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     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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音楽(rock,funk,soul,latin,jazz,fusion)

2022.03.08
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ありそうでなかったシリーズ第47弾は「70年代ロック少年」経営のスタジオ0724です。

60オーバーのオッサンにとって、「ロック」と言えば洋楽しかあり得ません。

それほど青春時代に大きな大きな大きな影響を受けたのです。

織物業からトランクルームを経て、音楽スタジオも6年間経営している私がその証拠です・・・(笑)。

ロックが私の人生に与えた影響は計り知れないのです。

不幸中の幸いと言うか、高校オケ部でトランペット、大学生の時にバンドでドラムやボンゴをやっていましたが、才能がなく当時は深追いできませんでした。

大雑把に言えば年代によってモノの考え方が違うのと同じように、聴く音楽も違います。

ティーンエイジャー時に受けた学校教育と、当時流行っていた音楽に大きく影響されるのは言うまでもありません。

と言うか、それに一生支配されているのかも・・・?

それほど青春時代というのは大事だと思います。

中学高校時代はブラスロックのシカゴ一辺倒でした。

と言うか、小遣いの範囲では1番好きなアーティストのアルバム(LP)しか買えなかったのです・・・(涙)。

当時は地下鉄を一人で乗った事がなかったので、1973年のシカゴの厚生年金会館でのコンサートも難波駅から迷いながら1時間かけて歩いていくほど熱狂的でした・・・(汗)。

1階ド真ん中の舞台まで20mの3000円のS席でしたが、今思えば100万円の価値があります。

それほど「あの時」行ってヨカッタのです・・・(涙)。

正に、青春に悔いなしです。

大学に入ってから先ずオープンデッキでFMステレオの音楽番組をエアーチェック(録音)し、それからカセットデッキにダビングできるようになり、聴く音楽が一挙に広がりました。

そこでハマったのが1970年代を代表する「シカゴ」「DEEP PUPLE」「TOTO」「ボストン」「フォリナー」のロックバンドです。

相当聴き込みましたので身体の中に沁み込み、今聴いても、ノリノリになります・・・(笑)。

ちょうど1番好きなシカゴのギターのテリー・キャスが亡くなった頃から、楽曲がピータ―・セテラ中心のマイルドに変わってしまった頃と重なります。

まぁ驚くべきことに、彼ら5バンドはメンバーチェンジを繰り返しながらも未だに現役だったのです・・・(涙)。

コレがどれ程、我々ファンに勇気を与えるか事か。

ちょうど日本のバンドで言うと、サザンオールスターズ、ゴダイゴ、アリスのような感じです。

この年代のレコーディングはライブ時に近く、今のようなコンピューター音楽が取り入れられていません。

ドラムでもコンピュータープログラミングだと「こんなの叩けるの?」というくらい複雑な音を出しているケースもあります。

1970年代ロックはドラム練習にピッタリだったのです。

という事で、私の脳ミソの中は70年代ロックが中心ですが、実はそれに至るまでの小学生の頃の1960年代のベンチャーズンやビートルズやグループサウンズも大きな影響を受けていたのです。

と言うか、連続していますねェ・・・

70年代ロック~70年代ディスコ&ファンク~Jポップ(ユーミン、山下達郎、サザンなど)~ラテンロック&フュージョン(サンタナ、高中正義など)~アシッドジャズ(インコグニート、ブランニューヘビーなど)・・・

この多感な少年期から青春時代の30年間の素晴らしい音楽をリアルタイムで経験している事が、スタジオ経営に繋がっているのかと思います。

音楽の沼って、ハマったらホンマ深いわ・・・(笑)。

ここ最近20年の音楽ってあまり聴きませんが、1960年代から1990年代の30年間の膨大な音楽をspotifyでBGMを起きている間は毎日ずっと聴いていても(自宅リビング、事務所、車運転中、風呂)時間が足りませんし、それらの応用でワンオクロックやデュア・リパなどもノリノリで聴けるのです・・・(笑)。

そんな私みたいな音楽遍歴でも工夫次第でナントか音楽スタジオを経営できているなんて、ホンと不思議で有りがたい限りです・・・(涙)。
















「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798  mail: info@sasatani.com

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Last updated  2022.03.08 17:47:01
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2021.11.30
私は1956年(昭和31年)生まれの今年65歳で60代のちょうど真ん中ですが、我々の世代の多くは高校や大学時代にロック(洋楽)とディスコの洗礼を受けた世代です。

1971年にレッドツェッペリンの「IV」が発売され、1972年にディープパープルの「Machine Head」が発売されました。

ともに世界中で驚異的なセールスを記録し、1970年前半にこの両バンドだけでなく欧米の多くの有名ロックバンドが日本にバンバン来日公演したのもこの頃です。

私は1973年のシカゴの来日講演にどうしても行きたくて、まだ高2になったばかりで地下鉄に一人で乗った事もありませんでしたので、難波駅から厚生年金会館まで1時間掛けて1人で道に迷いながら歩いて行きました・・・(汗)。

