スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

ボンベイ

ボンベイ


近郊列車が走るようになる。電車は空きっぱなしで、人が列車からはみ出ている。半分以上はみ出ている人もいる。スラムを通り抜け、駅のホームに入る。列車はまだ止まらない。が、人は飛ぶ。サリーを着た女性も跳ぶ。跳ぶインド人女性。
駅を出る。リキシャーがない。すべてタクシー。民族衣装でないインド人女性の大軍。

「インド門へ」仕方なくタクシーに乗った私は告げる。
タージマハルホテルというインド最高峰に属するホテルがある。しかし、静かで豪華なロビーから一歩出ると、足がないため手で漕ぐ三輪車に乗る乞食や、ブラウンシュガー(くずヘロイン)売りの男、もわもわもわーっとした空気、排気ガスにクラクションの連続、ぼろぼろのアコーディオンを奏でる乞食の子供、真鍮バケツに氷と水を入れてジュースを売る少年、単に暇つぶしをしているシク教徒、外人を見てはバクテンをしてお金をせびる女の子らが、一挙にドバドバドバーっとよってくるわ拠ってくる輪で、最高峰から最低辺まで僅か五メートル。じぇんぶでインドなのだ。ボンベイは貧富の差が激し過ぎて、悲惨な状況を生み出している。街並みこそ、ロンドンだというのに、気候と路上の風景の違いは壊滅的でさえある。
そうはいっても、私は幸いにも、ある程度上からある程度下までは行き来できる分際なのである。私は迷惑にも、日本人旅行者を騙し、タージマハルホテルのバスタブを使わせてもらえる許可を得たのである。収入一日百円程度のインド人から見れば、一泊年収を越える部屋というのは、極刑に値するのではないだろうか。冷房済みの部屋の中ではテレビで「トムとジェリー」を放映中。ベランダに出る。十五階からは、都市の喧燥が無秩序に交じり、ワーッという生活音とムワーっとした生活臭が天に揺らめいて昇っていく様を感じることができる。時折周波のずれた車のブレーキ音やクラクションの音がとび抜けて不協和音として耳に入ってくる。しかし、ベランダから部屋に入ったときの衝撃のほうが強い。この静けさ、フワフワのベッド、四十日ぶりのバスタブ、テレビ。インドを差し置いて。部屋は快適性のためか多少圧迫感を感じ、非人間的なものを感じるが、涼しいといえば誤りで、暑苦しいといえば誤りの世界で、平均的インド人一生分の快適を味わってしまったのではないかと不安になる。同時性の微笑を。

ボンベイロンドンを散歩する。
公衆トイレの掃除人。薄暗いトイレ内の片隅に三人の男が向かい合い中座になって飯を食っていた。トイレの中で生活しているのだろうか。太陽の日を浴びることがないのだろうか。、何故外で飯を食わないのか。終末感をださなくてもいいではないか、こちらも気が滅入ってくるではないか、と思わずには折れない。
時間の存在というものが分からなくなってくる。狂気、あるいは非日常を柔らかく体験するだけでも、正気が何たるか少し感じることができる。
小奇麗な格好をしたおじさん、抱えていたアタッシュケースをおもむろに開けると、ケースいっぱいの大きさの体重計。通りに置き、道に座り、不動。三十分経過。客はない。信じているものが通らない。通らない。
足のない売人。スケボーに乗って移動する。彼は、西洋人とヘロインの価格の折り合いが付かなかったようだ。散々文句をたれた売人は、西洋人に張り手を食らい、スケボーごと吹っ飛んだ。西洋人は去り、罵声を浴びせながらスケボー台車を転がしていく売人。アスファルトをガガガガーと転がしていく音を残して、ジャンキーを追う。
部屋では、隣室で黒人が口笛を吹く。多少インド音楽の影響を受けている。カラスが同調する。


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