スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

上海

上海のこと。

16年前は立ち食いで餃子や西瓜を食べた。
今回は上海蟹を食べた。
16年前はバンドはライトアップなんかされてなかった
し、川の土手は土だった。
今回は整備されており対岸も高層ビル群やテレビ塔がすごい。
16年前はタクシーは1台しか見かけなかったが、
今回の夜の移動は全てタクシーであった。
16年前は浦江ホテルに泊まるだけに1日を要し、
野戦病院のような部屋に案内された。
今回は見に行くとナンとまだドミトリーが残っていたが
レイアウトは完全に変わっておりどこだか分からなかった。
16年前は上海大廈というホテルができたばかりでなんて
でかいんだと思っていたが今回見ると15階建てでちっさく
なっていた。
今回は世界第3位の高さを誇るハイアットホテル最上階
88階にエレベーター3回乗り継いで行った。
450メートルからのバーの眺めは、霞んでおり、50階くらいからの景色のほうがいいかも。
今回は小室徹也プロデユースという上海一番人気のディスコ
に行ったが、なかなか普通だった。
16年前は知り合ったおかまに連れていってもらったあ最新のデートスポットの喫茶にはプレートにみかんとコーヒーとコーラが乗っていた。何か意味分からなかった。
16年前にも今回も和平飯店オールドジャズを覗いた。
ここぐらいか変わらぬ風景はって感じであった。
とにかく上海はすごいことになている。要はいわゆる欧米日本が発展してきた途中段階を抜かして、最新鋭先取りという感じ。
いわばラジオから民放飛ばして衛星、手作業からローテク飛ばしていきなり最新鋭のハイテク技術、地震がないからごっついインテリジェントノッポビルを農地から建てる感じ。共産圏でもあるから、いきなり1ヶ月で100万人を立ち退きさせて、そこに緑地、そしてビル群。
世界最大の人口、いけどいけど建設ラッシュ、どこまでいっても集合住宅。

16年前の上海のこと

私は船で上海に上陸したが通関に90分。
関税の申請にニコンのカメラに何故か200円で買ったタイの真鍮の腕輪。
50時間の列車の料金は980円。
上海博物館1元。ラーメン0.7元(20円)。ジーパン買ったら120円。
どしゃぶりでも傘をささずに歩く人1割以上。

そうだ。そんなことを思い出してたら一人の高校生の事を思い出した。
彼は失恋で、上海まで何故かやけくそできた高校生。
しかし海外が怖くて仕方なく、上海到着当日私をみつけてまとわりついてくる。私も当時は19歳、弟のように感じた。
私は「チベットにいく」とだけ伝言を残して別れた。
そして2週間後ぐらいだったか、彼はチベットの首都ラサに現われた。
それも数人引き連れて。「あなたがいいっていうから来ましたよ」って。

そして数年後、日本で彼は私の家に遊びにきた。
「あなたがフィリピンも面白いっていってたこと分かりました。はまってます」っていっていた
あれから会っていないが、今、彼の行方を探してみることにした。
名古屋だったはず・・・




友人の作った歌(踊りつき)1987年上海、今とは全然違う。
共産圏の人々は全身全霊で働きたくない意思を明確にし、面倒と販売を
嫌い、給料の平等性を能力関係なしに尊重する。超事なかれ主義。
神戸港から鑑真号に乗って2日後上海に到着。没有(メイヨー)

鑑真降りたら速攻で、メイヨー
プージャンホテルに走ったさ、メイヨー
おっさんひとつ部屋をくれ、メイヨー
一番ドツボの安い部屋、メイヨー
ひまわり種噛む服務員、メイヨー
口をとんがらせ言ったのさ、メイヨー
部屋はすべて満室じゃ、メイヨー
仕事をするのはうっとうしい、メイヨー
これがこれまた不思議なメイヨー物語

闇両替した人民元を握り締め、メイヨー
列車のチケット買いに行ったのさ、メイヨー
おっさんウルムチまでひとつ売ってくれ、メイヨー
一番ドツボの硬座でいい、メイヨー
えらく不細工な服務員、メイヨー
鼻くそほじりながら言ったのさ、メイヨー
アナタ外人だから売れないよ、メイヨー
CITS行きなさいメイヨー
とのかくここではメイヨーメイヨー


