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カテゴリ:ショートショート、ブラックユーモア
オレは被告だ。誰が何と言おうと被告に違いない。 何故なら、今オレは、法廷で裁かれているからだ。 「...よって、当裁判所は、被告を──」 裁判長の読む判決文が、最後の部分にかかった。 「無罪と判断し、ここに宣告するものである」 オレは軽く会釈するに留めたが、心の中ではガッツ・ポーズを取っていた。
「今の心境を一言!」 法廷を出るなり、オレは大勢のレポーターに囲まれた。当然だろう、殺人を犯していながら、無罪を勝ち取ったのだから。 「彼は疲れています。取材は後日に願います」 弁護士が、オレの行く手をモーゼの様に割り、オレたちはクルマに乗り込んだ。
「いや、それにしても驚きましたね、無罪判決ですよ」 車載テレビの中で、司会者がゲストに話題を振っていた。 「今回の殺人ですが、緊急避難が適用されたんですね」 ゲストの教授が、訳知り顔で意見を述べた。 「と、言うと?」 「つまり、彼が今回、殺したのは首相な訳ですが、彼は、言を左右にして責任を回避し、また、混乱を不要に長引かせていた訳です。 ですから、この政局を打開するには、首相を殺すしか無い、と裁判所が認めた訳ですね」 「なるほど」 司会者は、そう言ったが、本当に理解しているか どうは怪しかった。 緊急避難、と言うのは、正当防衛の厳格なもの、と思えば判り易いだろう。他に方法が無い場合、殺人も許容されるのだ。 オレは、満足の笑みを浮かべていた。オレが緊急避難と認められるか否かは、イチかバチかの賭けだったからだ。 だが、これで胸の痞えが取れた。 これで、電力会社の取締役や、官房長官、大臣が殺される日も遠くないだろう。何せ、他に状況を改善する方法が無いのだから。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.07.05 17:35:49
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