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ラブ・ラブ・ラフ! ともりぃさん
2004年02月26日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
 朔哉さんは見た目はとても怖かったが、本当は面倒見が良く僕に鉛筆の持ち方から教えてくれるのだった。
 だけど僕は、やっぱり恥ずかしくてまともに彼を描く事が出来なかった。
 それには流石に彼も呆れて、
「じゃあ、初めは上半身だけで良いから」
 と言って上半身だけ裸になってポーズをとってくれた。
 
 夕方の大学は、昼間のそれとは違ってとても静かだった。
 
 昼間は人の話し声や工具の音が何処からともなく聞こえていたはずなのに、今は教室の天井の照明のジーっという音とスケッチブックに鉛筆が引っ掛かるシャッシャッという微かな音しか聞こえてこなかった。
 僕はこんな状況の中、とても冷静になれていた。
 昼間はあんなに彼の事が恥ずかしくてまともに見ることが出来なかったのに、彼が半分服を着ているという事と僕達二人しか教室にいないという事で、今は何故かほっとしているのだった。
 「彼は僕の事を気に掛けていてくれているのだ」と思うと、大学に入ってからずっと一人ぼっちだった僕の心は温かい物で満たされて自然と鉛筆が動くのだった。 
 そして朔哉さんが、僕がちゃんとデッサンできている様子を嬉しそうに眺めていてくれている様な気がして嬉しかった。
 
 朔哉さんは、男の僕が見ても凄くいい男だと思った。
 「スラッとした長身で肩に掛かる黒髪」
 「毎日欠かさず筋トレしているかの様な腹筋」
 そして、
 「誰にも媚びる事の無い涼しげな眼差し」
 僕が女だったら、間違いなく恋に落ちていたと思う程だ。
 
 小一時間ほど経って朔哉さんが
「良し、今日はこれ位にするか。描いたの見せて見ろ」
 と言った。
 彼は上半身裸のまま僕の隣に座って、僕のスケッチブックをのぞき込んだ。
 そして僕の下手くそなデッサンの数多い注意すべき箇所を指差して丁寧にアドバイスしてくれたのだった。
 だけど、僕の耳にはその肝心なアドバイスが全然入ってこなかった。 
 彼の肌が僕の肩に触れ、そして僕の顔のすぐ脇に彼の顔が有ると思うと心臓の音がドキドキと響いて彼の声が聞き取れなくなってしまったのだった。
 
 そう、僕は朔哉さんに恋をしてしまったのだ。
 「男同士なのに」といくら自分に言い聞かせても、僕の気持ちは止まらなかった。
 逆にそう思うことで、僕の彼に対する気持ちがどんどん大きくなって行くような気さえしてくるのだった。
「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
 自分の感情を必死に押さえて震えている僕を変に思ったのか、彼は僕の顔を覗き込んできた。
「顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃないか?」
 彼は、僕の額に彼の額を当てて熱を計ろうとした。
 僕はこれ以上自分の気持ちを抑える自信が無かった。
 これ以上彼が僕に何かをしてきたら、気絶するんじゃないかと思った。
「熱は無いみたいだな。初日から頑張りすぎたかな」
 そう言って僕を見つめる真っ直ぐな彼の目の中に、僕は吸い込まれて行く様な気がした。 
 僕は、彼にもっと触れて欲しいと思った。
 だけど、彼はさっと立ち上がって身支度を始めた。僕がどういう状況に有るのかを、まるで見透かしているかの様だった。
 
 僕達は大学を後にして、駅までの道をゆっくり歩いていた。
 春だというのに夜の風はまだまだ冷たかった。その冷たさが僕の火照った体を上手い具合に冷ましてくれて心地よかった。
 朔哉さんは疎らに光っている星をぼーっと見上げながら黙って歩いていた。
 僕はその少し斜め後を彼の邪魔にならない様に静かに歩いた。
 
 そして僕は彼の後姿を見つめながら、考えた。「僕が最後に誰かを好きになったのは何時だったろうか」と。
 高校・中学・小学校と思い出してみても、誰かを好きでいた記憶は無かった。
 たしか幼稚園の頃は近所に住んでいた誰かを好きだった気がしたが、今ではその子の名前さえ思い出せなかった。
 今まで勉強だけに明け暮れていた事が悪いとは思わないが、やっぱりどこか味気ない青春なのではないかと思えてくるのだった。

「どうした、また落ち込んでるのか?」
 僕がずっと黙って歩いているのが気になったのか、彼は立ち止まって僕に話し掛けてきた。
「いえ、そうじゃないんですけど・・・」
「そうか、そんなら良いんだ」
 そう言って彼は僕に微笑んだ後、また前を向いて歩き出した。
「俺は、お前がちょっと羨ましいんだ」
「えっ?」
 思いも寄らない事を言われて僕はびくっとした。
「お前はまだ何色にも染まってない。これからの大学生活でどんな色にも染まることが出来る。
 それって、お前は凄い可能性を持っているって事なんだぞ。大学での4年間なんてあっという間なんだから、やれる事は恥ずかしいなんて思わないでどんどんやるんだな」
「はい!」
 僕は何故か無性に嬉しくなって、また涙が出て来てしまうのだった。
「お前は悲しくても、嬉しくても何でも泣くんだな。おかしな奴だな、本当に」
 彼はくすっと笑った。
「俺は大学へ鳴り物入りで入ったんだ」
 星空を見上げて、少し寂しげに呟いた。
「高校の時、既に幾つものコンクールに入賞してその肩書きを引っ提げて入学したんだ。そして大学生になっても賞を取り続けた。賞を取る度に周りの期待が大きくなるのは当然だったし、俺もそれに応えた作品を作りたいと思ってやってきた。
 だけど、いざ卒業制作を作ろうとした時「学長賞」を取らないといけないと言う気持ちに押し潰されて何も作れなくなってしまったんだ。
 4年次を無駄に1年間過ごして更に留年してみたものの、やっぱり何も出来なくてだらだらしてたんだ。
 そんな時に、あの講師にモデルを頼まれて、どうせ暇だったしバイト代も欲しかったから何となく了解したんだけど、あそこでお前を見てはっとしたんだ」
「朔哉さん・・・」
 僕達の間を緩い風が吹き抜けて行った。
 彼は自分の髪が顔に被さるのを手で押さえて話を続けた。
「そう、自分に無かった物はこれなんじゃないかって。
 今まで俺は、自分には何でも備わってるって慢心してたんだ。だからいつも賞がとれる様な作品ばかり作っていて、本当に自分らしい物が作れなくなっていたのに気付かなかったんだと。
 お前が顔を真っ赤にして必死になっているのを見て、俺は凄く楽になれたんだ」
 そう言ってまた僕の頭をぽんぽんと叩いた。
「本当にお前の顔は笑えたな」
「そんなに酷かったんですか?」
「まあな。この俺が何かを可笑しいなんて思ったのは何年かぶりだったからな」
 ゲラゲラ笑いながら彼は走り出した。
「もう、僕、最高にへこみそうですよ・・・」
「いいじゃないか!何か飯でも食いに行こうぜ!」
 彼が本当に楽しそうに見えたので、何か僕も嬉しくなって一緒に夜の街中を走り出したのだった。





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最終更新日  2004年02月26日 21時19分33秒
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