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イタリアでモロッコごはん

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フィレンツェ大学

2009/04/22
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テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
2009年の4月22日
また私の記念日がひとつ増えました。


大学の卒業式。


前日にパワーポイントのスライドの試写をして
当日もうまくいくよう、私達学生は一足先に準備に入ります。



美容室でキレイにヘアーセットしたみんなに

「Delizia、眠れた?」

と聞かれ

「今日も眠れなかったわよ...。」

と答え...。

国家試験前日に眠れなかったのは緊張からだけれど
今回はとにかく、この半日さえ終われば卒業確定なので

緊張はゼロだったのだけれど、スライドの修正に夜中までかかった上に
プレゼンの練習に殆ど時間を取れなかったのです。
イタリア人でさえ何度も繰り返し、
原稿を読まずに話せるように練習するというのに...。



当日、プレゼンよりもドキドキしていたのは
私の卒論をサポートしてくれた先生が時間通り会場に着いてくれるか...。
卒論発表前に、担当の教授が学生のことを紹介して
プレゼンが始まるという手順なのですが。


3年間この先生を観察してきましたが
一度たりとも定刻に到着したことがないのです。


開始予定時刻は9時。
私は第一部の4番目で最後。
一人当たり卒論発表は10~15分なので
10時前に先生が到着してくれれば、私の発表も無事始まれるでしょうか。



ここはイタリアですので開始時刻は9時30分近くでした。
が、私の先生は10時をまわっても姿を見せません(冷汗)。

正確に9時に開始していたら、私は紹介してくれる人もなく
どうなっちゃっていたのでしょう...想像するのも恐ろしいです。


10時5分過ぎ、やっとのことでゼーハーと会場に到着した先生。
ギリギリで私のことを紹介して、私の発表が始まりました。


もう、この時点で 発表のことなど心配する余裕もなく
始まっちゃいました。

が、喋りはじめて1分後、恐れていた空白の時間がやってきて一瞬沈黙...。
その後のことはもうどう喋ったかは殆ど記憶にないのですが

会場の後ろのほうから「マンマ~」と呼んでいるビンバの声を聞いたのを
うろ覚えに、10分間の発表は終了していました。




ハァ~、終わったぁ。




第一部が終了し、採点のために会場から全員外に出ます。


夫と友人から花束を渡され
疲れ果てた私は、突然の開放感からボ~ッとしていました。



10分後、第一部発表者の最終得点が発表されるので
私達学生4人は前に並んで発表を待ちます。
各学生の得点が発表されて、ワァ~っと歓声と拍手で会場が沸きました。


この得点は今までの全テスト結果の平均点が70%
国家試験の結果が30%、それに卒論発表の評価得点が加算されます。

最初に発表した2人が110点LODEで満点でした。素晴らしいです。


この評価を受け入れるかのサインをして、
卒業式の一仕事は終わりました。

先生達みんなからキスされて
おめでとうの嵐。

やっとこのあたりからジワジワと喜びが沸きあがってきて
夫とビンバが人込みをかき分けて私のところに辿り着いたあたりで
ホッとして、あぁ~、これで終わったんだぁと感動が込み上げてきました。



第二部の4人の発表が始まり
彼女達4人はなんと全員が満点で卒業!


私はこの優秀な人達に囲まれて、
なんとか彼女達のペースに追いつけるよう
一緒にテストを受けてこれたお陰で
なんとか4月の卒業に漕ぎ着けられました。


すべて終わった後のみんなの清々しい笑顔は最高です。

そして彼女達を囲む両親のなんとも言えない
誇らし気な喜びの笑顔が忘れられません。

本人達よりも親御さん達のほうが嬉しそうで
会場は興奮の渦に巻き込まれました。


我が家もしかり
私よりも夫の方がそれはそれは満足気で
ココロから喜んでくれていて
私はそれを見ているだけで嬉しいです。

彼の辛抱強さがなかったら
私は卒業までたどり着けなかったでしょう。




最後にみんなで記念写真を撮ってお別れしました。
写真に収まった私の顔は目が殆ど開いていません。
連日深夜まで用意に追われて、ただただ眠い目をしていました。



仕事で来れなかった友人達からお祝いメッセージが届き
Mちゃんからは月桂樹の葉っぱの冠が届きました。
「これを被った写真を私にくれること」とのこと。
これまた眠い目でパチリと収まり、かけつけてくれた友人とランチへ。



当日の4月22日、私達の結婚記念日でもあったのです。
なぜこう毎年いろいろとビッグイベントがこの日に重なるのでしょう?
何か不思議なエネルギーが渦巻く今年の記念日は素晴らしい一日でした。















