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天の道を往き、総てを司る

天の道を往き、総てを司る

第13話 小さな反逆

戦闘はとりあえず終了した。
帰還したクレアはコクピットから降りると、少し歩き壁に背を預け座り込む。

「いっつぅ……やっぱ、結構キツイわ……」

脇腹を押さえながら呟く。
傷口は開いていないようだが、それでもかなり負担を掛けてしまった。

「もうちょっと鍛えた方が良かったかしら……」

自虐的にそうぼやいた直後、格納庫の一階から何やら怒鳴り声が聞こえ始めた。

「おい、おっさん! ありゃどういう事だよ!?」

一階では、キラやケーン達がムウに詰め寄っている所だった。
彼らにはあの放送が納得行かないのだろう……まぁ、当然って言えば当然である。

「やっぱしね……こうなると思ったわ」

ため息混じりに呟き、クレアはその場から一階へと飛び降りる。
無重力エリアだから出来る芸当だ。



「……何の話だ?」

「あの放送ですよ! 何なんですか、アレは!?」

珍しくキラまで声を荒げている。
よっぽど、あの放送が気にくわなかったのだろう。

「何だって……お前らも聞いたとおりだよ」

「聞いた通りって……っ!」

「やめなさいよ、全く……」

頭に血が上りきっているケーンの言葉を遮るように、クレアが言う。

「クレアさん……でも、あんな女の子を人質にするなんて……っ!」

「そうでもしないと私達、死んでたわよ? あの場合は仕方がないとしか言いようがないわね」

「クレア姉さん、仕方がないってそりゃねぇよ!」

「……やめろよ、タップ。ケーンとキラも落ち着けって」

はぁ、とため息をつきライトが言う。

「俺達がここで叫いたって何にもなんねぇだろ」

「そりゃそうだけどよぉ……」

「お二人とも、失礼しました。ほら、行くぞ」

ライトに半ば強引に促され、3人はしぶしぶ格納庫を後にする。
その後ろ姿を見ながら、クレアとムウはため息をつく。

「悪いな嬢ちゃん」

「いえ、別に……こういうのって私らの役目でしょ?」

「まぁ……な。あいつ等が受け入れられないのは当然っちゃ当然だが」

軍人をやっているとこういった汚い手段と言う物を嫌でも知ることになる。
二人もこういう場面に出会したのは一度や二度では無いし、あの状況では仕方がないというのも理解は出来る。
納得できないのはキラ達と同じではあるが。

「ところで嬢ちゃん……体は大丈夫か? 顔色ちょっと悪いぞ?」

「あぁ……ちょっと傷が痛む程度ですよ」

「そうか? 病み上がりなんだから無茶すんなよ……一応休んどけ、これは上官命令だ」

「了解、そうさせて貰います」

ムウにそう答え、クレアは格納庫を後にする。
それを見届けながら、ムウはメビウス・ゼロへと向き直る。

「さて……俺も機体の整備してから一休みすっかな……」

ゼロのコクピットの上に乗り、ハッチを開く。



「クソッ! おっさんも姉さんも冷てぇよなぁ」

着替えを終えたキラ達は食堂で収まらない苛つきを吐き捨てていた。
格納庫でムウやクレアが言っていた事は解るのだが、納得できる程の大人では無い。

「姉さんやおっさん達を責めたって仕方ないだろ? ま、気に入らないのは解るけどよ」

一人、冷静な様子で言うライトだが、やはり心の内では苛立っているのか声が若干荒い。
そこへ、どっと疲れた表情を見せるトール、ミリアリア、サイが食堂へと入ってくる。

「お疲れさん。その様子だと、ブリッジも相当荒れた見たいだな」

「うん。マリューさんとナタルさんの睨み合いの真っ最中、ダグラスさんが間に入ってくれてるから今のところ冷戦だけどさ」

あの後、ブリッジでも勝手にラクスを人質に使う作戦を行ったナタルとマリューの意見が真っ向から対立したらしい。
咄嗟にダグラスが仲裁に入り、なんとかその場は収まったが未だにブリッジの空気は重たいらしく、三人は休憩と言うことでさっさと抜け出したのだ。

