スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

2時間のアムステルダム

2時間のアムステルダム

 「ちょっとまてよ」
私は、飛行機がアルプスを越える頃に思っていた。浅ましい私は緻密で完璧な計画を立て始めた。
 「アムステルダムでの大阪行きの待ち時間は2時間20分である。街に出て、ひとときのハイタイムが過ごせるのではないか。荷物はイタリアから日本までそのまま持っていってくれることだし。」
 決心を固めた頃、アルプス山脈は終わり、青かった空が、雪の街が現れてくる。世界はあなたのもの・・・

 アムステルダム、スキポール空港に到着すると、私は一番に席を立ち、長いロビーを勢いよく直線的にズンズン進み、イミグレーションも税関も強張った笑顔で通り過ぎ、まずは空港を出た。そのまま、振り返ることも迷うこともなく、速攻で駅に向かう。
 ロッテルダムからやってきた列車はビジネスマンで溢れかえっており、よりよく私は、シャキっとした。ここまで15分。
「アムステルダム中央駅まで4駅20分、往復40分、列車は1時間に4本、列車の駅での待ち時間15分、空港から飛行機まで20分、予備時間20分、つまりアムステルダム市内滞在時間は、許されるところ、30分!」私は飛行機の中でこの計算ばかりをしていた。大学の試験のように計算するごとに合計が変わるという一抹の不安を抱えながらも、兎に角市内滞在は30分以内なのだ、と呟いた。
 家庭で父親に暴力を振るわれ、絶対こんな感じの人とは結婚しないと反面教師にしながらも、父親のような人と一緒になってしまい、暴力夫に悩まされる女の気分になりつつも、車窓から余裕をかますふりをする。

 アムステルダムセントラルステーション13時20分着。
駅の構内で、3,000円を両替し、いざ街へ!と駅から出た瞬間に、ジャンキーコカインプッシャーにまとわりつかれる。そいつを何とか振りほどき、駅前の信号待ちをする。
 そして、駅から一番近い喫茶店に直行し、カウンターにズンズンと一直線に行き、「コーヒーとこれ下さい」と間一発注文謎の滅法興奮気味の東洋人は注文する。注文を終え、店を見渡すと、昼間からヘロヘロした黒人3人組と、白人男女5人組。ウエイターの若いねえちゃんは「イエース」と何か間延びした返事をくれる。こっちは事情があって結構ノンビリできないんだ、そんなスロオな返事をしないでくれ、と私は小さく思う。日本から持参していたベネチアで読んだ「紺色のベネチア」(塩野七生)を取り出し、カバーを剥ぎ取る。
焦ってはイケナイ、飛行機はきっと私の帰りを待っている、ロール、ロール、ローリング。店内は甘ったるい。私は深呼吸し、その匂いをかいだ。コーヒーのプラステックの細いマドラーでコーヒーを混ぜ、気分はプラステックス。
 ふと、時計を見ると、私の緻密な計画より5分早い。私はテーブルのものをポケットに無造作に詰め込み、いい感じだと呟き、多少の余裕をみせて、ウエイトレスに笑顔を送り席を立つ。ウエイトレスは「ハーイ、バーイ」と相変わらず間延びしていた。勿論、支払いはキャッシュオンデリバリーで済ませてある。

 外は、10日前よりは暖かくなった気がする、そんなことを感じる心の余裕さえみせた私は、ふと運河を見る。まだ凍っている。市内運河スケートマラソンの日程も近い。歩道は広く取ってあるが、歩道の横にある赤い自転車専用道で危うく自転車にひかれそうになる。
 駅に戻り、まず最初にすることは、お金の札をコインに替えて、自動販売機で切符を買う作業である。本屋に入り、原色のチューリップの絵葉書が派手に目にボヨヨーンと入ってきたので、それを購入することにした。キオスクの太った女性店員が笑顔を振りまきながら、日本語で「アリガト」といってくれて、両国の過去には非常に古い歴史がございますなあ、と思い、私もニヤニコした。しかし、店員はすかさず「あといくらいくらのコインを持っていないか」と尋ねてきているようだが、私はコインをお釣りで作るために絵葉書を買ったのである。それに非常に複雑な計算をさせられているような気分に陥り、何故か、財布を意味なく見ているのであった。いや違う違う、コインを作るのであった。私は再び店員を見て「コインはないのよ」とヘラヘラ答えた。
 
