155940 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

楽天@マーケット

PR

Profile


電球ピカソ

Calendar

Archives

Category

Recent Posts

Comments

ステマしないでください@ Re:法律で認められている医療大麻 CBDオイル1(06/09) 764 名前:名無しさん@1周年[] 投稿日:…
電球ピカソ@ Re[1]:法律で認められている医療大麻 CBDオイル1(06/09) 著作権者さんへ 参考にしますので著作権の…
著作権者@ 画像の無断使用について こちらの記事に使用されている画像の中に…
http://buycialisky.com/@ Re:全年代一覧表(04/07) what does cialis look likeviagra vs cia…

Keyword Search

▼キーワード検索

2019.11.19
XML
カテゴリ:聖剣伝説
明治37年 1904年

日本海開戦 日露戦争の最終決戦となった
大規模艦隊同士の決戦

何故ここで戦争が起きたかというと、日本は韓国へのロシアの進出を恐れていた

黄色い○はロシアの戦闘領港

両隻合わせて、100隻近い軍艦で壮絶な戦いを渡り合った

日本は戦艦三笠という船に乗っていた


戦艦初瀬と八島が海に沈められた(機雷が海に仕掛けられてたため爆発炎上)ため


主力の戦艦を二隻も失ってしまった

日本軍はヨーロッパより到着したばかり日進と春日を導入

この二隻を第一戦隊の中枢に置いた。
この二隻は射程距離が長いため戦艦に匹敵する期待がもたらされた。

日進

八島


ロシア艦隊は旅順を出航。
次々と港から出てくる。


ロシアのニコラス二世は旅順にこもる艦隊に対し、旅順より設備の整ったウラジオストクに戻るように命令した

ニコラス2世
「ウラジオストクに、回航し
バルチック艦隊との合流に備えよ



この進航を、日本は事前に掴んでいた

日本は攻撃のチャンスに備えて、
進路を遮る作戦を実行する。

しかし、午後2時10分
ロシア艦隊は、北に大きく舵を取り、日本艦隊を引き離しにかかった。戦いを避けて、逃避行に出たのである。

東郷平八郎提督はこの動きを見た
東郷提督
「敵は戦う意志がない


ことを見破った。

しかし、このまま敵を北に逃してしまうことは許されない

日本艦隊の必死の追跡が続いた

そして三時間後

満を持して、放った大砲が敵艦を命中

指揮系統を失ったロシア兵は混乱し、配列が乱れていく

ところが東郷たちは、ロシア艦隊を一隻も海に沈めることは出来ない。

そしてロシア艦隊は再び旅順港に帰ってしまったのだ

ロシア中
「直ちに極東に応援艦隊を送り、短時間で日本艦隊を始末すべき


と世論が高まっていた

こうして10月15日
バルチック艦隊がロシアのリバウ港を出航した


日本は、T字戦法という方法を使ってバルチック艦隊を打ち破った


日本海軍の司令艦長
東郷平八郎


大日本帝国はロシアを降伏させた。
この勝利によって、日本はその存在を世界に知らしめた。

第三者の目でこの戦争を記録してたアルゼンチン海軍のガルシアは日本の勝因についてこのように語っている。

ガルシア
「日本海軍は あらゆる事に
先手を打ち 想定される問題を
徹底的に 研究した


この戦争の経緯は10年前(1895年)、に遡り、ロシア帝国はヨーロッパの所有地に満足できず凍らない港を求めて極東が欲しかった。

講和条約の中で日本は、朝鮮半島における権益を全面的に承認されたほか、ロシア領であった樺太の南半分を割譲され、またロシアが清国から受領していた大連と旅順の租借権を移譲された。

次回 → 乃木将軍 殉死 につづく

関連カテゴリー
聖剣伝説 日本神話 目次
ドラゴンクエスト 目次
漫画アフィリエイト 目次
音楽スタジオ 目次






Last updated  2019.11.23 11:50:20
コメント(0) | コメントを書く

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.