Last updated  2009/04/24 07:35:03 AM
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2009/04/15
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
普段、驚くべき速さで寝入ってしまう私が
翌日の試験のために1時に床についたのに3時まで寝付けない...。


眠い目をこすりながら起き上って
集合時刻に集まると、もうみんな来ていて
重要ポイントを確認しあっている。



みんな「こんなに悲しいパスクア(復活祭)は無かったわ」
と嘆く程、週末も家にいて勉強しつづけて
ほとほとお疲れ気味。



夫が月、火曜日と運良くお休みだったので
ビンバを一日中外に連れ出してもらって
図書館が開いていなくても家で勉強できた。



試験当日、学生みんなが
「Delizia、よろしく頼むよ。」

「あなたの幸運を私達に分けてよ。」

と願掛けにやってくる。

この国家試験の問題は封筒に何種類か用意されていて
その中からくじ引きの様にひとつ選んだお題が
みんなに配られるのだ。

そのくじ引きの役を私が引き受けることになっていたのだ。



続々と学部長やら医者のお偉いさん、栄養士が集まって
ローマのMinistero della salute(保健省)からも一人
お偉いさんが到着した。



幹部職員がその場で数ある問題の中から数個に絞っている。


私達学生は身分証明書を提出しながら登録が始まった。

解答用紙と提出用の大封筒が配られる。

別の小さな封筒に記名する紙が入っていて
そこに記名して糊で封し、大封筒に入れる。

解答用紙には記名しないで提出するので
添削者にはすぐには回答者の名前がわからない仕組みになっている。




さて、すべての準備が整って
私が前に呼ばれ、3つの封筒の中からひとつ選ぶよう促される。

封筒には1、2、3と番号がそれぞれ振ってあったけれど
裏返してもらって、自然な勘から選ばせてもらう。


私が引いた封筒は2番の封筒だったらしい。

1番には、高脂血症、高血圧、憩室炎、
憩室症の主な症状の説明と患者への食事療法、アドバイス

3番には、腎不全患者の一例から、患者の現病状把握、
目標とする食事療法、栄養計算、食事に関するアドバイス、今後の診察予定について


そして私が引いた2番の封筒には...
セリアック病と初めて診断された26歳女性への
目標とする食事療法、食べて良い食品、注意が必要な食品、
グルテンが含まれている食べてはいけない食品のリスト作り、
日常の食生活において注意しなければならないポイント
のアドバイスをするという問題が入っていた。


これを2時間以内に書き終えなければならないので
栄養計算が含まれる問題だとパニックに陥った時に
取り返しがつかない状況になる恐れがあるので
腎不全の問題を引かなかった私の選択に、みんな胸を撫でおろしていた。



しかし、セリアック病の問題は史上初の選択で
いつも腎不全、肝硬変、糖尿病、消化器系疾患、
外科手術後の食事療法、メタボ系の勉強に力を入れてきた
私達には慣れないところがあった。



今まで頭に叩き込んできた血液検査結果の数値や
症状別にみんなで考案してきた主食バリエーションの数々、
症状別食品交換のリスト、ボロボロになるまで使いきった食品成分表、
みんな予備に2つ3つ持ってきた計算機など
今日の問題には何も必要ない。



自分の頭の中にある知識をただ書き出せば良いという
シンプルでラッキーな試験だった。


ただし、食品のリストは優に200以上の食品を
カテゴリー別に書き出さなければならず
とにかく時間との戦いとなった。



私はというと、出足からハイペースで進められず
中盤からは恐ろしく汚い字になりながらスピードをあげていったけれど
日常食生活におけるアドバイス内容で、まだまだ書きたいことはあったのに
時間切れでやむなく完全燃焼とまではいかないうちに終了...。



封筒に封をして提出して
みんなホトホト疲れて外に出た。

セリアック病を選んだ私はみんなから
「よくやった」とパンパン叩かれる。

アドバイス系の問題は、
致命的な過ちを犯して落第という危険性が
最小限なので、私にとっても本当に良かった。
書き終わらなかったのが残念ではあったけれど...。



すぐに採点は始まり1時間半後....

採点者は満面の笑みで私達を呼びに来て
嬉しいことに全員合格★とのことだった。
うち2人に30点満点がついたとのこと。
やった~!!!



