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廃墟島 ~瓦礫地区~

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2006.07.11
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 非常に暑い。加えて言うが、暑い。何度だって言うが、暑い。普段の僕の身体的コンディションからいけば、もうとっくに倒れていてもおかしくない。というより、マラソン大会もとんでもない打撃を生徒に与えただろうけど、それよりも保健室送りを増やしたのはそのあとの体育館での学年主任の独演会だろう。「根性とは何か」から始まって「そもそもスポーツというのは」を経由し、ついには「愛と平和」まで語ったところで全員解散。午前十時に走り始めて、数十キロのコースを巡り、昼飯抜きで午後一時から演説。午後四時の終了時間には、生徒は半分に減っていた。
 これぞまさしく精鋭たち。我々は今から、教員陣に対して宣戦を、
 「無理無理。きっと無理。だって、バテてるのは俺たちだけだから。」
 全くもってその通り。先生達は走っていないので、おそらく束になってもあのマンモスみたいな学年主任には刃が立たない。それでも僕たちは僕たちの正義を貫くべきだ。
 「その意気に乾杯。骨は拾っとくから安心して行ってこい。」
 おまえも行くんだよ。リュウヘイ。いや、むしろお前が一人で行け。
 「外道、人外、それでも人の血が通ってるのか。」
 さっきからとんでもない発言が飛び出しているのは、単に暑さにやられて冷静な判断がついていないからだと推測していただけるとありがたい。いや、僕は誰に向かって話をしているんだ。いや、むしろ疑問を持ったら負けかな。
 ところで、そのバイヤーはどこに潜んでいるんだ?そろそろ禁断症状が出始めたぞ。
 「まぁ焦んなって。そこの路地裏だからさ。」
 さっきから路地裏の路地裏の路地裏あたりをうろうろしている僕は、すっかりその風の通らない空間にノックアウトしそうだった。だからこそ、この目眩にも似た感覚がおこる頭を活性化してくれる「あれ」の存在がますます恋しくなってきているのだ。
 「そろそろか・・・こんにちはー。第1弾しか認めません。」
 「ならば、羽が生えたのはいかがか。」
 「アルファベットの最後の作品の方が好きです。」
 どこからともなく聞こえる声。ビルの間、日もある時間なのに、そこはとても薄暗い。どうも世界の修正を受けそうな合い言葉らしい台詞を吐くリュウヘイと姿の見えない謎の人物を含めたこの空間自体に必死に慣れようと、僕は自分に言い聞かせていた。その人物はあろうことか、僕のすぐ脇のゴミ箱の中から出てきた。
 どこかのアメコミじゃああるまいし。
 「堅いことは気にする無かれ。我こそが影の売人。この町の「あれ」を司る長。そして、現代人の救世主だ。」
 なんだかとんでもないことをいうこの全身黒ずくめのいわゆる忍者ルックに着飾っているらしい人物が「あれ」を提供してくれるらしい。というより暑くないのか。
 「やぁ、どうもユーキ(仮)さん。またお願いしますよ。」