「このままだと、あのラクスって子……どうなるのかな?」

「俺等が無事に月に着いたと仮定すりゃ……」

そこから先はいかに民間人の彼らと言えども容易に想像が付く。
連合の基地にプラント最高評議会議長の一人娘が連れて行かれる……ここまで言えば子供でもどうなるかぐらい解るだろう。

「なんとか出来ないかな……」

なんとなしにミリアリアが呟く。
ラクスをこのままにしておくのはやはり容認できない。
しかし、なんとかすると言ってもどうすれば良いのかが問題だ。

「ザフトに返すのが一番なんだろうけど……手段がなぁ」

ラクスを連れ出す事自体は結構簡単だ。
人手不足で見張りがいないし、監視カメラ等もやろうと思えばどうにでもなる。
問題はザフトへと彼女を引き渡す手段。彼方がこっちの言うことをホイホイと聞くとは考えにくいというか有り得ない。

「ザフトに話の分かる顔見知りでもいりゃ、話は別なんだけどなぁ」

「バーカ、いるわけねぇだろ」

トールのぼやきにすかさずケーンが突っ込みを入れる。
命のやり取りをしている間柄の敵に話の分かる顔見知りなどいるはずが……。

「あ……あのさ」

恐る恐るキラが手を挙げる。

「それなら……なんとかなるかも」

『『……はい?』』

数分後、彼らは各々の分担を決め行動を開始した。



格納庫を出て、自室に戻ったクレアはシャワーで汗を流した後、適当にカッターシャツを羽織ってベットの上に寝転がる。
部屋で休めと言われても、特にすることも無い……退屈である。

「……ん?」

なんとなく自分が寝ているのと反対側のベットを見やる。
そこにはフレイが横になり、静かに寝息を立てていた。自分が出撃しようとする前に泣き疲れて眠ってしまったのだ。

「やれやれ……」

静かに近づいて、ずれた布団を掛け直す。
起こそうとも思ったが、無理に起こす事も無いだろう。
そのままベットに腰掛け、なんとなくフレイの髪を撫でる。

「なんか、色々と世話になっちゃったみたいね」

聞けば自分が意識を失っている間、一番看病をしてくれたのもフレイだと言う。
戦線復帰する気になったのも……言い方は悪いが彼女の父親の死と涙に、何かが突き動かされたのかもしれない。
そう言う意味では、フレイに感謝すべきなのかもと思う。

「それじゃ、おやすみ……っと?」

ベットから離れようとした時、布団の下から伸びてきたフレイの手が、いつの間にかクレアの手を掴んでいた。
それを見て、思わず苦笑する。

「はいはい、もうちょっといればいいんでしょ」

ベットから離れるのを諦め、そのままフレイの脇に座る。
たまにはこうして、可愛い妹分のような少女の寝顔を見ながらぼぉっとするのも良いだろう。
ただ……一つだけ後悔する事といえば。

「……やっぱ、履いた方が良かったかしら」

裸の上にカッターシャツ一枚というラフにも程がある格好の為、部屋が妙に寒く感じる事ぐらいだ。



一方、ライトは格納庫で整備中のD-3コクピットにいた。
メカニック班は仕事が忙しく、ライトが乗り込んだことに気付いていない。

「さぁて……こっちの準備は完了っと」

キーボードで行っていた作業を完了させ、ライトは狭いコクピットで可能な限り腕を伸ばす。

「あとはあいつ等が上手くやってくれる事を祈りますか」



一方、居住区でキラとケーン、トール、ミリアリアはラクスを監禁している部屋の前にいた。
ケーンとトールが廊下を見張り、キラとミリアリアが部屋のロックを解除しようと小型の端末で操作している。