当時はプレイガイドもなく、チケットを買いに厚生年金会館まで足を運び、結局2往復もしたのです。

当時のS席3000円は、今思えば100万円の価値がありました。

その時にしか行けませんし、それほど当時のライブの感動が50年近く経った今でも、私のココロに強烈に焼き付いていたのです。

やはり、リアルタイム・・・でないとダメなのです。

人生に於いて、後にも先にも「その瞬間しかない」というのがあるもので、それを逃せば人生の最後の最後まで後悔が尾を引き摺るのです。

コレです・・・この瞬間、瞬間の岐路に立った時の選択の積み重ねが人生のポイントで勝負です。

「今度また・・・」「次こそは・・・」「明日こそは・・・」と逃げてばかりでは、残念ながら悔いが残る人生しか送れません。

中学時代にブラスロックのシカゴの影響で高校でトランペットを始めた訳ですが、ディープパープルやレッドツエペリンといったハードロックに出会えたことで、大学生になってからドラムを始めたのです。

ただ子供の頃から叩いていた「だんじりの大太鼓」のクセが抜けず、どうしても和太鼓っぽくなってしまうのが悩みでしたが・・・(笑)。

そして1978年に世界中でディスコブームの火付け役となったのがジョン・トラボルタ主演映画「Saturday Night Fever」でした。

とにかく流行りましたねェ~

私もミナミのディスコによく行きました。

当時大阪で暴走族が流行り、地元の泉州連合が御堂筋で暴れまくって泉州に戻るときに、その後ろについていくとスムーズに帰れました・・・(笑)。

という事で、我々60代ジーサン&バーサンの青春にとって「ロックとディスコ」は切っても切れない関係だったのです。

その影響で、5年前に始めたリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」はダンスも出来るように22畳と広くして、頭につけるキャッチフレーズが文字通り「Music&Dance」にしたのです・・・(笑)。

この高校生から大学生のハイティーンから20歳前半の青春時代は、日本ではフォークソングの大ブームが起こり、世界中でブルースリーやウインドサーフィンの大ブームもクロスオーバー的に同時に起こった素晴らしい時代だったのです・・・(涙)。

ある意味、我々「ポスト団塊世代」は1960年代のGSブームから1970年代にかけて世界中の素晴らしい音楽をリアルタイムに大量に浴びた運のよい世代で、関西のリハーサル音楽スタジオ大手チェーン2社の創業経営者も同じポスト団塊だったというのも無関係ではないと思います。

特筆すべきは、我々の世代の1学年の人口は今の若者の世代の約1.5倍の150万人もいるという事が、如何にマーケット的に大きいか・・・と。

1970年代前半に欧米の多くの有名ロックバンドの来日ラッシュというのは、当時自由主義国でアメリカに次ぐ世界第2位の人口を誇る日本の我々世代より少し上の大学生だった1学年200万人という団塊世代をターゲットにした欧米の音楽プロモーターの先見の明だったのです。











「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798  mail: info@sasatani.com

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Last updated  2021.12.04 09:07:35
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2021.04.25
何をあろうことか、ウクレレを始めました・・・(笑)。

2年前にハワイに行った時に、現地のウクレレ屋さんの講習会に参加してウクレレに興味を持ったのがキッカケです。

「カピオラニ公園あたりでノンビリ、優雅に浜辺で弾けたらいいなぁ・・・」と。

1本土産に買おうと思いましたが結構高く諦めましたが、先日日本製のウクレレが1万円もしないのを見つけ、直ぐに注文しました。

そして先ほど届き、YOUTUBEを見ながら習うと、昔流行った牧信二の「あ~あ、イヤんなっちゃた~♬」が直ぐに出来ました・・・(笑)。

牧信二のウクレレ漫談は私の子供の頃に一世を風靡し、60代以上の大体の日本国民は知っています。

まぁウクレレは簡単、イージーというのがイイですね。

もう4つコードを覚えましたが、これで牧信二のあの名曲?を弾いて歌えるのですから、宴会芸にも使えます・・・(笑)。

音のチューニングも簡単に出来たのも、前にギターレッスンを受けていたのが功を奏しているかも。

そう言えば、何年か前にマーブルビーチでインドサーフィンをしていると、同じサーファー仲間が風待ちで優雅にウクレレを弾いているのを思い出しました。

マーブルビーチとウクレレ・・・ハワイと違い合わなさそうで、実は案外合っているな~と記憶に残っていたのです。

生まれて初めて楽器を触ったのが、実はウクレレだったのです。

まだ4,5歳だった頃、父親の9人兄弟の中の中高生だった叔母さんがウクレレをやっていたからです。

子供心に「カッコええなぁ・・・」と記憶に残っていたのが、60年経ってウクレレに結び付いたのかも知れません・・・

という事で、スタジオ経営者としてイロンナ楽器を「触っとかな、アカン!」かどうか別にして、まだ趣味になるかどうかは分かりませんが、孫のオモチャにはなるだろうと・・・それがミュージシャンへの導火線となって、ドラムやギターを習いたいと言うのを待っているのです(笑)。










