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天の道を往き、総てを司る

天の道を往き、総てを司る

第13話  決着

「まさかあんなロボットを持ってるなんてね……」

委員会本部、戦闘の一部始終をモニターで見ていた南が呆れ半分、感心半分といった様子で呟く。
突如出現し、破壊の限りを尽くしたヴォルガーラを圧倒し破壊せしめたヴァヴェル。
あんなロボットを隠し持っているとは流石に思わなかった。

「ヴォルガーラへの対抗策として数年前から改修は進めていた。最も、起動するかどうかは掛けだったがな」

ウィルツは薄く笑みを浮かべながら言う。
この科学者は真面目で良い人物なのだが、どこかマッドっぽい……そう思わずにはいられない。
ため息をついていると木南が顔をあげて報告する。

「博士、ヴァヴェル収容完了しました。それと、赤緒ちゃん達も無事に帰還……何者かに襲われたようです」

「何ですって!?」

その言葉に反応し、南が身を乗り出し、階下の木南へと声をかける。

「それで二人は!? 無事なの!?」

「ええ……赤緒ちゃんの方は怪我はないみたいですが、青い髪の少女が暴行を受けたようで今、医務室へ……それと見知らぬ女性も一人」

「見知らぬ女性……?」

「はい。赤緒ちゃんに助けて貰ったとか助けてあげたとか……」

「後で話を聞くとするか……理事長は?」

視界の隅で医務室へと向かう南とエルニィを見送りながら、ヴァヴェルを操れる唯一の人物の所在を問う。

「理事長は4階のフロアです。少し疲れたんじゃないでしょうか?」

「そうか……後で呼んで置いてくれ。私はヴァヴェルの整備へ向かう」

そう言い残し、ヴァヴェルを回収した格納庫へと向かうウィルツ。
と、その時、木南の元へ一階ロビーから連絡が入る。

「はい……えっ? はい……博士。お客様だそうです」

「……客?」

こんな時に客など……と思いながら、わざわざこのタイミングで来る人物というのにも興味があった。
軍関係者にしては早すぎるし、マスコミにしても同意。それ以前に機人の存在はどの組織にも知られていないはずなのだ。

「……わかった。一階の会議室へ通しておけ、すぐに向かう。後、マルスの修理を最優先でやらせておけ」

「はぁ……最優先ですか?」

「ああ、恐らくすぐに必要になる筈だ」

そう言い残し、ウィルツは司令室を後にした。



千丈から離れた山中……その中に止められた数台の大型トレーラー。
その殆どは荷台に布を被せ、何か巨大な物を運搬する為の物。普通にコンテナ型の荷台を牽引しているトレーラーは二台しかない。
二台の内、一台のコンテナ内部。ちょっとした司令室のような形にされているそこに一人の男がいた。

「ふぅむ……レンアン達はともかくとして、リノアの稼働率は思っていたより好調ですね。ナンバー01に拘りすぎですが」

竜宮島の際にも指揮を執っていた男は提出されたデータを身ながら呟く。
ついこの間、目を覚まし本格的な戦闘に参加させたのは初めてのリノアが予想以上の動きを見せている。
欠点としてはナンバー01、すなわちリーアに対する感情が強すぎる事だが……。

「流石にどうしようもないですね」

感情の抑制までは流石に不完全で、ヘタにやれる事ではない。
それをやろうとして失敗したのが初期ナンバーたる01のリーアだ。お陰で記憶はともかく感情欠落では意味がない。
人の感情は時に予想以上の力を発揮する……それを応用するのが上の方針だ。

「全く、無茶ばかり言ってくれる……上は」

男はため息をつき、腰を椅子に降ろす。
と、そこへ部下の一人が駆け足でコンテナに向かってくるのが見えた……一息つく暇すら無いらしい。

「何のようです?」

「博士、ルミナとリノアが!」

「……やっぱりですか」

なんとなく、あの二人がいつかこうなる事は予想していた。
何時かは顔を合わせる事になるのだから、と修理を終えたアルテミスと共に連れてきたが……。

「失敗でしたかね」

男はそう呟かずにいられなかった。



「ぐぅあっ!」

背中から木に叩きつけられ、ルミナの口から悲鳴が漏れる。
彼女の胸ぐらを掴み、無邪気な笑みを浮かべたリノアが片手でルミナの動きを封じている。

「この程度で私のお姉ちゃんを狙ってるの? 馬鹿じゃない?」

「う……ぐ……っ」

得意の鎖はあっさりとリノアに見切られ、連続しての攻撃を受け現在に至る。
二人が争っている理由は簡単、たまたますれ違った際にルミナはリーアそっくりとリノアに驚き、リノアはかすかにルミナに残るリーアの臭いに反応したのだ。
お互いにリーアへ対する独占欲を持つルミナとリノア……争いになるのは必然だった。

