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会社を辞めて旅に出た ~いつのまにか雲南定住~

会社を辞めて旅に出た ~いつのまにか雲南定住~

タナトラジャの葬儀

タナトラジャの葬儀

トラジャ族の少女
美しく着飾ったトラジャ族の少女
 ソロンではマラリアによる入院及び休養で8日間を費やし、1ヶ月のインドネシアビザの期限もいつのまにか残り半分ほどになってしまった。あと2週間で、どのようにして次の国に移動するのか、早目にルートを決めなければならない。なにせ、未だジャワ島から遠く離れたパプア州(パプアニューギニア島)にいるのだから。まあ、インドネシアの次はマレーシアが妥当なところだろうか。でも、その前にインドネシアで訪れたい場所がもう一つあった。それは、タナトラジャ。コーヒーや独自の葬儀で有名なところだ。私も以前にタナトラジャの死者を弔う壮大な葬儀とか独自の文化を紹介するTV番組を見たことがある。その様子では、これまで訪れたインドネシアとも違うようで、是非この目で見てみたいと思っていたのだ。また、スラウェシ島からだとカリマンタン(ボルネオ島のインドネシア領)を経由してマレーシアのサバ州(ボルネオ島北東部のマレーシア領)に移動することも難しくはない。そうすれば、サバ州のこれまた私の訪れたい場所、ダナンバレーにも行くことが出来る。

 そういうわけで、ニューギニア島のソロンからスラウェシ島のマカッサル(*1)まで飛行機で移動した。次の日はタナトラジャへ行くため、マカッサルの町には入らず、空港近くのホテルに宿泊することにした。そして翌日はホテルからすぐ近い幹線道路でタナトラジャへ向かうバスを止めて、途中乗車すればよい。ただこの宿、食事には困った。周囲にはワルン(*2)が1軒しかなく、しかも、その屋台はアヤムゴレン(トリのから揚げのようなもの)だけ。アヤムゴレンは正直言ってそんなに食べたくなかったが、他に選択がないのでやむを得ない。これが翌日大惨事を招くことになる。

 翌朝はどうも気分がすぐれず、ホテルの朝食(*3)はお茶だけにした。ホテルのスタッフの話ではマッカサルからタナトラジャまではバスで8時間ほどかかるとのことで、午前中早目に出発することにする。気分がすぐれないが、そのうち回復するだろう、とこの時はたかをくくっていた。幹線道路の路肩で待つこと30分ほどでマカレ行きのバスに乗り込むことができた。一般的に知られている「タナトラジャ」は地域の名称で、タナトラジャという町や村があるわけではない。その中心はランテパオという町で、マカレはいわばタナトラジャの玄関口。ランテパオはマカレからさらに車で30分ほど進んだところ。

 乗り込んだバスはマカッサルを離れると数時間は平地を走っていたが、徐々に山道に入り、谷間を縫うように曲がりくねった道を上って行く。当初は気分が悪いなという感じだったのが、そのうち吐き気をもよおすようになってきた。ここは我慢だ。なんとしても車内で吐くわけにはいかない。それから更に気分が悪くなり、今度は喉のところまでこみ上げてきた。慌てて飲み込む。冷や汗が出る。なんとか、耐えねば・・・。それから1時間ほど車内での苦闘が続き、ようやく休息タイムでバスが停車した。「おー、なんとか持ちこたえれた」と思い、バスから降りて周辺を歩きだそうとしたちょうどその時、胸の奥から急激な高まりが上昇してきた。その高まりは自分でも驚くほど強烈で、今回ばかりはこらえ切れず、スプラッシュ!情けないことに口から大噴射をしでかしてしまった。「あっ!」と思ったが、もう遅い。鼻につく酸っぱい感覚と昨夜食べたアヤムゴレンの匂いが口の中に気持ち悪く広がった。気を取り直して口元をぬぐい、ミネラルウォーターで口をゆすぐ。そうして、恐る恐る周りの雰囲気を探ってみる。非難の目、まるで汚らわしい物でも見るようかの様子。さすがにきまりが悪く、その現場を静かに離れた。しかし、その後はまるで何事もなかったかのように気分が回復。自分でも信じられぬほどで、吐いてしまえばこうも違うのかと感心したのだった。

 ランテパオの町に近づくにつれ、両端がせり上がった船形をした屋根の家(トコナン・ハウスと呼ぶ*4)がちらほらと見え出した。道路沿いの少し離れたある所では、大勢の人が正装して集まっており、葬儀が行われている様子。その場で車を降りたかったが、まずは今日の宿泊先を優先することにしてランテパオまで乗った。宿でチェックイン後、スタッフにトラジャ族の伝統的葬儀を見たい旨を告げると、現地のガイドを雇うことを勧められ、ホテルのロビーにたむろしていた男と交渉をした。幸運なことに明日も盛大な葬儀が今日とは別の村であるという。この機会を逃したくなかったので適当な金額で彼と手を打ち(当時の日記は大雑把でガイド料金のことまで書いていなく金額は不明)、明日行ってみることにした。