これでみんな来週の卒論のプレゼンに揃って参加できる。


私はこの試験に通るかどうかわからなかったので
これからパワーポイントでスライドを作り
1人あたり10分程のプレゼンの練習をしなければならない。



本日満点を取って
もうスライドが完成しているR君は
週末海へ行くそうだ。いいな~。



まず私は完璧な協力体制で私を支えてくれた
夫と義姉に嬉しい報告をするとともにお礼を言った。



夫は私に内緒で前日からアッラーの神に友人も巻き込んで
お祈りしてくれていたそうで、皆様にもお礼を言う。



卒論提出目前のお先真っ暗の私を
精神的にも、ビンバのお世話係としても支えてくれた
先週日本に帰国してしまった妹にも報告。

彼女がいなかったら、卒業なんて口にもできなかった。



まさか試験に通るとは思っていなかったであろう
日本の両親も喜んでくれた。



私の卒論の最初のページには
感謝の気持ちを込めて
「Alla mia famiglia」「私の家族へ」捧げている。

ビンバの無邪気な笑顔に癒されたり
温かい家族の協力があって
不可能かと思われたことが可能となって今がある。
























Last updated  2009/04/16 01:52:56 AM
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2009/04/07
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
イタリアの震災が世界各地で大きく報道されている中
沢山の方からご心配いただきありがとうざいました。


フィレンツェで私は揺れは感じず
翌日に大学の友人から「昨夜の地震感じた?」
と言われて初めて地震のニュースを知った私です。
元気にやっておりますのでご安心ください。


イタリアのように地震に慣れていない国は
我が家も含めて建物はすぐに崩壊する危険性があります。

建設現場を見ていると、こんな支柱も入っていない
ブロック積みにセメント固めの建物で
一体大丈夫なのか?と見るからに不安です。


今回の地震でも瓦礫の下で沢山の人の命が奪われた中
被害を最小限に抑えられるよう
いろいろな面で事前に対策を打っていくことが必要です。
被害者の方々が一日でも早く静かな生活に戻れることを祈っております。




さて、私はやっとのことで月曜日の提出期限ギリギリに
印刷したてで製本された卒論を提出することができました。


金曜日の午後までパソコン上でグラフの不具合を修正して
コピー屋さんの閉店時間間際に滑り込み
1時間後に製本された卒論を手にした時には

背中にズッシリ掛かっていた重みが取れたのと同時に
ここまでくるのにお世話になった周りの沢山の人への
感謝の気持ちが込み上げてきてウルウルしてしまいました。



木曜日に会ったお友達が
「私は出来上がった卒論を胸に一時間泣いたわよ。」
と言っていましたが、
実際に刷り上ったものをパラパラとめくる度に
なんとも感慨深く泣けてくるのはわかりました。



しかし喜んでいる暇もなく
刻一刻と国家試験の日は近づいてきているので
現在はみんなで総復習をする毎日です。



最後のひと踏ん張り、気合いを入れてがんばります。













Last updated  2009/04/07 09:54:57 PM
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2008/11/28
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
寒さと疲れと友人からもらった風邪菌で、とうとう昨日ダウンしました。

一日ひどい頭痛でベッドから起き上がれずにいたら
寝すぎて今日は背中が痛くなってしまい、寝ていられず。

健康が一番、と風邪でダウンしたとたんに気づくんですよね...。



さて、先週土曜日から私の卒論のテーマである
フィレンツェ市立保育園のメニュー作成から食育
に関するミーティングの一環で、
栄養士と共にフィレンツェ全5区の保育園を廻っています。


主催はフィレンツェ市役所の保育園の食担当部。

こことコラボしている栄養士をゲストに迎え
保育園の先生や給食担当のコックさん、子供の両親と
給食の現状と問題についてテーマに沿って話し合い
最後に栄養士と質疑応答で問題を解決するという
興味深い内容です。


昨日行われたフィレンツェ2区のミーティングは
残念ながら私は欠席。


明日は5区の保育園で
「スベシャルゲスト、親御さんを迎えて」というテーマで
ミーティングが行われる予定です。

背中が痛くて寝てもいられないので、がんばって行ってきます。



第一回目のミーティングはフィレンツェ4区の
「TASSOBARBASSO」という保育園で行われました。

初めて訪れたこの保育園、2003年開園で新しく
広々としたスペースに陽がサンサンと入ってきて
施された室内のデコレーションのセンスも素晴らしく
バチバチ写真を撮ってきましたのでご紹介します。


「食べ物と自然」というテーマに沿って用意された展示パネル。



mostra 1







camomilla


カモミールを摘んでハーブティーを淹れている子供達。





basilico


バジルを鉢植えしてペーストジェノベーゼができるまでを学ぶ子供達。






la cucina


ミニチュアキッチンで遊べます。







i bassoi



お食事ができたらトレーにのせて運びます。






fasciatoio


お人形のオムツ替え台。






la stanza del sonno


おねむの部屋~。





すべてが小さくて可愛い☆





フィレンツェの保育園は全て給食施設を備えており
食材は全てBIO(有機栽培)のものを使用しています。

給食担当コックさんは朝から調理場に入り
一通り用意ができると、子供達に本日のメニューを発表。

配膳が終わると、子供達と一緒に給食をいただくそうです。
ここで子供達の好き嫌いや食べ具合を見て
両親とのミーティングに備えるそうです。



展示パネルは一部をご紹介しましたが
他にも興味深い食に関する活動が紹介されており

ミーティングでの保育園の先生の熱心な語り口や
職員のチームワークの良さを目の当たりにして
ここに通う子供達は幸せだなぁと思ってしまいました。


今年のはじめからフィレンツェ市と栄養士とのコラボレーションを
ずっと観察させてもらってきた私ですが
非常に信頼のおけるスタッフ達が食の安全を配慮し
先生達ともこのように意見交換を図って確実な食育を勧めている
保育園の姿に感動しました。


