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カテゴリ:日記
今、送り火を焚いて戻ってきたところです。
真っ暗な玄関前、他に送り火を焚いている所も見あたらず。 (この地域は、送り火と言うよりも。玄関前にお盆の間中、 提灯をぶら下げている所が多いようです) ふと、随分前に他界した祖父の言葉を思い出したりしていました。 「これを目印に帰ってくるんだから、あの世と言うところは 余程暗い所なんだろうなぁ」と。 滅多に、送り火も迎え火も焚かなかった祖父が、 死ぬ2年ほど前の盆に洩らした言葉だったので、 「じいちゃんには、何か予兆があったのだろうか?」などと 親戚一同でしんみりしたものだったのですが。 さてはて。今回、迎え火と送り火(流石にお墓の 留守番火を焚きに行くのは、ちょっと無理でしたが) を焚きながら、父に生活の知恵言葉を教えてもらいました。 「木元竹うら」と言うものです。 松明を細かくして、燃やしやすいようにするのですが。 道具類はやたらと多い我が家。もちろん鉈もありまして。 その鉈を使いながらの言葉です。 木は、根本の方から刀を入れて割るとすんなり割れる。 逆に竹は上の方から割ると、すんなり割れる。 松明なんて、そんなどっちが上か下か分からない物でも 裂いていると、割りやすい方向と割りにくい方向が あるようです。 しかし。家があっても、仏壇がない家では送り火や 迎え火の習慣はないみたいですし。ましてやアパートや マンションで玄関前で火を燃やすなんて無理ですから。 この風習もきっと、廃れてしまうんでしょうね。 そして、木を鉈などで裂いたり割ったりする事も実際には ないのですから、生活の知恵言葉も失われてしまうのでは ないでしょうか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年08月15日 21時48分34秒
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