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Last updated  2021.04.25 09:21:31
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2021.03.29
松原みきの「真夜中のドア」と竹内まりやの「プラスティックラブ」が、世界中のYOUTUBEで大ヒットしているようです。

所謂、1970年から1980年代に日本で流行ったシティポップと呼ばれた曲です。

それまでの歌謡曲やフォークソングとは一線を画した「新しいカテゴリー」でした。

当時私は20代前半で、高校時代のロック中心から更に色んなジャンルの音楽を聴きだしていました。

そして、このシティポップにも飛びついたのは言う間でもありません。

当時私はシカゴ、ディープパープル、ボストン、フォリナー、イーグルスといった洋楽ロック中心に、アース、ウインド&ファイヤー、ルーファス&チャカ・カーン、クール&ギャングといったソウルミュージックや、高中正義、サンタナ、BOBOといったラテンフュージョン系もよく聴いていました。

そんな中で自分的にはシティポップと言える、大橋純子、EPO、角松敏生、杏里、山下達郎、竹内まりや、杉山清貴、ユーミン・・・

当時の日本の音楽業界のニューカマーの層も厚く、シティポップ以外にサザンオールスターズ、安全地帯、桑名正博、スターダストレビューもよく聴いていました。

彼らの殆どがシンガーであり作詞や作曲も手掛けるという「2毛作」ミュージシャンで、それが今でも60代70代になっても現役バリバリで活躍されている場合が殆どです。

ココです・・・ビジネスにも通じるポイントが。

何でも商売に繋げるのが大阪商人の悪い癖です・・・(笑)。

著作権を所有せずに、単に他人の歌を歌っているシンガーだけではミュージシャンとしての寿命が短いのです。

やはりコンテンツ・・・ホンモノしか残らないのです。

作詞や作曲を他人に任せず、自分でもやらないと。

欧米のミュージシャンが寿命が長いのも、多くが自分達で曲を作り歌っているからです。

ここ数年の間に1970年代に一世を風靡したシカゴ、ディープパープル、シャカタク、チャカ・カーン、クール&ギャング、スタイリスティックスのライブに行きましたが、70代になってもバンバン日本で稼ぎまくっています。

自分たちが作った曲をキーを下げてでも、新しいメンバーを加入させてもバンド活動(ワールドツアー)を継続させ、世界中のオールドファンを喜ばせるという涙ぐましい努力です。

そうなんです・・・我々ファンは歌を聴きに行くといより、彼らの健在な姿を見に行くと言った方が正解かも(笑)。

シンガーソングライターなんていう言葉は、3者分業体制(作曲、作詞、歌手)の日本の音楽業界(歌謡曲)独特のモノだったのです。

正に携帯と同じでガラパゴス状態だったのです。

欧米の音楽業界では敢えてシンガーソングライターと言わなくても、それが普通だったのです。

まぁしかし、自分的には山下達郎とユーミンの登場が衝撃的でしたね・・・

これまでに全く存在してなかったスタイルの曲に「ナンや!この曲調は!!!」と。

という事で、40年前のシティポップが世界中で見直されている原因を自分なりに分析すると、作曲や作詞やアレンジはもちろんの事、日本の層の厚い優秀なバック(スタジオ)ミュージシャンによるところも大きいと思います。

ギターは高中正義、大村憲司、鈴木茂、今剛、松原正樹・・・

ベースは細野晴臣、伊藤 広規、後藤次利・・・

ドラムは青山純、つのだひろ、村上ポンタ秀一、林立夫・・・

キーボードは坂本龍一、難波弘之、松任谷正隆・・・

バックグラウンドボーカルは吉田美奈子、大貫妙子・・・

ホーンセクションは新田一郎などの元スペクトラムのメンバー、向井滋春・・・

やっぱり、どんな作品でも支えているのは裏方なんですね・・・

日本の40年前の音楽シーンのコンテンツは、これから世界中に発信できる可能性を秘めています。

期待大!










