第8話 脱出 フロンティアサイドカウンターから飛び出したクレアは外にいる男、ガイリーズへと銃を向け引き金を引く。放たれた銃弾を避けもせず、ガイリーズはその場から動かずに銃を連射する。 クレアが放った銃弾はガイリーズの頬をかするのみで一発も当たらず、ガイリーズの放った銃弾も一発も当たらず床にいくつかの穴を開けるに終わる。 最もガイリーズに当てる気は無い。わざと外した。下手に当てて死んでしまっては勿体ない。 あの女は長く楽しめる獲物なのだから。 「どうした? 動かない的にも当てられないのか?」 ガイリーズが下衆の笑みを浮かべながら挑発する。それに対し棚の影に隠れているクレアは悔しそうな表情を浮かべる。 あの男に受けた拷問のダメージがまだ大きく残っておりまともに狙いがつけられなくなっているのは確かだ。 簡単な治療はしたが歩くだけで苦痛に襲われる体では戦うのは無理。どう転んでも勝機はない。 「シャレになんないわよ……ったく」 吐き捨てるように呟き周囲の状況を確認する。 正面の出入り口にはあの男、裏口の扉は自分の反対側、すぐ横は壁、あちこちに衣類を掛けた棚などが置かれており入り組んだ店内。 何時も通りならともかく、今の自分では走って抜けるのはかなりキツイ。銃の残りの弾は後6発。換えの弾倉は無い。 泣けるほどに最悪で絶体絶命の状況が出来上がっている。これがTVなら自分を助けに来るヒーローがいるのだが世の中はそう甘くない。 自分でどうにかしなければならないのだ。 「一か八か……行ってみるかな……」 正面からの脱出はまず無理。距離はあるが裏口から出る事を選択し深呼吸する。 これが失敗すれば最後だ。クレアはそっと正面出入り口にいる男の様子を確認しようと身を乗り出すが。 「えっ……いないっ!?」 其処にガイリーズはいなかった。 不意に背後に人の気配を感じる。 「っ!?」 振り向き銃を向けるが遅すぎた。 クレアが思考している隙にそっと背後に回り込んでいたガイリーズがクレアの腕を掴みねじり上げる。 「あうっ!」 「捕まえたぞ」 ガイリーズはそのままクレアを軽く持ち上げ投げ捨てる。 店内の棚を巻き込み派手に床に仰向けに叩きつけられる。 「がはっ!」 衝撃で銃を手放し、全身を強く打ちまともに動けない。 ガイリーズはクレアの側に近づき珍しい物を見るかのような目でクレアを見下ろす。 「さて……続きを楽しませて貰おうか?」 「ふ……ざけてんじゃ……ない……わよ」 痛みに耐えながらガイリーズを睨みつける。 彼女なりの精一杯の抵抗だが、逆にガイリーズを楽しませるだけに終わる。 「そういう強気なところが良いな……ますます気に入ったぞ」 そう呟きクレアを蹴飛ばし俯せにし馬乗りになって右腕を掴み、持ち上げる。 「妙な感触の腕だな……成る程、機械仕掛けの義手か」 ガイリーズは何か思いついたかのように笑みを浮かべる。 クレアはその意味を漠然と察する。想像できる最悪の出来事。 「このっ! 離しなさっ!」 クレアが言い終わるより早くガイリーズが行動に移す。 義手になっている肘から手首の部分を力任せにへし折り、義手を引き抜いた。 「ああああああっ!」 目を見開き悲鳴をあげる。 強引に引きちぎられた義手からは僅かに火花が散り、クレアの全身に激しい苦痛を与える。 「あ……ぐぅ……」 右腕を押さえ、激痛に呻く。 散々痛め付けられダメージが蓄積していた体が一気に限界を迎えた。 本来、彼女の義手は幾つかの手順を踏んでから取り外すのだが強引に無理矢理引きちぎられた際の激痛はいくら鍛えているといえ18歳の少女が耐えられる物では無い。 ガイリーズはクレアの胸ぐらを掴み片手で持ち上げる。 「良い悲鳴だ……まだまだ楽しませてもらうぞ」 その顔は醜悪な笑みを浮かべていた。 アークエンジェル、ナデシコB、スペースアークの三隻はフロンティア1の港へと身を潜めていた。 敵の警戒も比較的薄い此処で体勢を立て直し一気にフロンティアサイドを脱出する為である。 「艦の応急修理はどのぐらいで終わる?」 「ナデシコやスペースアークの連中も助けてくれるんで三十分ちょっとあればなんとか出来ますよ。最も……本当はドックにいれるなりして念入りに整備するべきなんですが」 マリューの問いに資料を見ながらマードックが答える。 へリオポリスからほぼ連戦だったアークエンジェルに蓄積されたダメージは大きく各部に異状が出始めている。 