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     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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ウインドサーフィン windsurfing

2022.05.29
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ありそうでなかったシリーズ第87弾は「関西外大ウインドサーフィン同好会」創部です。

関西外大在学中に「ウインドサーフィン同好会」を創部しました。

その2,3年前に大阪府泉南市にあった「樽井浜」でウインドサーフィンを始めたのがキッカケです。

始めて即ハマり、「こりゃ個人で楽しんでいるだけでは勿体ない・・・大学にも広めなければ」と半ば使命感のようなものも感じ、クラブ創部という未知なる世界に飛び込んだのです。

「そんな事をわざわざ、よせばいいのに」・・・という外野の声があったかも知れませんが、そんなの関係ねェ・・・です。

思い込んだら命がけ・・・みたいな。

若かったんでしょうねェ・・・(笑)。

今そんな若さが欲しいです・・・(笑)。

後にも先にも「青春は一度だけ・・・今しかない」という想いがあったのだけは確かです。

単に学内にクラブを創っただけでなく、他の大学(京大、同志社、関大、甲南)と連携して今の関西ボードセイリング学生連盟を5校で立ち上げました。

誰もが振り返った真っ黒な集団の初めての会合がアメ村の「ロバータ」という粋な居酒屋だったのが、何とも当時ナウかったのです・・・(笑)。

記念すべき琵琶湖で開催された第1回関西インカレは関西外大の全日本学連への加盟にタイミングが遅く参戦できませんでしたが(4校でのレース)、学連以外からも10校以上大勢参加し同日開催された実質これが関西インカレの第1回関西学生フェスティバルレースでは、その悔しさをバネに5位入賞を果たしました・・・(汗)。

ナァナアが許されない・・・法律や規律に基づいた大きなレースを通じ、学生ながら現実の厳しさを実感しました。

いずれにしても、当時これからメジャースポーツになるであろうという未だアメリカで発明されて10年くらいしか経っていなかったウインドサーフィンのクラブを大学に創った事によって、本当に数々の素晴らしい経験をさせて頂き、その後の社会人生活に大いに応用できました・・・(涙)。

そんなウインド熱があっても、織屋の息子の基本は大学に行く前の朝5時から3時間機織りをする生活に何ら変化はなく、父親にそんな事をやっているとは一言も言えませんでした・・・(汗)。

そして、いくら忙しい青春を送っていても、やはり時間的な制約もあり、それまでの空手やドラムやディスコ通いから徐々に遠ざかっていったのも仕方のないことだったのです・・・(涙)。

という事で、「現在65歳、今日が人生で一番若い日!」というのを念頭に入れて行動しなければ・・・(汗)。









Last updated  2022.05.29 15:33:29
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2022.05.02
ありそうでなかったシリーズ第71弾は「65歳のウインドサーファー」です。

これって私の事です・・・(笑)。

65歳のジイサンになっても、未だにウインドサーフィンをやっているのです。

今はさすがに冬にヤル気力も技術もなく、夏だけ細々と地元マーブルビーチや沖縄やサイパンに行った時にヤッテいるだけですが・・・

自分自身はまったく昔のままの感覚でウインドをやっているだけですが、たまに「ジイサンがやっている!」と見られれてのかとフッと我に返る時があり・・・チョッと恥ずかしくなりますが(笑)。

まァ、そんなの関係ねェ・・・です。

ウインドサーフィンを始めたのは43年前の1979年の22歳の夏です。

今の関空に近い泉南市樽井浜で初めてウインドサーフィンにトライしたのです。

その前年の夏にウインドサーフィンを二色浜で初めて見た時は「白い長い板で、一体何をするのだろう・・・?」と不思議に思い、これが翌年にトライするウインドサーフィンとは夢にも思いませんでした。

そして、かれこれ43年も続けてきて自分でも驚いています。

始めた当時の道具は特許の関係で日本では100%ウインドサーファー艇のみで(ヨーロッパでは特許はなく200艇種以上普及)、ブームもダガーボードもジョイントも木製で、セイルはダクロン製でした(今はカーボンやアルミやマイラー製フィルム)。

ヨットでは未だ存在するダガーボードは、ウインドサーフィンのボード自体のショート化とフィンの大型化(ダガーボードの横流れを防ぐという機能も兼ねる)でなくなりましたが。

樽井浜では「泉南フリート」というウインドサーフィンの愛好団体に所属して、毎週レースを中心に割とアスリート的に遊びました。

1、2年経った頃には積極的に二色浜や脇の浜や甲子園浜や和歌山片男波や琵琶湖や浜名湖にレースで遠征したり、関西予選を勝ち抜き茨城県日立市の全日本選手権に出場したり、ウインドにドンドン嵌ってきました。