「お姉ちゃんが好きなのはわかったけど、お姉ちゃんは私だけの物なんだから……近づいたら許さないよ?」

そう言って、リノアはルミナを乱暴に地面に叩きつける。

「ぐぁっ……」

地面に倒れるルミナを見やりながら、鼻歌交じりにリノアは森の奥へと去っていく。
ルミナはそれを恨めしい視線で睨み付けながら、なんとか体を起こす。

「ふむ……決着はついたようですね」

少し遅れ、男が部下一人を連れてくる。
木にもたれ掛かり、荒い息を吐いているルミナと鼻歌交じりに歩いているリノアを交互に見やる。

「二人とも、困ったものですねぇ……。いつかはこうなるとは思ってましたが」

困ったと言う割にはそれを感じさせない口調で言う男をルミナは横目で睨む。
今回の人選を自らやった癖によく言えた物だ。

「リノアには私からキツク言っておきますが……あなたもあまり彼女を刺激するような」

男が言い終えるよりも早く、ルミナは背を向けアルテミスを乗せてあるトレーラーの方向へと向かって歩き出す。
眼鏡のズレを直しながら、男はルミナの背を見て呟く。

「無視ですか……相当怒ってるようですね」

何か厄介毎を引き起こしそうで不安だが、無理に止める必要もないかと思い男もその場を後にする。
その判断が誤りであった事を近い将来、男は知ることになる。



「うっ……ん……」

医務室のベットの上に寝かされていたリーアが目を覚ます。
最近は目を覚ますたびに知らない場所にいるなと少しぼんやりした頭で思う。

「あ、気が付きました?」

ベットの横で座っていた赤緒がリーアの顔を覗き込む。

「あっ……」

リーアは一瞬驚くが見覚えがある顔……というか自分をここまで連れてきた相手だと思い出す。
赤緒は手のひらをリーアの額にあて、「ん~」と短く唸る。

「熱とかは……やっぱり無いですね。怪我もそんなに大した事なかったし……よかったぁ」

面と向かって笑顔でそう言う赤緒。
リーアは上半身を起こし、ベットに座る形となる。

「……ありがと」

「どういたしまして。それにしても、すぐに目が覚めて本当に良かった……見つけたときは本当にボロボロだったんですよ?」

デパートでリーアを見つけたときは本当にボロボロで、今にも死ぬのではないかと思う有り様だった。
最も、見た目よりも怪我は酷くなかった上に殆どが治りかけていたので実際問題、大したことはなかったのだが。

「服、痛みが酷かったから捨てちゃいましたけど……」

そう言われて、リーアは自分の服が青色のパジャマだと言うことに気付く。

「前のと同じのが良いんなら用意出来るって此処の人が言ってましたけど……頼みます?」

その言葉に無言で頷く。
なんだかんだでリーアはあのライダースーツ姿が気に入っているのである。

「そう言えば、南さん……後でまた来るとか言って出ていったけど……ちょっと遅いなぁ」

リーアが目を覚ます前に南も医務室に来ていたのだが、ウィルツに呼び出され数分前に出ていったきりだ。
まぁ、それ程心配する事でも無いだろうと、赤緒はリーアとの他愛のない雑談を続ける事にした。



財団本部敷地内。
施設の人間用の通用口の側で、鳴は携帯電話ですぐ近くで行動している仲間に連絡を取っていた。

『では、千丈にあの少女がいるというのか?』

「ええ、確認してないけどB1もあるんじゃない?」

『少女がいるのなら可能性は高い……か』

電話の相手は何か呟きながら思考しているようだ。
鳴は欠伸を噛み殺しながら、言う。

「とりあえず、これ以上は盗聴されるかもしんないから切るわよ」

『わかった。今日中には大佐殿へ掛け合ってみる』

「OK。んじゃね」

電話を切り、ズボンのポケットに仕舞う。
通用口から施設の中へ入ると、財布を取りだし残金を確認。

「ん~……どっかで服買わないと行けないって時に限って……」

少し寂しい財布の中身を眺めながら呟く。
デパートでの騒動で服が派手に破けた為、出来るだけ早く新しい服を調達したいのだがあの騒動の後なのでどの店も閉まっている。
それに加えて財布の中もちょっと寂しい。元からそれ程派手に使う予定も無かったので大した金額はいれていなかったのだが。

「こんな事ならあのデパートからいくつか拝借しておくんだったわ……」

はぁと大げさなため息をつく。
最も、デパートの衣類も戦闘に巻き込まれて殆ど破け、使い物にならない物ばかりだったのだが。



医務室から少し離れた位置にある会議室。
会議室と言っても、財団の主な活動は三千年委員会としての活動でありこちらの会議室は殆ど使われてない。
その会議室で、ウィルツと南は一人の男と会っていた。

「ネルガル会計、プロスペクター? 変わった名前だな」

渡された名刺に書かれた名前を見て、ウィルツが言う。

「それはペンネームのような物でして……」

名刺を渡した男、プロスペクターは腰を低くしながら言う。
薄ら笑いを浮かべて、少しばかり怪しい雰囲気を持っている。

「で、そのプロスペクターさんが私達に何の用なわけ?」

南は不機嫌そうな顔で言う。
プロスペクターの怪しい雰囲気がどうも好きになれないようだ。

「はい、実はお二人……というか三千年委員会とアンヘルのお力を少しばかり貸していただきたく」

二人の顔が不審な表情を浮かべる。
それに気付いているのかいないのか、プロスペクターは持ってきた鞄の中から二枚の資料を取り出す。

「詳しいことは此処に書いてありますが……早い話、我が社のスキャパレリプロジェクトに参加していただきたいのです」



「で、それを受けちゃったわけだ」

医務室、リーアに林檎と食べさせていた赤緒と遊びに来ていたエルニィを相手に南が「やってしまった」といった感じの表情を浮かべている。

「ええ、最初は断るつもりだったんだけどね……あんな話」

プロスペクターの話、それはネルガルで開発した新造戦艦の戦力として両組織の機体とパイロットを貸して欲しいと言う物だった。
なんでも木星蜥蜴に襲撃され、それっきり放置状態である火星にいるかもしれない生存者の救出が目的らしい。
火星には人類の入植が始まって長くなる。木星蜥蜴に襲撃され、火星のコロニーは全滅したという話を聞くが確かに生存者がいる可能性はある。
国連軍は地球圏にのみ防衛戦を引き、火星を見捨てたも同然の為にネルガルが勝手に火星へ行き、生存者の救出を行うというのだ。

