スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

(チベット)

天・石・穴・雨・青・崖・暗・晴・緑・旗・停滞(チベット)

ゴルムド

 列車内で服務員から買ったチベット・ラサ行きバスの切符をバス停で見せたが、そのバスはもう何時間も前に出ていっていた。列車内で切符を買った何十人という人々は怒り、バス停の切符売り場を壊しそうな勢いであったのは、昨日のことだ。そして、代替の切符の出発は明日だ。そういえば、列車内の服務員は、ビール瓶を車内に捨てると、烈火のごとく怒っていた。「こんなところに捨てるなあ」といい、窓の外に放り投げた。長時間乗っていると、何度もガラスが割れる音が聞こえてくる。態度は同じようなものだ。
砂埃だけが目立つ、興味のそそるものは何もない町で、バス停に引っ付いた宿に泊まっている。太陽は顔をのぞかさず、町は大地も空も区別なくモノラルの写真の様だ。
 ラサに強制的に労働に行く漢民族軍団に交じり、飯を食ったり路上ビリヤードをしたが、時間はたたない。三叉路の標識はラサ敦煌蘭洲とそれぞれ何百キロと離れた地名を漠然と書いている。一本道なのかも知れないが、気分はズドーンとなる。広すぎる。
「天に定むる歓喜王宮全方勝利」とチベット方面に向かってつぶやく。チベットの正式名称だ。チベット文明はアジアに現存する数少ない(四つ)文明である。

ラサ河のほとりにて

 歩き疲れて一休みしている。ネパール領事館、人民公園を経由して、屋台でコカコーラを買った。日本を出て以来、初めて買ったコーラは高く、人民元は財布に一角だけとなってしまった。銀行に行かなければと思いつつも、貴重に思えるコカコーラを河のほとりでゆっくり飲みたいと思った。泥の河の流れは速く、河向こうに見える山々には木が生えておらず、人間程の大きさの石が剥き出しにゴロゴロしている。空は遠く、これ以上青くなれば青でなくなってしまうほどの青。空気は相変わらず薄く漂い、昼間の一時期だけ太陽光線を浴び、かろうじて半そでが心地よい。私は、飲み干した缶を河に投げた。浮かんで流れているのは、私の投げた缶だけである。すべての自然の物質を飲み込んで融合していくような泥の色と流れの速さを持つ河は、人工物を拒否しているかのようである。缶は回転も沈みもせず、避けられるように、液体の上を上滑りしていくように、河の上を平行移動するように、まっすぐスススーっと固定されたように川下に運ばれていく。
 後ろを振り返る。遠くにポタラ宮。煙草を吸って、仮初めの陽気な天気の中、よどみ、トラックの微かなエンジン音、川下方向にマニ車を回すばあさんの散歩、蝿、川上方向で洗濯する娘、彷徨、荒涼、記念碑、そんな中、ひとつの存在として他人事のように私はここに在る。
 歯痛に耐える。歯痛の痛みは、誰もが手軽に体験してしまう痛みのうちで最も不快で重いものである。気分を紛らわすこともできず、気軽に厭世的になる。痛みの慣れもない。歯にかぶせたものと歯の間に僅かな気泡が、高度差のため気圧が変わり、頭痛以上の痛みを伴う。血液が流れ、脈を打つたびに、痛みが頭と右奥歯を往復する。真面目に帰りたいと思うようになった。下界へ。しかし、悟りとは何か分からないが、こういう体験は必要なのだと思った。哲学的閃光はこういうときにやってくる。疼きを和らげるために正露丸を詰め、ツボを押さえ続けてもがく。意を決して、屋台の牙科に行ってみることにした。生々しい入れ歯を置いている屋台を思い出し、頬を押さえながら、出かける。やがて、屋台が見えた。一人の男が口を押さえて苦しそうに俯いている。押さえた口から血がしたたり、無表情な医者の顔を見た瞬間、私は後ずさり、口笛を吹き、愛しいベッドに舞い戻っていくのであった。ここでは歯医者は雑貨屋と感覚が同じなのだろうか。共産圏に神は存在しないのか。ここは中国などではない、神々の土地ではなかったのか。ああ無情、と訳の分からないことを呟く。
 呟いたお陰か、次第に痛みが和らぎ始めた。同時に何かから遠ざかり始めた。楽しい世の中が始まりつつあるような気がした。珍しい世界が広がる世界の中で、ただベッドでひたすら痛みに耐えていた私は、耐えることに忙しくて退屈を感じることはなかった。

