スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

ミンダナオ島(フィリピン)

ミンダナオ(フィリピン)

 モロ族解放戦線の島々、バジャウ族の島々、スールー諸島に行ってみたくなった。古いガイドブックには旅行者は入域許可されていないと書いているが、取り敢えず、港に行って、船のチケットをイスラム教徒の人に買ってもらおうと思い、うろうろしていた。何故かチケット売場が金網で包囲されており、安易に入ることを躊躇させる売場であった。一人のムスリムの青年にチケット購入を頼み、ついでに、船の出港まで町を案内してもらうことになった。
一通り案内してもらった後、「どこか、君がよく知っているおいしい店に連れていってくれよ」と頼んだ。彼の紹介してくれた店は、ただのファーストフードの店であった。おそらく、彼がそう気軽に行ける店ではない。私達はその店で一番高い飲み物フレッシュマンゴージュースとハンバーガーを注文した。マンゴージュースなんか、サリサリストア(掘っ立て小屋の何でも屋)で飲めるのに、彼はここで飲むことが嬉しくて仕方ないようである。
今まで聞いてきた平均的収入を考えると、これだけで、彼の一日分の収入を超えてしまっている事実に私は複雑な思いを巡らせざる得なかった。

 夜中中船は走り、夜明け前、モロ島に着いた。乗客は、それぞれ目的地へ去って行く。特に何もすることがないので、港で朝靄を眺めていた。靄の中から徐々に姿を現したのが軍艦であった。おもちゃの様で実感がない。私の目の前では全長二メートルばかりのバンカに乗って釣りをする子供二人。靄で半分船体が隠れた軍艦を背景に、バンカの子供達、埠頭で魚を売る小さな掘っ立て小屋二つが、日の出と共に妙に現実感を帯び始める。手前にカラーの日常がある。民族対立宗教対立のためかどうかは分からないが、それを象徴させる軍艦が、靄の白黒の中に消えてゆく。私が知り得るのは、そこまでなのだ。

スールー島


 遠浅の海を利用して、海上に高床式の家を建てて暮らしている人々がいて、村を形成している。私が踏む込むと、瞬く間に三十人以上の子供たちに囲まれる。電化製品や車や調味料といったモノでしか姿を見せたことのない日本人。懸命に人間自体はチョボチョボであることを説明する。木で組まれた道や床の下は海。
十人がひとつの部屋に住んでいるというのに、経済的貧困と、屈託のない笑顔。このパターンにいつも驚かされる。私は紹介され、案内され、ご馳走になった。
準戦時体制にあるとはいえ、町は平静を保っている様にみえる。近くのビーチに行ってみると、瞬く間にハイレグのオカマ達五人に取り囲まれ、いちいち「行為はないから」と断り続ける滑稽な日本人となってしまう。イスラムの地とはいえ、やはりここはフィリピンなのか、オカマの割合が異常に多い。フィリピンでは三、四人集まれば一人はオカマがいる様な気がしてならない事実にいつも驚かされる。私は紹介され、腕を組まれ、それ以上の要求をされ、「紺碧の空に椰子の木に真っ白な砂浜にキャーキャーいうオカマ」とつぶやいた。

 お世話になった二人にライターをプレゼントした。その後で、シャワーを借りて、体中を泡だらけにしていた。その姿を見た彼は泡立つ日本製石鹸に興味を示した。「ちょっと使ってみるかい?」というと、彼は喜んでパンツ一丁っとなり、体中を泡だらけにして微笑んだ。後で、彼は遠慮がちに「この石鹸もくれないだろうか」と上目使いに尋ねてきた。
私は迷った。みみっちい話だが、先にお世話になる人々もいるので、「悪いけど、ライターか石鹸かどちらかにしてくれないか」と答えた。彼は黙り、それっきりその話は終わった。
 船が出るので見送りに来てくれた。このムスリム青年と気持ち良く別れることができるのかどうか、結構気になっていた。私は、彼と別れる数分前から、ライターで何度か火をつけ、炎を名ごり惜しそうに見る彼の顔や、恨めしそうにライターを戯れさせている彼の指を見ていた。そして、暫くの沈黙の後、私の方をスッと見て、俄か寂しげな笑顔を見せ「やっぱり石鹸のほうが大切だ」とポツリいい、ライターを差し出した。私は静かにうなずき、カバンをこねくり回し、石鹸を手渡した。彼は、それを両手で受け取り、そっと匂いを嗅いだ。「いい匂いだね」とまたポツリといった。私はこのイスラム教徒の青年を信じることができると確信した。
 船は夜半過ぎに出港した。

 船の中で知り合ったビジネスマンの仕事についていくことにした。彼は貿易関係の役人らしく、船の荷の書類にどんどんサインをしていくことをやっていた。彼は自分の仕事に誇りを持っている。何故か、私を隣に座らせ、どんどんやってくる申請者に取り囲まれ、意気揚々とひたすらペンを走らせている。言葉が分からないので、端から見ていると、お代官様と、陳情にやってきた人々を適当にあしらっている様に見える。書類を持ってくる人々は芝居であろうが、やたら哀れみを醸し出し、彼はどこか高圧的なものいいをしている。それで、時々私の顔を見て、「ちょっとした権力者だろ」とでもいいたげな顔をしてニッカリ意地悪そうに微笑む。生まれた時から裕福で、大学も出たらしい。彼は生まれた時から裕福だった。一般的な構図の様である。どこで生まれるか、はどんな育ち方経験をするか以上に大きい。

ヤカン族で知られるバシラン島に渡った。小さなバンカに乗った子供達が、出港するフェリーに向かって何か大声で叫んでいる。突然、デッキから硬貨が何枚か投げられた。それを目掛けて、子供達は瞬時に海に飛び込み、硬貨を取るために潜ってゆく。硬貨にありつけず、半泣きで浮かんでくる子供達。船上のおっさん達は、その顔を見てニヤニヤわらっている。船が出港しても、子供達は必死にボートを漕ぎ、叫び続けた。
 
 今もその光景を時々思い浮かべ胸が痛くなる。




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