スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

シャンティニケタン・タゴール大学 インド

インドでのこと。
師匠が死ぬことになった。変な表現かもしれないが、最期に近いことを予感できる人もいる。
大きな木の下でそれはころがっていた。そこにあった。土まみれで自然に還って行く無駄のない肉体があった。それは大木が地表に出た根っこの一つの様であった。彼は死ぬ3時間前に簡素な言葉で遺言を残したという。「私は死ぬ。葬儀は簡素に。借金なんかはするな。でも葬儀方法は妻のやりたいことを最優先させてやってくれ」そういって彼は戻っていったそうである。なんてダンディな奴なんだ。「ダンディズムとはデカダンスにおける最後の英雄的光景だ」とボードレールは語った。意味を間違えても、彼の最後に近い一枚の写真を見て、生きざま、そしてそれ以上に、死にざまを感じさせてくれる者は、明白にいうとダンディだと思う。

 亡骸の前に、連れ添って生きてきた妻は、音楽を奏でながら踊るように見えたという。ヒンドゥには墓がないと思っていたが、埋められた所に石を置く。日本でいう墓の概念とは違うのだろうか。「この抜け殻である肉体は土でさらし、雨に打たせよ」という台詞が似合いそうな気がした。間違えていればすまん。 

格好よく死にたいな。そのためには格好よく生きたいよ。


気のいいチンピラ、アカイのこと

 命を磨り減らして仕事をしている姿を目のあたりにする乗り物。リキシャ。太陽に照りつかれても、雨に打たれても、この尊大なる乗り物は、走るほど速くなく、歩くほど遅くなく、ヨタヨタという感じで進む。
 浅黒く細い足は汗で光り、何度となく座席を降り、ガムチャ(万能布)でサドルを拭き、そのまま顔を拭って、汗をふき取る。ルンギー(腰巻)を締め直す。
 「チョロー(どけ)」といいながら道中、人をかき分ける。しかし、大抵は歩行者に無視され、道を空けてくれようとはしない。
 目的地に着くと、また値段交渉のやり直しもしばし。乗客との喧嘩が始まる。

 かつて、リキシャマンと交渉して、1日リキシャマンをしてみた。勿論、客を取るのではなく、そのリキシャマンに座ってもらって、私が適当に漕ぐのだが、ペダルは重く、少しでも上りの傾斜になると、立ち漕ぎしないと進むことが出来ない。汗が涙の如く噴き出て、髪の毛が火傷する程に熱くなる。体全体を重しにして、私はいつもここでは客、あなたはいつも漕ぎ手という構図に少しやるせなさを感じながら、また明日からは、私は客になることができるのだな、金持ちの感傷に過ぎないなと思う。

 インド、ベンガル地方の郊外の村。
夜に、鉄格子の入った窓を開けて寝ていると、寝ている間に、鉄格子の隙間から棒のようなもので引っ掛けて、物を盗んでいく泥棒がいるから気をつけろ、と元泥棒に聞かされていたので、そのことが気になっていたこと、蚊取り線香が切れて、蚊の猛攻に曝されていた頃、けたたましい程に鳥が鳴き出した朝方、私の名を小声で呼んでいるような気がした。
 ボルプール最後の朝、もう一度、ベンガル語で私の名を呼んでくれていたのは、元泥棒、現リキシャマンのアカイであった。
 情けないことであるが、下痢にやられてしまったため、普段の身の回りのことは、頼んでもないのに、彼が何でもしてくれて、どこかに案内してくれても手際よすぎてよく憶えていないが、マッサージをしてくれたことは憶えている。彼らは、恒常的に薬を買ったり医者に診せる資金もないし、第一、周りに病気の人が多すぎるのだ。栄養からくるものだと思うが。そのため病人の扱いには手馴れたものであり、距離の置き方が絶妙に感じた。彼らのできることは、祈ることだけだ。
 彼がマッサージしてくれることにより、プラシーボ効果か、どこか安心できた。しかし、アカイの厚い手と私の熱いおでこが摩擦して、垢がでると恥ずかしいなと思いながら。



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