スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

オーロラ フィンランド北極圏


              ロバミエミ

ロバニエミを散歩した

 北極圏まであと八キロ。人口二万人ばかりのロバニエミの街を散歩する。
 北極圏まで来たと、悦ぶ。もう私は、昨日の私とは違うわ、どこが違う?あなたと離れている距離が違う。地図でしか分からない実感である。
温度計がマイナス三十三の数値を示し、外へ出て果たして大丈夫なのかと生命的危機を感じる。でも、一歩踏み出すしか始まらない、物語が。
 大袈裟に一歩踏み出た。太陽は出ないが、夕刻の様に、西の低い位置がオレンジになっている午後一時。カサカサの雪を踏む度に、キュキュと気色いい音がする。風はなく、何となく耐えられそうだな、と少し自信を持つ。郊外の道沿いを歩くが、歩く人は見当たらず、時折、車が勢い良く通り過ぎて行く。咳払いをすると、冷たい空気を吸い過ぎて、肺が多少痛む気がする。マイナス三十三という言葉に囚われている感がある。
 煙草を吸うためにライターを出すが、オイルがどんよりと凍っていて火はつかぬ。幅百メートル程の街の端にある河は、まだ半分しか凍っておらず、温泉と見間違える程の湯気を、怒っているかの様に吐き出している。
 それでも、二十分歩くと、多少不安になってくる。散歩して生命の危機をちょっぴり感じてしまったのは沙漠以来である。
 家々は、クリスマス前もあり、蝋燭の明かりや電気が灯っている。光を大切にする場所という感じだ。フィンランドは概して、照明に敏感であり、照明がなかなか素晴らしい。
 考えてみれば、ちょっとした近代的な設備と防寒着に守られて、人々は寒さに対してまあ心配なく暮らしている。昔ながら住んでいた、いや追いやられた民族サーミ(昔はラップ人といわれていた)もほとんどはトナカイを飼う昔ながらの生活を止め、特別なとき以外はアジア山岳民族の派手な民族衣装のような服をやめて、快楽である暖かい生活をしている。さすがに街の中は多少、人々は歩いている。
 バーでは、一杯だけひっかけて、という人は防寒着も脱がず、冷たいビールをやっている。室内に入ってしまえば、いったいどこにいるのか分からない。知り合った人々に「フィニッシュクリスマス」といわれ、そうか終わりなのか、何だか大変だと思っていたが、後から、フィンランドのクリスマスっていっていたことに、気がつきちょとだけ照れた。
 私は、十年ぶりにスキーをした。それもナイトスキーだ。大きなゲレンデに私を含め、たったの三名しか滑っていない。私は、さしずめ、ボーゲンをしてみた。それは順調に出来、体が覚えていた。そしていよいよ直下降に挑戦、と思った瞬間に、かき氷イッキ状態となり頭が割れそうになった。マイナス二十度以下でのスキーはスピードを出すことイコールかき氷イッキ食いの頭痛なのである。私は、早々にゲレンデを退去した。入ったロッジのコーヒーがぬるま湯に思えた。そして、トイレに入ると小生のアレは思春期以前のアレ以下に成り下がっていたのであった。
 結局、オーロラを見に行くぞツアーは、一周間、酒を呑んで終わった。そんな寒い中、外に出て天を見上げ続けられるものか。またの機会にする。
 サウナでぎりぎり我慢して、裸で雪の中に飛び込んで、麗しの我がボディのタクをとったことだし。