「そんなのに参加させる訳にはいかなかったんだけど……」

「お金に目がくらんだんだね」

「うぐっ!」

エルニィの容赦ない一言に南は過剰反応する。
参加の見返りとしてプロスペクターが提示した金額はかなりの物であり、最近資金関係が心許ないアンヘルとしては喉から手が出る程に欲しい。
という訳でアンヘルは参加、三千年委員会は起動に成功したとは言え、ヴァヴェルは不完全でありヴォルガーラの襲来の可能性がある以上、安易に貸せないとして断った。
最も、ウィルツは名残惜しそうに小切手を最後まで見ていたのだが……。

「でもさぁ、誰がナデシコに乗るの? 全員って訳にはいかないでしょ?」

「ええ……東京にルイ達を残してきたままだしね。キョムだっていつ動くかわからない状況だし」

引き受けた事は引き受けたが、戦力の全てをナデシコへ割くわけにはいかない。
東京に残った仲間が数人いるとは言え、人機の数は限られている事に変わりはない。

「あの……私が行きましょうか?」

おずおずと赤緒が手を挙げる。

「えっ……いいの?」

「はい。宇宙ってどんな感じなのかなって興味もありますし……」

汎用性の高い赤緒のモリビトならば少し弄るだけで宇宙戦にも対応できるだろう。
彼女本人の動機は軽いが行くというのならそれを尊重しても良い。

「わかったわ。赤緒さんに行って貰うわね……さて、次はその子をどうするかなんだけど」

全員の視線がリーアへ向けられる。

「マルスの修理は今日中には終わるそうよ。貴女に行くあてが無いんなら私達に方で預かるけど……あら?」

よく見ると、リーアは上半身を起こしたまま眠りについていた。
話が退屈だったのか単に眠たかったのかは解らないが座ったまま眠っている。

「……寝ちゃってるよ」

とりあえず無理に起こすととんでもない事になるのは身をもって知っている。
3人はそっとリーアをベットに横にして、医務室を後にした。



山中に隠されたトレーラーの荷台に積まれた荷物……人型兵器が目を覚ましていた。
荷台からゆっくりと機体を立ち上がらせ各部の調子を確かめる。

『目標……ナンバー01とマルスは千丈にいるのは確実です。街を襲って炙り出し、始末してください』

通信機から作戦指揮官たる男の声が聞こえてくる。
荷台から立ち上がった機体の一機、アルテミスのコクピットでルミナは男の指示など聞き流し、リーアの事を考える。

(リーアは私の獲物……他の誰にも渡さない……)

少し離れた位置で跪く白い機体と足下にいるリノアを睨み付ける。
リノアもそれに気付いたのか一瞬顔を向け、口元を歪めて挑発する。

『ルミナ、あなたはリノアと一緒に先行してください。いいですね』

「……アイツと?」

男の言葉が耳に入り、表情を険しくする。
なんで自分があの女と組まなければならないのだ。

『二人の機体は足が速い。先行には適任なんですよ』

それでも何故に自分とアイツを組ませる……とルミナは憤りを感じつつ、指示に従い機体を操作する。
アルテミスのスラスターを点火、一気に上空へと舞い上がる。
それに続き、リノアも自分に用意された専用機のコクピットへと乗り込む。

「さぁ、お姉ちゃん……今から会いに行くよ」

リノアの言葉に反応し、白い機体のアイカメラに光が灯った。



翌日、財団本部に呼び出された南と赤緒はプロスペクターから突然の話を聞かされていた。

「えっ……今から?」

「はい。どうやら向こうの方で予想外のトラブルが起きたそうでして……」

プロスペクターの話によると、昨晩ナデシコが格納されていたネルガルのドックが木星蜥蜴に襲われたという。
幸い主だったクルーやパイロットは全員乗り込んでいた為、緊急発進して木星蜥蜴を撃退したというが……。

「で、その際の戦闘でドックが使えなくなりまして……補給は済んでおりましたのでこのまま我々を拾って火星へ向かう事になりました」

「そ……そんな無茶苦茶な」

昨日の話では出発は今日の夜となっていた。
それがいきなり今からとは……事情が事情なので仕方がないとは思うが。

「ナデシコは千丈上空1200mで待機するとの事……私を乗せた赤緒さんの人機で直接ナデシコまで跳ぶと言う事で」

「まぁ、それぐらいの距離ならなんとか……跳べるわね」

引き受けてしまった物を今更無しにするのも後味が悪い。
とりあえず、二人はプロスペクターに促されるまま人機の準備を始めるために地下の格納庫へと降りていった。



同じ頃、地下格納庫では修理を終えたマルスのコクピットにリーアが立っていた。
修理のついでに改良も加えたので調子を見て欲しいと言う事でだ。

『調子はどうだ?』

「ん……良いと思う」

通信機から聞こえるウィルツの声に小さく頷く。
機械のことはよく分からないが動かしていて前より反応はよいかどうかぐらいはなんとなく分かる。

『ふむ……一通り問題は無さそうだな。もういいぞ』

ウィルツの言葉に従い、コクピットから降りる。
欠伸を噛み殺し、寝ぼけ眼を擦りながら格納庫近くのソファーに座る。
それと入れ替わりに何人かの整備員がマルスに近づき各部のチェックをする。