「おい、まだか?」

「ちょっと待ちなさいよ……キラ、どう?」

「うん……あと、少し……よし!」

ロックを解除し、ドアを開く。

「あら? 皆様、どうなさいました?」

部屋の中、ベットに腰掛けてハロと戯れていたラクスがキラ達の方を向く。

「あの……すいません。一緒に来てくれますか?」

「……はい?」

キラの言葉に、意味が分からないと言った風に首を傾げるラクス。
事情を知らないから仕方ないとはいえ、のんびりとしたラクスの態度にじれったさを感じてしまう。

「あぁ……っ! とりあえず、一緒に来てください!」

「詳しい事は、途中で話しますから!」

「……はぁ」

二人の態度に、ラクスはハロを両手で抱えながら首を傾げる。
ラクスを部屋から連れ出し、廊下に誰もいない事を確認しながらそっと歩く。

「あの……何をなされるのですか?」

「今から、貴女をザフトに帰します」

「まぁ……」

「ナンテコッタイ」

いまいち驚いているのかいないのかわかりづらいリアクション。
なんとなく脱力してしまう態度に思わず転けそうになるが、なんとか堪える。

「でも、そんな事をして大丈夫なのですか?」

「平気、平気。気にすんなって」

「おい、ケーン。お姫様相手にため口は……」

「気にしないでください。お姫様という程の物でもありませんから」

「はぁ……」

独特の雰囲気になんというか毒気を抜かれたトールは呆気にとられた様子となる。
イマイチ掴み所のないというか、まともに付きあうのは疲れそうな人だなと皆の心はシンクロした。



艦長室、温くなったコーヒーを飲みながらマリューは物思いにふけっていた。
戦闘の際、ナタルが咄嗟に行った人質宣言により窮地は脱したが艦内に酷く重い空気を残してしまった。
恐らく、スペースアークやナデシコのクルーも良い感情は抱いていないだろう事は容易に想像できる。

「こういう時、どうすれば良いのかしらね……」

どうにかして艦の空気を解消すべきなのだろうが……どうすればよいのか方法がさっぱり出てこない。
かくいう自分もナタルと一悶着あったので原因の一つには違いあるまい。

(情けないわね、我ながら)

残りのコーヒーを出しかけたため息と共に飲み込む。
艦内の問題も重要だが、ザフトとギガノスの追撃が終わった訳ではない。
無人の偵察ビーコンを射出した所、ナデシコのレーダー圏外ギリギリをザフト艦2隻、ギガノス艦1隻が追尾中との事だ。
今のところは無事だが、ラクスの存在を無視してこちらに攻撃を行う可能性も否定できない。
仮に、無事月本部まで到達できたとしてもプラント最高評議会議長の娘であるラクスを連合がどうするかなど想像するまでも無い。
それを解っていて納得できる程、マリューは軍人では無かった。

「なんか、考えるのも嫌になるわ……」

どうにかしたいが上手い考えが思い浮かばない。
そんなもどかしさに悩みながら、マリューは結局ため息をついた。
直後、机の上の艦内通信機に通信が入り、マリューはスイッチを入れる。

「私よ……何?」

『艦長、ナデシコが友軍の通信を拾いました! ハルバートン提督の第8艦隊です!』

「何ですって!? すぐにブリッジにあがります!」

着崩していた軍服のボタンを留め直し、マリューは大急ぎで自室を後にした。



パイロット更衣室。ドアの前でわざとらしく談笑しつつ外を見張っているキラ、ケーン、タップ、トール。
更衣室の中ではミリアリアがラクスに作業用のノーマルスーツを着せている真っ最中である。
すでに更衣室に籠もって10分が経過している。

「……遅いな」

「遅いね」

「ノーマルスーツの着方とか講習受けたばっかなんだけどな……」

等とぶつぶつ小声で言っていると、更衣室のドアが開き、ミリアリアが顔を出す。

「お、やっと来たか」

「何手こずってたんだよ?」

「いや……まぁね」

少し引きつった顔でラクスを見やるミリアリア。
4人が更衣室を覗くと、腹が異常に膨れあがったラクスがそこにいた。
中身がスカートなのは解るが……見た目が何かに見えなくもない。
しかし、そこにはあえて突っ込まないことにする4人だった。