ハマったついでに、当時通っていた関西外大にも学連加盟のウインドサーフィン同好会を作ったり、他の大学と一緒に関西初の学連連盟を作ったり、従弟が京都産業大ウインドサーフィン同好会を創るのに助言したり・・・「こんな事をしていてイイのだろうか?もっと他にやるべき事があるのでは?」と戸惑い悩みながら、ウインドの泥沼に嵌っていきました・・・(汗)。

ウインドに嵌っていくにつれ、時間的にも金銭的にもトレードオフ的に空手やディスコやドラムやだんじりから自然と遠ざかっていきました。

今思えば、全くこれまでになかった新しいスポーツ(レジャー)としてのウインドサーフィンに関わり、単なる愛好者にとどまらず大学にクラブまで創部をしてイロンナ経験をさせて頂き、最高の青春を送れたという感謝しかありません。

クラブ創部という「一歩踏み入れる」事によって、クラブ運営や顧問の大学教授や他大学や学連や一般企業へのスポンサー依頼といった対外交渉によって、見える世界が変わるというのを大学時代に経験した事が何よりヨカッタのです・・・(汗)。

ウインドサーフィンの道具の目まぐるしい進化で素材メーカーの展示会に行ったり、特許紛争やIOCのオリンピック艇種選定問題といったのも目のあたりして、世界の複雑な事情やビジネスの厳しさも学生なりに理解していきました。

今から思えば何で「クラブ創部」という苦労を伴うであろう行動に出たか?不思議ですが、おそらく無意識のうちに「織屋の息子(跡継ぎ)」というのを自分なりに自覚していて、「創部が将来の商売に繋がるのでは・・・・」というスケベ根性が働いたのだろうと思います・・・(笑)。

そして何より、全く新しいスポーツのクラブ創部した事によって、学校では決して学ばないチャレンジ精神を身につけたのか・・・?

この目に見えないチャレンジ精神というのは、新しいコトをする(行動を起こす)のに敷居をドーンと低くしてくれます。

という事で、ウインドを始めたのが22歳で泉南フリート仲間の最高齢者が35歳でしたので、「ナンと!一回りも上のオッサンもやっているのか!」と驚いたものですが、その35歳より「30歳も年上」の自分が未だに現役でウインドサーフィンをやっている事に自分自身がオドロキます・・・(笑)。

そしてウインドサーフィンをやってきた最大の収獲は、樽井ビーチでナイスバディの将来妻となったビキニの美女をゲットした事か・・・(笑)。



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      1981年ウインドサーフィン雑誌「ハイウインド」より


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「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798  mail: info@sasatani.com

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Last updated  2022.05.02 14:42:07
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2021.09.23
40年以上前の関西外大時代に、学内に「ウインドサーフィン同好会」を創部しました。

創部とは文字通り、部(クラブ、愛好会、同好会)を新しく創ることです。

初めて部を創った人の事を、創部者と呼びます。

トランクルームや音楽スタジオを初めて起業しましたので、私は起業家という事になりますが、40年以上前にはすでに創部の経験をしていたのです。

何でも過去を振り返ってみたら「あ~そうなんや」となりますが、起業家になれたのは創部の経験があったからだと言えるかも知れません。

同じ関西外大で空手で有名になった角田氏や佐竹氏がいますが、彼らが所属していた「極真空手同好会」の創部者K氏と学内全部の同好会キャンプでたまたま知り合い、私が以前体育会古武道部(林派糸東流空手)に所属していた為、空手談議で意気投合したのを昨日の事のように覚えています。

ちょうど極真会から正道館になった頃です。

そのK氏も起業家です。

ウインドサーフィン同好会を創部した時は、「大学にウインドサーフィンを広めたい・・・」という軽いノリだったのです・・・(笑)。

しかしその後、複雑な学内手続きをしたり、学連加盟でイロンナ経験をするなんて夢にも思っていませんでした。

同好会と言えども同好会の顧問になってもらうために面識のない教授にお願いに行きました。

「ウインドサーフィン・・・? ナニそれ・・・?」と最初怪訝な顔をされましたが、一生懸命説得工作に全身全霊で訴えました・・・(汗)。

たまたまその教授がヨットの経験があったため、「これからの新しいマリンスポーツなんです!」とか何とか言って、やっとこさ同意を得る事に成功しました・・・(汗)。

単なるレジャー志向の同好会に終わらず、将来的にはスポーツとしての体育会のウインドサーフィン部にするために学連にも加盟もしました。

東京の岸記念会館まで、関大ウインドサーフィン同好会の創部者の石田君と一緒に新幹線に乗って行きました。

当時の日本のウインドサーフィンのレース界は、東京の拓殖大学が中心となって関東学連が引っ張っていましたので、レース上位の常連や雑誌で見る有名選手と沢山知り会え舞い上がってしまいました・・・(笑)。

この関西外大の学連加盟がキッカケで、関西学連を他大学の京大、関大、同志社、甲南と一緒に立ち上げたのです。

それから実質2年の部活で卒業しあとは後輩に同好会を任せましたが、私の人生に於いて非常に濃い2年でした・・・(涙)。

パッと閃いてウインドサーフィン同好会を創り、その後想定外の苦労を積み重ねて「人生を学んでいった」ところが、トランクルームや音楽スタジオの起業とソックリです・・・(笑)。