親としても小さな子供を安心して預けられるのは嬉しいことです。









































Last updated  2008/11/29 07:45:49 AM
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2008/11/20
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
のびのびに延長されていた最後の試験を本日終了しました。

夕方だったので朝からずっと緊張しながら
友人達と勉強してきたテストの内容を繰り返し確認しあって

一緒に受けた4人全員合格。


ふ~っ。


外に出た頃にはもう真っ暗。


しかも雨が降ってきて
お祝いにケーキでも買いに行きたかったのに
雨が強くならないうちに家に直行しました...。



他のみんなはまだ1つ2つ試験が残っていて
みんなで乾杯ってワケにはいかなかったのです。







あぁ、やっと終わったんだ。





大学入学したての頃受けた初めての試験は
「イタリア語の長文」が読めなくて
課題をじっくり読み終わらずに受けた記憶があります。




それでも筆記だったので運よく受かった初試験と
本日受けた最終試験の科目は、共通科目の傘下で

2つの試験の点数を2で割った平均点が
私の学生手帳の最後の行に記された時は
何か不思議な因縁を感じました。




この大学生活がどれだけ私を成長させてくれたか
しっかりと実感させてくれた瞬間です。






明日は一歩先を行く3人の同級生達の卒業式を見に行ってきます。


















Last updated  2008/11/21 08:17:53 AM
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2008/11/08
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
ずっと雨続きだったお天気も回復し
気持ちの良い秋晴れのフィレンツェです。


雨続きでお散歩もままならなかったので
太陽がキラキラしていると思わず歩きたくなって
ずっと行ってみたかった場所まで歩いて行ってみました。


そこは、フィレンツェ大学サンタマルタキャンパス。
4番バスの通る小高い丘の頂点に位置します。
私が通うキャンパスから歩くと30分程度でしょうか。


サンタマルタはエンジニア学部の友人達が
たまに授業があったり、図書館で勉強するのに通っていると
話には聞いていたのですが、行く機会がなかなか得られず。


こう天気が良くてはじっとしていられないと
やっと行動に移してみました。



紅葉して黄色くなった落ち葉を踏みながら
秋の水色の空を眺めたりしてウキウキ歩いていると
犬の糞を踏んでしまう可能性大なので要注意。


閑静な住宅街を抜けるとオリーヴ畑が広がり
しばらくするとサンタマルタキャンパスに到着。



santa marta





近づいてみると





santa marta up


こちらも同じく「VENDESI 売り出し中」...。




図書館に足を踏み入れると
天井の高い、アンティークな作りの建物は
なんともずっしりと重みがあり
並んだダークブルーのテーブルもシックリとその場に馴染んで
非常に落ち着いた雰囲気の中、集中して勉強できました。




これは素晴らしい勉強場を見つけてしまったと
帰り道エンジニア学部の友人に電話すると

「え~、私はそこ大嫌い。
 VIALE MORGAGNIの方がキレイじゃない!」

ですって。

アンティークを愛でるか
現代風で小奇麗だけどそっけない建築を愛でるか
好みは人それぞれですけどね。



しかし、ここに辿り着くまでの道が好き。
大学からの帰り道の雰囲気は...。





le foglie


紅くなった葉っぱ達。






segnavento


風見鶏と
門の松の実が目印のお家
どこのお家も一戸建てのヴィッラで雰囲気があります。





via m.mercati



突き当たりには教会があり、ここからVia M.Mercati。
私がフィレンツェに来て初めて借りたアパートは
この道にありましたっけ。


この角はきつい坂を上りきったところなので
こんな上まで散歩にきたことはなかったのでした。



この角を右に折れると



casa della gioventu

「CASA DELLA GIOVENTU」ユースホステル発見。
こんな隠れたところにユースが...。


昔貧乏旅行をしていたころはユース専門だった私ですが。
生まれて初めてフィレンツェに来た時は
一体どこのホテルに泊まったのでしょうか。
もはや記憶にありません。






campanile


ユースホステルの上を見上げると...こんな塔が。


この塔、昨日偶然私の大学のキャンパスのテラスから眺めていたものです!

