第一話 記憶を無くした少女其処は薄暗い場所だった。何に使うのか解るような解らないような色々な機材があちこちに置かれ、休む間もなく動き続けている。 少女は何かの液体に満たされた装置の中、はっきりとしない意識とぼやける視界で毎日それらを見続けていた。 少女の入れられている装置の横には同じ装置がいくつか設置されており、中には同年代ぐらいの少年、少女が入れられている。 毎日毎日、白衣に身を包んだ人たちが自分たちを調べては何かを話し合っている。何を喋っているのかは聞き取れない、興味がない。 はっきりしていない意識では何かを覚えると言うことも難しい。 ただ、白衣を着ている人たちの中でただ一人。 自分を見るとき悲しそうな表情を浮かべる人の事だけは何故か鮮明に覚えていた。 廃屋となっている木造一戸建ての住宅の居間に残されている所々破れ中身が露出しているソファーの上で眠っていた少女が目を覚ます。 腰まで伸びる青いストレートの長髪と透き通った青い瞳。見た目の歳は16歳前後と言ったところの顔立ちもスタイルも良い美少女だ。 着ているのは一般的な16歳の少女ならばまず身につけないであろう黒いライダースーツと指が露出するタイプの手袋。開け放たれた胸元からは赤いシャツの襟元が確認できる。 「・・・また、あの夢・・・」 ソファーに横になったまま少女が呟く。 以前からよく見る夢。いつも自分を悲しそうな表情を浮かべる人物が出てきて其処で目が覚める。 あの人物は誰なのか見覚えはあるが解らない。夢で見る場所は自分が昔いた場所なのだろうが記憶にない。 と言うより少女には半年以上前の記憶が無い、俗に言う記憶喪失だ。気がつくと何処かの山奥で倒れていた、それより前の事は何も覚えていない。 しかし、記憶喪失という身の上を少女は悲観的にも楽観的にも捉えていない。記憶と共に感情という物も失ってしまったようだ。 「あの人・・・・誰・・・」 あの夢に出てくる人物は誰なのだろう。 夢を見始めるようになってから、少女は当てもなく夢に出てくる人物を捜すために放浪の旅を始めた。 数少ない手がかりと呼べる夢はいつも酷く曖昧で人物の顔もろくに覚えていない。残る手かがりは自分の名前。 記憶も感情も無くした少女が唯一覚えていた名前、リーア・セラノスと言う自分の名前。 白い雪が降り積もった本州の最北、青森。 昼時の商店街は昼食の買い物客や喫茶店などで軽く昼食を済ませようとする人々で賑わうはずである時間帯であると言うのに客どころか開いている店もまばらである。 閉まっている店は定休日という訳でも無い。売り物が無く店を開きたくともひらけない状態なのだ。 ここ最近になって、元から良いとは言えなくなってきていた物流の悪化が加速し始めたのだ。ほんの数ヶ月前、幻獣の大攻勢により遂に九州が陥落し本州、四国にまで侵攻が始まったためである。 幻獣。50年前、黒い月の出現と時を同じくして現れた人類の敵。幻のように現れては破壊と殺戮を繰り返し、幻のように消えていく事からこの名がつけられた。 国連軍は幻獣に対抗するため、各地で戦闘を繰り広げているが敵は国連軍の主力たるAS以上の戦闘力を有しており、戦況は苦しい物となっている。 生態なのが解れば対抗策も増えるのだが死体となった幻獣も幻のように消滅してしまうため、それも叶わない。 各地で激戦が続く中、青森は幻獣も滅多に出現せずそう言った意味では平穏無事な日常を過ごせている数少ない場所と言える。 しかし、幻獣による直接的被害が無いに等しいとは言え物流の悪化という間接的かつ致命的なダメージを受けているのだ。 すっかり寂れてしまっている商店街を道なりに進み、少し住宅街から離れた位置に高校がある。 