という事で、40年以上前の経験がトランクルームや音楽スタジオの起業に役立つとは夢にも思いませんでしたが、不思議と「1から始める・・・」感覚は当時と全く同じだったような気がします・・・

ウインドサーフィン同好会の創部の最中に「将来、会社経営に役立つかも?」という思いが一瞬頭をよぎり、そういう将来この経験が役立つかもしれないという思いが、創部をドンドン推し進めていったのかも知れません。

有名大学の体育会系の学生は「イイ会社に就職できるかも?」という思いで良い戦績を残そうと努力をしている人が多いかも知れませんが、私の場合は大学に入る時点でエリートコースを外れていましたので、そんな邪心?が芽生えたのかも知れませんねェ・・・(笑)。

当時、世界中でウインドサーフィンが大流行していた訳ですが、その裏で日本を含め世界各国でユニバーサルジョイントに関する「特許(パテント)裁判」紛争が吹き荒れていましたので、ウインドサーフィンへの新規参入を噂されていたヤマハ発動機とミズノの就職面接で「ウインドサーフィンの特許問題をどう思われますか? 新規参入される予定はありますか?」と多くの学生の前でイヤな質問すると、面接官のタジタジしていた姿が思い出されます・・・(笑)。

その他1984年のロス五輪で初めてウインドサーフィンがオリンピック正式種目(ヨットカテゴリーの1艇種)になりましたが、その裏で艇種選定疑惑もあったりして、「世の中には表と裏があるんやなぁ~」とつくづく思いましたねェ・・・









Last updated  2021.09.24 08:51:08
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2021.08.30
次期パリ五輪のウインドサーフィンは「フォイル」の採用が決定したそうです。

2020東京五輪のヨット競技の中のウインドサーフィン部門はRS:Xでしたが、次期2024年パリ五輪の公式艇には『iQFOiL』が採用決定されたようです。

フォイル?

ウインドサーフィンをヤッテいる私でも経験はありませんし、マーブルビーチでもカイトサーフィンのフォイルは見た事がありますがウインドのそれはありませんし、ハワイのワイキキビーチでもサーフィンのフォイルを見ただけです。

フォイルとは水中翼(HydroFoil)あるいは水中翼船のことで、ウインドサーフィンでは水中で機能するようボードのボトムにセットするウイング・システムのことを言い、形状は飛行機に似ており、マスト(支柱)フューサレージ(胴体)フロントウイング(主翼)リアウイング(尾翼)で構成されています。

セイルパワーによりボードが走り始めると、ウイングから揚力が発生し、乗り手ごとボードを水上にリフトさせ、これにより大幅に抗力が減少し、効率的にボードの速度を上げたり、あるいは維持することが可能になり、最近ではアメリカズカップの大型ヨットや、カイトサーフィン、サーフィンのボードにもフォイルが用いられるようになり、ウォータースポーツに新たな世界を創出しています。

カイトサーフィンやサーフィンのフォイルを見ただけですが、これまで全く違った「可能性」を感じますねェ・・・

マーブルビーチでは見た事はありませんが、他のビーチのウインドサーフィン仲間の間にチョイブームになっているのが「ウイングフォイル」です。

コレだとウインドサーフィン・フォイルよりリグ部(セイル&マスト)のチューニングが楽そうで、コンパクトになりますのでハワイにも持って行けそうです。

という事で、ウインドサーフィンもドンドン進化していってますが、我々ウインドサーフィン愛好者に若者や女性が少なく、ドンドン高齢(平均50代後半?)になっているのがどうも気になります・・・(汗)。

それにしても42年前にサーフィンともヨットとも違う「セイル付きの横乗り系ボード」として全く新しいニュースポーツだったウインドサーフィンも、当時は重いダクロン製のセイルにこれまた重い木製ブームと木製ダガーボードと木製ジョイントで、今考えると全く異次元の道具の進化を遂げ異次元のスピードと快感を手に入れました・・・(涙)。

残り少ないウインド人生で、もう夏だけスラロームをするだけで十分幸せで、フォイルをやるかどうかは未定ですが、若者にはウインドサーフィン系のマリンスポーツにドンドンとチャレンジして欲しいと思います。



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Last updated  2021.08.31 05:58:01
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2020.10.10
今の世の中お金がモノを言う時代ですが、ウインドサーフィンのプレーニング(滑走)の快感だけは、いくらお金を出しても買えません・・・(笑)。

ウインドサーフィンでプレーニング快感を味わおうと思えば、いくら運動神経抜群の人でも1日では100%無理ですが、最近のウインドの道具の進化で普通の運動神経を持っていれば1シーズン毎週根気よく海に通えば出来るでしょう。

40年前は不安定なボードの上に立つのに1日かかり、スーッとボードを進めるだけでも3日もかかりました。

会社の決算でも形として見える有形資産(不動産、現金、建物、機械、備品など)より、目に見えない無形資産(特許権、商標権、意匠権、ソフトウエア、知的財産権、ブランドなど)の方が最近注目されています。

個人も振り返って棚卸分析すると、有形資産(不動産、預金、株、借金など)より無形資産(健康、趣味、友人、家族など)の方が大事になるという事でしょうか・・・?