「さて、俺等も着替えるか」

「ミリィはラクスさんと一緒に格納庫の方まで……このルートなら誰も通らないし、先に使ってない倉庫もあるからそこに隠れて」

「オッケー」

ミリアリアがラクスを連れ、一足先に向かう。
それを見届け、3人は更衣室へと入りパイロットスーツを取り出す。

「にしても……やっちまってるなぁ、俺達」

「悪い事はしてないし、気にする事じゃねぇよ」

パイロットスーツに着替え、服をロッカーに放り込む。

「つーか……キラとイージスのパイロットが知り合いだったとはなぁ……」

「……御免。隠してて……」

「気にすんなよ。仲良かったんだろ? 言いたくねぇのも解るって」

ヘルメットを被りながらタップが言う。

「そうそう、その程度でいちいち騒ぐのはナタルの婆さんかダグラスのおっさんぐらいだろ」

本人達に聞かれたら確実に殺されそうな事を苦笑混じりに言う。
知り合ったばかりの頃から、ライトも含めたこの3人はこんな感じだ。
コーディネイターだのナチュラルだのという違いを気にも止めないこの3人と知り合えたのは幸運と言えるだろう。

「それはともかく……ライトの方は上手くやってんのか?」

「D-3の性能なら軽くやれるって自信満々だったし、何とかしてるだろ」

ある意味、この作戦の要であるライトとD-3は上手く物事を進めているのか。
少し不安になりながら、彼らは進む足を速めた。



D-3コクピットにてのんびりと自分の出番を待っていたライトはD-3の電子戦特化能力をフルに使い、アークエンジェルのメインコンピューターにアクセスしていた。
モニターに監視カメラの映像を映し、艦の方のモニター室にはあらかじめ録画して置いた偽の映像を流している。
現在、D-3のモニターにはラクスを予定通り連れてきているキラ達の姿が映しだされている。

「おぅおぅ、来ましたね」

首の骨を鳴らしながらキーボードを引き出す。

「さて、マギーちゃん。打ち合わせ通り頼んますよ」

『了解です』

僅かにD-3のカメラが点灯したが、誰も気付くことは無かった。



「では、第八艦隊がすぐ近くに?」

『はい。まだ連絡可能な距離ではありませんが偶然向こうが発信してる電波を捉えられまして』

ブリッジのモニターにルリとレアリーの顔が映しだされている。
マリューはホッと一息をつきながら席に座る。

「とりあえず一安心……って所ですね」

『スペースアークに収容している避難民の方も無事にオーブへ送り届けるよう手配してくれているそうです』

『そうですか……これで肩の荷も降ります』

モニターの向こうで、レアリーがホッと胸を撫で下ろしている。
避難民を乗せての長旅はやはり気苦労が耐えなかったようだ。

『合流予定時間は今から12時間後。その間、何のトラブルも起きない事を祈りましょう』

「ええ……」

今の今まで骨を休めようとした途端に敵襲を受けるというトラブルに見舞われ続けたのだ。
そろそろ何のトラブルも無しに安心できる一時を過ごさせて欲しい物だ。

「何? ストライクとドラグナーが? ラクス・クラインを連れ出してるってホントか!?」

そんな希望はよりにもよって内側から砕かれた。

「何事だ?」

「格納庫から、ストライクとドラグナー1型が動いてると……坊主達がラクス・クラインを連れ出してるそうです!」




「んっ……」

フレイに付き添う形でベットに座っていたがいつの間にか眠っていたらしい。
横になっていたクレアは鳴り響くブザー音に目を覚ました。

「ったく……何なのよ……」

欠伸を噛み殺しながら、寝ぼけた頭のままでベットの脇にある通信機でブリッジに通信を繋ぐ。

「ブリッジ、何かあったの?」

『何かあったじゃないですよ! キラ達がラクス・クラインを連れ出して……って、少尉、その格好は……?』

「はぁ? ったく……何やってんのよ、あの悪ガキ共……」

通信モニターの向こうにいたノイマンの言葉を最後まで聞かず通信を切る。
顔が真っ赤だったような気もするが気のせいだろう。

「あぁ……もぅ。仕方ない、お灸末に行きますか」

ベットの上に寝たままのフレイを残し、クレアは部屋を後にする。
何か忘れているような気もするが、寝ぼけたままの頭はそれを気にはしなかった。



「早く逃げろ! エアロック開くぞ!」

格納庫ではメカニック達が悲鳴をあげながら急いで格納庫の外へと退避している。
いきなりストライクとドラグナーが動き出したかと思えばエアロックを開け始めたのだから無理もない。

