政治的に正しい警察小説 (小学館文庫) | 葉真中 顕
●社会派ミステリー『ロスト・ケア』『絶叫』に次いで読んだ葉真中さんの3作目は、BookOffでたまたま見つけて購入。「ブラックユーモアミステリー」というカテゴリーにくくられるらしい6つの短編集。心に残ったのは「秘密の海」と「リビング・ウィル」、他に「神を殺した男」「推定冤罪」「カレーの神様」「政治的に正しい警察小説」まず「秘密の海」から・・・鬼母の真実?〇でも、本当に怖いのは、単に辛い日々を思い出すことではない。僕という人間が、確かにあの両親の血を引いているという事実だ〇虐待が連鎖してしまうのではないか-それはまさに今、息子を得た僕が抱いている恐怖だ。母はそんな父を「大丈夫だよ」と励ましていた●親に虐待されたものが親になった時にまた子供を虐待するという連鎖がテーマ、虐待された子供であった父と同じようにまた自分も自分の子供を虐待してしまうのではないか? ●自分の親が自分を愛していた時があった記憶の象徴が「秘密の海」、ネグレクトという虐待を受けていた妻と、その場所が実在していたことを確認することによって記憶が現実であることが分かる。●父親とともに自分を虐待していた母親が、現在は認知症になって時間の感覚が失われ、主人公を夫(主人公の父親)と思っている。父親も親から虐待を受けていて自分も子供を虐待してしまうのではないかと不安を感じていたこと、そんな父親を母親は「大丈夫だよ」と励ましていたこと、万が一に父親が虐待したら自分を連れて逃げるつもりだと思っていた(思っている?)ことが分かる。そのことが分かって不安になるというよりも将来を楽観的な気持ちで考えられるようになった・・・というお話。とてもよく考えられたいい話だと思う。▶いわゆる「鬼母」裁判の記憶・15年以上前、病気で仕事を休んでいて時間に余裕があった時に、弁護士の友人から自分が弁護する裁判を傍聴しに来ないかと誘われて行ったのが、自分たちの子供を虐待して死なせた、いわゆる「鬼母」の裁判だった。・自分の子供を夫と一緒になって虐待して殺してしまう母親に弁護の余地などないだろう!なんでそんな人の弁護を引き受けたんだろうと思って傍聴席に座ったのだけど、・友人(弁護士)が語るその母親と、父親の成育歴や人生、現状を聞くにつけ、この父母にこそ援助が必要だったのにそれができていなかったんだなと思いを改めたという経験があるのだけど、まさにそれを思い出した!それをテーマに前向きな小説を書いたらこんな感じなのかな?とちょっと思った。●「トラヴィス」妻になった人のハンドルネームは映画「タクシードライバー」の主人公から、うちの診療所に実習で来た映画部の女子医学生が一番好きな映画だと言っていた。映画観てみようかなとも思っている。「リビング・ウィル」・・・ACPにまつわるあれこれ●「人生の最終段階における医療の決定プロセス」の支援、つまりアドバンス・ケア・プランニング(ACP)」が重視されるようになっている昨今、「安楽死」と「緩和医療」や「尊厳死」を混同した著作がとっても多いと憂いていたところだけど、しっかり理論的に整理されているのはサスガだと思った。この問題を理論的にこれほど正しく書いた小説というのは初体験かもしれません。とくに、「家族の希望」ではなく、あくまで「(推定される)本人の希望」を基準として重視するところなどはこれまで読んだ小説ではなかったような気がする。葉真中さん、きちんと勉強されてますねぇ・・・と共感!はしたのだが・・・●それにしてもこの「リビング・ウィル」の結末だ!生前に延命処置は受けたくないと言っていたお爺さんは意思表示ができない状態で、実は残された家族の経済的な動機で延命処置が施されたが、年月が過ぎて心を改めた家族が延命処置の停止を決断、ところが生命を維持していた本人は気持ちが変わって延命を望んでいた。しかし意思表示はできず延命処置は中止された。●そういうことも多分ないことはないかもしれない薄々感じていた不安を小説にされてしまったという感じです。いろいろなガイドラインでも元気なときに言っていたことが現在の本人の希望と違うかもしれないのでそれを「金科玉条」のごとく振りかざすべきではないとうたっている。全然意識がないと思われる状態でもロックアウトで意識があるかもしれないし、その意識の中でまだ生きたいと思っているかもしれない。少なくとも意識がないと思われる患者さんでも意識があるという前提で接したり話しかけたりすることは心がけているつもりだ。でも、気が変わって実はもっと長生きを望んでいたなんてことがあったら取り返しがつかないなぁとは実は心の片隅では思っていた。葉真中さん鋭い!●ACP(アドバンス・ケア・プランニング)が「人生会議」と言う愛称になったって知ってますか?っていうよりもまずACPって聞いたことがありますかという質問が必要だということは置いておいても、このネーミングはセンスがなくてあまりいただけないなと思いませんか?●正しく真に患者さん本人とご家族にとっての最良な洗濯を実現するためのACPを、ご本人の意思を推定しながらご家族を含めて多職種協働で考えていくことが大切だと再認識しました。