友人と
「一体あれはどこに建っているのかしらね?」

「昨年までは修復中で全部覆われていて見えなかったんだよ。」

などと話していたのですが
このユースの建物の上にそびえ立っていたのでした!
ビックリ。


どうやらすべてが教会の所有物のようです。
今度時間がある時に中に入ってお話を聞いてみます。




私が住んでいたアパートの近くのパン屋さんを覗いて見ると
門構えも店内の薄汚さも、ストレスフルな店のお姉ちゃんも
まったく変わっていなくて
思わず嬉しくなって、おやつにスキアッチャータを購入。





下り坂を降りていき、いつものキャンパスに戻ってきました。




すると






le bare


黒い棺が2つと
(ここにも「売り出し中」の文字)







esequie


11月2日にあった葬儀の告知が
その上に張られておりました。


公立校の存続を巡ってのデモ行進はイタリア各地で決行されておりますが
フィレンツェではシニョリーア広場からサンタクローチェ広場まで
この黒い棺を掲げて公立校の命に例えて葬列が組まれたようです。

参列者は喪服にて献花持参をお忘れなくと書かれています。



大学はスト状態で、10月から開講される予定の授業も
ほとんど行われていない状態です。


私の授業は5月末にて全て終了しているので
今回のストで影響を受けることはありませんでした。


しかし、私と同じ栄養士学科の現役の学生達は
このまま授業が遅れると、来年11月末に卒業したい人達には
スケジュール的に大変厳しくなることと思われます。



私の同級生でこの11月末に卒業するのは3人のみ。
彼らはすでに卒論は提出済みで、
卒業一日前に国家試験、その翌日卒業式となります。


私はゆっくり、他のみんなと4月に卒業予定です。

























































Last updated  2008/11/08 11:38:01 PM
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2008/10/20
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
こちらはフィレンツェ大学 Viale Morgagni のキャンパス。


universita



しかし、思いっきりズームにして見てみると


vendesi


「VENDESI」←「売り出し中」と書かれています。

大学、売りに出されています...。




これは今年の夏ヴァカンスまっさかりの8月6日に改定された
LEGGE 133という法律で、下記の項目が追加されたので
みんな怒っているのです。

・今後5年間で15億ユーロのイタリアの公立校への資金削減
・雇用ストップ
・公立校から私立校への移行の可能性あり

・・・・・。

フィレンツェでこの法律による打撃は

・2008年度は3千万ユーロの赤字
・2009年度の予想赤字は5千万ユーロ

この赤字を抱えては、近い将来公立校は破産を迎え、
私立体制への移行を余儀なくされるのです。



キャンパスに張り出された「売り出し中」は
公立大学が身売りしていいのか!という怒りなのです。


いまや教育機関だけでなく、健康保険や公共機関(郵便局)なども
同じような資金削減の打撃をうけて
医療費なども以前と比べると跳ね上がっています。


この政府の横暴なやり方に黙っていないで立ち上がろうと

学生や教員は中心街でデモ行進を行ったり
高校の授業を街の広場で行ったり
大学では教授陣のストで突然授業がなくなったり
キャンパスの占領が決行され、誰も入れず授業が行えない状態だったりします。



今朝はテスト勉強を終えて、ビンバを保育園に迎えにいくのに
大学の図書館から外に出ようと階段を降りていくと...


assemblea


学生集会が行われていて、この人だかり!!
こんなに学生一同集まっちゃった図は見たことなかったので
思わず写真撮っちゃいましたよ。


それより何より、
これでは私の自転車が置いてある出口にたどりつけないぃ~。


仕方なく別の出口から出て遠回りして
なんとか自転車にたどり着きましたよ。



イタリアの国立大学の費用は、
各家庭の収入や、持ち家などにより個人の額が決まり
最高額を見ても、日本の大学よりかなりお安く勉強できます。


これが将来私立になってしまうと、困ってしまいますね~。
ビンバが大きくなる頃までなんとか公立校のままでいてほしいものです。


大学の身売り反対!!

















Last updated  2008/10/21 07:07:14 AM
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2008/05/31
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
5月末までに提出っていうテスト代わりの小論文、
28日の他のテスト勉強もしなければならなくて
なっかなか手をつけられずにいたのですが

まだまだ5月と31日に一気に仕上げて
なんとか6月1日の日付になる前に
教授宛てにメールに添付して送信することができました。

ふ~っ。



これで5月中にやらなければならないことは終了。

そして30日金曜日には最後の授業が終了し
授業途中からみんなで乾杯!!となりました。


最後まで息つく間もない濃厚なカリキュラムだったので
最終日はまだ終わってしまう自覚がなくて
しみじみすることもなく、あっさり終了...でした。



私にとってこの一年間の金曜日は「魔の金曜日」。
最初の頃はCASO CLINICO
(病態別の病状記録と栄養計算と栄養アドヴァイス)
が書き上げられなくて、しかも先生は鬼のように意地悪で
恐怖におののいて泣いていたのでした...。