『オラオラ! さっさと行ってくれねぇとエアロック開けっちまうぞ!』

スピーカーでケーンが叫ぶ。
D-3からアークエンジェルのメインコンピューターにアクセスし、エアロックの解放などいつでも出来るようにしている。
流石にメカニックを巻き込めないので脅しをかけつつ退避するのを待っている。

「あの……こんな事をして、大丈夫なのですか?」

ストライクのコクピットでキラと共に乗り込んでいるラクスが問う。

「大丈夫ですよ。貴女がこのままアークエンジェルにいちゃ、連合に好き勝手に利用されちゃいますし、こうした方がいいんです」

「はぁ……しかし、何故こんな事をしてくださるのです?」

「それは……僕もコーディネイターだからかも」

それ以外にも理由があるような気がしなくもないがそれぐらいしか思いつかない。

「コーディネイターなのに連合の戦艦に乗ってMSに……何故です?」

急に、ラクスの雰囲気が変わったかのような感じを受ける。
天然で世間知らずと言った今までの顔が消え、全く違う人間にも見えるが気のせいだろう。

「……わかりません。一番の理由って言うのがあるなら……友達と一緒だからかな」

ヘリオポリスに引っ越してからの友人であるケーン達にトール達。
正直、引っ越した直後は不安で仕方がなかったが本当に良い友達に出会えたと心から思う。

『全員退避したな。エアロック開けっぞ!』

メカニックが全員退避した事を確認し、エアロックをD-3が開く。
カタパルトでエールストライカーを装備し、ストライクが発進。それに続き、D-1、D-2も出撃する。
最後にD-3が出撃。ストライクの側へと移動し、ストライクの通信回線と自分のそれを接続する。

「準備OKだぜ、キラ」

「わかった」

キラは通信回線を開き、ライトの方で合わせた周波数へと通信を繋ぐ。

「こちら連合軍所属、ストライク。ザフト、ギガノスの両軍に伝えます。今から、そちらへラクス・クラインの身柄を引き渡します」



「何だと!?」

突然のストライクからの通信の次はラクスをこちらに帰すというその内容にアデスは思わず声をあげた。

「人質にしたかと思ったら次は返還……何を考えているんだ、足つきは?」

「恐らく、ストライクやドラグナーパイロットの独断だろう。あちらのパイロットはまだまだ若いと見える」

動揺するブリッジクルーの中、クルーゼはただ一人冷静な表情を崩していなかった。
静かにモニターに映るストライクやドラグナーを見やり、何かを考える様子を見せる。

『聞こえるか? ラクス・クラインをそちらに引き渡す。イージスのパイロットが一人で来る事が条件だ。守られない場合は……ラクス・クラインの命の保証はありません!』

「アスランをご指名か……」

「まさか、ラクス様とアスランの関係を知っている……訳はないか」

一瞬浮かんだ考えを苦笑しつつ否定。
アデスはすぐに表情を引き締め、クルーゼに顔を向ける。

「どうしますか?」

「ここはひとまず要求通りにしようではないか。その後はどうにでも出来る」

クルーゼがいつもの何かを企んでいそうな笑みを浮かべる。
アデスは彼が何を考えているのかを察し、指示通りにアスランへと命令を下した。



(キラの奴……一体何を考えてるんだ?)

ヴェザリウス格納庫、イージスのコクピットに潜り込んだアスランはキラの行動に頭を悩ませていた。
ラクスを人質に取ったのはあちらの艦にいる士官達の判断だとしても今回のこれは明らかにキラの独断だ。
いや、聞いた話ドラグナーも出ているという事から足つきのパイロット達による独断行為なのは間違いない。

(連合の艦でそんな事をすれば立場がどうなるのかわかってるのか、アイツは!?)