そう考えれば気も楽になりますし、生きる勇気が湧いてきます。

しかしウインドサーフィンのプレーニングを一度味わえば、もう殆どの人は虜になってしまいます。

少なくとも私が知っているウインド仲間の多くは私も含め「死ぬまで(身体が動くうちは)ウインドを止めない(続ける)・・・」というサーファーばかりです。

それ程ウインドサーフィンのプレーニング感覚は我々を虜にし、取り憑いて離さないのです。

まぁ、言葉を替えれば健康的な媚薬みたいなものです・・・(笑)。

私の場合、もう丸41年も取り憑かれています・・・(笑)。

だからジイサンになっても、恥を忍んで?未だに軽トラにボード一式積んでビーチに向かうのです・・・(笑)。

まぁウインドの楽しみは一直線に走るプレーニングだけでなく、ジャンプやサーフィンのようなウエイブ、フリースタイル、レース(学連、国体、オリンピック)・・・ごく最近ではフォイルという新しいカテゴリーも加わって多彩な遊び方があり全く飽きません。

最近流行のSUPにリグ(セイル+マスト+ブーム)を取り付けて、一つのボードでウインドサーフィンとSUPの両方を楽しむという新しい遊び方もでき、可能性が一段と広がりました。




























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Last updated  2020.10.11 09:07:14
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2020.10.05
私にも沢山の悩みがありますが、そのうち1つが解決しそうです。

それはウインドサーフィン時の、ビーチで履くブーツです。

私のウインド歴40有余年、ほぼずっと「裸足派」でした。

ほぼというのは、20代の頃は真冬も海に入っていましたので、裸足ではとても無理だったからです。

それ以外は、どこの海に行っても裸足でした。

どこへとは日本ならマーブルビーチ、二色浜、和歌山、琵琶湖、甲子園、浜名湖、日立、山陰、石垣島、海外ならサイパン、ハワイ、グアム、バリ・・・

もちろん試行錯誤で色んなブーツを買いましたが、自分のフィット感を合わないので断念しました。

最近では2年前に当時ブームだったファッショナブルな軽めのブーツに(ソックスの延長か?)を買いましたが、所詮ビーチを歩くだけの見栄え重視だったため、ウインドしている時に脱げそうになり諦めました。

しかしなんで、そこまで裸足に拘るのか・・・?

ビーチにはビールの破片が落ちていたり、尖った石など危険がイッパイです。

特に私のメインビーチであるマーブルビーチは遊泳禁止なので、海水浴場として整備されていませんので岸辺はゴミだらけです。

なので毎回ウインドをすると、足の裏に傷を作っていますが、それも慣れになってしまいました・・・(笑)。

しかし長年のクセかは分かりませんが、ボードの感触を直接足の裏と指で感じないと気が済まないのです。

この意地が、怪我をもろともせず裸足派に固執する理由だったのです。

しかし最近読んだ本に、足の裏に健康の秘密が隠されているというのを知ったり、ウインド仲間の今年のビーチでウニを踏む事件?が多発しているという2点から、「オレも年くってるし、裸足はヤバいなぁ・・・」と真剣に思い始めたのです。

そして履いても違和感のなさそうな(ゴムが薄い)?マリンブーツを遂にネットで発見・・・即注文したのです。

入荷して履いてみると、これがピッタリ。

これならマーブルビーチでウインドしても安心です。

これで長年の悩みが解決しそうです。

という事で、買ったら早速ボードのストラップにブーツを履いたままのチューニングをするのは、素足でセッティング済みですので少し広げる必要があるからです。

このチューニングって、メチャ重要です。

というのは、7,8年前にストラップのチューニングミスで、沖から猛スピードで岸に戻る際にボードのノーズが波に突っ込みボードに急激にブレーキが掛かり身体が5mほど前の海に投げ出され、その直前に右足が1cmほどストラップに深く入りすぎて一瞬外れるのが遅くなって右膝に負荷が急激に掛かってしまい、右膝の十字靱帯を断裂したからです。

たかが1cm、されど1cmだったのです・・・(汗)。

一歩間違えば、航行不能で溺死しているところだったのです。

すぐに整形外科に走り、50代では完治は無理だと医師に言われましたが、右足の大腿四頭筋とハムストリングの両面を筋トレマシンで一生懸命鍛えた結果、1年でほぼ完治して医師を驚かせました。