回を重ねるごとに学生達はコツを身に付けていって
先生の鬼の形相も和らいでいったのですが

病院の実習先ではこの鬼栄養士と肩を並べる
濃い、濃すぎるキャラの栄養士陣がズラリと待ち受けていて
何が大変って実習内容より人間関係が大変でした。


イタリア人と働くこと、
それは一言で申し上げますと
何もかも忘れて楽しんじゃったもん勝ち。


意味が解からない...ですか。



★適度に働き、適度にサボる。

→働き者っぷりすると全ての仕事を押し付けられます。
 仕事をしない人が沢山いるけれど
 それを見てムカつくより、自分も適当に済ませるのが良い。




★売られたケンカは買って、2秒後に忘れる。

→ストレスはその場で解消します。
 みんなの前でも気にしない。大声で立ち向かうのだ~。
 その後、ソレについてクヨクヨ悩む時間はムダ。

 

★懸命に働きツマラナイ人より、お喋りが楽しい人が好まれる。

→好感度は仕事が出来る出来ないとは関係ない。
 時にずっと仕事をしなくても
 楽しく喋っている方が高い評価をいただいちゃったりする。




★寝起きが悪い人には近づかない。

→その日の寝起き次第で人格が変わる。
 イライラしている人には決して近づいてはいけない。




★つまり、全てが感情的。

→2秒ごとにコロコロ変わる各々の感情を読み取るのは不可。
 たとえ理不尽な内容を突きつけられても気にしない。
 




日本の会社社会のように
押し黙って、ストレスを溜め込んで
会社の帰り道、ストレス発散のために居酒屋になだれこんで
それでも解消されず病気になってしまう

ってのとは正反対なハチャメチャなイタリア社会。
誰も同僚と飲みに行く人なんかいません。
仕事の後はプライベートを楽しむことしか考えられません。


仕事に生きていては余力が残らないので
仕事は適当にこなさなければならないのです。



これでいいのだと思います。
非常に人間的だと思います。




沢山のことを学んだこの3年間。
何度泣いたか解からないけれど
終わってしまうと全てが良い思い出に...。


6月~7月半ばまではテスト月間で猛勉強。
ヴァカンスを夢見てがんばりまっす。


















Last updated  2008/06/01 09:10:52 AM
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2008/04/17
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
イタリア人に授業をしてくれないか?
という依頼を受けたのが半年前。


聞いたとたんに硬直して
できるかどうかもわからないことに
即答してよいものか?と黙ってしまった。


でもすぐに「ムリ。」と答えたくもなかった。
なぜなら、まさに、私が将来いつの日か
やってみたいと思っていたことだったから...。


依頼された時は
自分のあまりの喋りの能力不足に
聞いている学生をガッカリさせてしまうのでは?
と不安の渦にグルグルと巻き込まれていたのだけれど....

授業が半年後だというので
本当に出来なそうなら途中でお断りすればいいと
とりあえず引き受けてみた。




「多民族の食生活」という授業を受け持っている教授が
私に日本の食生活の歴史や
現代の食生活について1日だけ講義してほしいとのこと。


半年あればボチボチ準備もできるかと思っていたけれど
テストや、同時進行で出される宿題の山で
結局いつものようにギリギリで大慌てで準備するハメに。



ビデオプロジェクターで投影するスライドを用意するだけで
週末の20時間を費やした。


まだまだ書きたいことは沢山あったのだけれど
先日の「スパルタプレゼン」の学会の用意と重なって
毎日夜更かししていたら学会直前に熱で3日も寝込んでしまい...。


スライド作成はほどほどにして
話の内容を充実させるための資料集めにあけくれた。


準備中も、本当に授業なんてできるのか?
と、かなり不安だったのだけれど
なにせ時間がないので、余計なことは考えないことに。



そして学会を終えたことで
肩の荷が下りてホッとした後に
私が授業を担当する日がやってきた。




「経験」とは不思議なもので
学会という、見ず知らずの聴衆が待ち構えている
恐ろしい壁を乗り越えた後の私は
驚くほど「不安」と無縁のところにいた。


今回の聴衆は同じ学科の仲間達。
気心知れた仲間に向かって話すのなら
緊張する必要もない。



みんなを飽きさせないように注意を引きつけておくには?
とそれだけを考えて前日の夜中まで用意を続けた。



授業の日。


パソコンを持ち込んで
限られた準備時間でスクリーン投影の用意。


できればワイヤレスでネットにも繋いで
リアルタイムである映像を見せたかったのだけれど
日によって電波発信が気まぐれなこの教室は
この日は接続不可能だった...。残念。