高校の敷地内に建てられた――明らかに一般的な学校には不釣り合いな――二階建ての倉庫のような建物。正面に大きくペンギンが描かれた其れの前で14名ほどの少年少女達が疲弊しきった表情で雪のクッションに身を預けていた。 「今日の早朝訓練はここまで。さぁ、早く戻らないと授業始まっちゃうわよ!!」 座り込むか倒れるかしている面々を急かすように女子用のピンクのジャージを着込んだ青いセミロングの髪の少女、石田咲良(いしだ さら)が声を出す。 それを聞いて不満の声を上げながらも全員が校舎へと戻っていく。 彼女たちは別に部活動に所属している訳ではない。では、何故に早朝訓練――今いる倉庫前、裏山の頂上、倉庫前を一往復するランニング―を行っているのか。 それは彼女たち全員が学兵と呼ばれる軍人だからに他ならない。幻獣との戦闘が長引き戦局的に追いつめられ始めてきた国連軍が実施した徴兵年齢に満たない子供達を招集し兵士とする制度で誕生した物だ。 公にはされていないが、それが国連軍が軍備を再び整える為の場つなぎとして考え出した物。極端な話、子供を盾にした軍の無策が生み出した机の上の冷たい計算であることは周知の事実である。 学兵達の生存率はそれこそ極端に低い。何せ一年にも満たない訓練期間が終了した後すぐに戦場に放り込まれるのだから。それが解っていながら軍は学兵制度を実施した。 当初は使い捨ての駒程度にしか認知されていなかったが九州、熊本城攻防戦にて5121小隊なる学兵の部隊が多大な戦果を上げ、“竜”と呼ばれる幻獣の決戦存在を倒すことに成功した。 これを気に、軍は一斉攻勢を始め夏の自然休戦(理由は不明であるが幻獣は夏は全く出現しない)時には幻獣に対し初の優勢を勝ち取り軍備回復も順調に進んだのだ。 その後の幻獣の猛攻により九州は陥落した物の学兵に対する認識は多少改められ今では立派な一戦力になり得る存在と期待する将校も――ごく一部ではあるが――いるほどである。 兵といえど学生には違いないので一般学生が受けている物と同様の授業や幻獣、戦術に関する授業を受けている。 「ほらほら、其処の二人。そんなんじゃ遅刻するわよ!!」 が、この14名――本当は15名いるのだが――・・・・・・青森第4中隊は別である。 滅多に幻獣の出現しないという青森に配属されているのが理由なのか、戦果もイマイチ、隊員達の練度も低い等の戦力としては最悪としか言いようが無い部隊だ。 お荷物中隊とまで呼ばれている、この第4中隊に中隊長として着任した咲良も初めて見たときには唖然呆然とした物だ。 彼女が着任してすぐに起きた実戦でも六脚型幻獣アンフィスバエナ一体に良いように翻弄され結果的には幻獣を撤退させたものの散々な戦いだった。 それ以来、彼女はこの部隊を意地でも立て直そうとパイロットは勿論、整備員など全員に早朝訓練を行わせているのだ。 「五月蠅いわねぇ・・・・もうちょっと休ませてくれたっていいじゃないのぉ」 「来る日も訓練訓練・・・・もうやだぁ」 急かす咲良に反抗的な言葉を言うのはセミロングの茶髪の少女、菅原乃恵留(すがわら のえる)と黒のショートヘアの少女、渡部愛梨沙(わたなべ ありさ)。 この二人は以前から何かにつけて咲良に反抗的な態度を取る。東京にある幹部養成学校、振武台(しんぶだい)の卒業生。いわゆるエリート士官である彼女が気に入らないのが理由だ。 最も咲良自信、実戦経験が少ない状態で地方とは言え中隊長を任されているのは慢性的な指揮官不足に悩む軍の事情での実験的な任命なのだが。 14人全員が学兵寮も兼ねている校舎へと戻ってから二分後、始業を告げるベルが鳴り響いた。 