「ふわぁ……」

どうにも退屈で欠伸が出てしまう。
暇つぶしに寝ようと思ってもなかなか寝付けない。

(……どうしよ)

やることが無い上に眠れもしないのは苦痛だ。
とりあえず此処にいても仕方がないので移動しようか……と思った時だった。

「……来る」

何かが来る……核心に近い直感が訴える。
昨日も似たような感覚を感じたので解る……来るのは自分と瓜二つの少女、リノアだと。
あの時の事を思い出し、思わず唇を押さえる。
正直、彼女と会うのは気が進まないし恐ろしいが……自分が行かなければどうにもならない。

「……っ!」

「お、おい……ちょっと!?」

マルスをチェックしていた整備員を押しのけ、マルスのコクピットへと潜り込む。
ハッチを閉じ、機体を起動させる。

『おい! 何をしている!?』

ウィルツの怒鳴り声が響くがそれを無視。
マルスを拘束する器具を引きちぎり、リーアはマルスを飛び上がらせる。

『ええい! ハッチを開け!』

ウィルツの言葉よりも早く、ハッチが開く。
開いたハッチからマルスが飛び出し、文明保全財団本部前の道路へ着地する。
それと同時に、マルスの目の前へ二機の機動兵器が姿を現す。
内一機は以前闘ったルミナのアルテミス……前の戦闘のダメージは完全に修復を終えている。
そしてもう一機……恐らくリノアの機体であろうそれにリーアは目を奪われた。

「白い……マルス?」

思わず呟く……その言葉通り、リノアの機体は白い装甲に身を包んだマルスそのものだった。
指や膝、肘など各部が鋭く尖らせてあり、より攻撃的な印象を見る物に与える。

「お姉ちゃん、見ぃつけた」

白いマルスのコクピットでリノアは呟き、地を蹴る。
一気にマルスとの距離を詰め、右の拳を突き出す。
リーアも咄嗟に右の拳を突き出し、リノアのそれとぶつけ合う。

「く……うっ!」

「お姉ちゃんのマルスそっくりに作ってもらったアレスだよ……勝てる?」

リノアが足を振り上げるのと連動し、アレスの右足が振り上げられ、マルスの左脇腹を捉える。

「ぐぁ!」

体勢を崩した所へアレスの爪が振り下ろされ、マルスの右肩の装甲を引き裂く。

「うぅっ!」

リーアは左の拳を握り、アレスの頭部目掛け突き出す。
しかし、リノアは軽くそれを避け、お返しとばかりにマルスの頭部、右足を掴み持ち上げる。

「ほぉら! 高い高いだよ、お姉ちゃん!」

そのまま投げ飛ばし、ヴォルガーラの襲撃で廃墟と化した区画へと叩きつけられる。

「うあぁっ!」

瓦礫を砕き、地面に激突。
リーアは呻きながらもなんとか起きあがろうと四肢に力を込める。
だが、それは上空から伸びてきた鎖により中断させられる。

「なっ……きゃあっ!」

四肢に巻き付いた鎖を引き寄せられ、マルスの機体は上空で待機していたアルテミスの元へと持ち上げられる。

「リーア……ッ!」

鎖を解き、アルテミスはマルスへとミサイルを連射する。
スラスターを吹かし、姿勢を整えミサイルを避ける。

「空の上ならアイツに邪魔させない……私の獲物……っ!」

アルテミスは加速し、マルスへと体当たりをする。
なんとかそれを避けた直後、背後に気配を感じ振り向く。

「えい!」

アレスの拳がマルスの頭部を捉え、殴り飛ばす。

「ああぁ!」

体勢を崩したマルスを正面から抱き寄せ、力一杯に機体を締め上げる。
アームバックの体勢となり、マルスの機体を締め上げる。

「うあ……あああっ!」

「お姉ちゃんは私の物なんだから、あんな奴相手にしちゃ……駄目でしょ? お仕置きだよ!」

アームバックを解き、左腕で頭部を鷲掴みにする。

「これ……すっごく痛いよ」

リノアは頭の中で左腕にエネルギーを集中させるイメージを練る。
そして、アレスの左腕が銀色に光り始めエネルギーがアレスの掌を通じてマルスへと強制的に送り込まれる。
直前、アルテミスの放ったミサイルがアレスの背中に直撃しマルスは解放される。

「えっ……」

「きゃあ! く……このっ!」

リノアは怒りの形相でアルテミスを睨み付ける。
アルテミスのコクピットでルミナは不適な笑みを浮かべ、アレスを睨む。

「私がお姉ちゃんで遊んでるのに……邪魔すんなぁっ!」

怒りにまかせ、アルテミスへと標的を切り替える。
ルミナはアルテミスのスラスターを噴かし、アレスへと攻撃を仕掛ける。
鎖を射出、巧みに操りながらアレスの機動を鈍らせそこへ巨体を活かした体当たりを決める。