現在、整備班が応急修理を行っているがそれでも艦そのものの性能低下は否めない。 「そう……出来るだけ早くお願いね。後は、レナード少尉の行方だけど……フロンティア1の中にいる事を願うしかないわね」 今、スペースアークからヘビーガンが内部の偵察へと出向いている。 内部で彼女がいるという何らかの証拠があれば良いのだが……見つからなければ見捨てて行くしかない。 マリューとしても不本意ではあるが、この状況ではそれも仕方がないのだ。 その横ではメンテナンスドックに固定されていた各機の修理が急ピッチで進められていた。損傷の少ないストライクの修理が優先して行われすでに修理は完了。 メビウス・ゼロの修理も完了している。ドラグナー三機は此処を脱出する時間までに終われば御の字だ。 『ラミアス艦長、偵察機からの連絡がありました。至急ブリッジに上がってください』 其処へナタルの声で艦内放送が流れ呼び出される。 マリューはマードックに軽く挨拶してからブリッジへと向かった。 「アークラインが見つかった!?」 『ええ、派手に壊されてますがそっちに貰ったデータの機体とほぼ一致。間違いとみて良いでしょう』 メインモニターに映しだされたビルギットからの通信によれば自分達がいる港側の出入り口のすぐ近くの廃工場近くの林の中で倒れていたアークラインを発見した。 コクピットは無理矢理引きはがされた様子で中にパイロットの姿は無しだと言う事だ。 「レナード少尉は近くにいないの?」 『念のために廃工場も調べてみましたが……どうやら色々とあったようです』 「……どういう事だ?」 ナタルの表情が僅かに険しくなる。 ビルギットの様子からしてろくな事では無いだろう。 『工場の倉庫の中に今いるんですが……一本の柱の周辺に血痕があります』 その言葉にブリッジにいた全員が息を飲む。 血痕などと聞けば良い感じはしない。 「其処に、彼女はいるのか?」 『いえ、どうやら逃げたようですが……この様子だと、かなり痛め付けられてますね』 彼の報告に皆、表情を暗くする。 逃げたと言う事はまだ生きていると言うことだが……彼女が何をされたのかは想像にたやすい。 その敵に対し、言いしれぬ憎悪すら覚え始める。 「わかりました。ビルギット少尉、貴方は一度アークラインを回収して帰還してください……その後、こちらから捜索隊を派遣します」 『了解しました』 ビルギットとの通信が終わる。 同時にナタルが手元の通信機で格納庫へと繋げる。 「整備班、すぐに出せる機体はあるか? ストライクのゼロだけでも十分だ、すぐに準備を……」 ダグラスもナデシコとスペースアークに通信を繋いで応援を要請している。 いつもは客観的に物事を見ている二人も流石に今回は頭に来ているのかクレアを助ける為に動いていた。 マリューの視界を隅に俯いているミリアリアが入ってくる。さっきの通信内容を聞いて気分を悪くしたのだろう……無理もないことだ。 「ミリアリアさん……だったわね。気分が悪いなら、休んでもいいわよ」 「……すみません」 そう言って俯いたままブリッジを後にするミリアリア。 サイとトールにも声を掛けたが二人はまだ平気だと言い、ブリッジに残っている。 マリューは艦長席に座り、まだ見ぬ敵への怒りと共にクレアの無事を祈った。 『どうやら、大変な事になってる見たいですね』 先程の通信を聞いていたのかナデシコBからも通信が入る。 「ええ、偵察に出ていたパイロットの一人がトラブルに巻き込まれたようで……ホシノ少佐、そちらからも偵察をお願いできますか?』 『はい。元からそのつもりです……と言うより、家のパイロットが一人ですでにコロニー内の探索中の筈ですから』 「ああ……そう言えば此処にいるとおっしゃってましたね」 『彼にはこちらから連絡通しておきます』 「はい、お願いします」 「バグのテスト結果は良好……稼働率は89%を維持、おおむね成功と見て良いでしょう」 ザムス・ガル。カロッゾの私室でジレが報告する。 今回の目的の半分はこのバグのテストの為でもある……結果は十分に満足が行く物だった。 これならば来るべき本来の作戦決行時においての有効な切り札にもなる。 「そうか……後はベラの身柄だけだが……これだけ探して見つからないとなるとすでに逃げた連合軍の船のどれかに乗っているやもな」 半ば諦めたような口調でカロッゾは呟く。 