雪が積もった道をリーアは当てもなく歩いていた。 別に当てがあるわけでも無い、夢に出てくる人物を捜すという一応の目的はあるが何をどうすればいいのかすらよく解らない。 結局、当てもなく一日中歩き続け夜になると適当な場所で眠りにつくという日々を半年以上も送っている。 何となくリーアは立ち止まり虚ろな瞳で周囲を見渡す。人の気配は殆ど無い、かつては誰かの住居の一部であった黒こげの木材などが散乱している。 ここが先日、青森第4中隊とアンフィスバエナの戦いの舞台であったことなどリーアは知るよしもない。 散乱した木材などの撤去作業の為に持ち込まれた重機や作業用に改造されたASの姿もあちこちに確認できる。 「・・・・・・・」 暫く周囲を見渡した後、リーアは今だ作業が手つかずになっている3メートルほどの木材の山の方へと歩き出す。 今にも崩れ落ちそうな木材の上を軽い足取りでトンットンッと昇っていきあっという間に頂上の上に立つ。 「・・・おおっと」 少しでも圧力がかかれば崩れ落ちそうな木材の上で両手を広げてバランスを取る。 その体勢のまま、水平を保ち周囲を見渡す。 「・・・おお」 廃墟が広がり凄惨とも呼べる光景なのだが、朝日が積もった雪に反射され非常に美しい光景を作り出している。 それに対しリーアは思わず声をあげ感動を表す。感情は無くなっているが美しい物を素直に美しいと思えるような感覚だけは残っていたようだ。 しばしの間、その光景を眺めていたがやがて飽きたのかピョンという擬音が着きそうな感じで木材の山から飛び降りる。 着地した場所も木材が二つ重なり合い非常にバランスが悪いのだが、絶妙なバランス感覚をもって其処に着地。そのまま真っ直ぐ歩き出す。 そのまま暫く歩き、少しひらけた場所に出る。その場の中央に当たる位置まで歩くとリーアは俯せに倒れ雪のクッションへ身を沈める。 「・・・・・冷たいな・・」 雪の全てに対し平等な冷たさに対するストレートな感想を呟き、瞼をそっと閉じる。 彼女には雪の冷たさと感触は心地よいのだろう。そのまま雪のベットで眠りについた。 その上空に不気味な黒い月が浮かんでいた。 校舎の二階、階段の側にある青森第4中隊教室。 其処では中隊の面々が黙々と睡眠学習と言う名の授業を受けている。 過半数以上が早朝訓練の疲労+一時間目から小難しい話が連呼される戦術技能に関する授業というダブルコンボであり睡魔という名の悪魔に魂を売ったのだ。 「この場合、最も有効とされる戦術は・・・・」 しかし、教壇に立つ教師。袖の部分が白い赤のジャケットを着ている長い髪を三つ編みに編んだ男性、小島空(こじま そら)は気にもとめず授業を続けている。 別に寝ている者達を無視しているわけでもない。眠たいのは解っているから無理に起こすのも可愛そうというのが理由である。 実戦に出ることは滅多に無いとはいえ、学兵は何時死んでも可笑しくない。せめて好きなときに眠らせておくのも一つの優しさか。 起きている咲良を初めとした数人は黒板に書かれた内容を一言一句丁寧にノートへ書き写していく。 二名ほど授業を聞かずに筋トレをしてたり、持ち込んだTVでゲームをしていたりするのだが。 暫くして終業を告げるベルが鳴り響く時間となるが、ベルは鳴らず。代わりにもう一つの第4中隊出撃要請――幻獣出現を告げる――のベルが鳴り響く。 『青森方面軍本部より入電。P-D8857に幻獣出現、青森第4中隊は出撃準備を整え殲滅に当たれ。繰り返します・・・・』 「お前達、全員起きろ!!出撃準備だ!!」 中隊の最年長で部隊の副官でもある女性、村田彩華(むらた さいか)が声をあげる。 