しく、親族との付き合いは後回しになりがちです。 しかし年齢を重ねるにつれて、血縁のつながりの価値を感じる場面が増えてきます。 同じ祖父母を持つ者同士だからこそ共有できる思い出があります。 同じ地域で育ったからこそ分かる話があります。 家系の歴史を知っているのも親族です。 こうした話ができる人たちは、年齢とともに少なくなっていきます。 だからこそ、数年に一度でも集まる意味があるのだと思います。 < 人とのつながりは「空間」が支えている> 今回のいとこ会を通じて改めて感じたのは、人とのつながりには「空間」が必要だということです。 人は会わなければ関係が薄れていきます。 電話やSNSだけでは限界があります。 実際に顔を合わせて同じ時間を過ごすことで関係は維持されます。 これは私が経営している事業にも通じる話です。 「トランクルーム貝塚」は、単に荷物を預かる場所ではありません。 お客様の人生の節目を支える空間です。 転勤、引っ越し、結婚、離婚、相続、リフォーム。 人生の様々な場面で利用していただいています。 また私が「トランクルーム貝塚」別館1階で10年前から始めたリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」も同じです。 音楽を演奏するためだけの場所ではありません。 仲間と集まり、練習し、会話し、交流する場所です。 長年利用されているバンドを見ると、音楽だけでなく人間関係そのものが継続していることが分かります。 空間があるから人が集まる。 人が集まるから関係が続く。 これは親族関係も同じではないでしょうか。 もちろん10年前のスタジオ起業時はスタジオ1室、会員数ゼロでスタートしましたが、バンド練習だけでなくダンスや和太鼓(だんじり鳴物)も出来るので、今では泉州最大級5室の会員数3400人近くまで大きく成長し、起業当初は趣味か冗談で始めたつもりなのでダメならすぐ止めよう・・・と決めていたので想定外の展開に自分でも驚いています。 振り返ってみると「これでメシを食って行かなくて」という必死さがなく、別にダメならシャーナイという脱力経営がヨカッタのでしょう。 必死になると目先しか見えなくなり、ロングスパンでモノを考える余裕がなくなるのです。 何もビジネスに限らずスポーツや武道においても、脱力や余裕・・・というのがキーポイントになろうかと思います。 <昭和・平成・令和を生きた世代として> 私たちの世代は昭和、平成、令和という三つの時代を生きています。 昭和は大家族の時代でした。 親族が集まる機会も多く、お盆や正月には親戚が何十人も集まるのが当たり前でした。 平成になると核家族化が進みました。 仕事や転勤で地元を離れる人も増えました。 そして令和。 SNSでつながれる時代になりましたが、実際に会う機会は減っています。 便利になった反面、人と人との直接的な交流は少なくなっているのかもしれません。 だからこそ、今回のようないとこ会には意味があります。 人数が2人でも構わないのです。 大切なのは人数ではなく、会うことそのものだからです。 <また数年後に会えることを願って> 今回のいとこ会は、25年前と比べればずいぶん小規模なものになりました。 クラブを貸し切るような派手さもありません。 居酒屋で二人がゆっくり語り合うだけの時間でした。 しかし、その価値は決して小さくありません。 むしろ年齢を重ねた今だからこそ感じられる深みがありました。 人生には予想できないことがたくさん起こります。 元気だった人が病気になることもあります。 突然会えなくなることもあります。 だからこそ、会える時に会っておく。 話せる時に話しておく。 それが大切なのだと思います。 今回従弟から2つ「イイ話」を聞いて刺激を受け、早速実践しようと思います。 やはり人間関係において、年齢や性別に関係なく如何に刺激のある話を聞けるか(相手にも与えるか)が重要で、特に我々シニア世代は残り時間も少ないので、如何に上手な関係性を築けるかがこれからの人生の充実度をも左右するのです・・・(汗)。 次回のいとこ会は、もう年齢も年齢なので毎年でもイイかなと思いますし、次回はこのブログやSNSを見て、もっと増えるかもしれません。 その時にまた元気な姿で再会し、それぞれの人生の続きを語り合えたら幸せです。 血縁の絆は普段は意識しなくても、人生の節目で必ずその存在を感じさせてくれます。 今回のいとこ会は、そんな当たり前だけれど大切なことを改めて思い出させてくれた、貴重な一日となりました。 という事で、今回の従弟も私の影響で高校生で空手を始め、大学1年入学当初からウインドサーフィンを始め(私は関西外大体育会古武道部で空手を始め、その後ウインドサーフィン同好会創部)、京都産業大学に学連加盟のウインドサーフィン同好会を創部していたのです。 私が父親の心臓の手術で古武道部を辞めて大学に通いながら家業の織物業をメインにしていた時に、地元貝塚の沖縄本部流盛道館にもう一人の従弟と3人で夜は道場に通っていたのです(それぞれ陸上や軽音の部活にも入って)。 道場の帰りに、よく久米田駅前にあったミスドに寄って3人で食べて、家まで車で送って行ったのも懐かしい思い出です。 そんな従弟らとの楽しい思い出です。 織物時代の取引商社の新入社員が京産大のウインドサーフィン同好会OBだったので、創部者が私の従弟だと知って驚いていました・・・(笑)。 同好会と言ってもチャラチャラした遊びではなく、学連加盟でレース中心の体育会系だったのです。 その後彼は、私を特別な目で見てくれていたのは言うまでもありません。 オモシロいですねェ・・・親戚同士で関西の2大学のウインドサーフィン同好会を創るなんて日本初か(笑)。 まだ日本でウインドサーフィンブームが起きる前だったので、世間が狭かっただけですが。 しかし残念ながら、関西外大も京都産業大学も今はウインドサーフィンクラブは今は無くなったようですが、私も彼も何らかの形で当時ウインドサーフィンに青春を燃やした仲間との絆は消えていません。 もう40数年前の話ですが、それが青春・・・という無形の財産です。 まぁ既存の会社や部活に入るのは楽で誰でもできますが、自分で起業や創部というのは中々普通の人はできません(やろうとしません)ので、アメリカで発明されて未だ10数年しか経っていなかったウインドサーフィンを(その後オリンピック種目や国体種目に採用されたが、当時日本では特許の関係でウインドサーファー艇しか発売されずヤマハが新規参入したのはブームが下り坂になってから)、新しいスポーツという事でアウエー感が強く非常に困難を伴う学連加盟(レース志向の体育系)のウインドサーフィン同好会創部というのをやってのけたからこそ・・・その後社会人になって長い年月を経て2人とも若かった情熱とパワーの「創部で養った先見性と根性(経験)」で起業できたのかも知れません(汗)。 この辺が起業のオモシロいところで、学校の勉強がデキただけでは「人間の総合力が問われる」起業は決してデキナイ・・・のです。 たかがウインドサーフィン、されどウインドサーフィン・・・で、ウインドから学んだ事があまりに大きく、今の私のベースであることは言うまでもなく、若い頃に何かに夢中になる事は絶対後悔しないと断言できます。 とにかく若い時しかできなコトをヤッタ・・・と言うのがポイントで、1年後にはもうタイミングもズレてしまって後の祭りで、経験値を積み損ねてしまうのです。 イヤ1年後というより、その瞬間・・・を掴むタイミングが、人生を左右するのです。 「その瞬間」に出くわしたときに、待ったなし・・・「立ち向かうか?逃げるか?」の積み重ねで、その人の人生が決まるのです。 ![]() ![]()
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2026.06.10 16:41:40
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