幸い20代前半に空手とウインドの補強運動(筋力アップ)の為に、和泉大宮のプロレスラーが作ったボディビルジムで2年ほどトレーニングを積んだ経験があったので、運動理論は既に頭と身体に入っていましたのでソレを上手く活かせました。

当時はまだ国産のプロテインが無かった頃で、ボディビル専門誌に掲載されていた通信販売の訳の分からない?アメリカ製のプロテインをマズくて鼻をつまみ牛乳に混ぜて飲んでいたのも懐かしいです・・・(笑)。

今考えるとプロテインの中に何が入っていたのかゾッとしますが、若さがそういったモロモロの邪念を吹っ飛ばしたんでしょうね・・・(汗)。

まぁしかし、そんな恐ろしい経験をしましたので、ストラップのチューニングには真剣です。

ビジネスでもホンのチョットした「心がけ」や「注意」が、トラブルを未然に防ぐものですから・・・

単なるウインドという遊びでも、自分の限界ギリギリの快感と危険が隣合わせで遊ばないとオモシロくありませので、遊ぶのも真剣勝負だったのです・・・(笑)。













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Last updated  2020.10.06 07:49:55
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2020.06.27
昨日は朝からマーブルビーチへ、今年初のウインドサーフィンをしに行きました。

結構吹いていました。

南南西8~9mといったところでしょうか。

一番嫌なクロスオフのガスティなコンディションです。

フリーライドボード(starboard futura)117L + ノーカムセイル(Neil Pryde Hellcat)6.7㎡ で出廷。

というか、このところこのセットばかりです。

夏しかウインドをしないので、色々セイルを替えるとセッティング(微妙なチューニング)を忘れてしまうのです。

2回往復しただけで、思うようにプレーニングできず体力と気力切れで終了。

加齢と体重が増え気味なので、反射神経も鈍っているようです。

無理して沖へ出て遭難したら・・・という想いが頭をよぎり止めました。

過去40年のウインド歴で、遭難やケガで死にかけた経験が何回もあり、年を取るとイイ意味で臆病になるものです・・・(笑)。

ウインドサーフィンは変化する自然相手のスポーツなので、一歩間違えば「生と死との隣りあわせ」と言っても過言ではありません。

沖に向かってプレーニング(滑走状態)している時は、ドーパミンが出まくっている一方「もうそろそろ岸に引き返そうかな?」と頭では快感と緊張が葛藤しているのです・・・(笑)。

快感の方がどうしても上回っているので、だからみんなウインドは止められないのです。

海水浴場なら監視人やライフガードがいますが、我々ウインドサーファーは全くの自己責任です。

唯一の救いは、同じウインドサーファーの存在です。

同じビーチで知らなかっても、「あの人、どこへ行ったんだろう?」とか互いに気にしてくれるからです。

同じマリンスポーツでもサーフィンは人が多すぎ誰が誰だかわかりませんが、マーブルでのウインドサーファーは多くても20人くらいで、普段は広い海を5,6人の貸し切り状態ですから。

そういう意味で、ビーチではウインドサーファー同士の連帯感が生まれるのです。

まぁビビりながら、ウインドをやってちょうどイイのです。

決して、海なんかで死にたくありませんから。

まぁ「今日はこんなところで堪忍しといちゃるわ・・・」という感じです(笑)。

残念ながら不完全燃焼ですが、これでイイのです。

今年はまだ始まったばかりで、これから秋まで何回も出来ますから。

しかし、年々ウインドをすると体力不足を感じます。

特に今年は1月に腰の手術があり、リハビリに3月末まで掛かり、自宅でのストレッチでやっと最近100%回復したところですから、今日の出来なら上等舶来でしょう。

実は夏にウインドをするために1月に手術を受けたのです・・・まぁ計画通りに行きました。

まぁ、これからボチボチ体力をつけていきます。

スタジオでのボランティア空手(会費無料)は私の手術とコロナで今年はまだ再開していませんが、8月くらいから再開したいと思いますが、メンバーが少なくなりましたので募集しています。

練習は、毎週火曜日「Aスタジオ」で10:00~12:00の2時間です。

練習内容は、ストレッチ → 自重筋トレ(腹筋、背筋、横筋、拳立て、スクワット)→ 伝統空手(糸東流)の基本(突き、蹴り、受け)→ 型(平安、バッサイダイ、ナイハンチ)→ 整理運動