その一言で寝ていた者達もまだ重たい瞼をこすりながら顔をあげ、幻獣出現を告げる放送でその意識を完全に覚醒させる。 「ほら、早く行くわよ!!」 咲良はそう言って一足先に教室を飛び出し外にある倉庫のような建物であるハンガーへと向かい駆け出す。 他の者達もそれに続き急いで教室を飛び出していく。 空はそれを普段は滅多に見せない複雑な表情で見送っていた。 普段はだらけていても学兵である以上、出撃準備の手際は良い。 校庭に着陸した輸送機に部隊の主力、対幻獣用の人型機動戦車、士魂号の後継機である青い装甲の零式栄光号が三機、黄色い装甲の零式光輝号が二機、そして戦闘指揮車両が搭載される。 整備員以外の面々はウォードレスと呼ばれる特殊服――男女でそれぞれ青、ピンクに色分けされている――に着替えそれぞれの機体に乗り込む。 「全ユニット積載完了しました」 輸送機の格納庫に収納された指揮車両。 それに乗り込んでいる彩華が同車両の指揮官席に座る咲良に報告する。 咲良は頷き、通信機で輸送機のパイロットに発進を促す。ゆっくりと輸送機は離陸し、戦場へと向かい飛び立った。 黒い月。それが見えたときはすなわち幻獣が出現すると言うことを表している。 つい先日、アンフィスバエナが出現したこの場所に再び幻獣が出現した。 その数は15にも及ぶ。アンフィスバエナが7体、鳥のような姿をした大型幻獣サイクロロプスが3体、四足歩行の大型幻獣オウルベアーが5体。 この辺に出現するには多すぎる程の大軍、サイクロプスやオウルベアーに至っては滅多に確認されない強敵に認識されるタイプである。 「・・・・・・何?」 雪の上で眠りについていたリーアは幻獣出現の際に起こる地響きにより目を覚ました。 顔を気怠そうに持ち上げ、背後を向く。 其処には15体もの幻獣という名の異形達がその巨体を表していた。 普通の人々ならば悲鳴をあげ逃げ出す所であるがリーアには幻獣に対する恐怖と言う物がなかった。 と言うより恐怖という感情が完璧に欠落している。幻獣を見ても・・・・・・。 「・・・・何・・・・これ?」 とぼそっと呟く程度で終わってしまう。 実際、幻獣は人間の恐怖心、敵対心に反応して襲いかかって来るという仮説がある。 幻獣はリーアを見ても襲うこともなく黙々と街を蹂躙するのみだ。 しばらく幻獣をぼおぉっと眺めていると、やがて空から何か低い音が聞こえてくる。 リーアはそちらの方に顔を向ける。一隻の輸送機がこちらに向かって近づいてきている。 その輸送機はすぐに機体下部の格納庫のハッチを開き搭載していた栄光号、光輝号、戦術指揮車両が専用の大型パラシュートを開き降下していく。 言うまでもなく、青森第4中隊の部隊である。 着地と同時にパラシュートを切り離し戦闘態勢を整える。 「全ユニット、降下成功」 「敵幻獣を確認。数15」 彩華が部隊全ユニットの降下成功を報告。 通信士を勤める紫色の髪をツインテールに纏めている少女、鈴木真央(すずきまほ)がレーダーに写る幻獣の数を報告する。 「15!?なんでそんなに・・・・」 正直、15体もいるなど思っても見なかった。 たった1体の幻獣にああも翻弄されたばかりで15体もの幻獣相手にまともな戦闘を行えるのか正直不安である。 しかし、今から逃げる事など不可能。向こうはやる気満々と言わんばかりにこちらを睨みつけている。 一度深呼吸をして自分を落ち着けてから頭につけた通信用のインカムのマイクを口元まで下げる。 「みんな、敵の数は多い・・・前のようには行かないから注意し・・・」 「中隊長!!」 通信の最中、真央がそれを遮るほどの大声をあげ話しかけてくる。 