「きゃあああああああっ!」

大きく吹き飛ばされたアレスの機体を鎖で捕らえ、勢い任せに地面へと叩きつける。

「邪魔なのよ……」

アレスを一蹴し、ルミナはマルスへと視線を向ける。

「さぁ……邪魔者は消えた。決着付けよ……リーア」

「……っ!」

自分を助けたのはやはりというべきか、リノアを遠ざけ一対一の状況にする為だったようだ。
二人はほぼ同じタイミングでスラスターを全開にし、間合いを詰め懇親の一撃をぶつけあう。



「あ~あ……やっぱり、こうなりますか」

丁度千丈を見渡せる山頂……男はトレーラーの荷台で戦闘の様子を見やっていた。
先行させるのに二人の機体が一番良かったのは事実だが……やはりこうなってしまった。

「喧嘩したばかりなんですから、こうなりますよ」

呆れたように隣の座る部下が言う。
ホントの事なので言い返せない。

「仕方ない……他の連中を出してください」

「了解」

部下が通信機越しに合図を出す。
それを受け、山の麓に隠れていた三機の機動兵器が立ち上がる。

「各機出撃をお願いします。可能なら、先に出た二人の喧嘩仲裁も……ね」



「昨日のヴォルガーラに続いてこれか……」

半ば呆れたような声でウィルツが言う。
正面のモニターには千丈上空で戦闘を繰り広げているマルスとアルテミスが映しだされている。

「困りましたなぁ……これではナデシコへの乗艦にも支障が」

プロスペクターにとってはそちらの方が重要なのか、深刻そうな顔で呟く。
マルスとアルテミスが戦闘を行っているのは丁度、千丈上空1200m地点……ナデシコの待機高度だ。

「ナデシコより連絡。あと数分でこちらに到着するとの事ですが……」

「とりあえず、プロスペクター氏にはモリビトで待機してもらおう。後はこちらでなんとか……」

「これは……博士! レーダーに新たな未確認反応です!」

「何だと?」

嫌なことは重なるものだ……そう思いながら、ウィルツはモニターを睨み付けた。



マルスの背中に衝撃が走る。
アルテミスの鎖による攻撃ではなく、超遠距離からの狙撃。

「うぁっ!」

「なっ!?」

直後、マルスの首に細長い鞭が巻き付き、地面へと引き落とす。

「ぐぅっ!」

「手こずらせるんじゃないわよ……ルミナ、アンタも」

マルスを地面に引き落としたチャイナドレス風の装甲を纏った機体……右腕から伸びた鞭状の武器がマルスの首に巻き付き、締め上げている。
右腕の鞭を巻き上げ、マルスを強引に立ち上がらせる。

「ぐ……ぅぁ……っ」

「レンアン……ッ!」

ルミナはチャイナドレス風の装甲の機体、ヘスティアのコクピットにいるレンアンを睨み付ける。
機体と同じくチャイナドレスを着込み、鞭を手にした少女、レンアンは目を細め、ルミナを睨む。

「アンタとリノアのいざこざで失敗するわけにはいかないのよ……昨日も失敗したんだからね」

「何……うああああっ!」

レンアンに組み付こうかと体を動かす直前、背後から強烈な衝撃に襲われ、アルテミスは地面へと落下する。
さっきまでアルテミスがいた場所には両手を組み合わせ振り下ろしたポーズを取るアレスがいた。

「さっきのお返しだかんね。 あーっ! レンアン、お姉ちゃんは私の何だから勝手に殺そうとしないでよぉっ!」

「誰がやったって同じでしょ?」

「駄目! お姉ちゃんは私の物なの! お姉ちゃんを生かしていいのも殺していいのも私だけなんだから!」

「……はいはい」

マルスを締め上げる鞭を離し、解放。
首を押さえ、息を整えるリーアへとアレスにのったリノアが近づく。

「お姉ちゃん、私以外の奴と遊んだお仕置きしてあげるね……」

「はぁ……はぁ……っ!」

スラスターを使い、加速して間合いを取る。
リノアはそれを追うこと無く、両腕にエネルギーを集中させ、それを重ね合わせる。

「逃げたって無駄だよ、お姉ちゃん!」

重ね合わせた両腕を擦り会わせ、集中させたエネルギーをスパークさせる。
両の掌に白銀の光弾が創り出され、それを投げつけるようにしてマルスへと放つ。
足下、胴体に着弾しマルスが吹き飛ぶ。

「きゃああ!」

背中から地面に激突し、家屋をいくつか巻き込んで薙ぎ倒す。

「もう逃がさないよ……」

倒れたままのマルスへと一歩一歩ゆっくり近づく。
エネルギーを集中させた右腕を振り上げ、マルスの腹部……コクピットへと狙いを定める。

「コクピットごと引っ張り出してあげるね」

右腕を開き、マルスのコクピット目掛け振り下ろす。
直後、右側から何かがアレス目掛け体当たりを仕掛け、それを妨害する。

「きゃあああっ!?」

派手に転げ、家屋を薙ぎ倒しながらアレスは地面を転がる。
アレスを弾き飛ばした何か……モリビト二号は右腕のシールドを構え、マルスを庇うように立つ。

「大丈夫ですか!?」

モリビト頭部のコクピットで赤緒が叫ぶ。
赤、白、黒に塗り分けられた全身密着型スーツに身を包み、両腕にアーム型のレバーを握りしめる。

「あ、赤緒さん!? もうすぐナデシコが来るんですが……」

モリビト頭部、二席ある座席の内、前の座席に座っているプロスペクターが抗議する。
当初の予定通り……とは行かないが一応待機しておこうとモリビトに乗り込んだ直後に出撃したのだ。