あくまでも武道で怪我をすると困るので真面目な練習内容になっていますが、飽きが来ないように時々サンドバックやミット練習を加えています。

そして各日のドラム練習で、体力というよりボケ防止に役立っているようです。

ウオーキングやランニングは足腰に負担が掛かりますので、これからは足腰に負担の少ないクロスバイクに重点を置きます。

今は仕事帰りの道をで少し遠回りしていますので、多少は体力がついているかも。

今は森団地経由で、結構きつい上り坂を24段変速のクロスバイクで座って漕いでいます。

森から三ツ松へ、そして水間へと徐々に距離を伸ばしていきたいと思います。

ただスピードを出したり、車道は危険なので、その辺は気をつけて道を選んでいきたいと思います。

自転車はウオーキングより遥かに行動範囲が広く、気持ちがイイのでストレスの解消にもなります。

20年ほどコナミやジョイフィットといったスポーツクラブに通っていましたが、もうこれからは普段の生活で運動する習慣を工夫します。

もうシャカリキにジムで体力養成なんて・・・遠い過去です。

今はコロナ対策で日々の作業量が増え身体を動かすことが多くなり、それが結構イイ運動になっていますし、昨日のウインドで腰痛を感じなかったのが何より一番嬉しかったのです・・・(涙)。

ウインドサーフィンそのものより、重い道具を運んだり、セッティングしたりするのに結構体力を使うのです。

ウインドサーフィンは正に「自己完結型スポーツ」で、他人の手を必要としません。

自宅の保管場所から道具を車に積み → ビーチの駐車場までドライブ → 駐車場から道具をビーチに下ろしてセッティング → 出廷場所(水際)までセット一式を運ぶ → 海上でウインドサーフィンを楽しむ → セッティング場所まで道具を運ぶ → 道具の水洗い&干す&片づける → 車に道具を積む → 家までドライブ → 自宅の保管場所まで運ぶ

この一連の作業だけでも、結構体力を使います。

夏の炎天下だと余計に体力を奪われるのです。

こんな事を80歳まで続けられるか・・・?

という事で、久しぶりにマーブルに来てみると、コテッジタイプの粋なビーチホテルが出来たりとかで、だいぶ雰囲気が変わりました。

今年の夏は、沢山の人等で賑わうでしょう。

ウインドサーフィンがマイナーになって久しいですが、これを機にウインドが人目に触れる回数が増え、大阪でウインドサーフィンブームが30年ぶりに到来・・・となれば嬉しいのですが(笑)。

しかし、これまで駐車場は無料でしたが、7月から有料になるのがイタイですねェ・・・

まぁ年とっても、インドア(ドラム、空手)、アウトドア(ウインドサーフィン、旅行)、頭(ビジネス、読書、音楽)の3つをバランスよく保ちながら、健康で長生きしたいですねェ・・・







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Last updated  2020.07.01 06:46:29
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2020.02.14
今年64歳になりますが、子供達も独立し仕事もそれなりに順調に推移し会社も個人も無借金ですし、長年の身体のウイークポイントだった腰の手術(脊柱管狭窄症)も成功し・・・さて、これからの「残り少ない人生」でヤリタイ事は何か?何をしたいのか?悔いの残らない人生を送るには?

イロイロ人生を突き詰めて考えると・・・

やっぱり、1番の趣味で42年間続けてきて「死ぬまでウインドサーフィンをしたいなァ」・・・となります。

死ぬまでとは無理ですが、現実的には「80歳までウインドサーフィンを楽しみたい」となります。

もう手の届く70歳までウインドサーフィンを楽しむのは余裕です・・・(笑)。

それから、あと10年・・・デキルか?

自宅から車で30分の関空前のマーブルビーチが今の私のホームポイントですが、ここ30数年は仕事が忙しくまた身体の事(高血圧)を考え、夏しかしませんでした。

と言うか、日本の冬の冷たい海でウインドをやろうと思わないのは、そこまで執着していない証拠かも・・・(笑)。

波のあるビーチで波乗りしたり回転したりする過激で危険すぎるウエイブ派でありませんし、単に暴走族のように海上をガンガンかっ飛んでいくスラローム派ですが・・・(笑)。

いずれ、5月~9月はマーブルビーチで、それ以外の秋冬はサイパンや沖縄でロングステイをして年中「ウインド三昧生活」が理想です。

ただロングステイ先でウインドサーフィンだけだとオモシロくありません。

それは雨が降ったり風が吹かなかったら、する事がないからです。

一日ボーっとするのも勿体ないので、日中は街をブラブラしたり本を読んだり、夜はライブハウスで踊ったりドラムを叩かせてもらったりして遊ぶのです。

昨年のハワイロングステイ時にライブハウスでドラムを叩かせてもらいましたが、ハワイのワイキキではウインドサーフィンはマイナーなのかオフショアの風が向いていないのか誰もウインドをやっていません。

嘗てのウインドサーフィンの聖地と言われたカイルアは殆どがカイトサーフィンでウインドサーファーは殆どいませんし、ちょっと町が寂しすぎます。

何とかして、ワイキキのロングステイ時にウインドをしたいのですが・・・(涙)。

まァ、夏のマーブルビーチの左手の南系の風が吹くコンディションも、地球環境が劇的に変わらない限り20年後も同じだと思います。

日本のマーブルビーチでウインドをする分には金は掛かりませんが、サイパンや沖縄だとお金が掛かります。

現実に「サイパン少年隊」と称する?70歳代の沢山のウインドサーファーが何か月ものロングステイでサイパン・マイクロビーチでウインドを楽しんでいるのを知っていますし、マーブルでも私より年上の方が何人もおられますので、「80歳まで・・・」というのも満更実現不可能な事ではないと思います。

