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テーマ:テニス(3539)
カテゴリ:テニスライフ
錦織圭が引退表明した
2007年に17歳9カ月でプロ転向をした錦織圭も36歳になった 怪我との戦いの選手生活だった 怪我に悩まされながらも、プロテニス界で活躍を続けてきた 特に思い出されるのが2014年の全米オープンである クウォーターファイナルでワウリンカを破り セミファイナルではジョコビッチを撃破しての決勝進出である ![]() 一方のチリッチも クウォーターファイナルでベルディハを破り セミファイナルでは、フェデラーを撃破しての決勝進出である 実は、決勝が行われた2014年9月9日には、自治大学のフロア会に参加するため、錦織の出身地である松江に旅していた フロア会は、自治大学で研修を受けた仲間が1年に1度集まり懇親会を行うもので、この年は、松江市の職員が段取りしてくれ開催された 宿泊するホテルから懇親会場に向かう道すがら、窓ガラスに張られたポスターが目に留まった 全米オープンの決勝戦のパブリックビューイングを知らせるものだった 錦織が全米オープンのファイナルに進出していることは当然知っていた パブリックビューイングを知らせるポスターによって、錦織と松江が結びついた 瞬間胸がトキメイタ 折角縁あって、全米決勝の日に錦織の故郷に来ている 多くの人たちと一緒になって錦織を応援したいという思いが募ってきた 懇親会の後、酔ったくれていなければ、そのままパブリックビューイングの会場に行くこともできる しかし実際は、懐かしい友と懇親を深め、パブリックビューイングに行くことは断念した 大いに旧交を温め、2次会に繰り出し、大いに痛飲したことだった 結局、錦織はチリッチに敗れ、4大大会優勝は叶わなかった 当時はひょっとすればその後、4大大会の優勝の可能性はあるのではないかと思っていた 錦織本人も、「(BIG4は)決して勝てない相手ではない」とインタビューにその自信の程を覗かせている しかし、残念ながら、4大大会を制することはできなかった 怪我が無ければ、もっと違った展開があったのかもしれない、などと言うのは野暮というものである プロの仕事というのは、怪我を含め、すべてをコントロールしてその成果がなされるものなのである 「たられば」は無いのである 錦織の活躍を振り返ると リオ五輪銅メダル獲得 年間トップ10人がその覇を競うATPファイナルズ ベスト4(そこではフェデラーにも勝っている) 世界ランキングシングルス4位(アジア男子歴代最高位) ツアー通算12勝 4大大会での活躍 全米オープン 準優勝(2014) 全豪オープン ベスト8(2012・15・16・19) 全仏オープン ベスト8 (2015・17・19) ウィンブルドン ベスト8(2018・19) まだまだその活躍は枚挙に暇ないが、プロテニスプレーヤー錦織圭の活躍は素晴らしいものだった 本当にほんとうに 19年間お疲れさまでした☆*: .。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.05.06 05:10:58
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