いざとなればベラ無しで計画を進めなければならないかも知れないと考え始める。 それは出来ることならば避けるべき自体なのだが……。 「今からでは追撃も難しいですね……」 「仕方がない。ベラの事は後回しとする……して、ラフレシアの方はどうか?」 「はっ……やはり、動力が問題です。従来のバッテリー式ではどう考えてもエネルギー不足になると」 「核動力が使えればどうにでもなるのだがな……もうよい、下がれ」 ジレは敬礼しカロッゾの自室を去る。 椅子に深く腰掛け背もたれに全体重を預け天井を見上げる。 「物事は思ったように進まない物だな……」 「物の見事に人っ子一人いやしねぇ……ゴーストタウンって言うのかね? 初めて見た」 《こんな状況で街に居座る奴はいないと思うがね……いるとすれば街に愛着がある頑固者かただの阿呆だ》 フロンティア1の市街地の外れに着地したドラグーンのコクピット内でライルとドレイクが緊張感のかけらも無い会話を続けている。 偵察はあらかた済ませた。後はこの市街地をちゃっちゃと調べて終わりにするだけだ。 《ん? 生体反応あり、人間がいるぞ》 「マジか?」 ライルが手元のパネルを操作してドレイクが見つけたという反応をレーダーに表示する。 ワイバーンの生体センサーにアクセスしていたドレイクが捕らえた二つの生体反応は確かに市街地から出ている。 流石に性別までは解らないが二人の内、一人の反応は少しずつではあるが弱くなってきている。 「一人、ヤバイのがいるな。保護に行きますか」 《早く行った方が良いだろう……どうやら、ただ事ではなさそうだ》 「どういう意味だ?」 《いや、反応がある建造物をレーザースキャンして、ついでに音声も拾って見たのだがな……さっきから鈍い音と女性の悲鳴が聞こえてくるのだよ》 「なっ!? それ早く言えってんだよ!」 ライルは手早くコクピットハッチを開き、びっくり箱の中身のような勢いで外へと飛び出す。 ラダーを使うのもじれったいのか機体の足を滑るように素早く地面へと降り反応のあった建造物、衣服店へと脱兎の如く駆け出した。 まるで竜巻でも起こったかのように荒れきった店内の中央、クレアは傷だらけの体を横たわらせていた。 あの後、何を問いただす訳でも無い……ただ彼女の悲鳴を楽しむだけの拷問が延々と続けられた。 銀色の髪も乱れ、全身につけられた傷や痣などが破けた服から見え隠れしている。 「ふんっ」 もはや自力では立つ事も出来ないクレアを遠慮無くガイリーズは蹴り飛ばす。 口から苦しげな呻き声を出しうつ伏せから仰向けにされる。 「が……はぁ……」 苦痛に歪む目からは光が消えかかっている。 このままでは嬲り殺されるのは明白だ。しかし、今のクレアには逃げ出す事は叶わない。 「そろそろお前も限界か……楽しい時間と言う物は瞬く間に過ぎて行く物だな」 そう呟きながらガイリーズはクレアに馬乗りの体勢となる。 「さて、後は死ぬまで楽しませて貰おうか」 ガイリーズがクレアの服に手を伸ばす。 「おいおい、無理矢理ってのは良くないなぁ……同じ男として恥ずかしいったらありゃしねぇ」 「何?」 手を伸ばし服を引き裂こうとした直前、第三者の声がガイリーズの注意をそちらへと向ける。 声の主は店の壁に背を預け腕を組みながらまるで汚い物を見るかのようにガイリーズを睨み付けている。 「なんだキサマ?」 「クソ野郎に名乗る名前は無いね」 ガイリーズはクレアから離れ第三者、ライルを正面から睨み付ける。 腰を低くし、ナイフを構える。ライルは腰のナイフには手を付けず腕を組んだままガイリーズと対峙する。 「どうした? ナイフを抜かないのか?」 「お前みたいな奴相手にナイフ使うのは勿体ないからな」 「良く言う……殺してやるよ」 ガイリーズが床を蹴りライルへと飛びかかる。 ライルは足下に転がっている木材をガイリーズ目掛けて蹴り飛ばす。 「ッ!」 左手で木材を弾く……その直後、ライルの回し蹴りがガイリーズの顔面を捕らえる。 「うごっ!」 完璧なタイミングで決まった回し蹴りにより派手に転がるガイリーズ。 ライルはそれに見向きもせず、倒れているクレアの元へと歩いていく。 「こりゃ酷ぇな……女の扱いってのをわかっちゃいないねぇ……全く」 そう呟きながらクレアの体をそっと抱き上げる。 