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Last updated  2021.03.29 08:40:34
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2021.03.07
あれは忘れもしません。

中学1年生の夏休みの夜、何気なく聴いていたラジオから突然「何やコレ!」と衝撃的な音楽が聴こえてきました。

その曲こそ、当時人気上昇中のブラスロックグループ(アメリカ)のシカゴの「Questions 67 and 68」だったのです。

それまで小学生の時によく聴いていた歌謡曲やGSサウンズと全く「音」が違うのです。

英詞の内容も何も分からないのに、音に感動したのです。

特にイントロのダニー・セラフィンのドラムに感動しまくりです。

これをキッカケに、それから洋楽を聴きまくりました。

と言っても、AMラジオで聴くだけですが(当時はまだFMは未開局)・・・(笑)。

というのは、1か月の小遣いが500円だったので、1枚350円のシングルレコードを2カ月に1枚しか買えませんでした・・・(涙)。

2200円もするアルバムなんかとんでもない・・・高校生にしか買えませんでした。

貝塚駅前にあったエコーで、店長の顔色を見ながら視聴しまくり、2時間粘ってやっと1枚買ったのも懐かしい思い出です・・・(笑)。

そのシングルもA面しかイイ曲が入ってなかったので、実質1曲350円です。

これが50年前の音楽の価値でした。

よっぽど音楽が好きでないと、レコードに金を費やすなんて出来なかったのです。

そう言う意味で、1か月たった1000円でスポティファイなどの音楽サブスクで聴き放題・・・今の中高生は恵まれすぎ羨ましい限りです。

シカゴの影響を大きく受け高校オケ部でトランペット、大学生になってからはドラムを始めました。

正に私の青春の音楽歴のスタートはシカゴだったのです。

シカゴの後よく聴いたのが、ディープパープル、レッドツエペリン、イーグルス、ボストン、フォリナー、ジャーニー、ドゥービーブラザーズ、GFR、CCR、クイーン、エアロスミス、ローリングストーンズ、ビートルズ、エルトンジョン、ウイングス・・・

今でもこういった曲をメインに毎日飽きもせずに聴いています・・・(笑)。

どれも1970年代ロックです。

言ってみれば、59歳で音楽スタジオを起業したのも、70年代ロックに私の人生が大きく支配された証拠と言っても過言ではないのでは・・・(笑)。

という事で、アマチュアドラマーとして毎日音楽にドップリ浸かりながら、スタジオ経営にも勤しむという計画通り?の理想的な生活を送り、次は何を新たにしようかと虎視眈々と狙っている自分がチョット気持ち悪いです・・・(笑)。

エエ年なので、もういい加減に落ち着かないと・・・まだあの激しかった70年代のロック魂が残っているのか(笑)。

ワイキキのちょっとヤバそうな珍しく入店チェックのあるよく行ってた小さなライブハウスで、その日のバンドに「今日は何をヤルんや?」と聞くと、「ロックや!」の一言に重みを感じ「イエーイ!」と返事したのも懐かしいです(笑)。










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Last updated  2021.03.07 14:43:03
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2021.02.09
もう64年も生きていますが、「思い出の1曲は?」と問われればアース、ウインド&ファイヤーの「Fantasy」に辿り着きます・・・(笑)。

70年代のミナミのディスコの定番曲で、世界中の誰もが知っているダンスナンバーです。

一番よく行ったミナミ宗右衛門町のディスコ「B&B」・・・当時流行っていた漫才グループと同じ店名で「ビービー」とか我々は言ってましたが。

当時激安の2500円くらいで入れましたし服装チェックもなく、フィリピンバンドが上手に演奏していましたのでメチャメチャ流行っていました。

同じビルの上にあった葡萄屋は入場料5000円くらいで服装チェックもありましたが、ハイソなギャルが多く敷居が高かったのであまり行けませんでした。

難波寄りのジャパンは客層が若すぎて、当時大人ぶっていたのあまり行きませんでした。

当時は土曜の夜に駐禁にならない大丸の御堂筋側の表玄関に車をドンと止めて、ミナミで踊ったあと御堂筋で暴れていた暴走族の泉州連合の後について行って貝塚まで帰ったのも懐かしいです・・・(笑)。

今から考えると、完全にバカ息子ですねェ・・・(笑)。

カラオケでも私の18番?です。

今でも世界中で色んなアレンジでカバーされているところに、この曲の偉大さが現れています。

元々アフリカにルーツを持つブラックミュージックでありながら、ラテンチックなアレンジも凄くイイ感じな所に、音楽の持つワールドワイドな魅力を感じます。

もう30代の娘たちも小さい頃から車のカーステでこの曲をかけまくっていたお陰で、最後の「ア~アァ~」まで3人でハモッています・・・(笑)。

やはり姉妹というのは親が一緒なので、ハーモニーが不思議と上手くいくんですねェ・・・

という事で、ミナミはディスコだけでなく小さなライブハウスが沢山あってよく通い、青春の時間と金を相当つぎ込んでだ町です。

特に元カーナビーツのアイ高野が店長だった周防町筋あたりにあった「ルイ」という小さなライブハウスには、よく行きましたねェ・・・

被りつきでチャーのベンチャーズをよく聴いたものです・・・(笑)。

これはメチャメチャマイナーなんですけど、ルイの近くに「ジュークジョイント」というフュージョン専門のライブハウスが小さなビルの2階にあり、ウインドサーフィンを教えた関西外大の軽音部の年下の子がベースでライブに出ていて、初めてチョッパーズ奏法というのをかぶり付きで見たのを思い出します・・・(笑)。

