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カテゴリ:二つの文化の狭間に生きて……
これも結構昔の話。 英語をとにもかくにも上達させねばならないと、様々の事に首を突っ込んで行っていた頃の話。 色々の英語を聞き、リスニング能力を上達させねばならないとdebate クラブに盛んに顔を出していました。多くの時には学生がくじ引きでどちらかを決め、(本人の主義主張はともかくとして)如何に筋道の通った理論を構築し、観衆を引き付けるかを競い合うゲームです。あんまり日本人には気質的になじみにくいものかもしれません。ところが時に有名人を招き、本人の社会的バックグラウンドのままに戦いあう事があります。そんなときには本当に白熱した議論を聞くことが出来ます。 記憶に残っている中に印象的だったのは動物愛護協会の代表者と狩猟societyの代表者を招き、狐狩りを廃止するかどうか。消防署の代表者と市民の代表者を招き、彼らのストライキは是か非か……。同性愛とイギリス国教会の代表者を招き,同性婚、等々。私にとってはイギリスの文化側面を知る大切な機会でもありました。
そのなかで特に記憶に残っているのが、次のお話しです。残念ながら強烈に残った理由は討論の内容でなく、若干個人的な理由なのですが……。 その討論には私のほかに日本人の女性二人と中国人の男性一人の4人で出かけました。この中国人の男性の方が問題の鍵なのです。年齢は16歳。中国ではかなり裕福な家庭の出身と言う触れこみでした。でも社会的訓練が充分に出来ていない状況で親元を離れて来ましたので、何かと問題を起こしていらっしゃいました。後に通っていた語学スクールからドロップアウトしてしまったそうですが……。それはこの場合と関係のないこと……。 その日の議題は、資本主義を廃止すべきかどうか、でした。廃止すべきであると主張する側の人物は非常に有名な人物でサッチャー政権下で、炭鉱ストライキを指揮し、マーガレットサッチャーを散々に苦しめ、陰の首相といわれた人物でした。名前が出せれば良いのですが、検索したのですが引っ張り出せなくて……。これをお読みの中に、ああ、あいつか、と思っていらっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。イギリス人であれば知らない人はいないほどの有名な人物でしたので、広い会場は立錐の余地無きまでの混み様でした。 彼に反対の立場の資本主義維持派は地元の新聞社の編集長でした。最初に観衆の採決を採り、どちらを支持するかを問います。それからいよいよゲーム開始。まずそれぞれが一定の時間を与えられ、自分の主張が如何にすぐれているかを一方的に述べます。それぞれに終わった後、攻撃タイムの始まりです。如何に相手の主張を論点の綻びを攻撃し、観衆を自分の側に引き付けるか、です。 試合が進むに従い、格の違いは明らかになってきました。その有名人物(仮にSとします)Sの論点の進め方の巧みさ、声の強弱までもコントロールし、呼吸のコントロール、腕、手の使い方すべて計算されつくされ、さすがに労働者を説得し、大規模な全国的ストライキを指導しただけのことはあると思いました。 対し、地元の新聞記者の方は……。もう見ているのも気の毒なくらいでした。それでもそれなりに筋の通ったことを反論し、攻撃しているのですが、いかにも効果不足で聴衆を説得するまでには至らないのです。 唯、Sの主張に一つだけ致命的欠陥がありました。その新聞記者に 「では、資本主義の代替としてどんな社会制度を提案できるのか。」 と攻め立てられた時に論調は落とさなかったものの、結局筋の通った代替案は提示できなかったのです。それは聴衆も感じていたことだと思います。 聴衆からの質問も終わり、いよいよ採決です。結果は…… 資本主義維持派の方がわずかに1票の差で勝ちました。最初はどうしようもないほどの圧倒的差でしたから、Sは非常に善戦したと思います。でも負けるのが嫌いな彼は本当に悔しそうでした。 三々五々、会場を後にしながら、その中国人の男性が私達に尋ねました。 「君たちは日本と言う資本主義の国から来たのに、どうして資本主義に反対の方に手を上げたの。」 瞬間、私たちの足が止まりました。私達に聞かれていたのは一貫して資本主義を廃止すべきかどうかだったのです。で、私たちは、それに対して反対にずっと手を上げていたのです。彼も含めて……。私はずっと彼がどうして私たちと同じように手を上げるのか、不思議でした。しかし彼は質問の一番大切なabolishment(廃止)の単語を聞き漏らし、資本主義に反対か賛成かを聞かれていると勘違いし、ずっと反対、資本主義廃止に反対、つまり資本主義擁護に手を上げていたのです。 最後の採決はわずかに1票の差でSが負けたのですから、彼が質問を正しく理解し、挙手を正しくしていたならば、結果は……。 二時間近くも熱弁を奮い、必死に聴衆を説得しようと努力した結果の勝敗が、質問の内容を全く取り違えてしまった一人の少年に決定されたしまった、と言うことは本当にお2人、特にSにとっては気の毒な事でした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年09月05日 07時07分13秒
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