2018.04.10

紀元前1999年~紀元前660年

カテゴリ:紀元前
紀元前
紀元前9000年~紀元前2000年
紀元前1999年~紀元前660年
紀元前659年〜紀元前149年
紀元前148年〜紀元前1年
西暦
1年~199年200年~573年574年~709年710年~780年781年~899年900年~1332年1333年~1361年1362年1363年~1599年1600年~1670年1671年~1799年1800年~1867年1868年~1879年1880年~1909年1910年~1930年1931年~1947年1948年1949年~1959年1960年~1962年1963年 1964年 1965年~1979年
1980年 1981年 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年 1992年 1993年 1994年1995年~1999年2000年 2001年 2002年2003年~2008年2009年~2011年2012年2013年~2014年2015年 2016年 2017年 2018年



紀元前2000年〜紀元前300年頃


*1山口県彦島杉田遺跡にてこの頃のものと見られる*2ペトログラフが*2見つかった

*2続きを読む


紀元前2000年頃


(1)古代シュメール人の一族がインド・東南アジアを経由 しながら日本に来ていた (2)古代メソポタミアを追放されたシュメール民族が海洋民族となり 、環太平洋・環大西洋に移住


紀元前1533年


モーセはこの時期に日本に来ている モーセの来朝は葺不合朝六十九代神足別豊鋤( かんたるわけとよすき)天皇の御宇のことである。来日し たモーゼが当時の天皇(神足別豊耡)にメノウの石(十戒石)を献上したところ、これに喜んだ天皇が娘の 第一皇女である大室姫を妻としてモーゼに嫁がせた


(2) そして12年間、神道の修行に励み今度は天空浮船に乗って、イタリアのボローニャ経由でシナイ山に帰っ たのだそうです。




(3) なおその後のモーゼは長子ロミュラス(ロムルス=ローマ建国の祖)をローマに残し、大室姫と再び宝達 山に戻り、538歳の長寿を全してこの地に葬られたとされる。

(1)ミヨイ・タミアラは神武天皇の父だった この御代の葺不合第69代のスメラミコトは、神足別豊鋤天皇でしたがミヨイ・タミアラは、神武即位前 8 73年(B.C.1533)に無くなった(沈んだ?)ムー大陸の南極への移動であったとされる (2)世界に見られるムー大陸だ


ムー大陸は数億年前の一つだった大陸が移動して解離したと聞く。 4000年前のこの時に(竹内文書では)ミヨイ・タミアラなるムー大陸が沈没したということになっている。 ただ、ムー大陸とは書かれていなく、ミヨイ・タミアラという2つの島沈没して、これが神武天皇(ウガヤ フキアエズ王朝第70代)の父崩御を意味したことになっている (3)竹内文書のミヨイ・タミアラ(ムー大陸と比喩されている)


(ウガヤフキアエズ王朝)69代神足別豊鋤天皇の代に「ミヨイ」、「タミアラ」という大陸(というか島)が 陥没したとし、その世界地図が記載されている (4) ウガヤフキアエズは神武天皇(カムヤマトノイワレビコ)の父親という事になっている。『ミヨイ』『タ ミアラ 』という島が海に沈んだと記されている


(5)日本の与那国島の海底


古代のインカ帝国のピラミッドとそっくりな海底遺跡。この遺跡は1986年に地元のダイバーにより発 見され、1990年代の超古代文明ブームに乗って世界中で注目されることになった。 (6)タミアラの場所と推測して、与那国島の海底が推測される


↑この大きさと推測される時代から、この島にはネフィリムが住んでいたのではないか 一説には、1万年以上前の世界最古の古代遺跡とする説もあり


(7)現段階の推測は不透明 100万年前(の地球=ティアマト?)とも呼ばれていたり人種が5色いたりとも書いてあったり、聞くところに 世ると地球が生まれるまえの地球のころの話であったりと、未だに謎は解明されてません


