第九話 竜宮島襲撃「……ん?」仰向けになり夜空の星を眺めていたリーアは妙な気配を感じ、体を起こした。 良くは解らないが直感的に何かが近づいてきている事を感じたのだ。 「……誰?」 体が自然と何時でも動けるように体勢を整える。 外灯もない暗い夜道の向こうを睨む。その向こうから夜空を眺めながらゆっくりと歩いてくる一人の少女の姿が見えてくる。 少女は少し歩いてから初めて気がついたようにリーアへと顔を向ける。 「……この子……」 何処かで会った事があるような気がする。 顔を見た瞬間にそう思った。しかし、そんな気がするだけでその辺りの事は全く記憶にない。 同時に少女の出で立ちの奇妙さに一種の嫌悪感に似たような感情を覚えた。 全身にフィットした黒のアンダースーツだけならばまだしも全身に先端に球状の重りが取り付けられた鎖がそれぞれ巻き付けられている。 かなりの重量になる筈だが少女は顔色一つ変えずにいる。少女、どちらかと言えば華奢な体格のリーアよりも一回りほど小柄なだけに異様さをかき立てている。 「……綺麗な星だよね」 「えっ……」 唐突に話しかけられ一瞬戸惑う。 少女は無表情のまま両腕を振るい、鎖をある程度の長さへと調節する。 「こんな星空の下で死ねたら……気持ちよいんだろうね」 その言葉を言い終えると同時に右腕を振るい、鎖をリーア目掛け振り抜ける。 「っ!?」 咄嗟に左へと跳び、鎖を避ける。 少女はすぐに右腕を引いて鎖を戻すと同時に左腕の鎖を振るう。 勢いよく振られた鎖の先端に取り付けられた重りがリーアの腹部へと吸い込まれるように直撃する。 「がっ!」 バランスを崩し地面を転がる。 腹部を押さえ痛みに顔を歪める。 「ぐ……う……」 少女は鎖を手元に引き戻し、倒れているリーアを細い目で見つめながら呟く。 「好きにやらせてもらうつもりだったから……好きに殺してもいいよね」 右腕を横に薙ぎ払い、其処から伸びる鎖が襲いかかる。 咄嗟に後ろへと飛び退く……しかし、鎖はまるで意志を持つかのように長さを変えリーアの腹部へ再び叩き込まれる。 「がぁっ!」 左腕の鎖が伸び、リーアの体へと巻き付いていく。 右腕の鎖も同じようにリーアの体へと巻き付いていき、両腕ごと上半身を締め上げる。 「あ……ぐうっ!」 少女は腕を伸ばしたまま微動だにしないというのに鎖は独りでに締め上げられ、力が込められていく。 「このまま締め殺してあげる……」 「くあ……ぁ……うあぁっ!」 異変はすぐに起こった。 突如、外へと続くハッチが強制的に開けられたかと思うと拳銃を握った少年が飛び込んで来た。 そして、その場にしたアルヴィス職員3名の眉間を撃ち抜き殺害する。 「ハッ……」 少年は残酷な笑みを浮かべ、殺害した3人の男の亡骸を踏みつける。 「コラコラ、人の死体を雑に扱っては駄目ですよ」 それを本気で注意しているのかしてないのかわかり口調で注意しながら男が歩いてくる。 その後ろには武装した数人の男達が控え、周囲の警戒を行っている。 「なぁんで俺のほうに来るんだよ。ルミナの方に行けよな、ウザイったらありゃしねぇ」 「いやいや、君の進む方向が我々と一緒だっただけですから。それに……ルミナは君より完成度が高いし、ちゃんと状況わかってくれるので放っておいても問題ないんです」 「……ケッ、なぁんであんな奴が俺より上なんだよ」 少年は不満そうにぼやくが男は気にも止めず背後に控える部下へと向き直る。 「では、作戦開始だ。各員手筈通りに……ベヘモスには派手に暴れて陽動してもらおう」 「はっ」 部下の男達は各所に散り、それぞれが受けた指示の実行を準備する。 男は眼鏡のズレを直しながら背後にいる少年に話しかける。 「それと……カイ」 「あぁ?」 