突然の事に咲良はビクッと一瞬、体を硬直させ驚く。 「な・・何?」 少々、上擦った声で真央の方を向くが真央の表情は深刻そのもの。 そして、彼女の口から出た言葉で咲良は再び驚く事になる。 「幻獣の・・・幻獣の側に人がいます!!」 「えぇっ!?」 すぐに真央はその映像をメインモニターに切り替える。 確かに幻獣オウルベアーの足下に黒い服に身を包んだ青髪の少女が座り込んでいる。 彼女たちには其れは幻獣に対する恐怖で身動きが取れなくなった民間人に見えた。まさか、ぼおっと幻獣を見上げているだけなどと誰も思うまい。 「みんな、逃げ遅れた民間人を発見した。幻獣のすぐ側よ、威嚇射撃で幻獣をこちらに引きつけながら街の外に誘導して!!佐藤機は私たちと一緒に民間人の保護に!!」 咄嗟に思いついた作戦内容をパイロット全員に伝える。 逃げ遅れた民間人を目の前に見捨てる事など出来るはずもない。 「竹内!!」 「はい!!」 指揮車両の操舵担当、竹内優斗(たけうちゆうと)が咲良の言わんとする事をすぐに理解し指揮車両を走らせる。 茶髪の少年、佐藤尚也が乗る栄光号もそれに続き走り出す。 「ったく、言うだけいって先に行って!!引きつけろなんて簡単に言わないでよ!!」 複座になっている光輝号のコクピット上部、火器管制、オペレーターを担当する乃恵留が声をあげる。 15体の敵をたった4体で相手にしていろと言う無茶な命令を出してくれた彼女はやはり気に入らない。 が、此処で文句を言っても始まらないのは理解している。ならばこの苛つきは目の前の幻獣達にぶつけることで晴らさせてもらおう。 「行くわよ、愛梨沙!!」 コクピット下部に座る、機体の操縦を担当する愛梨沙に言う。 相棒である彼女も自分と同じ気分だったのは景気の良い答えが返ってくる。 「了解!!」 光輝号等、人型機動戦車の主装備である機関銃ジャイアントアサルトを構え上空を飛んでいるサイクロプスに向け発砲する。 当たりはしなかったが幻獣の注意を引くための攻撃なので構わない。目論見通りサイクロプスはこちらに標的を定めたようで他の幻獣達も自分たちの方へと向かってくる。 「さぁさぁ!!こっち来なさいよ!!」 ジャイアントアサルトを散発的に連射しながら幻獣を引きつける4機の栄光号と光輝号。 そのまま街のはずれ、開けた雪化粧に包まれた場所へと誘導する。 その隙に指揮車両と佐藤が乗る栄光号は逃げ遅れた民間人とおぼしき少女・・・リーアの元へと辿りつく。 「大丈夫!!もう安心よ!!」 指揮車両からピンクのウォードレスに身を包んだ咲良が駆け下り、リーアの側に近づく。 リーアは自分の肩に手を置き話しかけてくる咲良の顔を見る。 (何・・・・この娘) 咲良はリーアの顔を見て、一瞬息をのんだ。 この少女の瞳には何もない。幻獣のすぐ側にいたと言うのに恐怖の色どころか喜怒哀楽全ての感情がまるで感じられない。 リーアは数秒、咲良の顔を見た後、ぼそっと呟く。 「安心・・・?何が・・・・?」 リーアに一般的に自分が命の危機に瀕していたと言う自覚は無い。 それ故の言葉だったのだが、咲良を驚愕させるのには十分の威力を持った言葉だった。 自分が死にかけていたと言う事を認識していない。恐怖という物を感じていない。 咲良は本来なら保護すべき対象であるこの少女にある意味で幻獣と相対する時以上の恐怖を感じた。 『中隊長、何をしてるんですか!早く!!』 栄光号の外部スピーカーのスイッチを入れて尚也が叫ぶ。 いつまでも外にいるのは危険だ。幻獣が近くに隠れている可能性も否定出来ないのだから。 その嫌な予感は見事に的中する。