 よし、コインはえきた。自動販売機である。行き先の数字を押せば、金額が出てくるので、その金額を入れれば切符が出て来るという仕組みなので、えいや!と私は気合を入れて番号を入力する。
エラー。
少し焦り、その間に何番線から空港行き列車が出るか時刻表で確認する。
そっか、機械が壊れているのかと思い、違う機械に向かい、番号を押す。
キャンセル。
おかしい。すると先程の機械でちゃんと人は切符を買っているではないか。何故、私だけがキャンセルされるのだ、ああ、ラリルレミゼラブル!落ち着け落ち着け、ここには何か問題を見落としているに違いない。私は全集中力をかけて考えた。そしてついに答えを出すに至った。
私は、アムステルダムにいるのに、アムステルダムの番号1000を押していたのである。空港で1000を押して、切符を買ったのであった。そりゃキャンセルされるはずである。オーマイガデムアットンブリケエである。スキポールだった!しかし、またスキポールの綴りが良く分からなくなり、カバンを何故か空け、本を出し、綴りを確認した。頭は一気にスパークし、スキポール空港1117番を押したら、速攻で機械的に、料金を表示し、無事購入することができた。勿論、ここで予定の時間を10分オーバーしていたのであった。

 すっかり出発時刻と何番線か忘れてしまった私は、再度、時刻表でを確認しに行った。しして、駅を余裕であるいていると、やたらいろんな人種がいて面白いなあ、としばし路上観察してしまった。しまった、また何番線か忘れてしまった。もう適当でいいやと、最寄のプラットフォームに上がってみた。するとそこには列車があり、行き先を見たらスキポールと書いてあるようにみえたが、どうも綴りが違うような気もした。心配なので、近くにいた人に聞いてみたが、やはり違うとのことであった。仕方ないので、もう一度地下の時刻表を見に行き、時計を見ると、乗る予定の列車が今、まさに出発しようとするところであった。いけないやばい、私は走りに走った、が、無情にも列車の扉は閉まった。
 15分後に出発する列車に乗り込み、出発を待った。もうこれ以上のミスは許されないという非常に厳しい状態であった。ましてやイミグレーションが混んでいれば終わりである。列車の出発するあと7分間が異常に長く感じられた。
 
 一心不乱の状態でX線を通過し、異常に広い空港の端まで歩いていくと考えれば気が重くなった。列車は静かに出発した。運河とメルヘンな風景が見え始めた。空港まで4駅だが、2駅目で既に田舎の風景になる。20分がまた異常に長い。流れる風景はせわしく、乗ってきた子供達の声が煩わしい。
 スキポール空港駅に到着し、何人かの背広姿の人たちが立ち上がる。ともかく私も立ち上がり、右手右足を同時に出しながら、通路を進み、列車を降りる。神からの導きにより、すべて、スムーズに進み、X線検査、イミグレをやり過ごし、遠くの搭乗口まで進んだ。まさに、機内に人が入っていくところであった。

 余裕だ。

私は、それを確認して、引き返し、からからになった喉を潤す為に、バーに寄り、一杯を一気飲みして、飛行機に最後の客として入っていくのであった。
 自分のシートが見つかり、座った。本当に大阪行きか不安になってきたが、何も言われなかったし、日本人も多い。何と言う平和な気分。後は、私の体を東洋の果てに自動的に連れて行ってくれるだけである。
行け行け!グッドとリップ!



(前回までのあらすじ・・・優雅で感傷的なイタリア紀行を終えた「私」は、途中で飛行機乗り換えのアムステルダム2時間の間にアムスの香りを嗅ぐために、厳しく辛い時間旅行に出掛けたのであった。そして35分後に離陸というのに、まだアムステルダム中央駅で、乗るべき電車を探している紳士状態であった)

  細い機内の通路を歩く間、随分前から座っている日本人団体旅行者たちに何かジロジロ見られている気になり、やたら自意識過剰状態になり、一番後ろに自分のシートを見つけ、隣の空席に荷物を置いて、どっしりと座った。本当に大阪行きか不安になってきたが、何も言われなかったし、日本人も多い。何と言う平和な気分。一応、もう一度、搭乗券の半券を確かめる。後は、私の体を東洋の果てに自動的に連れて行ってくれるだけである。大魔術である。1万キロの彼方へ。
矢鱈滅鱈、リラックスし、心の平穏が訪れた。
行け行け!グッドとリップ!