もしコーディネイターだと言うことがバレているのなら、今やっている事は非常に立場を危うくする。
バレていないとしても今回の行動でどのみち立場は危うくなる。

『わかっているな、アスラン。ラクス様を無事に取り戻すのだぞ』

「言われなくてもわかってます! イージス、発進します!」

苛ついた口調で思わずアデスに言い返し、イージスを発進させる。
出撃し、一分も経たぬ内に視界にストライクとその周囲に待機する3機のドラグナーを確認する。
少し離れた所でイージスを止め、通信回線を開く。

「アスラン・ザラか?」

「ああ、そちらの要求通りにな」

「コクピットハッチを開け」

言われたとおり、コクピットハッチを開き外に出る。
それを確認したキラもストライクのハッチを開き、ラクスと一緒に外へ出る。

「アスランに何か言ってあげてください」

「はい?」

「ここからじゃ顔も見えませんから、声を聞かせないと」

「ああ」

キラの言葉に納得したかのように頷き、ラクスは手を振りながらアスランに話しかける。

「アスラン、お久しぶりです」

見る者をどこか脱力させるのんびりとした口調と天然な態度は明らかにラクスの物。
思わず、アスランは安心したような、今の立場解ってるのかとドッと疲れたかのようなため息をつく。

「確かに本人だ。確認した」

「のんびりとしたお姫様だなぁ……おい」

D-2のコクピットで様子を見ていたタップが思わず呟く。
この状況と自分の立場を明らかに解ってないというか、マイペースにも程がある。

「さぁ……ラクスさん。行ってください」

「行ってもよろしいのですか?」

「貴女はアークエンジェルにいちゃ駄目なんです」

「そうですか……でも、こんな事をしてはあなた方は?」

「こっちはこっちでどうにでもなりますから、気にしないでください」

キラの言葉に安心したのか、ラクスは笑顔で頷く。

「そうですか……わかりました。最後に、お名前を聞かせていただけますか?」

「キラです。キラ・ヤマト」

「キラですか……良いお名前ですね。では……お名前が聞けなかったのが残念ですが、後ろにいる皆様にもよろしくお伝えください」

そう言って、ストライクから離れラクスは宇宙空間をイージスにむけて跳んでゆく。
跳んできたラクスをアスランが受け止め、そっとイージスの上に降ろす。

「ありがとうございます。アスラン」

「いえ……そちらこそ、ご無事で。お怪我は?」

「いいえ。あまり接する機会はありませんでしたが、皆様良い人でしたよ」

「そうですか……」

ラクスの無事を確認し、アスランはキラへと視線を移す。
本人がこういうからには本当に良くして貰ったのだろう。

「キラも、良いお仲間に恵まれているようですよ」

「えっ……?」

「ご友人の話をされる時の顔、笑ってましたから」

「そう……ですか……」

笑って話せる仲間がいるという事は、あの艦はキラにとって居心地がよいと言うことなんだろう。
連合の艦で居心地良くいると言うのは安心できるニュースであると同時に、どこか寂しい物を感じさせる。