何で、ウインドサーフィンとチョッパーズか?という関連性を40年前の事なのでどうしても思い出せないのが愛嬌です・・・(笑)。 

そういった20代の遊びの延長で、その後サラリーマン時代を経て織物時代の毎週金曜の接待でもディスコはさておきライブハウスだけでなく音楽絡みのミュージックバーを、ミナミだけでなくアメ村から堀江や鰻谷まで、はたまたキタまで活動エリアを40代後半までドンドン開拓していきました・・・(笑)。

その中でもとりわけ印象に残っているのが、年50回ほど毎週通っていた鰻谷の吉本興業が経営していたライブレストラン「アンコール」です。

ニューヨークから引っ張ってきた本場仕込みの黒人バンドの素晴らしいエンターテイメントに毎週酔いしれていました。

呑み放題食べ放題聴き放題の時間無制限で3500円・・・なんて考えられません。

しかも料理が絶品でした。

当時超円高の1ドル80円くらいで、強い円を背景にニューヨークの無名だけど超一流の腕を持ったミュージシャンを日本に引っ張って来たのだなァと・・・吉本興業の商人魂に感心しました。

まぁしかし聴くジャンルもロックから、ブラックミュージック(ソウル)、ジャズ、ラテン系、フュージョン、ブルースへと広げていきました。

もちろん日本の音楽も浪曲以外は歌謡曲からフォークソング、当時流行りかけてきたサザンやユーミンや山下達郎などのシティポップやJポップもよく聴き・・・町内の150年以上続く盆踊りの「横山くどき」音頭まで実際習いました。

ココが大事なところで、中高時代に一生懸命聴いたロックや高校オケ部でドップリ浸かったクラシックが基本となり、可能性がドンドン広がっていったのです。

まァ、ここまで長く音楽系で遊んできたジーサンも珍しいと思います。

子供の頃から町内で120年以上続くだんじりの鳴り物(大太鼓、小太鼓、鉦、横笛)、高校オケ部でトランペット、大学ではドラムと楽器に馴染み、中学生から本格的にロックを聴きだし色んなジャンルの音楽を聴いて50年・・・そういった楽器演奏と音楽鑑賞のバランスを上手に取ってきた音楽系の遊びが、今のスタジオ経営に少しは役立っているのか・・・?

やはり、アソビでも継続は力なり・・・ちゃうか(笑)。

音楽で脳ミソの使う範囲を広げたお陰で、一般ビジネスでも固定観念に囚われず脳を開放して織物業からトランクルーム、不動産屋、音楽スタジオ、卓球場、テレワーク&自習室へと全く異なった業界へ事業を拡げていけたのかとポジティブに考えています・・・(笑)。








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Last updated  2021.02.10 03:54:09
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2021.01.18
最近「ONE OK ROCK」をよく聴いています。

いわゆるワンオクという若いロックバンドです。

これはホンモノや・・・と。

グルーブ感が洋楽ロックにドップリ浸かった我々60代オッサン世代のフィーリングにピッタリかも知れません。

小学生の頃のGSブームの影響か中学生から洋楽ロックを聴きはじめ、高校オケ部のトランペットでクラシックに馴染み、今私がよく聴く音楽は1970~1980年代の洋楽ロックを中心にヘビメタ、フュージョン、ソウル、ディスコ、ラップ、ヒップホップ、R&B、ラテン、ボサノバで、最近の曲は殆ど受けつけませんが、ワンオクだけは身体にスーッと入ってきます。

不思議ですねェ・・・

何やろ・・・この感覚は。

人間の感覚は保守的なもので若い頃に経験したモノが一生を決定づけ、40代以降の新しいモノに関しては拒否反応を示すものです。

逆に言うと若い頃の「幅広い経験」が免疫となり、40代以降の新しいモノに対して寛容になるでは(応用が利く)・・・?

そういった意味で、40代以降にインコグニートやブランニューへビーズを新たに聴きだしのだろうと思います。

振り返れば、日本のロックも迷走期間が長かったです。

1960年後半の日本に一大ブームを巻き起こしたGS(グループサウンズ)が収束した後の1970年代前半にジョー山中率いるフラワートラバリングバンドが全米ツアーをしたり、ラウドネスも1980年代に全米ツアー・・・と海外でも通用するロックバンドを目指してツアーをしました。

当時の音楽月刊誌「ミュージックライフ」や「ライトミュージック」には、当時日本はフォークソング全盛期だったのが影響してか「日本人にはロックが出来ない・・・」といった類の記事がよく書かれていましたが、それらをモロともせず全米ツアーを決行したFTBに当時高校生だった私でも「スゴイ!」と深く感動し敬意を表したものです。