何かが蠢くような音がしたかと思うとすぐ近くの倉庫らしき建物が内側から吹き飛び一体のアンフィスバエナが出現したのだ。 「!?」 咄嗟の事に咲良も他の面々も反応が遅れる。 アンフィスバエナは眼下の咲良とサリアに狙いを定め六本の脚部の一つを振り上げる。 その腕の先は生体爆弾となっており戦車程度ならば軽く粉砕できる破壊力がある。 『中隊長!!』 栄光号がジャイアントアサルトを構えるが今からでは間に合わない。 咲良はせめてこの感情が無い少女、リーアだけでも助ける方法は無いかと思考するが今から間に合うような手は思いつかない。 が、咄嗟にリーアの体を抱き寄せ押し倒す形で庇う体勢を取る。無駄だとは解っていても体が動いたのだ。 (・・・・・何?) そんな中、リーアは目の前で起こっている光景を理解できないでいた。 何故この人はこんな行動を起こすのか、目の前にいる異形は何をしようとしているのか全く理解できないでいた。 ただ このままだと何が嫌な事になるのだろうと思った。 その時、視界の片隅に見える空が一瞬だけ光った。 次の瞬間、アンフィスバエナは跡形も無く吹き飛んでいた。 「・・・えっ?」 いつまで立っても訪れない最後の瞬間。 咲良はそれに疑問を感じ、恐る恐る背後を振り向く。 「・・・・・何よ・・・・これ・・・」 其処にいたのは幻獣アンフィスバエナでは無く。 漆黒の鎧を身に纏う、力強さと神々しさを感じさせる跪いた巨人だった。 見たところ機動兵器の類であるのは間違いないだろうが機動戦車とも、ASとも明らかに違う。 虚無とか言う組織が使うという人機かとも思ったが、資料で見たタイプにはこんな機体は無かった。 「・・・・・マ・・ルス・・・」 「え・・・って、きゃあっ!」」 咲良の体を押しのけリーアが立ち上がる。 その目は相変わらず虚ろで感情が感じられないが、明らかに動揺している事が見て取れた。 「貴女・・・この機体の事、知ってるの?」 「・・・・知らないけど・・・・知ってる・・・」 リーアはマルスと呼ぶこの漆黒の戦士へと一歩一歩近づく。 それに反応するかのように戦士の腹部が開き、コクピットと思わしき部分が露出する。 咲良も近づいてそれを見るが・・・・・・驚きのあまり声を失った。 何もない。レバーもシートも機体を操縦するための装備が何も無いのだから。 「何もない・・・どうなってるの・・・ねぇ、貴女は何か知ってるの!?」 驚く咲良を無視し、リーアはその何もないコクピットへと入り込んでいく。 咲良が声をあげて止めようとするが其れよりも早く内部へと入り込み、ハッチが閉じられる。 「・・・・・知ってる・・・・知らないけど・・・知ってる」 何もないコクピットでリーアは跪き瞳を閉じて呟く。 自分はこの機体を知らない。だが、知っている。自分はこの機体を知っている。 名前も、操縦法も知っている。これが自分の為に用意された剣だと言うことも。 「・・・・・マルス」 瞳を薄く開き、漆黒の戦士の名を呟く。 戦士の目に光が灯り、薄暗いコクピットの計器に火がつけられる。 周囲の映像が全方位で映し出され、ヴゥゥゥゥゥンと低い駆動音が響く。 何もない、大きなカプセル状の空間。その中央でリーアはゆっくりと立ち上がる。 それに連動しマルスの巨体も立ち上がる。栄光号の二倍はあるだろう巨体がゆっくりと立ち上がる。 「・・・・・・起動」 漆黒の戦士、マルスが咆吼をあげるように全身の駆動系が低いうなり声をあげた。 この出来事が自分たちを大きな陰謀の真ん中へと巻き込むことになるなど、誰も知るよしもなかった。 続く ジャンル別一覧
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