「キラ……一応聞くが、俺と共に来るか?」

「……御免。君とは月に住んでた時からの友達だし、戦いたくないけど。アークエンジェルに乗ってる友達を放っていく事も出来ないから」

「そうか……なら、仕方がないな」

イージスのコクピットに戻り、ハッチを閉じる。
通信機を操作。ヴェザリウスへと通信を送ってきたD-3の回線へとアクセスする。

「ドラグナーのパイロット……君達に聞きたい事がある」

その通信を聞き、ライトはドラグナー全機に通信を繋ぎ中継する。

『なんだ?』

「君達は、キラがコーディネイターと解っていて、友達になったのか?」

『まぁな、一度ダチになりゃ中身の違いなんざ気にならねぇもんだぜ? 少なくとも俺等はな』

「そうか……敵にこういうのもアレだが、それを聞いて安心した」

『お前さんだってキラのダチだったんだろ? 心配するのは当たり前じゃねぇの?』

その返答に思わず苦笑する。
機会があれば、ドラグナーのパイロット達と直に会ってみたい物だ。

「そうだな……そうかもしれない。キラ」

最後にストライクにも通信を繋ぐ。

『何?』

「良い友達を持ったな」

『……まぁね』

「次に会う時は……容赦はしないぞ」

『……僕もだ』

短く、それだけ言葉を交わしてイージスは身を翻しヴェザリウスへと帰還コースを取る。
ストライク、ドラグナーもアークエンジェルへ帰還しようと背を向ける。
直後、ヴェザリウスの格納庫でクルーゼが叫ぶ。

「今だ、出撃する!」

クルーゼの駆るシグーが出撃。
それに続き、マイヨのファルゲンがプラクティーズを引き連れフンボルトから発進する。

「何!?」

「隊長!?」

「甘いぞアスラン! ラクス嬢はこちらの手に戻ったのだ。討てる時に討つのは基本だぞ!」

イージスの脇を抜け、シグーとファルゲンが先行する。

「クルーゼ! このまま戦艦を狙うぞ!」

「承知した……っ!?」

マイヨの言葉に頷いた直後、クルーゼは寒気を感じて咄嗟にシグーの軌道を強引に変更させる。
同じく、マイヨも直感的に何かを感じて機体を下げる。
その直後、一条の光が二機の間をすり抜けフンボルトの船体を掠めた。

「な……なんだ!?」

呆気にとられた様子で光が伸びた方を見やる。
その先、アークエンジェルの甲板。スナイパーモードのプラズマランチャーを構えたアークラインが銃口を向けていた。

「あの距離から狙ったのか……っ」

ここからアークエンジェルまではかなりの距離がある。
艦の主砲が届くかどうかギリギリのライン……その距離から正確に自分達がいたポイントを射抜いたのだ。
アークラインのパイロットの射撃能力にマイヨは薄ら寒い物を感じる。

「前に手合わせした時は全力では無かったという事か……フフ、面白い」

「チィ……先手を……ん?」

クルーゼが口惜しそうに舌打ちをしていると、イージスから全周波通信で連絡を入れられる。

『クルーゼ隊長、止めてください。この場は私に免じて軍を退いていただきたいのです』

「なっ……ですが」

『追悼慰霊団代表である私がいる場を戦場にするおつもりで? 最も……ユニウスセブンは見つかりませんでしたが』

「何ですと……?」

ラクスの言葉……前者だけならクルーゼは内心の憤りだけで済ませた。
しかし、後半の言葉が気にかかった。

「……詳しい話をお聞きする必要があるようですね。わかりました……プラート大尉」

『わかっている』

進軍を止め、クルーゼとマイヨの機体が引き下がり、戦艦も宙域から離脱していく。
その様子を呆然と眺めていたキラ達。そこにアークラインから通信が入る。

『全く……アンタ達、勝手に何やってんのよ』

「あ……クレア……さん……」

『あ……じゃないの。全く……お陰でアークエンジェルが危険な状況になったってのが解ってる?』

「いや……お叱りはごもっともなのですが……クレア姉さん、一言言わせてください」

『……何よ?』

「……せめて、ズボン履いてください」

『……へ?』

そう言われ、クレアは下半身の辺りがすぅーっとする事に気が付く。
そっと視線を降ろすと、ズボンを履いていない素足が見える。

『……あっ』

咄嗟に通信を切り、コクピット内で丸くなる。
寝ぼけていたのか……シャツしか着ていない事をすっかり忘れていた。

「さ……最悪……」

顔を恥ずかしさで真っ赤にしながら、アークエンジェルへ音声だけで通信を送る。

「あ……あのぉ……誰か、私の部屋からズボン持ってきてくださいませんか?」



この後、アークエンジェル等3隻の戦艦は無事第八艦隊との合流を果たす。
それはクルー達の新たな戦いへの移行を意味する合流でもあった。


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