その結果、今でも紆余曲折もありながらも現役で彼らはバンドを続けています。

これってスゴイ事だと思います。

やはり、継続は力なりですねェ・・・

ここまで力強く頑張れるのは、自分達で曲を作りそれを自分達で演奏するという海外では当たり前の事をしているからだと思います。

他人の曲ではない、自分たちのオリジナルの曲で勝負というスタイルです。

これ以上強いものはありません。

フラワートラベリングバンド、ラウドネス、ワンオクに共通するのは、ボーカルの歌唱力が抜群で英語でも歌える事です。

やはり、世界に通用するには英語が欠かせません。

この辺が大きな壁になっているのです。

ワンオクの歌詞の英語に日本語も混じっているのが、何ともサザンっぽく粋ですねェ・・・

今の世界の若者にウケるには英語が基本ですが、日本語が混じっていても何の違和感もないようで、この辺が「音楽は世界の共通語」たる所以です。

逆にそれがKool!と映るのでしょう・・・(笑)。

ONE OK ROCKの『Ambitions』(2017)が、全米iTunes総合4位だったのが、それを証明しています。

もうひとつオモロイ話を・・・ワンオク4人中2人が大阪で1人が兵庫出身で、ラウドネスは全員大阪出身・・・日本発ロックは世界のOSAKAからや!というのを(笑)。

話は芸術から脱線しますが、ユニクロやニトリの快進撃はSPA(製造小売り)というエンドユーザー直のビジネスのフィーリングが同じだったのです。

ちゃうか・・・・?

あと個人的に思うのは、4ピースバンドだったというのがポイントだと思うのです。

今の音楽業界はCDの売上が減り、ライブでの売上に逆転されています。

そうなると、ライブとCDの演奏が「同一」でないとファンは面白くない訳です。

3ピースや4ピースバンドは、シンセサイザーが無く楽器構成がシンプルなので、当然CD制作で細かい細工が出来ません。

おのずとライブとCDの音が同じになるのです。

同じような事が1970年代前半のアメリカのロックバンド「シカゴ」人気にも共通した要因がありました。

シカゴの当時の評判は「レコードとライブが一緒やん」でした。

シカゴのアルバムは1から6くらいまでは、あまりライブで出来ないストリングスなどの加工はしませんでした。

しかし欧米は知りませんが、アジアで世界に打って出ている若いバンドは少ないと思います。

それだけ日本の若いバンドが頑張っている事だろうと思いますし、日本のバンド文化の層の厚さを感じます。

という事で、ワンオクボーカルのTAKAの両親は、日本を代表する演歌歌手の森進一と森昌子というのは余りにも有名です。

やはり、何だかんだ言っても知能と体格はすべて両親からの遺伝で、それ以上でも以下でもありません。

弊社「スタジオ0724」も今年3月でオープン5年になり、第2のワンオクみたいな素晴らしい若いバンドさんが増えています。

彼らがメジャーデビューして有名になった暁には、下積み時代によく使っていたスタジオのマスターとして私がテレビに登場・・・てなシーンを妄想します(笑)。

しかし「ONE OK ROCK」という命名の由来は、結成当時練習スタジオに入るのが、深夜パックで料金が安くなる毎週末の午前1時(one o'clock)だったことからだそうで、泣かせますねェ・・・







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Last updated  2021.01.19 18:10:24
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2020.12.30
昨日BSテレビで「蘇る、グループサウンズ」という番組を見ました。

グループサウンズ・・・いわゆるGSというヤツです。

欧米におけるベンチャーズやビートルズ、ローリング・ストーンズなどのロック・グループの影響を受けたとされ、1967年(昭和42年)から1969年(昭和44年)にかけて日本で大流行したのです。

私がちょうど小学校4年~6年のたった3年間のブームだったのです。

流行ソングの替え歌も、小学生の間で流行りました・・・(笑)。

リアルタイムで小学生の時にGSを経験したのです。

この思春期のリアルタイム体験というのがポイントで、年齢や年代によってそれぞれ「旬」というのがあり、それを逃すと効果は半減どころか10分の1以下でしょう。

それほど思春期のリアルタイム体験というのが重要で、年取っていくら後悔しても既に遅しです。

番組では当時の日本の音楽業界の裏話もあったりして、非常に興味深い内容でした。

そんなGSに大きく影響を受けた小学生時代を送りましたので、その後中学生になり当時中高生に大人気の深夜のラジオ音楽番組「ヤングリクエスト」の洋楽ロックに噛り付いて聴いていました。

「日本のグループサウンズと全く違う斬新なメロディーや!」・・・と(驚)。

過去を振り返ると、小学生でグループサウンズ、中学生で洋楽ロック、高校生で洋楽ロックに加えオーケストラ部(トランペット)でクラシック、大学生でドラムを始めブラックミュージック、フュージョン・・・と興味の赴くままに聴いたり楽器を始めたのはごく自然な流れでした。

