スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

バンコクいろいろ

タイのバンコクの大丸の地下で散髪してもらったことがある(もしかしたらそごうかも)
まあまあの高級サロンで、私は部屋に通された。
個室散髪。
何故だ。鏡張りの部屋に散髪台。
とりあえず散髪台に座っていると、渋い男がハサミを持って入ってきた。私はゼスチャーで髭を剃ってくれることと、ばっさり短く切ってくれということを伝えた(が、全然伝わっていない)
男は片手をひじにやり考えるポーズをとった。
なるほどワシの頭をどうカットするのか考えておる訳
ゃなふぉふぉふぉ、と思っていたのだが、よく見ると、考えるポーズで固まっている理容師は自分の顔を見ていた。
何故だ。鏡張りの部屋にて自分の顔を見て嬉しいか。


バンコク1日目
 当時まだタイの地球の歩き方も出ておらず、バンコクのドンムアン空港も、現在の横にある小さな国際空港であった。
 とにかく私は、まだ良く分からず、安いことが無条件に良いことだと信じており、日本人のたまるチャイナタウンのヤワラートも西洋人のたまるカオサンロードも知らず、サイアムスクエアのナショナルスタジアムに併設されているナショナルスカウトホステルという所に行った。
ドミトリー1泊150円。

しかし私はふと思った。こんなに安いのなら、公園にテント張る必要なんかナンもないやないかと。
2ヵ月後に戻ってくることだからと勝手に荷物入れにテントを入れ、無断でチャイナタウンの泥棒市の路上で買ってきた南京錠を閉めた7月22日であった。




 ボクは、何度か海外でお金がすってんてんになったことがあるが(正確に言えば三度だけだけど)、そのうちの最後が卒業旅行であった。それもボクが破産したのではなく、ボクの後輩が2度にわたって破産したのだ。
 そのときやっとバンコクに着いて、一人が帰国し、その後輩と二人になった。持ち金は宿代を払えば自由に使えるお金はあと二日で二人で百円というところか。
 仕方ないので、ボクはモノを売ることにした。ボクは何とウォークマンを売り、三千円を手にし、一挙に金持ちになった。ボクの後輩はボクの所持品を勝手に売った。ボクのベルトを三十円で。ボクのランボー「地獄の季節」とサリンジャーの「フラニーとゾーイ」を三十円で。ボクの余ったフィルムと、運動靴。ボクはちょっと激怒。
後輩は反省したのか、日本人をつかまえてボクの千円のテレホンカードを売ってきた。
でも売った時は既にチャックインしていた。
馬鹿者!ボクは激怒を越え呆れた。

 空港税のことをすっかり忘れていて、なんと20バーツ空港税を負けてもらったというのに・・・



なんとなくバンコク

1980年代、オイラは、初めてバンコクに来ました。バンコクの空港は今の空港の隣にあって、レーダーがくるくる回るのが見える小さな空港でした。まだ「地球の騙し方タイ編」がなかったので、小富豪旅行者向けのガイドブックはオーストラリア人の書いたロンリープラネットしかありませんでした。
それによると、空港からは29番バスか列車で行けると書いてました。今ほどの大富豪でもエグゼクティブでもなかったので、タクシーはつかまえずに、駅に行きました。列車を待っていた坊さんにファラポーン中央駅行を聞いたのですが、英語が通じませんでした。もしかしたら、オイラが英語ができなかったともいえます。駅員に聞いてもニヤニヤ笑うだけで要領を得ないので、バスに乗ることにしました。29番バスはどんどんいくらでもやってきますので、2、3本意味なく見過ごした後、バスに乗りました。2バーツでした。当時は1バーツ10円なので、10円です。(後年、少しエグゼクティブ度が増し、冷房にも乗りました)交通渋滞で、終点につくまで90分程度かかり、これで10円ならなんとなく得した気がしましたが、交通渋滞だっただけでした。
オイラは、経済学部だったので、いくらプチ富豪といえども、経済的な宿を選択するしかありませんでした。念入りに調べ上げた結果、サイアムスクエア近くの競技場のユースホステルが30バーツ(150円)だったので、駅からサイアムスクエアまで歩きました。勿論、タクシーかバスで行ってもよかったのですが、空港からのバスが実はここを通り過ぎていたのに、むかついて歩いていったのです。1時間も歩かないうちに宿に到着しました。途中、屋台に何となく座り、バーミーナムを食べました(その名前を知ったのはずっとあとです)。
屋台の中国人が、紙を持ってきて、「日本」と書き、私を指差し、「中国」と書き、自分を指差し、微笑みました。何となく旅情はじまったじゃん、心の交流、なんて結構勝手なこと思った純情なオイラでした。
宿に着き、外へ出ると、早速、散歩中のタイ人おっさんに声をかけられ、ビールを飲むことにしました。いい人だなあと思っていると、いつの間にかオイラが勘定していました。タイでビールはとても高かったので、オイラはここで一気に意気消沈しましたが、まだパッポンもカオサンロードの存在も知りませんでした。マレーシアホテル周辺かチャイナタウン周辺にしか宿はないと思っていたのです(カオサンは多分まだロンリープラネットでさえ1行ぐらいしか書かれてなかったと思います。その存在は、チェンマイで出会った西洋人に教えてもらったのです)
 そんな訳で、ここからずっとバリまでの旅が続くのですが、また3ヵ月後バンコクに帰って来た時に最後の宿としてまたこのユースホステル(ナショナルスカウトホステル)に泊まったのですが、最終日は、最終空港行きバスに乗って空港にゴロ寝しにいったのでした。


