スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

2006/12/26(火)00:03

俺様の場合のヒッピークリスマス

タイトルがいじけみたいでヤダ。  世界各国からプレゼントが届く妄想を抱きつつも、ありがたき豊かさを享受させていただき、欲しいものがないという状態が生まれた時から続いている。贅沢とは何か分からないが、それは時間であり、排泄するものであり、関係性であろう。頭の中にしか残らないもの、そいつが贅沢だ。与える偽善的喜びもある。上記写真のように、私は年収の約1パーセントを偽善に使っており、自動的にカードから毎月引き落とされている。申込書には、10000円、5,000円と○をつける欄があり、その下に自由書き込める金額欄があり、そこに、涙しながらも100円と記入したのが昨日のことのようだ。勿論、幸せと富豪には関係性がない。かといって、あまりにもないのも苦しいものではある。 ジュエリーもその人が価値を決めるものだ。噂によると、ティファニーのオープンハートというのは原価が300円だという。私がハワイの問屋で買ったシルバーよりは安い。しかし、安いが悪いではないが、よく考えて買った方がいいということである。よく、TVショッピングで、宝石が大安売りされているが、考えてみれば、確かに安いのだろう。一括仕入れで、薄利多売しているのかもしれないが、安いから買うのは、宝石が悲しいのである。皆と同じものは嫌だなあ。つまんないなあ。  そういう私も18歳の時、宝石を大量に買い付けたことがあるのである。勿論、宝石の価値は知らないので、男女関係なくお土産用の石をである。インドのよくあるやばい工場で、半日かけ、チャイをしばきながら、あれくれこれくれとかいいながらブラックストーンやアメジスト、タイガーアイ、アイオライト・・・とにかく、カーペット屋やクルタパジャマ屋、絵画屋を蹴散らした上で、凡そ、1個10円から100円ぐらいまでの粗悪だが珍しい石を30個ぐらい購入し、今後半年間お土産に使えると喜んだものであった。しかし、それらは、誰に渡したかも忘れどこかにいってしまった。不幸である。宝石は不幸の道を歩み始めたのである。嗚呼。やっぱ、宝石には、物語が必要だぜ。(知ったかぶり)。そういえば、俺の髑髏の指輪どこにいっちまったんだ。

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