『この状況ではナデシコへの乗艦も難しいだろう。諦めるんだな』

「そ、そんなぁ……」

通信機から聞こえてくるウィルツの一言にプロスペクターはがっくりと頭をたれる。
赤緒はプロスペクターに申し訳ないと思いながらもマルスと敵機の間に立ち、シールドを構え、背中にマウントしていたブレードを抜く。

「お前……私とお姉ちゃんの邪魔をしてぇ……っ」

吹き飛ばされたアレスのコクピットで、リノアは怒りの形相を浮かべ、モリビトを睨む。
ヘスティアのレンアンは予想外の乱入に表情を歪めながらも、冷静に状況を分析する。

「今更一機だけの増援で……リノア、頭冷やしなさい」

「五月蠅い! アイツは私が……っ!」

「ったく……落ち着かないと愛しのお姉ちゃんも逃げるわよ」

「う……っ!」

リーアの事となると見境が無くなりがちだが、それを逆利用すればある程度落ち着かせる事も出来る。
単純な奴だと思いながら、レンアンはモリビトとその背後で立ち上がるマルスを見やる。

「相手は二機、こっちは一応4機……勝てない戦いじゃないわ」

むしろ楽勝。
遠く……山の麓で身を潜める最後の一機、長距離狙撃型のデルメルの援護は正確無比。
アルテミスと戦っていたマルスを一撃で地上に叩き落とし、現在も次弾を撃つタイミングを息を殺して見計らっている。
その狙撃を用いれば、コクピットを直接撃ち抜く事も造作ない。

「さぁて……それじゃ、さっさと終わらせてもらおうかしら」

口元を不気味に歪ませ、後方に待機しているデルメルへと合図となるシグナルを送る。
モリビトを狙撃で破壊し、そのままマルスを破壊する……簡単な話だ。
シグナルを受け、山の麓に潜むデルメルのコクピットで黒髪の少年、ホウロンがスコープを覗き込む。

「……ロック」

モリビトの頭部に狙いを付け、引き金に指をかける。
最大望遠、モリビトの頭部がコクピットだと確認しデルメル唯一の武装であるスナイパーライフルの銃口から弾丸を放つ。

「……っ!」

その直前、遠方からの射撃がデルメルの足下を直撃し、狙撃の体勢を崩す。

「これは……姉さん……っ!」

姉と慕うレンアンへとシグナルを送り返し、ホウロンはデルメルを撤退させる。
シグナルを受け取ったレンアンは舌打ちをし、リノアへ叫ぶ。

「敵の増援よ、気を付けなさい!」

「え!? きゃああっ!」

二人の足下にも連続した射撃が襲いかかる。
直後、何もない空間から輪郭が浮かび上がり3機のAS……M9二機とアーバレストが出現する。

「ウルズ2、ウルズ7、未確認敵機を撃退、可能なら撃墜するぞ!」

「大尉、あの二機はどうしますか?」

アーバレストのコクピットで宗介がモニターの横に捉えているモリビトとマルスを見やりながら言う。

「まずは敵機を片付ける方が先だ。ウェーバーは!?」

『どもどもーっ! 皆の耳の恋人ウルズ6だよぉ!』

戦場となっている財団本部周辺の市街地跡から離れた位置……比較的無事で、まだ建ち並んでいるビルの屋上にクルツのM9が57mm滑空砲を構えている。
街全体とは言えないが、戦場となっているポイントは一望できる上に敵の狙撃手の姿を目視出来るという最高の狙撃ポジションだ。

『こっちで援護すっから、好き勝手暴れちゃって頂戴!』

通信機からの軽い声と共に、銃声と着弾音が戦場に響く。
的確な狙撃により、ヘスティアとアレスの動きは完全とは行かぬまでもかなり制限を受けている。

「援軍がこんなに……っ! 流石に聞いてないわよ」

鞭で器用に直撃コースの銃弾のみ叩き落としながら、レンアンは舌打ちする。
このまま一気にマルスとリーアを仕留めて作戦完了と行きたい所だったが、そうも行かなくなった。
唯一の遠距離担当であるデルメルはすでに撤退し、アルテミスのルミナは当てにならない。
二人では対処のしようがない状況へと追い込まれてしまった。

「っ……リノア、引き上げるわよ」

「やだ! お姉ちゃん連れてくんだから!」

「この状況じゃどっちみち無理でしょ。ここで死んだらお姉ちゃんとも会えなくなるわよ」

「うっ……コイツ等……いつか絶対に殺してやるんだから!」

4機のASの銃撃を防ぎつつ、アレスとヘスティアの二機も後退していく。
完全に撤退した事を確認し、マッカランの合図で3人は銃撃を取りやめる。

「思ったよりあっさりと終わったな」

「ええ、すぐに戻ってくる可能性もあります。早々に引き上げるべきかと」

「わかっている。すぐに連絡を取って、B-1とパイロットを回収……っ!?」

マッカランがそう指示を出している最中、地上に落下し、動きを止めていたアルテミスが動き始める。
スラスターを全開で噴かし、土埃や瓦礫を巻き上げながら機体を起こし、真っ直ぐにマルスへと特攻する。