葬儀会場と水牛
会場を取り囲むように弔問客用の建物が囲んでいる。この建物は葬儀終了後解体される。会場のあちこちには生贄にされる水牛が。
大胆に豚を料理する
会場の片隅で大胆に豚を料理する。
 翌午前中、ガイドのブッディと一緒に葬儀を見に行く。行く途中彼から聞きだした話では、今回の葬儀はかなり盛大なものらしい。この辺りでも、年に数回しかないほどの規模だと言っていた。真実はどうなのか?とにかくこの目で実際に見るまでは分からない。目的の村はマカレ-ランテパオの幹線道路から脇道に入った所にあり、村に近づくにつれ道路脇に駐車してあるオートバイやベモ(*5)の数が増してきた。その中には、日本では見たこともないような幅広い軍用ジープみたいな車や、高そうなランクルもある。ガイドに聞いてみると、今回の葬礼の親族(かなりのお金持ち)がカリマンタンからこれらの高級車でやってきたのだと。彼ら親族はインドネシア社会において、かなりの社会的地位と富とを手にしているように思われる。

 葬儀の行われる広場に到着すると、広場を囲んで2階建ての弔問客が休む長屋のような建物が続いている。建物は赤を基調にトラジャ族独自の幾何学模様のような装飾が施されており壮観だ。広場には死者の棺を安置している塔のようなトコナンハウスがあり、その壁には死者の写真がかけてある。その建物の2階には二つ棺があるところをみると、どうやら二人の死者を同時に弔うらしい。ガイドに聞いてみると二人同時に亡くなったのではなく、葬儀を盛大に行うために別々にはせず一緒にしているのだと。これはトラジャではよくあることらしい。広場に中や周辺には犠牲にされる水牛が十数頭つながれている。トラジャ族の場合、犠牲にされる水牛の数でその死者の社会的地位や経済状況が分かるという。水牛のみならず、豚もかなりの数がいる。豚は手足を木の棒に紐で縛りつけられ、その辺に転がされていたりする。そして、これらの水牛や豚が後ほど葬儀の参加者に振舞われるらしい。そういえば、広場の片隅では既に豚の丸焼きや、竹に詰めて火であぶった料理が作られている。これらの料理は男達が大胆に行っている。料理しているすぐその横では解体中の豚もあった(*6)。

死者を弔う踊り  私はガイドに連れられてこの葬儀の親族に引き合わされた。トラジャ族の葬儀の場合、旅行者でも紅茶、砂糖、タバコ等の供物をもっていくと、葬儀に参加というか見ることが許される。なので、私も親族にこれらの供物を手渡して、葬儀に参加することを認めてもらった。彼らの葬儀に対する考え方は、いかに盛大に弔うかということを考えているようで、それには弔問客の人数も重要な要素らしい。そんなわけで見知らぬ外国人旅行者でもOKなのだろう。葬儀の踊りが始まるまで、弔問客用の座敷に上がり休ませてもらう。出されたちょっとしたお菓子をつまみ、紅茶を飲んで始まるのを待つ。しばらくすると、おそろいの水色のシャツを着て黒のサロンを腰に巻いた男達が数十人広場に現れ、小指同士を互いにつなぎ輪を作り始めた。そうしてリーダーらしき男の指揮に基づき歌を歌いながらゆっくりと反時計回りにステップを踏み始めた。途中何度も中断したり、再開したり、女性も加わったりしながらしばらく続いた。それは歌というよりは、なんとなくお経に近いような単調なメロディーだった。ガイドの話ではこのようなことが延々と明日も続くとのことだった。私もちょっと退屈になってきたので、あちこちで写真を撮らせてもらった後、ホテルへ戻ることにした。結局、トラジャ族の葬儀それ自体は私が想像していたような盛り上がりはなく、なんとなくダラダラと続く少しばかり退屈なものではあったが、その美しい伝統衣装や彼らの独自の文化を垣間見れる良い機会だった。
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弔問にきた女性 *1 スラウェシ島の中心都市。いつの間にか市の名称がウジュンパンダンから旧名のマカッサルに戻っていた。でも何故?

*2 ワルンとはインドネシアの屋台のこと。いわばインドネシア庶民の食堂。

*3 インドネシアではホテル代に朝食込みの場合も結構ある。朝食といっても、紅茶とパンとかのような軽いもの。部屋の中に運んでくれるか、部屋の前のテーブルとかで食べる。

*4 トラジャ族はもともとは海洋民族だったが、イスラム勢力に追われ山間部に移り住むようになったと言われる。その名残が家屋の屋根の形に残っている。

庶民の足であるベモ*5 ベモとは乗り合いミニバン(主にハイエース)。普通のバスは長距離区間や都市に限られ、ベモはより身近な日常利用する乗り物。

*6 トラジャ族はもともとアニミズムと先祖信仰が混じったもようなものを信じていたが、現在ではキリスト教に改宗したものも多い。なので、多くのインドネシア人(イスラム教)とは異なり、豚肉を食べることは問題ない。



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