 どうやらリュウヘイは何度かお世話になっているらしい。(仮)なのはやっぱり法の網をかいくぐるためのものなのだろうか。っていうかそこまで付けないと呼んではいけないのだろうか。余計なことを探るとその業界を見ることになりそうなのでやめておこう。
 「む、またリュウヘイか。何度も来るとは、お前もすっかりリピーターになってしまったようだな。」
 「何言ってるんですか。俺に「あれ」のすごみを刷り込んだのはユーキ(仮)さんッスよ。」
 「それより、後を付けられてはいまいな。」
 「ばっちりです。その辺はしっかり迂回路使って時間かけましたから。」
 どうやら先ほどの路地裏散策は取締官の目をごまかすためらしい。だとしたら良いのだが、先に行ってくれれば良いものを。
 「うむ、最近は取締官が強いからな。」
 「と、言いますと。」
 「鋼鉄の体を持ち、カモシカより早く走り、ダンプカーよりも迫力があるとのこと。」
 いや、それはもう、人じゃない。
 「同感ではあるが、事実、それによって二十三区の支部が半数壊滅した。このままでは製造工場まで落とされかねん。」
 「それよりユーキ(仮)さん。『あれ』を早く・・・もう我慢できません。」
 リュウヘイの目が血走っている。息が荒い。あれは典型的な「あれ」の味を知ったものの禁断症状だ。僕だって、いつ冷静を欠くかわからない均衡状態といえる。
 「まぁそう焦るなて。」
 にやりと笑うユーキ(仮)さん。ゴミ箱からレジ袋を引っ張り出す。どうやらこのゴミ袋、大型冷凍庫になっているようで、レジ袋はすっかり凍てついていた。いや、つまりこの忍者はさっきまで冷凍庫で生活していたのか。
 「おぉぉ。待ってましたっ。」
 リュウヘイが猛る。目の前に出される「あれ」を見ると、流石に僕でも体の震えが止まらない。規制されてから三ヶ月と一週間。戦後最大級の猛暑と打ち合わせをしたかのごとく公布されたその法律は、すでに禁断症状による自殺者三千人強を生み出している。それほどに「あれ」は強力かつ魅力的なのだ。かくいう僕も、規制されると知ったときには買いだめ、食いだめをして腹を下し、皆勤賞のために這っていった学校で地獄の炎に投げ込まれたかのような苦しみを味わい続けた。
 「先に金。よいな。」
 「オーケーオーケー、たやすいご用さ。」
 目にもとまらぬ早さで財布から千五百円を抜き取ると、それを投げつけるようにしてユーキ(仮)さんに渡し、「あれ」をぶんどった。僕は至極冷静に、いや、冷静を装って、「あれ」と代金を引き替えた。
 「フフフ、君も今日から虜だぞ。お小遣いを貯めておくんだな。」
 ご忠告どうも。生憎、僕はそこまでがっついてないので。
 手に持つと、「あれ」が放つ冷気が手にまとわりつく。何とも心地よい。リュウヘイは大事そうに大事そうにちびちびと「あれ」を摂取している。くだらない。こういうものは一気に体内に納め、証拠をなくすべきなんだよ。
 「だからってタダシ、一気は無いと思うぜ。」
 かまわない。この特有の頭痛もまた、僕に「生きている」ことを実感させてくれる。あぁ、なんと罪深い政府だ。こんなものを僕らから取りあえげるなんて末代までたたられる暴挙