「リーアッ!」

「っ!」

咄嗟に後ろへ飛び退き、マルスは空中へと飛び……アルテミスもそれを追う。

「まだ動けたの!?」

「クルツ!」

『無理だ! 早すぎて狙えねぇよ!』

空中へと舞い上がった二機はすぐさま激突。
巨体で勝るアルテミスがマルスを大きく吹き飛ばし、鎖で機体を絡め取る。

「プロスペクターさん、捕まっててください!」

「えっ……ま、まさか!?」

空を見上げていた赤緒は意を決したように、モリビトを走らせる。
助走を付け、適当なビルの上へと跳び上がり着地。その勢いと全身のスラスターを使い、一気に空中へと跳び上がる。

「うわああああ!?」

プロスペクターの悲鳴を無視し、赤緒は背中のブレードを引き抜き、マルスを絡め取る鎖を切断し暫く跳んでから強引に姿勢を変える。

「アイツ……邪魔をするな!」

腰部のスカートから、ミサイルを展開、発射。
真っ直ぐにモリビトへと飛来するミサイルの嵐を睨み、赤緒は右腕のシールドを構えミサイルを待ち受ける。

「初めて使う技ですから、失敗したら御免なさい!」

「えええええ!?」

シールドを構えたモリビトへミサイルが直撃しようとする直前、シールドへとエネルギーを集中させる。
一気に最大までチャージし、淡く光り始めるシールドにミサイルが着弾。しかし、爆発する事は無く、全てが淡い光に包まれ静止する。

「なっ!?」

「リバウンド……フォールッ!」

シールドを振るい、受け止めたミサイルを文字通り弾き返す。
弾き返されたミサイルは全弾、アルテミスへと直撃する。

「きゃああああああっ!」

両腕、腰部スカート、脚部スラスターが破壊され、機体も大きく吹き飛ぶ。
エラーを伝えるアラームが次々と起こり、ルミナは操縦桿を動かすがまともに動く気配すらない。

「チッ!」

それでもなんとか生き残っているスラスターを稼働させ、マルスへと特攻を仕掛ける。

「まだ動くなんて!」

まだ動けるとは流石に思わなかった赤尾が思わず叫ぶ。
元々、飛行能力が無いモリビトを強引にジャンプで飛ばしている現状では追いつくことは出来ない。
それを良いことにアルテミスは真っ直ぐ、マルスへと向かう。

「……はぁぁ」

それを見たリーアは深く息を吐き、右腕にエネルギーを集中させる。
右腕を引き、アルテミスを迎え撃つ。

「っ! だあああああっ!」

アルテミスが突撃する直前、機体を僅かにズラし腹部へとエネルギーを集中させ、金色に光る右腕を突き立てる。
装甲を貫き、背中まで貫通した右腕……それを引き抜くと同時に、アルテミスの機体は重力に従い、自由落下を始める。
そして地上へと落下する最中、爆発した。

「……」

暫くアルテミスの残骸を見つめていたリーアだったが……自由落下を続けるモリビトへと近づき、その腕を握りしめる。
マルスに支えられる形でモリビトの自由落下が止まる。

「あ……ありがとうございます」

「……うん」

少しだけ、もの悲しそうな声で返す。
そうして地上へと戻ろうとした時、遠くから一隻の戦艦が近づいてくるのが確認できる。

「あれ……何?」

「へっ……?」

「おお、アレです。アレがナデシコです」

白と赤に塗り分けられた戦艦、ナデシコを見てプロスペクターが歓喜混じりの声をあげる。
ナデシコからの通信がモリビトのコクピットへと送られる。

『プロスさん、お久しぶりです。なんで外に出てる上に空飛んでるんですか?』

「いやいや、色々と諸事情がありまして。それよりも、早く回収していただけるとありがたいのですが」

『わかりました。誘導ビーコン出しておくので勝手に入ってきてください。よろしければそこの黒い機体もどうぞと艦長が言ってます』

「……と、言ってますがどうします?」

顔を上げ、プロスは赤緒に聞く。
赤緒も接触通信状態のマルスへと顔を上げる。

「どうします? そっちが良かったら一緒にどうぞって言ってますが……」

「ん……」

少しだけ考える。
別にどっちでも良いのだが、地上に降りてもする事も無い。
ならば、少しでも知っている人がいる場所にいる方が少しはマシかも知れない。

「……行く」

「なら、一緒に行きましょう。このまま、あの戦艦の中へ連れて行ってください」

「うん」

モリビトを掴んだまま、マルスはナデシコの前部ハッチから格納庫へと入る。
格納庫の中はそこそこ広く設備も揃っている。とりあえず適当な所でモリビトを降ろし、続けてマルスも降りる。

「さて、艦長に紹介いたしますのでお二人とも私についてきてください」

「はい」

「うん」

頭部後方のハッチを開き、赤緒とプロスペクターは外に出る。
リーアも前方のハッチを開いてコクピットの外へと出る。

「どっちも女の子が乗ってたのかよ」

「二人とも可愛いな、オイ」

何やら整備班の人々の声が聞こえてくるがとりあえず気にするまでもない。
コクピットに一緒に積んでいた荷物を取ってモリビトの足下へと降りようとする赤緒がなんとなくリーアの方を向く。
その時、リーアの頭上……マルスの頭部の影に何か動く影を発見する。