その後、なんとなくバンコク
 ワシの所持金は3,000円を切っておった。騙されたり、散財したり、ぼられたりし続けたただけである。残りのバンコク滞在日数は3日である。そのまま日本に帰るとは問屋が卸さず、ソウルにストオップオーバー5日が控えておる。勿論、齢10代にシテ、プチ大富豪であった私は、顔パスが効くと思ったので、クレジットカードは1枚も持っていない。学生の分際でカードを作るのも言語道断支離滅裂侃々諤々日々是毎日である。
 そんな訳で、私は涙ながらに金の無心をすることにした。ちょうど、この日、先輩が日本に帰るということを覚えていたのである。ワシは、その人がきっと空港で寝ると踏み、最終29番バスで空港に向かったのである。そして、先輩はいた。先輩の名誉のために名前は伏せておくが、通称ガリバーである。本人の前では言えないのが玉に傷なのであるが、身長190センチにして、21歳にしてまだ身長が伸び続けるのボレロなのであった。名誉を殴り捨てて、ワシは、空港に存在感を漂わせながら、床に転がっている先輩に優しく声をかけたのであった。
 「センパイ、オカネカシテ」
ガリバー先輩は、目を覚まし、目を擦りながら、慎重な顔つきと、高潮させた頬のまま、どことなく元気がなかったのであった。
 「ああ、詐欺にあって、金ないんや」
ガリバー先輩の話によると、こういうことである。
 それは昨日のことであった。最後のチャイナタウンをブラブラ歩いていた所、車から身を乗り出した美人に声をかけられたのだという。1人はシンガポール人、1人は香港人、1人はマレーシア人なのだということで、この時点で怪しい訳だが、旅行者、ハプニングを好むの法則に則り、ついつい観光案内に連れていってくれるという甘い誘いに、全財産をベルトに巻いていることを確認し、取れるわけないよな、と自己弁護しながらも、乗ったのであった。
 しかし、車は、観光観光といいながらも、あるモーテルに入っていったというのである。この時点でヤバイ男が出てきて身包みはがされるのでは、と思うのが常時であるが、気分は高揚し平常心はないのである。平易に言えば、スケベ心がでたのではないだろうか。どんな高貴な言葉で語っても、ガリバー先輩の下半身もガリバー状態だったのであろうとワシは予測した。そして、ガリバー先輩は、生まれてはじめての4Pを体験したという寸前であったが、4人が裸になった数秒後には、そのうちの香港人か誰かが、外を見て、「きゃあ、彼氏がいる」とわめき出し、「これからお楽しみだったのにゴメンネ」といわれ、いそいそ服を着出したので、ガリバー先輩も自ら身包みはがされ状態から、馬のぶらさげニンジン状態と変貌し、急いで、Tシャツやパンツを反対に着ながらも(多分)、車に乗り込み、そして元いた場所へ下ろされたのであった。まあそれでも中途半端でもなんとなく得したと思ったガリバー先輩は、そこで、ビールを飲んじゃったりなんかして、いい思い出作ったよなあと感慨深く思ったのであった(と思う)。
 しかし、これが作戦であり、そういった砂利金はちゃんと残っているのであったが、ハラマキに巻いた全財産は、驚くことに見事に空っぽなのであった。最後の夜をスリクロンなどの高級ホテルなんかでフィーバーして泊まってやろうといった先輩の企みは無残にも夢破れ、夜、空港に向かったとのことであった。そして、寝袋を床に敷いて、フテ寝、ウトウトというときにワシが出現したというわけである。



 まあ、前置きが長くなったが、要約すれば、私はオカネを借りることができなかったということである。
仕方なく、私は、チャイナタウンに戻り、7月22日噴水の前で、ただただ時間を潰していたのであった。何故なら、冒頭のとおり、空港税150バーツ(当時750円)を払うことを考えるともはや、ジュース一杯、煙一服も大事にしなければならないのである。
 そこに、手ぶらの娼婦がフラフラ寄って来て、私の隣に座った。「スリープ、スリープ」と彼女は言った。ワシは、全財産がいかに少ないことを日本語で熱弁を奮い、これがあさってまで使える全財産であると、100バーツ1枚を見せたのであった。娼婦は、何を思ったのか、噴水の脇に座ったまま、本当にスリープしてしまったのであった。頭が舟を漕いでいた。ワシは、ランドアバウトになっている噴水の周りを回る車やトィクトゥクを眺めていた。
 やがて、娼婦は立ち上がり、去っていった。
しかし、娼婦は、戻ってきた。ゆで卵を一つ持って。殻を剥き、「あなたオカネないのね」といって卵をくれた。
 ワシはタイのやさしさを知った。
 ワシは、タイのいい思い出と残金1,000円を持って、韓国5日間の旅に出たのであった。





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