この日の私の授業内容は

古代日本では何を食していたか?
なぜ昔の日本人は短足だったのか?
日本人と欧米人の体質の違い。

味噌・麹・糠漬けについて。
昆布とかつお、ダシの取り方、
旨味の相乗効果、味噌汁について。

偉大なる中国からの食文化の伝来。
仏教の伝来と精進料理。

茶の湯の文化。
豆腐とは?豆腐の作り方。
日本で食される麺類。

戦後のアメリカからの食品輸入。
食生活の変遷。



この辺まで喋ったら1時間ほど経っていた。

初めて聞く日本の食生活の話に
教授は猛烈にノートにメモを取っていた。

彼女はだんだん興奮してきて
私の拙い言葉での授業に解説を加えるとともに
しまいには猛烈に彼女が喋りだしたので、私の講義は中断。

他にも用意していた「寿司」の話題に触れるのを忘れたまま
授業は終了となった。



スライドは写真をふんだんに取り入れて
目で見て納得してもらえるように作った。


同じ学科の生徒への講義なので
一つの食材について語る時には
食品化学の視点からも掘り下げた。



緊張はなかったものの
みんなに解かってもらうために頭を使って話すこと
目の前の学生の反応がダイレクトなこと
「ライブ」ってこんなカンジかな~?なんて思いながら
終わった後はドッと疲れた。



今回「話し」の資料は全て日本語で用意していて
それを手元にイタリア語で話していたので
なかなか話が前に進まなかった。


本当は学会の時のように原稿がバッチリ用意できていれば
もっと他のことに気を使えたのだけれど...。
家で翻訳する時間はなかったのだ。



いくら私の「喋り」が下手でも
内容が珍しかったので、みんな興味を持ってくれたみたいで
教授は、
「この”生きた”話しは、本を読み漁って得る知識の何倍も価値があるわ」
と、予想以上の反応っぷりで絶賛してくれた。



ホッ。



少しでも満足いただけたのなら
準備に時間を費やした甲斐があった...。



今までいつもインプットばかりだったので
こうやってアウトプットしてみると気持ちが良い。



イタリアにいる日本人が現地人に伝えるべきこと
それは祖国の文化を正しく理解してもらうことでは??

ここで私の専門分野「食」について語らせてもらえたことは
自分の使命を果たしているようで、非常に感慨深かった。




講義をしてみて
いつも何気なく聞いている教授陣の講義の上手さは
どこにあるのかが解かった気がする。


時間いっぱいまで飽きさせない面白い授業は
疑問を投げかけて、学生に考えさせる間を与えたり
効果的なスライドでイメージを残したり
数々の「惹きつけ」テクニックが散りばめられているのだ。



この面白い経験を将来に生かせるよう
3年生の残り少ない授業から「プロの講義」テクニックを
今までとは違う視点で学んでみようと思う。

















































Last updated  2008/04/18 09:01:47 PM
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2008/04/13
テーマ:海外生活(7332)
カテゴリ:フィレンツェ大学
圧倒的に日本人に欠けている技術
それはプレゼンテーション能力ではないだろか?


私が大学生活を送る上でいつも痛感してきたのは
人前で喋る技術に劣っていること。


こんな私にピッタリな授業が華々しく終了した。


この半年間毎週月曜日午後4時間ブッ通しで行われてきた
スパルタプレゼン入門の授業。

この授業では与えられた資料を読み込み
翌週に手書きのOHPスライドと共に
みんなの前で資料の内容を全員の前で説明する。


パワーポイントの時代になぜOHPの古典的なスライド使用?
と教授に疑問を投げかけると
「山の中のノマドに何か教える時にパソコンがあるとは限らないでしょ!
 どんな風に紙に書けば効率よく人の頭に入っていくかを学ぶのが目的なの!」


初期の頃、スライドを作ったことのない私達は
びっしりと細かい文字で、説明したい内容をスライドに書き込んでいた。


これでは聞いている人は
何について話しているのかさっぱり解からず...。


毎回教授から「こんなんじゃダメ!」と言われ
回を重ねるごとに、スライドに書かれる文字は減っていき
要点3行程のスッキリとしたスライドに修正されていった。


次!話し方。

下を向いて原稿を読みっぱなしでは
聞いている人のココロは掴めない。
目線は聴衆を見回すように。

棒読みでは何を話しているのか理解できない。

緊張して早口になってしまうと非常に聞きにくい。


こういったポイントを、聞いている学生は
チェックシートを手元に置いて評価していて
発表者のどこを修正すべきかを発表後すぐに伝えてあげる。


こういった内容を繰り返し
クリスマス休みには鬼の小論文作成の宿題が課され
休み明けすぐに小論文についてプレゼン。


その後は3グループに分かれてプロジェクトが組まれ
今年教授から課されたお題は「アルコール」について。

私のグループは、ある中学生のクラスにアンケートを配って
アルコール(お酒)についての経験や知識について調査し
それについて発表することになった。


こういったアンケート作成や調査分析は
この教授(保健所勤務)の得意分野で
彼女は日々こういったプロジェクトに取り組んでは
結果をまとめて発表している。
もちろん栄養士にも必要な技術だ。