「君は私と一緒に来てください。君は独断がすぎる」 「……へいへい」 カイと呼ばれた少年は不満そうに声を出し、八つ当たり的に壁を蹴り飛ばす。 それを見た男は「やれやれ……」と困ったような表情を作って呟く。 最も、全く困っているようには見えないのだが。 島の異変は当然ながらCDCへとすぐに異常として伝えられた。 普段は誰も使わずロックしている筈の地上へ続くハッチが外部から正式な手続きを踏まず強制開放されたのだ。 更にその直後、島の近くの海底に熱源反応を感知……何者かが攻め込んできたのはまず間違いないだろう。 「フェストゥム襲撃の際の混乱をつかれたようですな……」 カリーニンが呟く。 普段から擬装鏡面と呼ばれる特殊なフィールドで周囲から姿を隠し、定期的に移動して場所を特定させにくくしている竜宮島に乗り込むチャンスはそう多くはない。 ミスリルに属する潜水艦やヘリ、輸送機などは特殊な暗号通信を用いて島の現在地を確認して向かっているがそれも半年に一度の補給や緊急時の際のみだ。 だが、先のフェストゥム襲撃の際には擬装鏡面を解除し外部から丸見えの状態だった……恐らく、其処をついて何処かの組織が進入したのだろう。 「なんという事だ……白兵戦では勝ち目はないぞ」 公蔵が忌々しげに呟く。 アルヴィスの構成員の大半は元々、国連軍に属していた軍人……その脱走兵だ。 しかし、脱走してからすでに十数年以上たってしまった現在では白兵戦をまともにこなせる人物はそう多くはない。 「ダナンに戻っている大佐も異常には気付いている筈です。恐らく応援を回してくれると思いますがこのCDCは我々だけで死守せねばなりますまい」 そう言いながらカリーニンは懐から護身用に持ち歩いている拳銃を取り出し、状態とカートリッジに込められた銃弾をチェックする。 「いざとなれば、我々のみでの対応も考えねばなりますまい」 「そうですな……侵入者の位置は? それと海底の熱源はどうなっている?」 「侵入者の方はまだ位置を特定できていません。海底の熱源はゆっくりと浮上を開始……あと数分で竜宮島西部の海岸に上陸します」 それを聞いて公蔵は一瞬思考するがすぐに考えをまとめ指示を出す。 「侵入者の捜索はダナンの乗組員と協力して行ってくれ。西部海岸にはマークツヴァイとマークエルフを」 「大佐殿にもM9を一機か二機、援護に回してくれるように打診してくれ」 公蔵の指示に上乗せする形でカリーニンも指示を出す。 実戦経験の乏しい蔵前と一騎だけでは何かあったときに上手く対応できないだろうと考えての事だ。 「了解しました」 オペレーターはそう答えて、ダナンへと通信を繋げる。 カリーニンはCDCに残っていた部下に出入り口の警備を固めるよう指示を出し、出入り口を固めさせる。 気休め程度にしかならないだろうが一応の対策をしておくのに越したことはない。 (さて、敵が何処でどういう手を打ってくるか……) 相手の位置を特定できない状況では迂闊に動けば危険だ。 かといって何もしていないのも同じ事……ダナンの方で上手く立ち回ってくれる事を願うしかないなと彼は思った。 寝ている所を文彦に叩き起こされた一騎はわけがわかないといった様子でマークエルフのコクピットブロックに乗り込んでいた。 疲れがたまっており完璧に熟睡していた所を強引かつ荒っぽく叩き起こされた直後に「マークエルフで待機していろ」と問答無用で言われたのだ。 「……っていうか、なんだろ……このコスプレ」 自分の今着ている服を見ながら呟く。 此処に来る前、ファフナーの整備を担当している翔子の母親から「これを着て」と渡されたのは今朝、蔵前が着ていたのと同じ服だった。 男女で色分けされているのか蔵前の着ていたピンク色の物ではなく水色の物だ。