楽器は一時中断しましたが、50年間好きな音楽を聴き続けた結果、59歳でリハーサル音楽スタジオを起業したのも、ある意味自然な流れかも・・・(笑)。

それらと並行して村では何百年も続いているだんじり祭りと盆踊りがあり、保育園時代から青年団時代まで一生懸命太鼓を叩いたり、踊ったりした経験も私のベース(DNAの中)にあったのです。

まぁしかしGSは一過性の単なる流行だった訳ではなく、その後の日本の音楽業界の方向性にも大きな影響を与え、60オーバーの重鎮と呼ばれるミュージシャンの思春期に多大な影響を与え、制作会社側にも元GSメンバーが少なからずいるという事実がその偉大さを証明しています。

ちなみに私と同じ1956年生まれの現役ミュージシャンは、サザンの桑田佳祐、ハウンドドッグの大友康平、佐野元春、ナニワエキスプレスの東原力哉、長渕剛、野口五郎、ラッツ&スターの鈴木雅之と蒼々たるメンバーで、1つ上の1955年生まれに矢野顕子、竹内まりや、チャー、松山千春で、1つ下の1957年生まれに尾崎亜美、スタレビの根本要らがいます(敬称略)。

という事で、60オーバーになると「今、こうなっているのは一体なぜ・・・?」と人生を振り返って考察する事が多くなりました・・・(笑)。

リハスタ経営も昨日のテレビのGSと全く無関係ではありません。

直接、間接に関係なく、今(結果)には必ず原因があるのです。

そうやってモノゴトを分析するのが癖になりました・・・(笑)。

しかし小学校5,6年のクラス会を毎年やっていますが、GSブームを共有した(メキシコオリンピックも)という意味で仲が良いのかも知れませんねェ・・・(笑)。






「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798  mail: info@sasatani.com

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Last updated  2020.12.30 09:36:36
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2020.11.27
やはり、音楽を聴くと元気になります。

誰でも落ち込んだりしますし、そんな時の特効薬が音楽だったのです。

今年64歳の私が、毎日何が一番楽しいか・・・?

もちろん音楽を聴いたり、ドラムを叩いたりするのに決まっています・・・(笑)。

毎日1970代から1980年代にかけて世界中で大流行した洋楽ロックを中心に聴いています。

当時のミュージシャン達は20代で、当時中高生の10代だった我々ファンの心を揺さぶられた曲の数々です。

あれから50年経ち、ロックミュージシャン達は70代に、我々ファンは60代になりましたが、未だにそんな関係で懐古できるなんてウレシイじゃないですか。

そして忘れていけないのは、その前の小学生だった私の小さな心を揺さぶった日本のGS(グループサウンズ)だったのです。

これが私の長い音楽愛好歴の原点だったかも知れません。

カーナ・ビーツのマネをして「お前のすべて~!」や、ゴールデンカップスの「辛い恋だから、愛の物語~♪」なんて叫んでいました・・・(笑)。

今も小学校のクラス会の2次会のカラオケで叫んでいますが・・・(笑)。

という事で、もう音楽なしには老後を楽しく過ごせませんし、来年2月の第3スタジオ(Cスタジオ)増設で、それ更にパワーアップしようと目論んでいます。

その先には、バンド「マッチング」を目的としたAスタジオでの月1回のジャムセッション、ドラマーとして45年ぶりにロックバンド加入や、コロナが収束すれば毎日ライブハウスのハシゴ・・・といった妄想が広がります(笑)。

そして、この70代ロックバンドと60代ファンとの関係が、10年後には果たしてどうなっているか・・・?

80代ロックバンドの演奏を是非聴きたいモノです。



















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Last updated  2020.11.27 11:57:03
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2020.11.23
私の人生の中で音楽が占める割合が多いのですが、その中で1番ショッキングな出来事があったのが48年前の1972年でした。

1972年と言えばちょうど鳳高校に入学した年で、ラグビー部を2週間でやめオーケストラ部に入ってトランペットを始めたのです。

その影響はブラスロックバンドのシカゴとチェイスでした。

中学1年生で洋楽ロックに目覚め、特にシカゴに心酔していたのです。

正に、この1972年に彼らは来日したのです。

彼ら以外にも、この年にレッド・ツエペリン、Tレックス、ピンク・フロイド、スリードッグナイト、EL&P、カーペンターズ、続々と来日公演をしています。

特筆すべきは、全てのバンドが絶頂期だったという事で、如何に欧米の音楽業界が日本のマーケットを重視していたかの証明です。

欧米の音楽業界から見ると、当時世界で自由主義国で人口1億人というのはアメリカに次いで日本が2番という巨大マーケットでしたから、ビジネス的に各国が日本に目を付けるのは当然の事でした。

当時それらのロックコンサートに行った高校生や大学生は今60代半ばから後半ですが、リアルで彼らの演奏を聴いたのです。

何もコンサートに限らず、この「若い頃のリアル体験」というのが非常に重要で、一生何らかの形で残るのです。

30代や40代になってからでは遅いのです。

あくまでも10代や20代前半のリアルタイム経験・・・これほど「衝撃的な経験」はありません。

これから大きくなる私の孫や若い人に言いたいのは、心の底からヤリタイ事をやり「青春に悔いを残さず」です。

親の顔色を窺ったり、世間の常識に惑わされるのは愚かな事です。

弊社「スタジオ0724」の会員1500人超の約半数が高校軽音楽部かOB&OGですが、バンド活動に青春を懸けるほとばしる情熱を感じると、日本の将来はまだまだ明るいと感じるのは私だけでしょうか・・・?