広大雄大なごちごつした石とちょこちょこ生えるいとおしい程青い草。私の意識は朦朧として起きているのだか、死んでいるのか良く解らない状態。バスはただ進んでいるようだ。いずこかの方向に。バスが私を運ぶ。
羊。ヤク。牛。群れ。馬。草原。穴。山。崖。峠。雨。暗。雲。細道。停滞。河。泥。崩れ。曲がり。遊牧。ダライラマの写真要求。ブレーキの故障。旗。雪。石に書かれたチベット文字。薄。透。天。単調。
そして五千三百メートルの峠を越えた瞬間、私は私なりの詩人になった、と軽い高山病の中で思った。もう少し正確にいうと勘違いした。

人間の尊厳とは何ぞや

 バスは泥地にはまったりスリップして往生するので、二台で走っている。幾度となく峠を超え、高度を上げるにつれ、私は目玉を動かせない程の高山病に悩まされ始め、頭痛の中で、現実に広がる現実離れしたいつまでも続く大平原とキャラバンと紺碧の空と遠方にそびえる山を見ていた、と、思う。素晴らしい景色も過剰なほど単調で、進んでいるのか全く分からない。私は何度も一分でもいいからこの景色を今まで会った人々に見せてあげたいと思っていた。どうせ、一時間一日走っても景色は変わらぬ。そして意識は半分喪失状態で、起きているのか眠っているのかもあやふやになる。この風景を、細切れに分け、毎日一分ずつ見ることができれば、簡単に詩人になってしまう。バスの中は現実の世界で現実的に中国流行歌が流れている。ただ、誰も話をせず、坂道で完全燃焼しきれないエンジン音と振動が激しくなる。
 
 まだ続く天国に近いため広すぎる空の下、六千メートル以上の山々、山麓が数十キロにわたり広がる平原。緑の低草、石、岩。軽い高山病からくる頭痛と吐き気。人工的なものはこのバスだけ。何時間も。いや、石と旗があった。文字を刻まれた石と旗が、大自然の中に所々残されていた。
 やがて、村が現れ休憩。コンクリートでできた建物が便所。中に入ると八穴空いた穴に八人しゃがんでいる。便所内には仕切りも便座も金隠しも手洗いもなく、八つの穴が開いているだけで、その八穴からは既に堆積物が富士山のようになっている。そのため、八人はずっしり座れず、半腰になってズボンをずり下ろしている。お互い話している奴もいる。そして、他人のその瞬間を生まれて初めて目撃してしまった。廃棄する姿を八人同時に。
人間の尊厳とは?
外は大自然。人間の密度が異常に高いこの場。何故、自然の中でしないのか分からぬ。道徳なのか?

 その後もバスは何度も立ち往生し、我々乗客はバスを押し、もう一台のバスがロープで引っ張る。
ようやく五千三百メートルの峠を超え、意識は朦朧とし、一時的に詩人になってしまう。やばいと思い、何を思ったのか体温計で体温を測るが平熱。いつ詩を披露できるのだろうか。下界に降りれば、高山病は治り、詩人は終わってしまう。
 三日目。バスは盆地へ下り始め、木々が目立ち始め、家が密集しだし、菜の花のような色の花が咲く畑が増え、ついにポタラ宮殿が現れ、ここがラサだということが分かった。

即席詩人、未だ一行も書かず

兵舎に泊まった。土間も許そう。星が見えたり雨がが入ってくる天井の穴も許そう。裸電球一つというのも許そう。しかし湿った布団は許せない。宿舎の最低要件である。食事も外国人料金なのに抗議し、飯は抜く。
しかし、目に収まりきらないほどの平原の中に人工的なものはここだけ。兵舎にバスにランドクルーザーが数台のみ。出鱈目に暗くなるまで彷徨。高山病からくる軽い朦朧さの中で。羊の親子と一緒に。

国境手前十キロの地点でバスは高度を二千メートル下げ、いよいよ下界に突入していく。天から遠ざかっていくというのに緑が現れ、方々の木々から水蒸気がたち込め、木々の間から水が滝となりいくつも落ちて濁流へ注がれていく。まさに天界から俗へ降りていく通過の間である。空気が濃くなり、酸素の重みを感じる。軽い高山病から醒め、意識がはっきりしていくのが少し寂しい気がする。俗の世界でこそ生かされている私を深く認識してしまって。
川のせせらぎの音は下界のものだった。濁流でさえ、せせらぎだと思えた。畏怖する程素晴らしい風景とその風景の単調さから離れ、次第に俗なものに安心感を覚えつつあった。長かった天からの暮らしの記憶が急に現実感のないものに変わり、天にも地にも愛おしさを強烈に感じた。
中国からネパールへの道は土砂崩れで崩壊し、当分歩かなければならなかった。税関を越え、十メートル先の一件目の茶屋に入ると茶がミルクティーに変った。但し中国製ポットではあったが。雨の中を崖崩れ沿いに歩くこと一時間、友誼橋を渡れば、領土はネパール。橋を渡ってくる人に日本語で叫んでみた。「今何時だい?今から十秒後に三時間二十分戻るぞー」勿論、荷物を運ぶシェルパに国境も時差も関係ない。
ここからまだ二日歩かなければ道が通っていない。そう教えてくれたのは、中国の入国を断られたアメリカ人であった。彼の取得したビザはピープルリパブリックオブチャイナではなくリパブリックオブチャイナ(台湾)であった。
十二キロ歩き、トラックに乗り数キロ、乗合タクシーで数キロ、再び三キロの歩き。所々の道が決壊し、たまたま決壊した間にあったトラックや乗用車がその決壊から決壊までの間をピストン運転して商売をしているのだ。
そして民家に泊めてもらう。電気のない村の闇は濃い。ヘッドランプをつけて暫く散歩する。空に輝く満面の怖いくらいの星の下で哲学的脱糞。人生最高の体外へ不用物を練り出す体験となる。寝る食う出すの基本的欲求が心地よければ、人生はなかなか実りあるものに化ける。また、明日も歩く。家のじいさんが暗闇の中でゆっくり煙草を吸っていた。

