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舞台にはスポーツのような目に見える「勝ち負け」は存在しないが、
野球で言う 「空振り」も「ヒット」も「二塁打」も「ホームラン」のようなものがあり、 そして、 「得点」 のようなものが確かに存在する。 バチや扇子を落としたりするのは「エラー」 リズムが合わないことも「ミス」の一つ。 舞台上で言っていることが聞こえなかったり、 音のバランスが悪くて聞きたい音が聞こえなかったり、 照明が暗くて見たい対象が見えなかったりするのも同じ。 さらに、演奏者がおどおどしていたり、集中できていないと 観客に判断されれば、ミスを犯す以前にすでに柔道でいう「注意」を受けるだろう。 こんな「凡ミス」が何度も続けば、観客は舞台に集中できない。 映画館の隣の席で、ガサガサとお菓子の袋をいじられたら どんな名画でも集中できないのと同じだ。 結果、得点を失っていく。 反対に、難しいリズムをピッタリと合わせたり、 笛の和音が正確に響いたり、 腕の振りや踊りのフォームが見事にシンクロしていれば、 観客はそこに驚きや美しさを感じ、好印象を受ける。 人によっては「ヒット」だったり、ツボにはまれば「ホームラン」で 一気に点数が上がる。 比較的テンポ(速さ)の変化が少なく、楽器の種類が単一的な演目、 「鼓組囃子」や「三宅」、「エンター」などにおいて、 リズムの乱れは致命的なエラーにつながる。 また、「雅」や「木遣り歌」の音程も同様で、 特に和音においては、ほんの少しの音程の乱れがその響きを失わせる。 その「雅」や「木遣り歌」を例に上げると、 今年の音程感は優秀で、あまり面倒をかけることもなく仕上がっていった印象が強い。 ただし、メロディーで点数を取るには、 単に音程を合わせたり、歌い方を真似したりするだけでなく、 そこに奏者自身の心の動きが表現されなければ、 人の心を打つことはかなわない。 「三宅」や「エンター」、「海渡」のソロ、 あるいは曲のクライマックスに至るまでの気持ちの持っていき方も同様で、 ちょうど、白熱していく議論のように、親子喧嘩するときのように、 何かに「キレる」前の心の動きのように、 その動きは、徐々に、確かに、一歩一歩、スパイラルを描くように登りつめていく。 そこに観客が共感できれば、確実な一点を確保することが出来るだろう。 もっと大きな視点から見れば、 演奏会は、観客がその演奏会のことを知った時から始まる。 ある人は「チラシ」のデザインや見やすさ、印象からスタートし、 またある人は「口コミ」された相手の話し方から始まったり、 またある人は、会場で一番最初に見かけた受付の人の印象からスタートする。 (それが開場前だとしても!) 以下つづく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年06月29日 11時06分27秒
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