男までピンクだったら相当アレ……というかこの服自体がすでにそうだよなぁとなんとなく思う。 (蔵前の気持ちがわかるよ……うん) 肩口は許容できるとしても脇腹から大腿部まで大きく開いたこんな服着せられたらそりゃ恥ずかしいだろう。 というかこれを女の子に着せるのは一種のセクハラなんじゃないかと真剣に思う。 この服をデザインした人の顔を見てみたい……っていうか許可出すなよ大人達。 『一騎、聞いてるのか?』 「……え?」 一騎のどうでも良い思考は総士の一言で中断された。 まだジークフリードシステムを起動させていない為、正面に二つ通信ウィンドウが表示され其処に総士と蔵前の顔が映しだされている。 「御免、聞いてなかった」 『……もう一度しか言わないからちゃんと聞いておけ』 苛立ちを押さえながら総士はため息混じりに言う。 『アルヴィス施設内に何者かが侵入した。人数は不明だが恐らく複数だろう……そっちはミスリルに任せれば良い。問題は海底の熱源反応だ』 「熱源……?」 『つまり、何かしらの兵器が潜んでいる可能性があるという事だ。一騎と蔵前にはそれの迎撃に出て貰う』 『なっ……聞いてないわよ』 蔵前が驚いた様子で言う。 一騎だって彼女と同じく驚きを隠せない。 「迎撃って……相手は人間なんだろ!?」 『ああ、だがやらなければこちらがやられるぞ』 『気楽に言わないでよ! 私達は人殺しの為に乗ったわけじゃ……っ』 蔵前の言うことは最もだ。 ファフナーは対フェストゥム用を前提として開発された機体だ。当然パイロットもその為の訓練を積んでいる。 対人戦闘となれば相手を殺してしまう事だってあると言うことだ。そんなことを簡単に受け入れられる筈もない。 『相手を殺せと言っているわけじゃない。撤退させればいいんだ』 総士も二人と同じ気持ちなのか顔が僅かに歪んでいる。 要するに撤退させれば良いだけであり殺す必要は無いのだ……どうしようもない場合に限るが。 「……わかった。要は相手を追い出せばいいんだろ? やるだけやってみる」 『……仕方ないわね』 『……すまない。熱源は浮上を開始、あと数分で島の西部に上陸する……浮上速度から考えて恐らく人型機動兵器の類だろう。ファフナーならその辺の人型に後れは取らない筈だ』 総士の言葉と同時にファフナー二機の発進準備が進む。 ジークフリードシステムが起動し、機体がクレーンで持ち上げられカタパルトへと移動する。 『ミスリルからもM9が二機出てくれる事になっている。二人はその支援を考えてくれればいい……ファフナー、マークツヴァイ、エルフ発進!』 総士の号令と共に海中のカタパルトから二機のファフナーが射出される。 二機はそのまま西部の海岸……住宅街から距離があり、道も険しいため滅多に人も来ない砂浜に着地する。 其処にはすでに発進していたマッカランとマオのM9が待機していた。 「ファフナーも来たか……油断するな。来るぞ!」 マッカランがそれを横目で確認しつつ、正面の海面に意識を集中させる。 レーダーが捉えている熱源反応はすでに海面近くへと来ているのだ。 4人が睨み付けている海面が急に盛り上がり出した……何かが海底からゆっくりと顔を出しているのだ。 「来た……って……」 「な……っ」 その何かに思わず息を飲む。 それは赤い人型の機体だった。だが、その大きさが半端ではない……30mはあるファフナーを遙かに越える程の巨体を持った見るからに重装甲の機動兵器だ。 「何だ……この化け物は」 「こんな相手だなんて聞いてないわよ」 軽く40mはあろう赤い機体……アルヴィスに進入した男達がベヘモスと呼んでいた機体である事など知るよしもない。 