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テーマ:お勧めの本(7689)
カテゴリ:医療・介護一般をテーマにした本
新川帆立さんの小説『ひまわり』を読んだ。読後、しばらくそのままページを閉じられず、心の奥に何か温かいものがじわじわと広がっていくのを感じていた。久々に「泣けた」と言える小説だった。
■作者について まず作者の新川帆立(しんかわ・ほたて)さんについて。東京大学法学部卒で、弁護士としての実務経験も持つという、まさに“書ける人”だ。デビュー作『元彼の遺言状』で注目を集めて以来、ミステリーだけでなく、人間ドラマにも深みを持たせる作風が印象的だ。本書もその延長にありつつ、ひときわ静かな熱量に満ちている。
■物語のあらすじと印象 主人公のひまりは、33歳のOL。ある日突然、交通事故により頸髄損傷を負い、首から下を動かせない四肢麻痺になる。そこから入院、手術、リハビリといった過酷な日々が始まる。物語は一貫して淡々と進むが、だからこそ一つひとつの出来事が、心にしっかりと届く。 「自分を支えるチームを自分で作るってことですか?」 このセリフは、ひまりの再生の大きな分岐点だ。人生は誰かに支えてもらうのを待つものではなく、自ら支えを求め、作り上げるものだという気づき。これは、彼女が再び前に進むための“自力で見つけた灯”だったように思う。 ■人との関係の織り成す物語 この小説は、障害をテーマにしているというよりも、“つながり”と“再構築”の物語だ。元同僚、リハビリ仲間、幼なじみのレオ、そして何より大きな存在感を放つのが、介護者としてひまりを支える女性・ヒカルだ。 ヒカルは、最初から最後まで、ひまりのそばにいた。時に頼もしく、時に不器用で、それでも決して揺るがずに。彼女の存在がなければ、ひまりは弁護士になるという目標を持つことすら難しかったのではないかと思う。介護者としての距離感だけでなく、一人の人間として、友人として、ひまりを支えるその姿に、深く胸を打たれた。 最初は少し距離があったふたりが、心の奥で静かに結びついていくプロセスは、華やかではないけれど、じんわりと心に沁みてくる。 ■ひまわりが象徴するもの 作中、弁護士バッジのモチーフとして登場する「ひまわり」。その花は、内側にある「はかり」とともに、公正・平等、そして自由と正義を象徴しているという。 「でも、ひまわりがどうして自由と正義の象徴なのか、誰も知りません」 この一文がずっと心に残っている。ひまわりは、根を張ったその場から動けない。それでも、太陽に向かって首を伸ばし、まっすぐに咲く。その姿は、体の自由を奪われながらも、自分の意思で未来を切り開こうとするひまりそのものだ。 自由とは、どこまでも走り回れることではなく、「自分で選び取る力」を持てることなのかもしれない。そう気づかされる。 ■現実に重ねて 医療に関わる立場として、これまでに何人か頸髄損傷の患者さんと出会ってきた。友人にも一人いる。どれほど多くのものを失い、それでもなお「何かを取り戻す」ために歩み出す姿には、いつも言葉にできない感動を覚える。 本書はフィクションではあるが、モデルとなった方が実在するらしく、その方は男性なのだとか。実話に基づいていなくても、「現実にありうる」と読者に思わせる力を、この物語は確かに持っている。 ■さいごに この物語は「奇跡の感動作」ではない。劇的な展開もない。それでも、ひまりの生き方に、登場人物たちの支え合いに、読む側が自然と涙を流してしまう、そんな静かな力がある。 読後、私はふとベランダの鉢植えのひまわりを思い出した。去年の夏、陽射しに向かって咲いた、あのまっすぐな姿。動けなくても、咲ける。どんな場所でも、まっすぐに陽を見ていられる――そんなメッセージを、この小説から確かに受け取った。 新川帆立さんの筆致はやわらかく、それでいて芯がある。読後しばらく、彼女の作品をもっと読みたくなってしまった。 静かな力強さに満ちた一冊でした。 ひまわりの花が好きな人にも、 人生に立ち止まっている人にも、 ぜひ手に取ってほしい物語です。
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Last updated
2025.04.14 20:59:15
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