この授業の総決算は3グループまとめての発表会となる。


昨年はお世話になっている栄養士や、2年生の栄養士学科の学生、
ペルージャ大学の栄養士学科の学生など
沢山の人が招かれてフィレンツェ大学の講堂で発表会が行われた。

私も昨年は2年生の学生として参加したけれど
3年生のみんなのほとばしる緊張がこちらにも伝わってきて
来年私もこんな風に聴衆を前に喋らなければいけないのか....
と恐れおののいていたら、すぐに自分の番がやってきた。


しかも、今年はイタリア栄養士会の学会が
調度4月にフィレンツェで開催されるとのことで
そこのプログラムに組み込んでもらって学会発表させてもらうという...!


そこにはペルージャ大学、モデナ大学の学生や教授もご招待しているという...。


あまり大々的にしないでほしいのに、なんてこったい。



そして容赦なく学会発表が決行された。
ホテル・ヒルトンを会場に行われたこの学会では
さすがにOHPスライドは恥ずかしく、
パワーポイントの資料をビデオプロジェクターで投影した。


さて、スパルタ教育されたイタリア人学生は
言葉につっかえることもなく
素晴らしい話しっぷりで聴衆のココロを掴んでいる。



ヒルトンのミーティングホールは
私達学生が座る長テープルがステージに組まれ
プロジェクターはそこからリモコンで操作できるようになっている。

アシスタントの人も2人働いていて
質問者用マイクを手に、何かあったらいつでも動けるよう待機している。






一体私はどうなるのか...。


当日の朝、最悪の事態を予想して
自分の原稿を、フレーズごとに蛍光ペンで色分けした。


これでワケわからなくなっても
取りあえず何も考えずに、フレーズに沿って読み続ければいい。



私の番がやってきた。


自己紹介して、意外と落ち着いて話はじめられた。
スパルタ教育で叩き込まれた通り
聴衆をみまわして、早口にならないよう
大きな声で話しを進めた。


が、予想していた通り
中盤からワケわからなくなってきて
最初の頃保たれていた「話し方」のコントロールがきかなくなる....。



スライドのリモコンは
隣のD君がボタンを押して進めてくれているので心配ない。



私は、頭の中が真っ白になりながら
自分がどのように話しているかも把握できないまま
ただただ、手元の原稿の蛍光ペンの色を頼りに読み進めた。



なんとか終わりの挨拶をして
拍手が聞こえた。


終わったみたい。



向こうの方に座っているAちゃんが
「良かったよ!」
と目配せして言ってくれた。


でもなんだか会場はざわめいているような...。


隣のD君が
「Delizia、途中ね、
 VALUTAZIONE を VARUTAZIONEって言ってたよ。」

どうやらコントロール不可の状況で舌を巻いてしまったらしい。
日本人が陥るLとRの発音の混同だ...。

「LとRの差でなんか変な意味になっちゃうとか?」
心配してD君に尋ねると

「あはは、そんなことないけど、舌巻いちゃったんでみんなの笑いを誘っただけ。」

どうやら、みんなウケていたらしい。




学会の最後に、栄養士学科のコーディネーターB女史から
みんなへの賞賛の言葉をいただいた。


そしてそれに付け足して

「特にD君のステキな黄緑色のジャケットと
 Deliziaのガッツに拍手を送ります。」

ですって!

この日D君は、他の誰にも着こなせないような
ハデな黄緑色のジャケットを涼しげな顔で羽織っており
その脇で必死の日本人Deliziaが舌を巻いていたのだ。


聴衆の皆さんから大きな拍手をいただき
なんとも言えない満足感に浸りながら
スパルタプレゼン道は学会発表をもって締めくくった。



外国の地だからこそ
恥をかきながら学んでいく。


「学びたい精神」は不思議なことに
歳をとるごとに増していく...。



























Last updated  2008/04/18 09:03:06 PM
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 くんみ@ Re:モロッコの掟~産後編~(07/25) レモンの塩漬けのレシピを探していた通り…
 Delizia@ Re:おひさしぶりです(07/18) bunさん >しばらく覗いてない間に、お二…
 bun@ おひさしぶりです しばらく覗いてない間に、お二人目を産ま…
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