ベヘモスは眼下にいる敵機を睨み付け、その剛腕を振るった。 アルヴィス施設内では激しい銃撃戦が行われていた。 連絡を受ける以前から異変に気付いたテッサはすぐに幾つかの小隊を編成、アルヴィス施設内に侵入した賊の対応に向かわせていたのだ。 そのうちの一つ、宗介が回された小隊は賊が侵入したと思われるポイント周辺へと向かっていたのだが、見事に賊と出会し銃撃戦となった。 「かなり訓練されているな……ただの賊では無いと言うことか」 物陰に隠れながら冷静に相手の戦力を分析する。 数は8人で全員がマシンガンで武装。奥にも数人ほどいるようだが此処からでは確認できない。 こちらは5人で同じくマシンガンで武装しているが数の上で不利。しかし、他の小隊にはすでに連絡し後方から回り込んで貰うように要請してある。 鎮圧するまでそう時間はかからないだろうと宗介を含む誰もが確信していた。 「オラオラァ! 邪魔だ死にくされぇっ!」 突如、敵の武装した集団の奥から金髪の少年が飛び出す。 一瞬何事かと我が目を疑ったがすぐに冷静さを取り戻し、マシンガンを向ける。 銃口から吐き出された銃弾は真っ直ぐ少年の眉間を撃ち抜かんとするが少年は口元を歪めて笑みを作ると放たれた数発の銃弾を全て避けきる。 「何っ!?」 「雑魚がっ!」 少年、カイが右手に握った拳銃を手近なターゲットに向け引き金を引く。 放たれた銃弾はその眉間を撃ち抜き、撃たれた男は即死する。 「チッ!」 宗介はすぐさまカイへとマシンガンを放つが、全て避けられお返しとばかりに銃弾を放たれる。 咄嗟に飛び退いて事なきを得るがその間にカイは背後にいた男二人を振り向きもせずに銃殺している。 「銃弾を避けるだけでなく……撤退しか無いか」 念のためにと腰にさげていたスモークグレネードの安全ピンを外し投げつける。 爆発し、煙幕が廊下全体を覆っている間に宗介はその場から駆けだした。 「セコイ真似しやがってぇ……逃がすか!」 カイはその煙幕の中、正確に宗介の位置を捉えると後を追うように駆け出す。 「ぐ……ぁ……ぁ……」 苦しさの余り両膝を付き、リーアは苦悶に顔を歪める。 両腕の鎖を伸ばしたまま少女、ルミナは無表情でリーアを見つめる。 「へぇ……まだ持つんだ。もう10分は締め上げてるんだけど……」 普段ならば鍛え上げられた屈強な兵士ですらすでに骨を砕き、絶命させているというのにリーアはなかなか死なない。 その事に疑問を感じつつも別に興味はないのかルミナは両腕を振るってリーアを近くの電信柱に叩きつける。 「がっ……はぁ……っ!」 背中から強打され、肺の中の空気が強制的に吐き出される。 見た目は自分よりも小柄で細身だと言うのに簡単に人一人縛り付けた鎖を振り回す程の力を持つルミナに驚く暇も無く、更に振り回されアスファルトの地面に叩きつけられる。 「はがっ!」 「しぶといね……普通ならとっくに死んでるよ?」 普通の人間ならばとっくの昔に死んでいる程に締め上げ、更に手加減無しで二度も叩きつけたのにまだ生きているリーアが流石に腑に落ちないのかルミナは目を細める。 リーアは苦痛に呻きながらも何とか鎖を振り解こうともがいている。 「……まぁ、いいけど」 恐らく普通の人間ではないリーアに対し疑問はあるが彼女がどんな存在であろうとルミナにはどうでも良いことだ。 どんな人間でもいつかは死ぬ。今、鎖で締め上げているリーアのしぶとさには驚きを隠せないがその分彼女の苦しむ時間が長引くだけ。 ルミナには何のデメリットも無い……用は死ぬまで叩きつけ締め上げれば良い。別に敵を嬲る趣味は無いがそれはリーアがしぶといのが悪いのだ。 「ぐ……うぅ……」 全身からあがる悲鳴に呻きながらリーアは自由に動かせる両足だけで何とか立ち上がるが直後にルミナが鎖を引き寄せる。 