「上、何かいます!」

「えっ……!?」

赤緒の声にハッとして顔をあげる。
直後、頭上から降り注いだ鎖に全身を締め上げられ、続けて飛び降りてきた影……ルミナに蹴り飛ばされマルスのコクピットへと押し戻される。

「あうっ!」

その拍子にスイッチを入れてしまい、ハッチが閉じられロックされる。
電源を落とし、薄暗いコクピットの中……全身を締め上げる鎖の繋がる先にいるルミナが激しい表情を浮かべリーアを壁に押しつける。
右足以外の全てを締め上げられ、身動きが取れないリーアを容赦なく締め上げていく。

「ぐ……うあぁ……っ!」

「リーア、誰にも渡さない。誰にも殺させない……私が殺すんだから!」

左足を振り上げ、リーアの腹部へと膝蹴りを叩き込む。

「がはっ!」

「あんな奴になんか好きにさせない!」

「ぐうっ!」

再び膝蹴りが決められる。
何度も、何度も、感情を吐き出すかのように連続で入れられる。

「リーア! お前は! 私の! 私だけの!」

「うぐっ! があっ! うあっ! ごふっ!」

「私だけの……獲物なんだからぁ!」

壁から離し、勢い任せにコクピットの床に叩きつけ、腹を足で踏みつける。

「がぁっ……あ……あぁっ!」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

激しく肩を上下させながら、文字通り足蹴にしているリーアを見やる。
全身を絡め取った鎖はルミナの意志通りに動き、今も締め上げる力を増している。
唯一動くのは右足一本……大した驚異には成らない。

「リーア……」

そのまま馬乗りになり、そっと語りかける。
もはや勝利を確信しているが、念のためにと自らの足でリーアの右足の自由をも封じる。
自然と俯せに傾く形になり、リーアのすぐそばまで顔が近づく。

「どんな風に殺してあげようか? リクエストが有れば聞くよ……?」

「うっ……づぅぁ……」

「私、嬲る趣味は無いから……一気に苦しまずに殺してあげたいけど……リーアが望むんなら嬲ってあげてもいいよ」

完全に勝利を確信している声。
だってそうだろう、マウントポジションを取った上に鎖で縛り上げ、身動きを封じているのだ。
勝利を確信してもおかしくない、そんな状況なのだ。

「さぁ……どうする?」

「くぁ……ル……ミナ……って、言ったよね?」

「そうよ……それがどうかした?」

鎖による締め上げで苦悶の表情を浮かべながらも、リーアは僅かに笑みを浮かべる。

「私……負けるつもり……無い……から……っ!」

微かに、リーアの左腕が動き、自分の右腕を掴んだ。
意を決した表情を浮かべ、リーアは歯を食いしばる。

「っ!」



ゴキッ



そんな鈍い音が聞こえたかと思った瞬間、リーアの左腕が鎖の拘束を抜けていた。

「なっ……!」

直後、ルミナの右頬へ拳が打ち込まれる。

「がっ!」

一瞬だけ鎖への意識が途切れ、その隙にリーアは鎖を振り解き、ルミナの側頭部に蹴りを入れる。

「づはぁっ!」

ハッチに叩きつけられ、衝撃でロックが外れたのかそのまま外へと放り出される。
ドンッと大きい音が聞こえ、マルスの足下からはルミナの呻き声がかすかに聞こえてくる。

「う……ぐは……あぁ……っ」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

鎖を抜ける際に間接を無理矢理外した右肩を押さえ、ふらつきながらコクピットの外に出る。
舌を見ると……マルスの足下、格納庫の床に叩きつけられたルミナは仰向けの状態で半目を開き呻いている。

「はぁ……っ」

その場から飛び降りて着地。
右肩の関節を無理矢理戻し、その際の激痛に表情を歪めながらもルミナを睨み付ける。

「はぁ……はぁ……」

「リ……ィア……ぁっ」

一方のルミナは歯を食いしばりながら、足の力だけで立ち上がる。
落下の際に両腕が折れたのか、腕は力無く垂れ下がったままだ。

「ぁ……ぁあああああああああああ!」

激しく荒れ狂いながら、頭から突っ込んでくるルミナ。
リーアはその動きを見切り、ルミナの下顎へと左腕のアッパーを決める。

「ぐふぁっ!」

アッパーで宙へと舞い上がり、そのまま背中から落下。
ルミナは口から僅かに血を吐き……弱り切った表情でリーアを見る。

「は……ははっ……や……っぱり……たの……しぃ……よ……リーア……ぁ……」

そうして、そのまま意識を失い倒れる。
リーアもその場に膝を付き、荒く肩を上下させる。

「……だ、大丈夫ですか!?」

暫く呆然としていたが、すぐに我に帰り赤緒が駆け寄ってくる。

「うん……大丈夫……」

ルミナの方には恐る恐るスパナなどを構えた整備班が近づき、指で頬をつんと突く。

「……死んでる?」

「みゃ……脈は……あるな……気絶してるだけみたいだ」

恐る恐る脈をはかった一人が答える。

「と、とりあえず二人とも医務室へ!」

プロスペクターの一言で赤緒はリーアに肩を貸し、ルミナは整備班が運んできた担架に乗せられ医務室へと運ばれる。
とりあえず場を収めたプロスペクターは大きくため息をつく。

「やれやれ……何やら、とんでもない方を引き連れてきたようですな」

そう思わずにはいられなかった。


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