翌日の夜。カトマンドゥ。ベッドメイキングの資本主義にみすみす涙する。





チベットで5300メートルの峠を越えた瞬間、俺は俺なりの詩人になった、と強烈な高山病からくる頭痛と眠気から錯覚を起こした。詩人だからといって詩を作るつもりはさらさらなかった。

下界インドに南下して、「詩人になっちゃったんだけどいいかな」と出会った者に宣言してみたが、あざ笑い又は失笑。

 一生懸命積み上げてきたものの先が見え始めた時、一気にぶち壊してしまいたくなる衝動に駆られて、その快楽に酔いしれてしまう今宵。本当に必死で守っているものがないなら、捨てちまいな。初期化のボタンを押して過去がスーっと真っ白になるとどんなに愉快だろうか。

閑吟の人クプクプは市井の人ピーターと対話を収録した。
「そんなこといったっても世界の半分は飢餓状態ですぜ旦那」
「このお地蔵サン、国籍は朝鮮だってさ」
「人が殺されるのはいつも不当な権力からの弾圧によってです」
「環境不適応者の続出です。飛ばし過ぎです。一億総分裂病で二倍、二倍~」
「人の毛をとってな、人の毛を取ってな、ホウキにしようと思ったんじゃ」
「新種の病気、戦争、人工爆発、ジンルイメツボウの3種の神器です」
「どこへいけばいい」
「SOMEWHERE OUT THERE」
「嬉しい手紙だよ。個人的な小さな喜びだよ。自然に対するいいようのない不安だよ」
「幕を開けろ、トリックスター」
「もっとバイキンを。消毒し過ぎ、もっとバイキンを!アチョー」

裸足の上からスリッパはおって、6日間風呂を抜かして、Tシャツは水色を基調に黒いミミズよ。
そいつうの上からGジャンはおって、7日間同じ格好して、Gパンは水色を基礎に花が飛び散るのよ。
とても気持ちが良い日差しの日には、部屋にこもって、TシャツもGパンも俺の体もくしゃくしゃになりながら起きることを拒否する。

朝には全く起きる必要がなかった。
もはや朝には全く寝る必要もなかった。

満席。リズムに合わせて、右手を挙げる。左手を挙げる。視線を投げる。櫛は不要。

机上の理論。飲みかけのコーヒーが底にたまったマグカップ。内側にワッカができている。不要な櫛。落書用マジックインキ。倒産したブテックから貰ってきた鉛筆削り。開けもしないDM封筒。

Dは言っていたな。初めての日本での給料が月300ドル。2回目が月500ドル。2回目は2年間オーバーステイして、その間にヤクザとの間に子供を産んだ。現在その男はは麻薬取締法違反で刑務所在住。そんなDは、祖国に帰ってきて言ってたな「毎日、毎日何もしないで生きているだけだ。疲れる」と。

コップは一度しか洗われていない。劇は永遠に続くが、残念ながら私は有限であった。

峠は決定を強いる所だが、ゆっくり小便をする所でもある






チベットのニャラムという村から5キロ程度でネパールの国境の村コダリに着く。その5キロの間にバスは高度2000メートル下げるのだ。その間の光景は、言葉の限界を感じる光景であった。いわゆる仙人の住む地域という感じで、天国から下界に降りていくのだ。緑が現れ、背の高い木で山が覆われ始め、その山も霧で半分程度しか見えず、そしてあらゆる木と木の間から水が湧き出て、山から幾重もの滝が出来ている。写真にとってはするもののバスからというのもあって入りきらず、そうして、私自身も高山病から来る頭痛と睡魔が消えて意識がはっきりしてきて、下界でしか生きていけないのだな、と認識していったのであった。


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