細身の体の何処にそれ程の力があるのかと思わんばかりの勢いでリーアの体を振り回し、背中から地面に勢いよく叩きつける。 「ぐうっ!」 更なる激痛に苦悶の表情を浮かべる。 ルミナの一方的な攻撃を受けながら、リーアは鎖を振り解こうと両腕を動かすが必要以上に締め上げられた鎖はどうあがいても自力で解くのは無理だ。 かといってこのまま叩きつけら続ければ死んでしまう。 (どうにか……しない……と……) ふらつく足取りで何とか立ち上がる。 すでに十数回は叩きつけられた。流石に膝が笑い始め、意識も飛びかけている。 何で自分はこんなに痛め付けられて意識を保っていられるのかは自分でも解らないがそんな事は今の状況ではどうでもいい。 「……」 ルミナもまさかこれほど耐えるとは思っていなかったのか驚きのあまり目が見開いている。 それは僅か一瞬の事だったが、リーアにとって最後のチャンスだった。 「くっ!」 一か八かとばかりに力を振り絞り、ルミナの懐へと飛び込む。 「っ!?」 予想外の事が重なり、動揺したルミナの懐へと飛び込むのは容易だった。 間髪入れず、リーアはその腹部へと膝蹴りを入れる。 「ぐぁっ……」」 ルミナの体が僅かに浮き、二人の間合いが離れる。 だが、リーアはその場で回転……締め付けられている鎖を自ら引き寄せる。 鎖はルミナの両腕から伸びている物。当然、彼女も引き寄せられる。 「はあああっ!」 回転の勢いを利用した回し蹴りがルミナの側頭部へと決まる。 「がっ……あ……」 頭部を強打され、ルミナの意識が一瞬飛ぶ。 それに反応するかのように、彼女の両腕から伸びていた鎖が砂のように崩れ落ちた。 鎖が巻かれていた彼女の両腕には赤い何かの装置のような物が取り付けられていた……恐らく、それから何らかの方法で鎖を出していたのだろう。 両腕が自由になったならばこちらの物とリーアはルミナの腹部へと連続で拳を叩き込む。 「ぎっ……が……ぁ……」 体が上手く反応しないルミナはリーアの攻撃に反応できず良いように殴られ続ける。 先程とは完璧に攻守が逆転していた。 「はっ!」 掌底がルミナの胸部へと決まる。 胸を圧迫され、呼吸を一瞬止められたルミナは悲鳴すらあげず目を見開き、苦悶の表情を浮かべる。 リーアはトドメの一撃とばかりに左腕を振るい、ルミナの顔面を殴り飛ばした。 ルミナの体は宙に浮き、背中から地面に落下した。 「はぁ……はぁ……」 直後、リーアは力無くその場に四つん這いとなって息を吐き、汗を垂れ流す。 ルミナも先程までの猛攻が効いたのか両膝を付き肩を上下させ、呻き声をあげている。 「ぐ……ぅ……」 「は……ぁ……」 ルミナはふらつきながらも立ち上がり正面からリーアを見る。 「私……ルミナ……名前は?」 いきなり名乗られ、更に名前を聞かれて戸惑うがリーアも反射的に答える。 「リーア……リーア……セラノス……」 「……そ」 名前を聞くとルミナは背を向け、元来た方向へと歩き出す。 最後に肩越しにリーアの方を向き小声で呟く。 「私以外に殺されたら……許さないから」 「えっ……」 「……じゃ」 ルミナはそのまま元来た道を戻り、夜の闇の中へと消えていく。 とりあえずこの場は切り抜けたようだと判断するとリーアの体が一気に疲労と痛みに襲われる。 「く……ぁ……」 仰向けになりアスファルトに横たわる。 乱れたままの呼吸を整えながらリーアは夜空の星を眺め始めた。 「クソッタレ! 何処に隠れやがったぁ!」 宗介を追っていたカイが怒り任せに叫び銃弾を所構わず発砲する。 逃げる宗介を追っているといつの間にか開けた場所に出た。雰囲気からして倉庫か何かだろうがカイにとってはどうでもいい。 