 単調な爆発音だった。そう、爆発音だった。ほかに何に例えようがある。たった今、眼前、百メートルほど先の地点の路地の交差点。爆発音とともに煙が舞い上がる。それによって僕の思考は停止する。目の前の状況がまるで理解できない。さっきまでビルが在ったであろう場所にあるのは、鉄筋コンクリートの山と粉塵だけなのだから。

 「な、何なのだ。」
 うろたえるユーキ(仮)さんと、奇妙な笑顔を浮かべて冷や汗を垂れ流すリュウヘイ。僕は一体どんな顔をしていただろう。きっと惚けて見ていたに違いない。っていうかそれしか反応のしようが無かった。
 曰く、青少年の処刑人。
 曰く、自由の略奪者。
 曰く、特別取締官。
 職名、「役人」。
 煙をまとわせ現れたのは、漆黒のスーツに身を固め、漆黒のサングラスの眼で獲物を探す、古豪の風格を漂わせる中年公務員。彼こそが、政令執行役人なんだろうな。いや、なんとなく僕ら、助からない気がするし。
 役人がクラウチングスタートの構えを取る。そこで僕はハッと自我を取り戻した。リュウヘイはまだ笑っている。ついに気が触れたか。もともとそういう奴だったから仕方がないが。
 「聞き捨てならねえな。」
 顔中が脂汗にまみれたリュウヘイは、僕に目配せした。わかってる。わかってるさ。こう言うときこそ腐れ縁だよな。本当に僕は君と出会えて幸運だよ。
 いっちにのさん。そのタイミングで僕らはそろってユーキ(仮)さんを役人の方に蹴り飛ばした。体を硬直させてガタガタ震えるだけのユーキ(仮)さんは無様に顔面から倒れ込んだ。
 「な、何をするっ!」
 ユーキ(仮)さんが僕らに震える声で叫ぶのと、「役人」がベン・ジョンソン顔負けのスタートを切ったのはほぼ同時だった。僕らはユーキ(仮)さんが何かしらの対抗策を持っていると信じて、「役人」を懲らしめんがために送り出したのだ。決して足止めになればいいとか、おとりに使おうなんて思っていない。僕の人格がそう訴えている。あぁよかった。僕にも良心があったんだ。
 「おのれっ、来い、役人!通信空手5級の腕を見せてやる!」
 勇ましく構えるユーキ(仮)さん。何も出来ないように見えて、ただ外見だけがコスチュームでかっこよく、いや、変態に見えるだけだと思っていた人が今、僕らを助けるために体を張っている。足がガタガタと音が聞こえそうなくらい震えていても、僕らにはそれは地獄の蜘蛛の糸のような救いの象徴だ。
 「キエェイ!」
 なんだか結構かっこよく、綺麗に放たれる胴回し回転蹴り。そうとう上級の技のはずだから、もしかしたら見間違えかもしれない。ただ飛びついただけなのかもしれない。それ次第で僕のユーキ(仮)さんへの評価が変わってくるけど、今はそれどころじゃないか。横を見ればリュウヘイも走って逃げるのを忘れて、息をするより優先して状況を見ていた。
 奇妙なことがおきていた。
 僕は確かに、たった今、ユーキ(仮)さんの胴回し回転蹴りらしいものを見たはずだ。それは確実に「役人」の側頭部を捕らえていた。ふつうならバランスを崩してユーキ(仮)さんと衝突。僕とリュウヘイはハイタッチをして逃げ出すはずだった。
 なんと言えば良いんだろう。自分の背丈ほどもある岩を蹴ったことがあるだろうか。ならば感覚はそれに近かったと思う。現に「役人」はユーキ(仮)さんの蹴りを、まるで春先のそよ風のごとくあしらい、特に反応も見せず、そのまま全身で体当たり。ユーキ(仮)さんはまさにピッチャーライナーのようにまっすぐ僕らの間をすり抜けて飛んでいって、今壁にぶつかった。百メートル?二百メートル?役人はそのまま走り抜け、ユーキ(仮)さんのところまで五、六秒で到達して手錠をかけた。
 「自称、ユーキ、特別政令001号第四項、密売の現行犯で逮捕する。」
 息を一つも切らさず、小さくそうつぶやき、ユーキ(仮)さんを抱える。と言うかユーキ(仮)さん、生きてるんだろうか。よし、そう信じよう。例え四肢がイケナイ方向に曲がっていても、頭が壁にめり込んでいても、きっとユーキ(仮)さんなら大丈夫。だってあのユーキ(仮)さんだもの。初対面だけど。
 「役人」がゆっくりと立ち上がる。スーツの埃を二、三回たたき落とすと、また背筋を伸ばしてこちらをみた。小さくうなずくようにあごを引く。姿勢が落ちる。ヤバイ。あれは
 「逃げるぞ!タダシ!」
 今回ばかりはリュウヘイに感謝。その声で何とか現実に引き戻された僕は、半ばリュウヘイに手を引かれるように走り出した。逃げ切れない気がするのは重々承知。でも、逃げなきゃいけない気がした。逃避行動を取らないと肉片もこの世に残させてくれないような気がした。やっと体が元に戻って、リュウヘイに引かれる手をほどいて走り、並んで路地を三つほど曲がったところ。後ろで爆発音が聞こえた。あぁそうか。あの爆発音はクラウチングスタートの踏切音か。ビルを支えにしたわけなのか。自分がしたことの重大さと、自分がしたことが何でこんなに重大なことになっているのか、という確信と疑問の狭間で、僕は夢中になって走った。
 リュウヘイの制服。さっきまで女々しい摂取の仕方をしていた残りがこびりついていた。投げ出したんだろう。途中で。制服に付くととれないよ。それは、なかなか。

 その「ソフトクリーム」って奴はね。








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最終更新日  2006.07.11 21:22:24
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