ヘルシンキを散歩した

夕刻に勝手に「シベリウスの散歩」と名づけて首都ヘルシンキを散歩する。黒人の姿が増える。八百キロ南下して、気温は、あれから三十度も上がった。しかし、海であるため風があり、結構寒い。二時を過ぎれば、既に暗くなる。街の南端を目指す。
 サンクトぺテルブルグとのダブル都市ヘルシンキはたった四百年しか歴史のない(ロシア皇帝の冬の滞在場所として)そして、隣国スエーデンとロシアに支配され続けていた国には、寒さにも拘らず、ガラスの街である。ヨーロッパにありがちな石の街ではない。何か、その歴史とその気候とガラスが何か寂しく、そして人々は、そのために他人に優しくなれるのか、教育のせいか、やたらに親切で、そしてシャイだ。その辺りのメンタリティが何となく日本人と気持ちを分け合える気がする。
 スラッシュ状態の中を歩き続けると、海に面する。一般市民でも簡単に乗れるストックホルム行のシンララインとバイキングライン二社の大型客船ニ隻が停泊している。午後六時になるとこの巨大船達は、俗にいえばハーモニーを奏でるがのごとく小さな湾内を交差して隣国を目指し始める。それはなかなか荘厳な眺めである。
 最南端は公園になっているが、これがまたとてつもなく寂しい公園である様な気がしてならない。公園に着いた頃には実際のところ時計の針も十時を越えており、公園の中にナトリウムランプの街灯がおぼろげに所々光っている。その向こうはバルト海があり、厳しい風が吹いている。公園の前の住宅群はなかなか高級住宅街となっているようで、アールヌーボーの家々が並び、多少ほっとするところがある。
 私は、何でこんな所、一人でぶらぶらしているのだろうか、という疑問を呈すると、寂しくなるので、取り敢えず、バーに入る。フィンランドといえばアクアビットだぜ、といいつつ、ウォッカを飲んでいる。どんなに酔っても、外に出るとシャッキっとする。生命が危ないからなんだが、やっぱり勢い余って凍死する方もおられると聞き、万国共通事項その一かな、と思う。
 ヘルシンキではヘルシンキカードという二十四時間博物館ただ券プラス公共乗り物乗り放題というので、路面電車や地下鉄に意味と目的地もなく何度も乗っているのだが、そろそろホテル目指して乗ることにした。高い建物がなく落ち着く街であった。
 ヘルシンキの夜、ホテルでテレヴィを見ながら、ウォッカをチビチビやっていた。やたらテレクラみたいな、セクシーおねえちゃんが電話してねえ、と誘う広告チャンネルがあり、私は真剣にそれを凝視した。さすがはヨーロッパである。フィン語だけでない。英語ドイツ語フランス語イタリア語それぞれで同じ内容を続けるのだ。ちょっとドイツから出張してきたビジネスマンが、ちょっと寂しくなって電話なんてしてしまうのだろうか、などと、このままでは哲学的アプローチに入りそうになったので、チャンネルを変える。
 映画ばかりやっているチャンネルがあり、夜中に「パピヨン」が始まった。
実は「パピヨン」を見るのは三回目だ。内容はスティーブマックイ-ン扮する主人公がガイアナのほうの孤島の監獄に入れられ、何度も脱獄を繰り返し、失敗し、最後に老人になり、それでもあきらめずについに成功するというなかなかシブイ映画だ。実は、中学生のとき、私は一年間に映画を百本見るという楽勝のノルマを課し、ついでに受験勉強をおまけにするといった渋い三年生。ただ、ビデオもなかったので、テレヴィの映画を頑張って見るって世界。その年の十二月、冬休みで受験追込み等という私は、その日四本目の映画を見た。一本目二本目は忘れたが、三本目はメルビルの「白鯨」そして四本目が「パピヨン」この映画でもう一人の主人公ダスティンホフマン、彼の演技に感激した。そして、何故か台詞まで憶えていたりなんかして。「どれだけ、誘惑に耐え切れるかによってその人の価値は決まる」





 現在の赤いサンタクロースの衣装は、コカコーラ社が宣伝したもので、商業主義から生まれたものであるが、それが、今や全世界の共通のスタイルになっていることは周知の事実である。
 
 フィンランドの北極圏上にサンタビレッジというところがある。自家用車で真冬に連れて行ってもらったのであるが、マイナス30度では、どの車にも、何かバッテリーの線みたいなものを(何ていうのだろう)家から引っ張ってきていて、一発でエンジンがかかるような仕組みになっている。ロヴァニエミの街から8キロの郊外にある道は、車通りもほとんどなく、昼間だというのに、1日中夕暮れのようであり、陰鬱なイメージがある。
 雪の中に閉ざされたサンタ村は突然現れ、子供を中心とした人々で割りと賑わっていた。

ここからはいよいよ、先住民族サーミ(昔のラップランド)人の本拠地である。サーミはスエーデンノルエーフィンランドロシアの北部に住み、狩猟や漁労、トナカイの飼育で、かつては移動生活をしていた。国土の明確化により、移動も制限されるようになり、サーミ人も労働者やサービス業に転化されていき、言語を話す人も半分程度ともいわれており、何となく、アイヌと共通するものがある。
早く、北方領土をアイヌに返還してもらいたいものである。

それにしても、首都ヘルシンキからすごく吹雪いているのに、北部ロヴァニエミ行きの飛行機は平気で飛んでいくんですよね。まあ、冬はずっと吹雪いているから欠航にしたら、毎日欠航になってしまいますけどね。

 ところで、フィンランド語でクリスマスのことをヨウルという。各家庭ではクリスマス料理として保存のきく料理を食べる。厚切りのハムや、塩漬けのサーモン、ジンジャークッキー、おかゆのようなもの。そういったものを食べる、というより、飲む飲む飲む。酔い覚ましには少し外に出るだけで酔いは一気にクリアリィー。
おかげで1週間の滞在で、オーロラをみる時間もなかったよ。

 私の北極圏での目的は2つ。オーロラを見ることと、サウナでぎりぎりまで我慢して、雪の中につっこみタクをとること。結局ひとつしか達成できませんでした。


川の水の温度が,大気の温度より随分高ければ水蒸気に。


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