紀元前1500年〜700年
ホツマ文字


紀元前1500年頃
出雲王朝が栄えていた

紀元前1500年頃
エブス人が北九州にやって来た
北九州の豊国へやってきた
エブス(恵比須・夷)、ヒッタイト・フェニキア人

「エブス人が住んでいたから夷(えびす)という名になった」と言い伝えがある 今夷神社の鳥居は、鳥居というよりユダヤの門構えのよう。


オックスフォード大学の考古学・セイヌ博士は、「日本人の中に確かにヒッタイト人の血が入っている」 と断言している。 またヒッタイト人がスキタイ人になった


紀元前1425年


豊鋤天皇の即位二百年イヤヨ月圓六日(西暦紀元前1425年3月16日)に、ヨモツ国アラビヤカバ、シナイ 山より、五色人の政治法王 であり、天支

天皇の時代に、シナイ山より五色人政 治法王モオセロミュラス(たぶんモーゼのこと)が大海原船に乗って能登の宝達水門(港)


紀元前1227年年頃
天孫降臨として天祖彦火瓊瓊杵尊が日本に降り立った


紀元前1200年頃


「倭人」は中国呉地方に居た 日本は縄文時代である。
紀元前1200年頃
ヒッタイトは「海の民」滅ぼされる


紀元前1115年〜1079年


成王の時 呉の「倭人」は周王朝に朝貢

ちょうこう 【朝貢】 《名・ス自》(外国人が来朝して)朝廷にみつぎものを差し上げること。


紀元前1000年


青森県八戸市の是川中居遺跡で出土した



紀元前1000年〜紀元前400年


土偶

紀元前1000年頃
アーリヤ人 東岸へ移動

地獄、冥界の主「閻魔(えんま)」もアーリア人から

紀元前1000年
かつてこの時期 ウガヤフキアエズ王朝(ウガヤ朝)が存在していた


ウガヤ朝が存在したのが、おおよそB.C.1000 年頃からA.D.300年頃の間です。 竹内文献では「不合朝」(あえずちょう)と読んでいる 72代続く「不合朝(あえずちょう)」は神武天皇が日本に渡来する前神武天皇や徐福の時代です。 神武 天皇の父親の名は「ウガヤフキアエズミコト」

「富士宮下文書」では「宇家潤不二合須国世」(うがやふじあわすのくにのよ)と読んでいる。 ウガヤ朝は出雲朝

竹内文書、宮下文書、九鬼文書等に書かれた「日本のスメラミコト(天皇)が天之浮船 を使って世界を統 治した」


古事記の始まり <上古二十五代 >「天浮舟」で世界をかけめぐったスメラミコト時代


富山県にある羽根神社は飛行場だった

今日の最大のポイントはここが太古の昔、倭の都だったことです。 ウガヤ朝22代天皇(笠砂男王命)の都だ ったのだそうです。 ウガヤ朝11代天皇の苦労は御子のことでした。 お釈迦様も子にラフラ(らごら)と名づけたのは有名で す。

ウガヤ朝の11代天皇が仕えていたのが
日本神話でも最も有名な

出雲朝の6代王、大國主命

大國主命 大穴牟遅(オオナムチ)(=大国主命)は、須佐之男命(スサノオノミコト)の娘、須勢理毘売(スセリ ヒメ)に見初められて恋に落ちた

最初の天神朝は木星です。これがローマが祀るユピテルです。そしてギリシャで上古朝が起こり、インド でウガヤ朝が起こった 6代の時代には、地球の公転を元に1年を360日と定めた

ウガヤ朝 9代 ミカエル ウガヤ朝12代 カイン ミトラ教 キリストはミトラ教をパクった。聖書で言うところのカインだった

ウガヤ朝13代 ギルガメッシュ王


ウガヤ朝18代 ホメロス ウガヤ朝21代 36人の王 行政官、太政大臣とされる方 ウガヤ朝22代 ムーサ ウガヤ朝25代 エリア

ウガヤ朝26代 夏の禹


禹は中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。 死亡: 紀元前2101年, 中華人民共和国 浙江省