 飛行機は滑走路を離れた。
前の方の団体客は、ぎっしり座っている。客室乗務員が私のところにやってきて、「前の方のシートが空いてますのでお越しになりませんか」と他人に聞こえないように小声で言った。ビジネスクラスへのお誘いだ。
今や大王に限りになく近い私は、小声で返した。
「結構です」
何故なら、私の列は全部空席なのである。これから私は5席ぶち抜きにして、フルフラットで眠るのである。
全てのアームを上げ、私は寝転がった。そして90分が経過した。勿論、私はグッドトリップ中である。
機内放送があった。「ただ今、コペンハーゲン上空ですが、当機に異常が発生しました。ただ今、地上との連絡を取っています。90パーセントはこのまま行きますが、10パーセントは日本に行く自信がありません」と機長がきっぱり言った。続いて日本語の放送が入った。「皆様、当機に異常が発生しましたが、全く問題ありませんのでご安心下さい」その日本語を聞いた日本人観光客が団体でどよめきだした。
「当機は、スキポール空港に戻ります」
そのとき日本人が叫んだ「見ろ!エンジンから燃料が漏れているぞ!バクハツするぞ!」と叫んだのである。数人が何故かカメラを持ち出し、翼近くに集まり、「ホンマや!」と叫ぶ。日本人たちは団体で更にどよめき、パニック状態になった。
私は、寝転がって、ノートにリラックスの心情を書きとめていたところであった。

バッドトリップ・・・
私はノートに「幸せな人生だった」と書く内容を変えた。大変、バッドトリップである。
10パーセントの確率で落ちるのではなく、10パーセントの確率で引き返すってことだよね、と自分を慰め、着陸の為、機体を軽くする為に燃料を捨てなければならないんだよね、と自分を励まし、飛行機墜落なんか何十万回に1回も落ちないからね、と自分を高揚させ、阪神大震災にももう直撃したし、と訳の分からないことも考えた。考えれば考えるほどバッドな方向に進んでいく自分がベリィバッドであった。
 大抵の日本人は知り合いや友達と来ているので、お互いワメキあって、相乗効果を高め、余計に怖い怖いゴッコをしている。私は、一人なので、もはや仙人モドキである。体は動かないが、しかしながら心臓が口から出そうになる。心臓音が五月蝿い。外見と中身のギャップが激しいものだな、と静かに思っていると、もうアムステルダム駅前喫茶店から3時間が過ぎようとしていたので、もはや平静であるはずだと、急速に覚めていく気がするのであった。
アアあぁああいあぁあぁあああっぁあああああ・・・
頭の中は真っ黒になり、大きな「あ」や小さな「あ」が滅茶苦茶に暴れまわっていた。

 今日2度目のスキポール空港ランディング。密かに、このまま、航空会社持ちで、豪華ホテルにお小遣い、出発は明日というコースを期待するほどに、私は余裕の酔っちゃン振りを発揮していたのであるが、90分も機内に押し込め、悪い部分だけ交換して再び離陸した。90分は伸びきったカップヌードルで誤魔化された。
結局18時間のフライト、しかし、フルフラットの私は全く疲れず、大阪へ。
税関。
「どこへ行ってきましたか」
私は胸を張っていった。勿論オランダとは言わない。
「イタリアです」
「じゃあ買い物されましたか」
「勿論です」
「買い物は、いくらぐらいされましたか」
「えっ?」
「はっ?」
「あ、その5,000円ぐらいですかねえ」
「えっ?」
「あれっ?」
「少なくないですか?」
「はっ?」
「まあ、いいでしょう」
 何がいいのか分からなかったが、まだキテイルのかと一瞬思ったぐらいであった。しかし、無事税関を通ったことは、快挙である。歓喜である。寛容である。自慢である。頭脳の勝利である。チョットダケグッドトリップであった。
























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