「80歳までウインドサーフィンを楽しむ!」という目標をロックオンすれば、目標達成のために生活すべての行動に「勢い」がつきます・・・(笑)。

この「勢い」というのがポイントで、年を取れば病気がちになり、行動がだんだん消極的になるものですが、ワクワク感ある「楽しい目標」を設定することによって「勢い」をごく普通の感覚にしてしまうのです・・・(笑)。

他人から見たらクレイジーなジイサンに見えるでしょうけど、別にそんなのどうでもイイ事です・・・(笑)。

・健康

・お金

・時間

この3つを作るために、身体を鍛え食事に気をつけ血圧と体重を下げ、ビジネスの「現役」を続ける。


遊ぶために仕事をする・・・至極当たり前の事ですが、動機が不純ですかねェ・・・(笑)。

という事で、70歳、80歳までウインドサーフィンを楽しもうと思っているオッサンは私だけでは決してありませんので、現在の平均年齢50オーバーのウインド仲間の多くが思っている事が非常に心強いです。

一緒に年取りながら、ウインドを死ぬまで楽しもうよ・・・と。








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Last updated  2020.02.14 11:28:11
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2020.02.11
1月末に岸和田の葛城病院で「脊柱管狭窄症」の手術をしましたが、主因は長年の織物業での肉体労働ですが、その他にどうもウインドサーフィンにも原因がありそうです。

かれこれ42年もウインドサーフィンをやっていますが、20代前半に少しやり過ぎました。

セイル(帆)にはらんだ風をブームというパーツを両手で掴んで受けるのですが(ハーネスという道具を使い)、グッと反対側に身体を反らせるときに腰から背筋にパワー(荷)が掛かるのです。

ハーネスは長時間楽にウィンドサーフィンを楽しむための道具で、リグ(セイル+ブーム)の引き込みを補助しています。

そのハーネスは主に「ウエストハーネス」と言って、文字通り腰に巻いてセイリングするのです。

それが90%のウインドサーファーが腰痛と言ゆわれる所以です。

ウインドサーファーの高齢化に拍車が掛かり、私の知る限り大阪のウインドサーファーの平均年齢は50歳をはるかに超えていますから、腰痛が増えるのも仕方のない事です・・・(笑)。

40年前の発明されたばかりの初期のハーネスは「チェストハーネス」と言って胸筋のあたりの位置でしたが、その後ヨットのトラピーズハーネスからヒントを得た「パンツハーネス」と言ってヘソの下あたりに引く位置が変わりました。

その後は今主流の「ウエストハーネス」になってから20年以上経っています。

過去40年で 「胸 → へその下 → 腰」 とハーネスの位置が目まぐるしく変わってきましたが、それ単独で変わったのではく、ウインドサーフィンの道具全体(ボード、セイル、マスト)の進化(軽く、早く、硬く)によるものです。

もう長く生きていると、「モノの変化」に驚きます。

電話、車、家電&オーディオ、織物機械(織機)・・・ありとあらゆるモノが変化してきましたが、ウインドサーフィンの道具の進化は目を見張るものがあります。

60年前の電話は柱に取り付けた「木製のボックス」でハンドルをクルクル回して使ったり、車のウインカーが手動だったなんて、50代以下の人は殆ど知らないでしょう・・・(笑)。

なんせ子供の頃は洗濯機が無く、童話「桃太郎」のごとく、名越村の各隣組共同の洗い場が小川(溝)にあり、そこでみんな洗濯していたのですから・・・(笑)。

まだ日本も戦争に負けて10年ちょっとでしたから、仕方のない事でしょう・・・(涙)。

まぁ50超えたごく普通のウインドサーファーのオッサンでも、道具の進化で普通に海でジャンプしたり猛スピードで海を滑走(プレーニング)しているのですから・・・(笑)。

しかし、空手とドラムだけが劇的な変化はありません。

基本的には40年前とそれほど変わっていないという事は、それ自体100年以上の歴史を持つからで、100年掛けて刻々と変化し続けているという事でしょう・・・

という事で、42年も最も長く付き合っている趣味のウインドサーフィンですが(ここ30数年は夏だけ)、80歳まで海で遊ぶ為に身体の調子を整えるのが第一です。

私の長年のウイークポイントだった腰が手術によって治ることを祈るばかりですが、幸い術後も順調に回復しているのは過去30年毎朝欠かさず行ってきた「15分ストレッチ」のお陰だと・・・(涙)。