メイヨー音頭
若かりし5厘刈した私。しかし、1本だけ髪の毛を伸ばしており、これは5年間延ばし続けた。辮髪・・・


上海日帰り旅行
KIX-PVG-KIX

 6時45分、無事起床するのであった。そして、税関の印象を良くする為、カウンターの方の心証を良くして間違ってビジネスクラスにしてもらえないだろうかという淡い期待を込めつつ、ラルフローレンのチノパンに、ミヤケイッセイのジャケットでばっちり決め(ジャケットはサイズが大きいのを間違って買ったのでこの10年で5回ぐらいしか羽織っていない)、7時7分の電車に乗り込むのであった。そして、大阪発7時40分のリムジンバスは、渋滞もなく、私が熟睡している間に、50分の歳月をかけて、関西国際空港に着いてしまったのであった。国内線は15分前、国際線は40分前の少し前に到着することをモットーにしているのだが、国際線は最近込んでいるので、できるだけ早く行くことをモットーにしつつある。さすがに、チェックインに30分の歳月を並び、チケットを貰った時には、既に9時30分という時刻を指していた。
 再び、エックス線検査が、今までない程の行列では合ったが、胸に、便名を書かれたシールを貼られてしまった威力が発揮されることもなく、順調に、機内に入ったのは、出発10分前であったことは、ここだけの話であり、本日は、旅行霊的ステージをワンランクアップさせるべく、気合が入っているように見えながらも、既に、お絞りをもらうまでもなく、眠ってしまったのである。飛んでいる時間は、ほんの2時間35分であり、その間に、2本目の赤ワインに突入していたのであった。
上海
上海
 おまけに、ミールのトレイを返す時に、客室乗務員の方に「あれれ、パンダのお菓子食べられないんですか」と突っ込みを入れられ、「いえいえ、食べます、食べます」と言って、前のポケットに入れるのであった。(しかし、後からかばんからそのお菓子を出すと、パンダの原型を留めていなかったので、路上の物乞いに上げたのであった。というか、原型を留めていても、あげるつもりであった)
上海
プドン(浦東空港)に到着するやいなや、私は、取り急ぎ、4階の出発チェックインカウンターに向かい、がら隙の中、チェックインしたい旨を伝えたのであるが、チェックインは14時半からですと言われ、あえなく退散し、即座に、タクシーにも乗り合いバスにもリムジンバスにも路線バスにも列車(ないけど)にも乗らず、リニアモーターカー乗り場に向かうのであった。
上海
 30キロ程離れていようが、7分20秒で到着するのである。まるで、太陽光線が地球に届く時間、8分19秒のようである。料金は片道50元(1元=約15円)であるが、当日往復すると、往復で80元である。迷わず、ラウンドトリップと言って、往復を買うが、切符売り場のあんちゃんは、「えっ?今日だけだよ、有効なのは」と怪訝な顔をするので、私は大きく頷き、しなくていいのに、指を往復のつもりで2本上げたのである。おまけに、間違って何故か200元渡してしまったのであった。(両替したばかりで、少し良く分かっていないというかボケていた)。そして、何故か、切符を4枚貰い、まだ気がつかず、リニアモーターカーに乗ったのであった。時刻は1秒の狂いもなく、11時45分に出発し、もう一度切符を見た時に初めて、2人分を意味なく買っていたことに気がつき、ああ、とうなだれながらも、速度と景色に注視するのであった。2分後には、既に時速200キロを超え、あれよあれよと言う間に、300キロ、400キロを超えていくのであった。そのスピード感たるや、あまり感じることもないのだが、リニア同士のすれ違いは、正に時速400キロVS時速400キロの800キロの死闘となり、4両あるにもかかわらず、時間にして0.1秒ぐらいなにか、衝動があって終わりである。地上での最速を人生で体験した訳であるが、400キロを超えている時間は3分もないぐらいで、速度を急速に落とすと、300キロでもすごくトロく感じてしまい、200キロ新幹線なみともなると、なんだか、傷ついたアヒルの行進のように感じられてしまい、慣れとは恐ろしいものだと実感せざるを得ないのであった。