カイの後を追って数人の男が倉庫に入ってきていたがそれにも気付いていないようだ。 「出てきやがれってんだ臆病者がぁ!」 最初は目眩まし、その後の鬼ごっこの次はかくれんぼ……カイにしてみればコケにされているようで我慢ならない。 元から気が短い方で細々した作戦などは嫌いな性分である彼には宗介は自分を馬鹿にしている臆病者に見えていた。 (ふん……実力はあるが、頭は今ひとつのようだな) それを倉庫の二階から確認した宗介は鼻を鳴らし、カイを愚別した。 戦術など考えない直情的なタイプは何をするか解らないと言う怖さがある物のこちらの術中に堕ちやすい。 カイが追ってくるのを確認した宗介はわざわざ倉庫まで逃げたのも一つの作戦だ。 「こちらウルズ7。敵を第7区画12番倉庫へと誘き寄せた」 『了解』 此処に来る途中に仲間と通信を取り、逃げ場のない場所へ追い込み殲滅するという作戦をたてた。 残念ながら全員は誘き寄せられていないが元々少数の敵だ。数人ほどでも潰せれば御の字だ。 「かくれんぼなんざに付きあう気はねぇんだ……さっさと出てきて俺に殺されやがれ!」 カイの怒りは収まらず子供のように喚いている。 それに呆れを抱き、ため息をつく。直後、胸元の通信機が1コールだけ鳴って切られる。 倉庫の包囲が完了した合図だ。 「言われなくとも、すぐに出ていってやるさ」 宗介が大声でカイへと言葉をかける。 そちらに注意がむいた瞬間、倉庫の全ての扉が開かれ武装したミスリルの兵達が倉庫の中へとなだれ込む。 「何っ!?」 「撃てぇっ!」 号令と共にマシンガンの銃弾が嵐のように吐き出される。 容赦なく放たれる弾丸に為す術もなく、一方的に宗介が誘き出した男達が撃たれ糸の切れた人形のように倒れていく。 「撃ち方止め!」 数秒間の連射の後、一斉に弾丸の嵐が止まる。 硝煙が晴れると其処には武装した男達の骸が転がっていた。 「ウルズ7,これで全員か?」 「はっ……いえ、一人足りません」 二階から覗き込んで宗介が確認する。 一番目立っていた――というか叫いていた――金髪の少年の姿がない。 「あの弾幕の中です……生きていても無事ではないと思いますが……」 そう言いながら宗介はカイの動きを思い出す。 明らかに人間離れした動きを見せていただけにあの弾幕の中をかいくぐり、この場を脱出するのは難しいにしても不可能ではないかもしれない。 倉庫を調べていた他の仲間が次々と異常なしの報告をあげてくる……少なくとも倉庫の中にはいないようだ。 (という事は逃げたか……) あの少年を逃がしたのは痛いが襲撃者数人をまとめて葬れたのでこの場は良いだろう。 宗介がそう思っていると腰に下げていた通信機に連絡が入る。 「こちらウルズ7」 通信機から返ってきたのは鬼気迫るといった口調のテッサの声だった。 『相良軍曹。至急ASに搭乗し、マッカラン大尉達の援護に向かってください』 「大尉達に何かあったのですか?」 『数は一機ですが敵が予想以上の強敵で苦戦中です。アーバレストを何時でも出せるようにしていますから』 マッカランが苦戦する程の敵機と聞き、宗介の顔が一瞬歪む。 仮にもSRT要員のリーダーであるマッカランの実力はそれこそトップクラス。それにマオと経験という面で頼りなさはあるがファフナーが二機もついているのだ。 それで苦戦などと考えたくもないがテッサがこのような冗談を言う人物ではない事を彼は知っている。 「了解しました。5分で向かいます」 言い終わるよりも早く、宗介は倉庫から駆けだし、ダナンが停泊しているドックへと走り出していた。 ジャンル別一覧
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