まぁしかし、アーティストが来日するという情報は「ミュージックライフ」や「ライトミュージック」といった当時若者に大人気の音楽月刊誌からでした。

しかし、時すでに遅しでコンサートには間に合いませんでした。

来年は絶対行くぞ・・・と心に誓いました。

1972年当時の日本の音楽業界は、ちょっと前まで大流行していたGS(グループサウンズ)が廃れてテレビから消え、テレビでは演歌や歌謡曲が全盛で、フォークソングの勢いが増して来た頃でしたが、当時の音楽に敏感な中高生や大学生はテレビの音楽番組なんか見ずに、ラジオの洋楽番組に噛り付いていたのです。

ラジオからの洋楽ソースは海外から日本にバンバン入ってきたのです。

この時不思議に思ったのが、欧米ではシンガーソングライターが当たり前なのに、日本の演歌や歌謡曲は作曲と作詞と歌手の「3者分業体制」が主流だったという違和感でした。

その後の日本の携帯電話と同じで、中学生までずっと聴いていた日本の音楽が「実は世界から見ると、ガラパゴスだった」という驚きです。

「これまで何だったんだ?」という気づき、と言うかこういった視点。

テレビからの音楽に洗脳されず、もっと他にもソースを広げる努力・・・この考え方は今でもビジネス的に応用できると思います。

まぁしかし、当時のテレビで洋楽ロックの映像なんて殆ど見れませんでしたので、音だけです。

正に、耳だけが頼りです。

どんな格好(ファッション)で演奏しているのか・・・?

どんな楽器を持っているのか・・・?

想像力を掻き立て、国内版に先行し輸入盤のアルバムが発売されれば、いの一番に心斎橋のヤマハに飛んでいきました・・・(笑)。

そして、アルバムジャケットの写真や制作クレジットを食い入るように見て、想像力をフル動員するのです・・・(笑)。

まだカセットデッキもVHSビデオもなく、ラジオのステレオ放送もない時代でしたから、耳からの情報が唯一の頼りでしたので、当時の若者はイマジネーション力が発達したのでしょう・・・(笑)。

確か難波地下の渡辺楽器でたまにアルバムを買うと、付録にネックチェーンやTシャツが付いてきて涙が出るほど嬉しかったのを思い出します。

私が実際にシカゴのライブ行ったのは翌年の1973年でした。

まだ大阪の地下鉄に1人で乗ったことが無かったので、チケットを買うにも当日のコンサートに行くにも親に一切言わず、難波駅から厚生年金会館まで片道1時間かけて歩いて行ったのを、昨日の事のように覚えています。

当時は反抗期でしたし、演歌世代の親に「ロックを聴きに行く」なんて反対されるのは分かっていましたから、口が裂けても言えませんでした。

まぁ、よく行ったものだ・・・と振り返ると涙が出るほど嬉しいものですが、行かなければ一生悔いが残っていたでしょう。

「勇気を奮い立たせ、自分の意志を貫いた」充実感とでも言うのでしょうか・・・

学校で「勇気」の出し方は教えてくれませし、自らの経験で学ぶしかないのですが、社会人になってからこれまで勇気が要る場面が多々ありましたし、これからも要る事でしょう。

とにかく、これまで興味を持ったモノに勇気を出して「一歩進めた」人生を歩めたのも、元はと言えば高2の時のシカゴのライブコンサートが発端でした。

経験をお金に換算するのは心苦しいですが、敢えて分かり易く伝える為に言うと、47年前のシカゴのライブコンサートに行った経験は今の1000万円以上の価値があったでしょう・・・

それほど私にとって、価値があったのです・・・(涙)。

これから本格的に始まる70代以降の老後・・・もちろん今まで通り「勇気」を持って臨むつもりです。

という事で、1972年の2年前の中学生の頃は一人で南海電車も乗ったことが無かったので、1か月の小遣い500円を握りしめて水間線に乗り、貝塚駅前にあった唯一のレコード店エコーに350円のシングルレコードをよく買いに行きました。

A面とB面に計2曲しか入っていませんでしたが、実質A面の1曲だけが目的の曲でしたが、それを店主の顔色を見ながら「この曲聴かせてください・・」と何枚も視聴させてもらって、2時間も粘っていました・・・(笑)。

この頃に「粘ちこい」性格が作られたのか・・・(笑)。










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Last updated  2020.11.24 21:22:30
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