上海
 しかしながら、リニアモーターカーは、まだ中心部まで行っておらず、1秒の狂いもなく、到着し(しかし、ドアが開くまで5秒かかった)、地下鉄2号線に乗り換えるのである。
上海
19年前に来たときは、地下鉄はおろか、タクシーでさえ走っていなかったというのに、乗ってくる人は背広のビジネスマンであり、オシャレした若い女の子なのであった。思わず、背広男や、化粧女をジロジロ奇異の目で見てしまう。見てばかりもおれずに7駅15分の時を経て、人民広場に降り立ったのであった。
中略(ソレは明日を待て)
上海
猫じいさんのところにお伺いするということにしていたのだが、思わぬハプニング(ソレは明日以降を待て)で時間が迫り、決断を迫られる所であった。直ぐにタクシーが捕まれば、5分程度なら挨拶する時間があるなと思い、タクシーを拾おうとする。しかし、いつもの癖で、1台目はなんとなくやり過ごすのである(何となく、日本でもそうなのでが、1代目はぼったくられるのではないかという意味のない恐怖が私の暗い心を満たしている)のであるが、2台目の空車が5分たっても何故か、来ないのである。全部が全部客を乗せているのである。そんな訳で、お土産の大吟醸を持ったまま、空港に戻ることにした。前回、マニラで空港に余裕を見て2時間前に到着すると、チェックインに55分、イミグレに55分待たされて、出発5分前にやっと、エックス線を超えて焦った思いもあったので、それを教訓として、今回も、1時間半前に到着したのであるが、何故か名古屋行きには行列なのだが、大阪行きには誰も並んでいない。あれれどういうことかと思ったが、あっさり、チェックインできたのであった。
上海
郵便局に行き、猫じいさんに、大吟醸を送ろうと試みたが、中身は何と聞かれ、無視した。何なんだなんだと言われ、(中国語だけど、そういっていると分かった)、頑張って無視したのであるが、結局包みを開かれてしまい、割れ物はダメ!(中国語は分からないがそういったと意味が分かった)と、品物を返されてしまったのであった。どうしよう、困った。
上海
 仕方ないので、空港を出て、路上で、一気に意味なく大吟醸を飲む私であった。何で、液体は機内持ち込みできないんだよお、俺の胃袋に液体つめるだけじゃねえかよお、といいながら、排気ガスもイッショに吸って、酔っ払うというより、一気飲みも重なり気分が悪くなってきた。このままでは、機内に乗るまでに倒れてしまうんではないかという疑問を呈しつつ、エックス線コーナーに向かうのであった。
 これがまた、エックス線もイミグレも何故だか、拍子抜けするぐらいガラガラで、1時間5分前には、搭乗口に到着してしまったのであった。これは暇だ、おまけに、少しだけ元も余っているので、上海蟹1匹と残り買えるだけチンタオビール(2本)を購入。店の売り場の人には、「1つだけ?」とバカにされたような言い方をされたが、威厳を持って、元を使い果たすのであった(と言っても、5元残った)。
 そんな訳で、機内に入った時には、かなりのヘベレケに近い状態にて、客室乗務員の方に、限定パンダ商品をあるだけ下さい(ヤフオクで売るから)と言ったのであるが、短距離便にて取り扱いがないんです、ゴメンネといわれたのであった。18時45分に出発した飛行機も、ほんの1時間半で関空に到着、思わず、沖縄より近いのである。沖縄より近いが、さすが国際線、飯はでるわ、飲み物はでるわ、免税はあるわのテンワヤンワであった。(テンワヤンワなのは客室乗務員で、私は殆ど寝ていた)
 そんな訳で、日帰り海外旅行の金の字塔を建てたのと同時に、海外で(空港でのアルコール以外)何も食べなかった旅行なのであった。・・・ああ、明日仕事だ、23時25分に帰ってきた私は急速に憂鬱になっていくのであった。




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