ウガヤ朝27代 サルゴン建玉天皇


古代メソポタミアの王 死亡: 紀元前2279年, イラク アッカド

ウガヤ朝28代 テラ


息子:アブラハム 死亡: 紀元前1678年, Haran

ウガヤ朝29代 ピタゴラスと安倍晴明(元明天皇)共通のシンボルが五芒星 ピタゴラスは、古代ギリシアの数学者、哲学者。ウィキペディア 死亡: メタポントゥム


ウガヤ朝30代 イサク


青い布の服を来てるのがイサク イサクは、旧約聖書の『創世記』に登場する太祖の一人。父アブラハム、母サラ。 死亡: 紀元前1716年, カナン 配偶者: リベカ

ウガヤ朝31代 ラムセス2世


紀元前1314頃 - 紀元前1224年、エジプト新王国第19王朝のファラオ。 死亡: 紀元前1213年, エジプト ピラメセス

ウガヤ朝33代 清之宮天皇 卑弥呼

ウガヤ朝37代 ヤコブ

モーゼは天浮船に乗って宝達志水町に来た
案内板には「モーゼはシナイ山に登った後、天浮船(あまのうきふね)に乗って能登宝達に到着。583 歳の超人的な天寿を全うした」と、驚愕の伝説が記されている。


ひらがな文字の原形
「ひらがな文字は(アヒル)クサホ文字から変化したものであり、葺不合朝時代から盛んに使用された。




紀元前950年〜800年


大陸から米(水稲耕作)と金属器が、倭国に伝わる


紀元前900年頃


水稲が伝来
揚子江・東シナ海中国から現在の沖縄に水稲が伝来した

紀元前900年頃
富士高天原王朝(フジ タカマガハラ)があった
第1神朝〜第2神朝の期間が2670年間 富士高天原王朝は第2神朝になり、神皇が22代とある

調べて見てるとこのような文があった
先行王朝が三つあり、初めは富士山麓にあった「富士高天原王朝」で、「大陸から九州方面に大軍が押し 寄せて来たため、附地見島(九州)に海佐知毘古を元帥として ...

紀元前900年頃
富士山 東斜面で大規模山体崩壊が発生


紀元前868年


12月
22日
朝五つ刻に太陽三体現れ出る と書かれている

武内文書


紀元前770年
表国(豊日国・豊国)という王朝が存在した


紀元前726年頃


神武天皇 皇太子になる
ユダ一族が日本に渡来する


紀元前711年


神武天皇が誕生

[神武が生まれるまで]
天上界のアマテラスは、スサノオのいる下界の様子が気になり、息子の天忍穂耳命(アメノオシホミミ ノ ミコト)に治めさせようと地上につかわすことにしました。

天之忍穂耳命 アメノオシホミミ は天照大神の子 稲穂の神

ニニギ


建鵜葺草葺不合命(たけうがやふきあえずのみこと)は、玉依姫と結婚

玉依毘売命(玉依姫)タマヨリヒメ山幸彦と海幸彦 豊玉姫命(トヨタマヒメ)からウガヤフキアエズの養育を 任され、 ウガヤフキアエズを養子として育てるが、後に結婚する

豊玉姫命(乙姫様) 豊玉姫命(乙姫)はあの、山幸彦(火遠理命:ほおりのみこと)の后となる


=海の神(わたつみ=大綿津見 )の娘

海の宮での山幸彦と豊玉姫命 海神の娘である豊玉姫命は、 海神(ワタツミ)の宮にやってきた山幸彦(火遠理命)と結婚

建鵜葺草葺不合命(たけうがやふきあえずのみこと)を設ける

赤子を抱く豊玉姫命の彫刻(山中諏訪神社)

建鵜葺草葺不合命(たけうがやふきあえずのみこと)は玉依姫と結婚


玉依姫


豊玉姫命と鵜草葺不合命に関する略系図



紀元前662年


神武天皇(50=初代=即位前)、*1土蜘蛛を破り、土地を*2磐余と改名する

*1土蜘蛛、(つちぐも)は、上古の日本において朝廷・天皇に恭順しなかった土豪たちを示す名称

*2


*2昔の奈良県桜井市南部

神武天皇は不動明王か?


3月
神武天皇(50=初代=即位前)都を開く


紀元前661年
9月
神武天皇即位前(51)の時、*2媛蹈?五十鈴媛命を皇后に迎える

*1後の神武天皇(初代=即位前)と*2皇后媛蹈?五十鈴媛命









TWITTER

Last updated  2018.04.19 09:48:43
コメント(0) | コメントを書く
[紀元前] カテゴリの最新記事