「キ……サマァ……」 背後では殺気のこもった声でガイリーズがライルを睨み付けているがもはや相手にするつもりも無いので無視。 クレアを抱きかかえたまま店の外へと歩いていく。 「逃がすと思っているのかぁっ!?」 ガイリーズが怒り狂ったかのように叫ぶ。 店の外へと出たライルは襟元の通信機に向け、呟く。 「ドレイク……やっちまえ」 その直後、ガイリーズの残った店内に機銃が撃ち込まれ爆発する。 上空からワイバーンが降下し、着陸する。ドレイクによる自動操縦がある程度可能なワイバーンならではの芸当である。 着陸し膝をついたワイバーンのコクピットハッチが解放され、左腕は差し出される。 ライルがその上に乗ると左腕がゆっくりと動きコクピットの前まで二人を持ち上げる。 「ありゃ、死んだか?」 横目で炎上し崩れていく衣服店を見やる。 とでも人間が生きていられる状況ではない。 《あれで生きていれば表彰物だな……ところでさっきホシノ艦長から通信があった》 「何て言ってた?」 《このコロニーの何処かで友軍艦のパイロットが一人、敵に拘束されている可能性があるから探してくれとさ……恐らく、そのお嬢さんだろ》 「そりゃ偶然だな……」 コクピットに乗り込みハッチを閉じる。 《ナデシコは今軍港にいるそうだ。我々も向かうぞ》 「応、重傷者が同乗してるからそっと急ぐぞ」 《どんなだそれは》 二人を乗せたワイバーンはスラスターを吹かし、ゆっくりと飛び上がり軍港へと向かう。 ストライクとメビウスゼロが出撃しようとしていた直前にライルの手によって助け出されたクレアはアークエンジェルへと戻ってきた。 重傷を負っていた彼女はすぐに医務室へと運び込まれ治療を受け、今は静かに眠っている。 「彼女の容態は?」 「命に別状はありません……最も、助け出されるのがあと少し遅ければどうなっていたか。腕の事もありますし、暫くは絶対安静です」 「そう、わかったわ……所で面会は大丈夫なの?」 「さっき絶対安静って言ったでしょ……まぁ、少しぐらいならいいでしょう」 マリューと医者がさっきから外に集まっているであろう者達にわざと聞こえる声で言う。 医務室をマリューが出るのと入れ替わりにサイとフレイが入ってくる。大勢で言っても迷惑だろうと代表として二人がクレアの様子を見に来たのだ。 二人はベットの横に立ち、クレアの様子を見る。今のクレアは右腕が無く、上半身のほとんどに包帯が巻かれている。 「あの……クレアさんの腕……」 重傷を負って帰ってきたのは知っていたが右腕の肘から下が無い事に息を飲みながら医者に問う。 「ああ、知らなかったのか。少尉の両腕は義手なんだよ……そっちは専門外なんで手の施しようが無い」 「そうですか……」 そう言ったきり、二人は無言のまま押し黙る。 クレアがどんな目にあったかは聞いていたが実際に見ると相当酷い物だった。 包帯が巻かれた姿が痛々しい。 「フレイ、そろそろ……」 「……私、もうちょっと此処にいる」 「……わかった」 フレイを残し、サイは医務室を出る。 ベットの横に椅子を持ってきてフレイは座り込み、暫くの間クレアの様子を見続けた。 『艦の応急修理終わりました。無理は出来ませんがすぐに出れますよ』 外で応急修理を行っていたマードックから応急修理が終わったと連絡が入る。 これで脱出の目処が立った事になる。 「わかったわ。外にいる人員の収容が終わり次第出発します。ナデシコB,スペースアークにも連絡を」 「了解です」 ナタルが他二隻に通信を入れる。 数分後、全ての準備が整った三隻の戦艦は軍港を発ち、フロンティアサイドを脱出した。 フロンティア1市街地。 崩れ落ちた衣服店の瓦礫をはね除け、一人の男、ガイリーズが姿を現す。 着ているパイロットスーツはボロボロになり、顔も煤で汚れてはいるが生きている。 「やれやれ……酷い目にあった」 煤を払いながら呟く。 「今回は此処までか……まぁ、いい。楽しみは後に取っておく物だ」 ガイリーズは僅かに笑みを零す。 今日は逃したがあの女は今までで一番楽しめた……改めてまた楽しませて貰おう。 それにあの邪魔してくれた男は必ず殺す。 楽しみを邪魔してくれたあの男だけは必ずこの手で殺す。 狂気を宿した瞳で目の前に跪く自らの愛機を見上げた。 続く ジャンル別一覧
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