スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

デリー

その日のデリー その1

早朝、外に出ると暑い季節独特の一時的な涼しさを感じる。実は明日の予定はあっても今日の予定はない。もう一眠りできそうだ。

昼過ぎ。意味のない散歩がてら、カレーを食べることにする。英語で書いたメニューが一つしかなく、気を遣ってくれた支給係が壁に掛かっているそれを外して持ってきてくれた。突然、私は二年前にもここに来たことがあるぞ、と思い出した。支給の顔を凄い勢いで振り返った。彼はすかさずウインクをした。彼は「君のことは覚えているとも」という顔をした。私はメニュー表のことしか覚えてなかったというのに。切っていないジャガイモが一個と豆がポツポツ入っているカレーを頼む。爪の中が黒くなっているのは、敢えて無視して、攻撃的に手で食べる。手も味わっているかのように。自分の手だけが他人と共用できない。口に入れる箸や匙を共用しないことが、徹底した身分制度であり、習慣なのであろうか。五ルピー。

マンゴーシェイク大を別の店で注文。機械的に一気に、体内に入っていく。この氷で腹をこわさないかという緊張感がたまらない。まとわりつく蝿五匹が、体を這いずり回ってこそばい。五ルピー。

かつて友人がオカマにじゃれ付かれたホテルの前を通り過ぎ、やがて商店はなくなり、民家脇を通り過ぎる。

雲行きが怪しくなってきたので、急いで引き返す。珍しく、涼しい風が幾度か体をよぎって行く。察知した店主たちは、先程ののんびりさを捨て、道に出た商品を仕舞うなり畳むなりし始めていた。ある青年から青ボールペンを買った。ニルピー。ある子供からバンダナを買った。三ルピー。こういった気取らない買い物が何か嬉しい。

「ハロー、ティー?」と青年に呼びかけられる。凛々しい顔つきが気に入って、入ってしまう。ゆっくりチャイを飲む時間をインドから中近東を経て北アフリカまで、何億という人々が飲んで暮らしているのだな、今は私もそのひとりなのだなと考えると連帯感を感じる。

雨はドカンと降ってきた。窓のないホテルに戻ると。首都というのに、、毎日恒例の停電となる。窓のない部屋や廊下は闇に包まれる。都会でさえ、階段で膝を打つ程の濃い闇を失っていない。

明日はパキスタンをめざす。


その日のデリー二

日本へ帰るという朝、六時。最後に活発な朝の営みをもう一度、と道端に座り続けている。寒くて腰巻を体に巻きつけている。ちょうど、隣に台車を転がしてきたみかん屋が止まった。ここで営業するつもりらしい。早速おっちゃんにお金を渡す。朝一番の客におっちゃんは仰々しくお金を頭の上に挙げて目礼した。今日も一日やるぞ、という意気込みを感じた。目の前を、リキシャー人人人リキシャーオートリキシャー牛人人人。
犬二匹が喧嘩をおっ始めた。そこをゆっくり歩いていた牛が、突如犬目掛けて走りだし、喧嘩を止めさせた。犬の喧嘩の仲裁をしたことより、インドの牛が走ったことに驚く。
目の前にポンプがあり、人々が水を汲みに来る。そのおじさんもそういった人々のひとりであった。バケツに水を汲み、脇に置いて、もうひとつのバケツにポンピングして水を入れている間に、密かに牛が忍び寄り、ごくごく置いてあったバケツの水を飲んでしまい、しなやかに素知らぬ顔をして歩いていってしまった。そのおじさんが振り向いて、あれっという顔をして私を見る。漫画の世界か。
インドでもある薬用成分のある棒を歯ブラシに使う。次に来たおじさんは、得意そうに私を見ながら、にやけながら歯を磨いていたのだが、歯磨きに集中していなかったのか、棒を喉奥に突っ込み過ぎた。オエー。彼は吐いた。君はコメディアンか。
感傷的観賞であった。
寒いのは続くので、暖かいティーを飲むことにして近くの掘立て小屋に行く。朝から数人座ることのできる店は繁盛している。そこに乞食かクーリー(苦力)か、無茶苦茶汚れた服を着た、垢か地か分からない真っ黒な顔をした男が、本当に大事そうに一杯のチャイを啜っている。ゆっくりゆっくりと。彼は、飲み干すと、汚れた小さな財布を出した。一ルピー硬貨が五、六枚見える。もし、これが彼の全財産なら、何てダンディな奴なんだ。彼は、一ルピーを渡して、雑踏の中へ消えて行った。


デリーとニューデリーのハザマで

デリー駅とニューデリー駅は約4キロ離れている。
インドで大きな町では大抵駅を出ると多くのリキシャワーラー(人力車夫)に囲まれる。鋭い目つきでぼったくれる外国人をみるやいなや「乗れ乗れ」攻撃を執拗に繰り返してくる。
 都市とは、概ね、排除を元に成り立っている。特に生き物の排除。そこに許されるのは愛玩動物しかいない。しかしインドの面白い所は、たいていの都市部にでさえ、聖なるノラ牛、聖なるノラ猿、ブタ、鶏、いたち、そしてさすがにノラではないが象まで、いろんな動物が雑多に混じりながら都市を形成している。そこに人間が混じっている。
 そんな中にリキシャワーラー。
供給過多になっているのを気づいていないのか無視しているのか、我も我もとたった一人の私に値段交渉だのすぐに乗れだの囲んでくる。
私は奥にひっそりたたずみ売り込み攻勢をかけてこない男を指差した。
「おまえでいく、値段は4ルピーだ」
気の弱そうに見えた諦め顔だった高杉晋作似の彼は「何でボクが」とでもいいたげであり、猛攻をかけてきたワーラーたちの罵声とときに高杉晋作の頭をこづく奴まででてきた。
 高杉晋作はしなやかな腕を上げ、首を縦に振り、アチ(いいよ)、と言った。
ガムチャ(手ぬぐいのようなもの)で汗を拭き、彼はペダルを漕ぎ出した。
他のワーラー達の罵声が背後に聞こえる。まだ5ルピーなんていってる奴もいる。
時に、荘厳で命をすり減らす乗り物である。




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