やはり、継続は力なり・・・です。

これは個人的な考え方ですが、やはり人間は「バランスが1番大事」かと思うのです。

左右、前後ですが・・・特に左右のバランスが大事かと。

私は元来右利きですので、織物時代に重たい糸や反物やビームを担ぐのに「右肩」ばかり載せていたので、今回の腰痛(脊柱管狭窄症)や首の頚椎症を患ってしまったのです。

空手では左右バランスを整えるという教えがあり「利き腕でない方を2倍使え」とか言われていますので、私は昔から左手で箸を使い、マウスも左で操作していますが、それ以外でも歯磨きや髭剃りといった何でもない日常の動作でも気が付けば左手で行っているのも役に立っているのかと思います。




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Last updated  2020.02.12 09:33:18
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2019.09.19
1979年夏からウインドサーフィンにハマって、かれこれ40年経ちました。

始めてから数年は本当にのめり込みました。

ウインドサーフィンの愛好団体(泉南フリート)に所属して樽井浜を拠点としてウインドを楽しんでいましたが、当時通っていた関西外大にもウインドサーフィン同好会を創部しました。

当時まだ学生連盟が関東しかなく、他の4つの大学とレースを中心とする関西学生連盟を作ることによって私のウインドの世界が一気に広がりました。

後になってよく考えれば、学生時代のクラブ創部は社会人になってからの起業によく似ており、この時の経験が非常に役に立ちました・・・(涙)。

その頃、ミナミのディスコに週末によく行っていたり、バンドでドラムをやっていましたがキッパリ足を洗い、大学空手部を止めてから地元の沖縄空手道場に通っていましたが徐々にフェードアウトし、ウインドサーフィンのレースに集中していきました。

それでも関西インカレで5位、全日本選手権で92位の結果しか残せず、ドラムや空手と一緒で「上には上がいる・・・」と自分の才能の無さに心底落胆し、それ以上追及するのは止めようと思いました。

社会人1年目でウインドサーフィン時代から付き合っていた彼女と結婚してからは、さすがに海に行く回数が減りましたので、乗る機会が少ない強風用のショートボード(ロケット103、クリット270)を売却して、中途半端ですが微風でも強風でも乗れる340㎝のオールラウンドボード(ファナティック バイパー)に乗り換えました。

自分の欲を抑えファミリー重視で、夏だけ風が吹きませんがキレイで安全な遠浅の和歌山の海へ毎週出かけました。

これが私も家族も大体満足できる最大公約数のささやかなレジャーだったのです・・・(涙)。

仕事もサラリーマンから家業に戻ったり、3人の子育てに追われたり・・・こんな事が15年くらい続いたでしょうか。

そしてやっと、時間的にも余裕が出てきた40代前半の2000年くらいから、ウインドサーフィンを本格的に再開するためにオールラウンドボードから先ずはショートボード(ミストラルVISION150)に買い替えたのです。

それでも体力的にも気力的にも夏だけですねェ・・・(笑)。

残念ながら、もう20代の元気で気力に満ちていた青春は戻りません。

もうこれから、ボチボチです。

しかし割と飽き性の私でも、これほど長くもった趣味は他にありません・・・(笑)。

何なんでしょう・・・このウインドサーフィンの魅力は?

私の知る限り、大阪のウインドサーファー仲間の平均像は「キャリア30年の50代オッサン」といったところでしょうか。

残念ながら、女性と若者はここ2,3年見たことがありません。

世の中にはイロンナ趣味がありますが、スポーツ鑑賞とか音楽鑑賞といった受動的な趣味ならば考えられますが、スポーツの実践という「能動的な趣味」で愛好者の平均キャリアが30年なんて、そんな趣味って本当に少ないと思います。

空手で言えば、三段以上の指導員から師範クラスばかりで、白帯が誰もいない状況か・・・?

これはこれで、後進が育たないという問題なんですけど。

1980年代半ばに日本でウインドサーフィンの大ブームが起こり、二色浜でも夏の休日ともなると200~300人のウインドサーファーで溢れかえり、東京出張で湘南の逗子から江の島あたりに1000~2000人以上のウインドサーファーに度肝を抜かれました。

その時に20代だったごく一部のウインドサーファーがそのまま続け、オッサンになったという感じです・・・(笑)。


30年も趣味を続けるというのは、並大抵のことではありません。

当然長い人生のなかで「イロンナ波」もあるでしょうし、仕事や家族との兼ね合いを上手に調整し、続けるための「時間と金」を捻出しなければなりませんし、技術的にも最新の道具についていかなければなりません・・・

何より身体的に元気であるというのが前提ですが。

そこまでしてもヤリタイというのは、一言で言うと「楽しい」からです。

もっと言うと、私も含めて「心の底から本当に楽しい」のです。

英語で言うと、fun!

もうこれは、一種の麻薬です・・・(笑)。

人は我々の事を「ウインドジャンキー」と呼んでいますが・・・(笑)。

まァそれら全てを克服して、我らウインドサーファーのオッサンたちは沖で、プレーニングの快感の雄叫びを上げるのです・・・(笑)。








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    Last updated  2019.09.22 14:02:32
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