9勇気 10一人 11輪廻 12起死回生

9 勇気

種は、どんな未来が待っているか知らない。花になるなど想像すら出来ない。自分に美しい花になる力が秘められているなんて信じることが出来ない。旅は長く、この道に行けばよいという保証はない。旅に出ない方が安全だ。保証はないのだから。旅の危険は、際限なく、落とし穴は数限りなくある。種でいたら硬い殻の中に隠れて安全だ。だが、種はチャレンジをする。安全だった硬い殻を突き破り、動き始める。すぐに戦いが始まる。土や石や岩との格闘。種は硬いが、芽はあまりにも柔らかい。危険はいくらでもある。

種に危険はない。千年でも生き続けることが出来るだろう。だが、芽には数多くの危険が待ち受けている。それでも芽は未知なるものへ、太陽へ、光の源へと、進み始める。どこにいるとも知らないのに、何故なのかも知らないのに。背負う十字架は大きい。だが種は夢に取り憑かれ、進んでいく。

人間の道も同じだ。容易ではない。途方もない勇気が必要なのだ。

10 一人でいなさい

一人でいて淋しいとき、それは一人でいるのではない。一人でいることと淋しことの間には、途方もない隔たりがある。淋しいとき、あなたは誰かのことを考えている。相手がいなくて淋しいのだ。淋しいというのはネガティブな状態。誰かが一緒にいてくれたらいいのにと考えている。友達、妻、母、恋人、夫など誰かがいたらと。一緒にいてくれたらよかったのにその相手はいない。

淋しいとは、相手してくれる人がいないということ。一人でいるというのは、一人で存在しているということ。一人であるというのは、とてもポジティブなこと。それは、存在そのもの。あふれ出る存在。満ち満ちて存在しているので、全宇宙を満たすことが出来る。誰か相手を求める必要がないのだ。

11 輪廻

生は繰り返す。愚かにも繰り返す。
もし覚醒しないのであれば、生は車輪が廻るように繰り返す。
仏教で、「輪廻」、生と死の輪廻と呼ぶのはそのためだ。
時間の輪廻。
それは車輪のように廻る。
生まれては死に、死んでは誕生する。
愛しては憎しみ、憎んだのちに愛する。
成功のあとに失敗。失敗のあとに成功。
観察してみるがいい。

もし、数日でも観察し続けたら
一つのパターン、めぐる車輪のパターンが見えるだろう。
晴れた朝、気分が良かった。
が、次の日にはだるく死んだような感じになり、
自殺を考え始める自分がいる。
前の日には、生気にあふれ、至福で満たされ、
深く満ち足りていて神に感謝するほどだったのに
今はとても欲求不満で、何故人は生きる必要があるのか
分からなくなる。
それが何度も繰り返される。
だが人はそのパターンを見抜けない。

一度そのパターンを見抜くことが出来たら
そこから抜け出すことができるのに。

12 起死回生

どん底から起死回生させるのが禅師の仕事だ。心理セラピストたちは、絆創膏を張って手当てをする。それが心理セラピストの仕事だ。心理セラピストは、人を根底的に変えることは出来ない。必要なのは、超心理学、仏陀の心理学だ。

意識をもったままどん底を経験するというのは、人生最大の冒険だ。どん底からの起死回生が実現する保証はどこにもない。それは最大のリスクだ。確実に起死回生は実現する。しかしその保証はない。今経験しているどうしようもない混沌は、太古から来ている。非常に古いもので、何世にも渡ってあなたはこういった混沌を経験してきた。それは、濃密だ。その混沌自体が小宇宙。だから小さい器で向かっていこうとすると危険なことになる。だが、この危険を冒さずに統合された人など、これまで一人もいなかった。分裂していない個人になれたものなどひとりもいなかった。

禅や瞑想は、この混沌を、魂の闇夜を、バランスを保ちながら、規律を保ちながら、油断せずに通り抜けるのを手助けする技法だ。

夜明けは遠くない。だが、夜明け前には、真っ暗な夜を通り抜けなければならない。夜明けが近づけば近づくほど、ますます夜は暗くなる。


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